内集団バイアス vs. 黒い羊効果 いじめと身びいきの密なる関係

内集団バイアス
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「内集団バイアス」とは、自分が所属する集団、すなわち「内集団」のメンバーをより好意的に評価してしまう心理傾向をいう。

「内集団びいき」とも言われる。

この心理作用を念頭に、マーケターがオンラインやオフラインを問わず、ブランドのファンたちが交流できる場(ブランドコミュニティ)を設けるのは有効だろう。

いわゆるファンマーケティングといわれる手法である。

自分以外にもファンが大勢いることが可視化されることで、同胞意識が醸成され、熱を帯びた内集団バイアス(びいき)が働き始まる。

その集いの場がファンやブランドと一体化する契機となるのだ。

一方でこの内集団バイアスによる一体感が時として逆方向に働くこともある。

同じ内集団(例:推しが同じファン同士)でも、好ましくないメンバーだとレッテルを貼られるといじめにまで発展してしまうのだ。

これがいわゆる「黒い羊効果(ブラックシープ効果)」という現象である。

目次

内集団バイアスとは?

今回の記事では「内集団バイアス」を取り上げ、その概念がどうマーケティングに役立つのかを考察してみたい。

内集団バイアスとは、自分が所属する集団すなわち「内集団」のメンバーをより好意的に評価してしまう心理傾向をいう。

他に「内集団びいき」という言い方もある。

この内集団にはいろいろなレベルが考えられる。

身内や仲間内はもとより、学校や部活サークル、職場、居住地や出身地、国家など、その規模はどうあれ、所属意識が自然に湧くのであれば内集団となる。

内集団

日本人論では盛んに「ウチ」と「ソト」という言い方がされたが、その「ウチ」側にいる人であれば内集団バイアスが働き、ひいき目で見てしまうのだ。

出身校が同じだったというだけで相手に好意的な態度をとるのもその例の一つだろう。

その心理作用が時には大企業や病院などで見られる「学閥」に発展し、出世や昇進などの人事にも少なからず影響を与えることになる。

また、スポーツの国際大会で日本代表チームに日本中が熱狂するのも内集団バイアスのなせる技だろう。

「内集団バイアス」というラベル付けはしていなかったにせよ、たいていの人が日常的に経験していることである。

内集団のメンバーに対し、親しみを覚える、好意的な態度をとるぐらいなら許容の範囲だろう。

しかし、時には同じ集団のメンバーが偉業を成し遂げると、自分までえらくなったように感じたりする。

また、逆にメンバーが誤った行動をとっても、その誤りをおいそれとは認めず、正当化する理由を探したりもする。

さらに内集団メンバーをひいきするあまり、外の集団(外集団)の人々に対し、「われわれ対彼ら(us vs. them)」というような敵対的な目を向けてしまい、偏見や差別に転じてしまうこともあるのだ。

なぜ、内集団バイアスは生じるのか?

ではなぜ、内集団バイアスが生じてしまうのだろうか?

