エビスビール 青や赤に緑、なぜ急に色や種類が増えたのか?

エビスビール リブランディング ブランド再構築
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「ちょっと贅沢なビール」からColor Your Time! ビールの楽しさ、もっと多彩に。」へ。

エビスが大胆なリブランディング(ブランド再構築)を敢行している。

商品のリニューアルやパッケージデザインの刷新といったレベルではない。

彩り豊かなラインアップの拡充に努め、「おっ!」と思わせる趣向を凝らして人々を楽しませようとしているのが見てとれる。

サッポロビールの「心を動かす物語でお酒と人との未来を創る」という企業ビジョンを体現すべく、歴史あるブランドが挑んだリブランディング

その足取りと背景に迫った。

目次

青に緑、赤、オレンジ、エビスが色彩豊かに

「ちょっと贅沢なビール」

そうコピーを掲げ、長年日本のプレミアムビール市場をけん引してきたエビスビール。

「サッポロ生ビール黒ラベル」と並ぶサッポロビールの主力ブランドだ。

そんなエビスに今、ちょっとした異変が起きていることをお気づきだろうか?

そのラインアップがより以前にも増して色合いも鮮やかに多彩になっているのだ。

もともとキリンやアサヒの主力ブランドに比べ、季節限定品など多彩なラインアップが売りの一つであったエビスだが、ここへ来てその多彩さが勢いづいているように見える。

オレンジや赤、青、緑といった、その都度パッケージに特異な色が使われるため、店頭でも目を引く。

ビール市場の基幹ブランドで、ワンブランドがこうもバリエーション豊かに展開されるのは決して見慣れた光景ではない。

ビール、ましてプレミアムビールを手にすることは滅多にないという人でも、その特異な彩りの変化には目がとまるだろう。

エビスを彩る2つのライン

エビスの公式サイト日本経済新聞の2023年1月16日付の記事を参考に、昨今のラインアップを概観してみよう。

同ブランドには2つのラインがあるという。

エビスこだわりの「スタイルライン」

その一つが「スタイルライン」と呼ばれるもので、ビールの飲むシーンや季節に合った味わいを提案するライン。

同ラインには従来からある金色の缶に入ったエビスに加え、「エビス プレミアムブラック」と青の缶に入った「エビス プレミアムエール」がある。

さらに2022年には春夏限定商品「エビス プレミアムホワイト」、深紅の缶に入った秋冬限定商品「琥珀(こはく)エビス プレミアムアンバー」がある。

驚きを生む「CREATIVE BREW」

そしてもう一つ、「スタイルライン」に向こうを打つラインがある。

2022年度まであった「エビス ディスカバリーライン」を引き継ぎ、2023年から新たなに起ち上がった「CREATIVE BREW(クリエイティブ ブリュー)」だ。

「CREATIVE BREW」は「つくろう、驚きを、何度でも。」が合言葉。

エビスで100年培ってきた技術と知見を活かしつつ、既成のビールの概念にとらわれない新たなビールのおいしさや楽しさに挑戦していくラインだという。

同ラインからはこれまで「エビス ニューオリジン」「エビス オランジェ」「エビス シトラスブラン」が期間限定で発売されているが、いずれも原料や製法など「おっ!」と思わせる趣向が凝らされている。

缶の色で銘柄を覚える顧客も

公式サイトでそのラインアップを改めて見てみると、彩りの豊かさが映えるが、深みのある色のトーンは統一されている。

エビスの各ラインアップを「青いやつ」などと缶の色で覚える人も少なくないのだという(日本経済新聞 2023.1.16)

さらに、「CREATIVE BREW」ではブランドの顔であるはずの「恵比寿様」のマークも控え目に描かれている。

見た目のエビスらしさをある程度犠牲にしてでも、個別の世界観を打ち出そうしているのがうかがえる。

リブランディング(ブランド再構築)に挑む

エビスが多彩なラインアップを繰り広げる背景には、2021年にリブランディング(ブランド再構築)を敢行したことがある。

「Color Your Time! ビールの楽しさ、もっと多彩に。」が新たなブランドのコンセプトだ。

かつての「ちょっと贅沢な、自分へのごほうび」から、もっと楽しさに満ちた「あなたらしいビール時間」の始まりを届けるビールへ進化するのだという。

同ブランドのラインアップが増えたこと、缶のデザインも含め、彩り鮮やかになったことには、新たなあるべき姿へ変わろうとするブランドの想いがあったのだ。

「ちょっと贅沢」というのは人と比べることで生まれる価値であり、富やステータスに紐づくものだろう。

一方の新しいエビスは、人との比較があまり意味を持たない、よりパーソナルな喜びや感動を消費者にもたらそうとする。その姿勢はリブランディング慣行直後のテレビCMのコピー「Color Your Time! 幸せ、ふくらむ。」

もちろん、これまでエビスが培ってきたものをオールクリアにするということではない。

プレミアムビールとしてのステータス性や本物志向は担保しつつ、新たなブランドの局面を切り拓こうとしているのだ。

なぜ、リブランディングしたのか?

日本のプレミアムビールの草分けであり、確固たる地位を築いてきたエビスがリブランディングに踏み切ったのにはいくつか理由がある。

競合が増えるプレミアムビール市場

一つ目の理由は、プレミアムビール市場では昨今、競合ブランドが増えつつあることだ。

かつては日本でプレミアムビールといえば、ほかにサントリービールの「ザ・プレミアム・モルツ」ぐらいしかなかった。

しかし、今やクラフトビールなどエビスより値の張るブランドも珍しくない。

プレミアムなイメージでおいしさへのこだわりの点では、エビスに見劣りしないブランドがぽつぽつと花を開き始めているのだ。

コロナ禍で変わる消費者の嗜好

リブランディングを推し進める2つ目の理由として、コロナ禍で家飲み需要が高まり、消費者の嗜好や飲用習慣に変化が見られたことがある。

サッポロビールの調査によれば、お酒の質にこだわり、時間をかけてビールを味わう傾向が高まったという(日本経済新聞 2021.9.15)

「お酒には質を求める」と答えた人の比率は2021年に61%と、コロナ前の2019年から14ポイント上昇している。

「Color Your Time! ビールの楽しさ、もっと多彩に。」とのコンセプトをエビスが掲げたのも、変わりゆく消費者ニーズに寄り添うためでもあったのだ。

「お酒の質」といっても、愚直に製法や原料にこだわればいいという時代ではない。

色鉛筆

そこに発見や楽しさに通じる「彩り」を加えることで、高度化・パーソナル化したニーズを充足しようとしているのだ。

狭められていた飲用機会

リブランディングの3つ目の理由に