カテゴリー化

まず、大前提として人が周囲の人たちを常にカテゴリー化していることがある。

年齢や性別、人種、国籍、障害の有無など比較的目につきやすいことを基準にして、人は出会った相手をカテゴリーに分けている。

その相手とどう向き合うべきかを即座に判断しやすくするためである。

紋切り型とはなるが、一人一人をいちいち観察した上で判断するよりずっと効率がいい。

認知負担も少なくてすむのだ。

カテゴリー化の能力が人には備わっているため、この人は自分と同じ集団(カテゴリー)の人、この人は違う人といった線引きは事もなげにできてしまうのだ。

自分と集団を同一視する

そして、内集団のメンバーたちを好意的に評価するのは、自分と内集団とを同一視してしまうかららしい。

「同一視」を辞書で引くと「区別せず、同一にみなして取り扱うこと」と出てくるが、その2つ目には精神分析学的な意味合いがある。

対象と自分を無意識のうちに混同し、対象と自分は同じだとみなすことによって満足や安定を得ようとする心理作用をいう。

たとえば大谷翔平選手が世界を舞台に活躍すると、同じ日本人である自分までも誇らしく思えてしまうのもその例だといえよう。

自分の分身である内集団のメンバーたちは常に賞賛される存在であってほしい。

そんな気持ちからそのメンバーをもてはやしたり、しまいには偶像視したりしてしまうのである。

偶像視

個人のアイデンティティと集団のアイデンティティが重なり合うことから、「アイデンティティ・フュージョン(フュージョンは融合の意)」という言い方もされるようだ。

なお、以上のような内集団バイアスの理由に関する説明は「社会的アイデンティティ理論」という。

いじめにつながる黒い羊効果

一方で、この同一視は逆方向にも作用する。

「黒い羊効果(ブラックシープ効果)」という現象だ。

一匹の黒い羊が白い羊から受け入れられず、排除されるという聖書の故事に由来しているという(東洋経済オンライン 2018.4.5)

黒い羊効果(ブラックシープ効果)

同じ集団のメンバーが好ましくない言動をとると、集団全体の社会的評価をおとしめかねない。

何より集団と一体化している自分のアイデンティティが傷つけられることになる。

そこでそのメンバーに対し、排除の力学が働いてしまうのだ。

陰湿な「いじめ」にはたいていこうした心理が絡んでいる。

昨今、若者用語の1つに「同担拒否」なる言葉があるが、これも黒い羊効果に類するといっていい。

アイドルグループやアニメなどで、自分と同じメンバーやキャラクターを応援しているファンたち ( =同担)にあからさまに敵対意識を向けてしまうことをいう。

「推し」へのこだわりポイントや愛情の形は、同担同士とはいえ一致しない。

傍(はた)から見れば、ささやかな差異でも本人たちにとってはあっという間に許容範囲を超える。

あるまじき背信行為に思えてしまうのだ。

ウチとソトを分ける基準は?

内集団バイアスの実験

研究者が行った内集団バイアスに関する実験によると、ウチとソトを分ける強い理由がなくとも、内集団バイアス(びいき)は働くようだ。

「最小条件集団実験」と呼ばれるその実験では、ある手続きを踏んで被験者をカンディンスキーという画家の絵を好む集団クレーという画家の絵を好む集団に分けられる。

特段の絵心がなければ被験者にとっては取るに足らない基準(最小条件)といってもいいだろう。

その後、被験者たちは自分がどちらの集団に入るかを知らされた上で、お金をカンディンスキー派集団とクレー派集団の一人ずつに分配するように頼まれる。

すると自分と同じ絵を好む人、すなわち内集団ともくされるメンバーに対し、多くお金を分配したという。

些末な基準で分けられた極めて必然性の乏しい集団だとしても、内集団意識が芽生え、半ば自動的に同一視してしまう。

結果的に内集団バイアスが引き起こされるのだ。

後述するが、実はこのことはマーケターにとっては示唆的である。

まったく面識のない赤の他人であっても、同じブランドをたまたま買っていたなどの理由で、その相手を内集団のメンバーだと認識する可能性もあるということだ。

閉ざされた一般互恵性理論

実は内集団バイアスの要因として別の説明もある。

「閉ざされた一般互恵性理論」というもので、本ブログの「社会的選好」の記事でも「間接的互恵性」として触れている。

同じ集団のメンバーに好意的に接しておくと、そのメンバーから直接ではなく、その評判を聞きつけた他のメンバーから好意的に接してもらえるかもしれない。

要するに「情けは人の為ならず、巡り巡って己が為」という密かな期待から、内集団バイアスが生じるのだという(心理ワールド 2016.1)

そのため、内集団のメンバーに対してせっせと親切にふるまう。

ただし、そうふるまうのも、お互いに内集団メンバーであることを認識している場合に限られるらしい。

自分が同じ集団のメンバーだと知られていない状態では、巡り巡って自分に見返りがあることが期待できないためである。

内集団バイアスをマーケティングに活かす

SNSが加速するファンダム化

内集団バイアスはどうマーケティングに生かされるだろう?

多くのマーケターの頭に思い浮かぶのは、アーティストやスポーツチームなどに代表されるファン化を促すしくみ、いわゆるファンマーケティングの手法だろう。

ファンクラブや会員制交流サロンなどを運営し、ファンたちを組織化し、その存在を可視化する。

お互いファン同士だとわかれば、内集団バイアスが働くために相手に好意的に接するようになる。

たとえば、あるアーティストのファンクラブの会員が応援メッセージをSNSに投稿したとしよう。

するとそれを見た別の会員がすかさず「いいね!」やリツイートで反応したり、コメントを付けたりする。

無論アーティストを応援したいという気持ちからだが、自分が投稿した際にも何らかの見返りがあるとの期待もどこかにはあるはずだ。

そうしたやりとりが一つひとつ積み重なってやがて大きなうねりとなる。

そして、アーティストの名まえぐらしか知らなかったという人たちにもその余波が及ぶようになるのだ。

熱心なファンたちの投稿を読んでアーティストに興味を持つ人も現れるだろう。

ファン化への傾斜が始まる瞬間だ。

ファンダム

SNS全盛の時代の今なら、そんなコアファンたちの熱量を運ぶいくつものバケツリレーが放射状に広がり、いつしかファンダム(「ファンたちの勢力圏」の意。「ダム」は「kingdom(王国)」などの接尾語)へと成長を遂げることもそう珍しくはないだろう。

同様の構図は、アーティストやスポーツチームに対する熱狂ほどではないにせよ、商品やサービスのブランドに対してもあてはまる。

いわゆる「アップル信者」的な現象だ。

ここからはいくつか実際のブランドの事例を挙げてみよう。

エビスビールのファンダムマーケティング

まずは本ブログの「エビスビールのリポジショニング戦略」の記事で取り上げたエビスビールの会員制参加型コミュニティサイトがあるだろう。

その名も「YEBISU BEER TOWN(エビスビアタウン)」

エビスビールの重要なブランド体験拠点の1つとして設けられ、「エビスファンとエビスにかかわるすべての人たちが、エビスをきっかけにつながり、語り、共創していく街」となることを目指しているという。

会員登録が必要となるが、コミュニティ内では会員同士が投稿を通じて自由に語り合えるスペースや、エビスブランド担当者と直接交流できるスペースなどが用意されている。

会員の多くはもともとエビス好きの人たちだろうが、コミュニティ内では、自分と同じエビスファンの存在が「集団」として可視化されることになる。

まさに内集団バイアスが引き起こされやすい環境といっていい。

同じファンたちとの一体感を通して、ますますエビスを好きになっていくのだ。

アテニアのファンコミュニティ

また、ファンケルグループの化粧品会社アテニアが運営する「アテニアファンコミュニティ」も同様だろう。

熱心なブランドファンの存在が可視化される格好の場となる。

コミュニティ内には「おしゃべりカフェ」と「おためしサロン」という2つの交流スペースが用意されており、会員数は既に20万人を超えているという(MarkeZine 2023.2.1)

「おしゃべりカフェ」は会員同士が掲示板を通して自由に語り合える場であり、しばしばその語り合いは熱を帯び、アテニアの商品とは関係のない話題も持ち上がるようだ。

一方の「おためしサロン」では、新商品を含めたアテニア商品のレビューを書き込む場となっている。

アテニアにとっては商品に関する生の声を集める貴重な情報源にもなっているようだ。

とある研究によれば、消費者が口コミをする動機の一つに他者を手助けしたいという利他性があるという(マーケティングジャーナル 2014年34巻1号)

商品やサービスに関するSNSや口コミサイトへの投稿もそうした自然な気持ちに後押しされているのだろう。

アテニアのコミュニティでは、そこに同じブランドを使う者同士という同胞意識が加わる。

なおのこと商品に関する投稿にも熱がこもるのだ。

アテニアには豊富なラインアップがあるが、会員がすべての商品を網羅的に使っているわけではない。

各会員の口コミやレビューが、まだ使っていないアテニア商品のトライアル促進につながることもあるはずだ。

アテニアによれば、商品をリニューアルした際に、いち早くその違いに気づき、喜びを語ってくれるのがコミュニティに集うファンたちだという(産経新聞 2022.6.30)

ワークマン・アンバサダーマーケティング

本ブログでは以前に「ワークマン」のアンバサダーマーケティングの事例も取り上げている。

ワークマンでは同社の商品が好きであり、なおかつSNSなどで継続的に発信してくれる人を「公式アンバサー」として認定している。

そのアンバサーたちはSNSで多くのフォロワーを抱えており、その情報発信力はワークマンにとっても大きな武器となる。

ひとたび公式アンバサーたちが熱心にワークマンの商品を推奨すれば、その情報はアンバサダーをハブとするゆるやかなコミュニティを通して駆け巡ることになる。

内集団バイアスも働くことから、好意的に受け取られる可能性も高いだろう。

有隣堂の企業YouTube

書店チェーンの有隣堂ファンの存在の可視化に成功しているといっていい。

有隣堂はYouTubeの公式チャネルから動画コンテンツを定期的に配信し、その視聴者たちを書店ファンへと変える取り組みを行っている。

「有隣堂しか知らない世界」と題したそのチャンネルの登録者数は23万人(2023年5月時点)を超える。

約190本ある動画の総再生回数は4千万回を突破したという(ITmedia ビジネスオンライン 2023.5.16)

YouTubeチャネルやTwitterへの投稿がひきもきらさず続くため、視聴者にとっては自分と同様に動画に興じる人が大勢いることは明らかだ。

自分とファンたちを同一視し、その同一視は有隣堂のブランドにまで及ぶ。

有隣堂は東京、神奈川、千葉に出店しているが、動画コンテンツにちなんだフェアやグッズ販売などを行うと、日本全国からファンが来店するという。

ジムニー ジムニストたちの熱狂

ブランドの市場での独特の立ち位置が、自ずとユーザーたちの内集団意識を醸成している例もある。

本ブログでも過去に取り上げたスズキ・ジムニーだ。

軽自動車で四輪駆動、生粋のオフローダーというブランドの「唯一無二性」が、ジムニーユーザーたちの内集団意識を高めるのだ。

熱狂的なファンたちは「ジムニスト」とも呼ばれている。

一般の人にはわかりにくいスペックのディテールも、ファンたちにとってはSNSで話題にする恰好のネタとなる。

公式のコミュニティサイトが立ち上がっているわけではない。

あくまで自然発生的な発信や拡散ではあるが、その余波で四輪駆動車とは全く無縁だった女性や子育てを終えた中高年などの新規ユーザーの獲得にもつながっているという。

ファンがファンを呼ぶスパイラルへ

ここまで内集団バイアスが働く事例として、オンライン上でのファンマーケティングの取り組みをいくつか見てきた。

本記事では触れてはいないが、オフラインファンミーティングなどのイベントを通して、ファン同士の交流を促す取り組みもあるだろう。

キャンプ用品のスノーピークやクラフトビールメーカーのヤッホーブルーイングなどはその代表格となる。

オンラインにせよ、オフラインにせよ、ファンの存在を可視化し、ファン同士が交流し合える場や機会をマーケターはとにかく多くつくることだ。

そうすれば、おのずと内集団バイアスは引き起こされやすくなる。

やがて同一視の対象となって、ファンやブランドに一体感を持ってもらえる公算も大きい。

ファンがファンを呼ぶスパイラルを起こすことも決して夢物語ではないだろう。

ファンがファンを呼ぶ

昨今、マーケティングの世界ではファンマーケティングの手法が一つの流行にもなっている。

DX(デジタルトランスフォーメーション)の一環で取り組みが始まることも多い。

その運営にはテクニックと根気が必要となるが、それだけ成果も大きいということだ。

その手法を講じたことのないマーケターにも、かなりの確率でその機会は巡ってくるだろう。

内集団バイアスの基本概念やメリットぐらいは頭の片隅に入れおく必要がありそうだ。

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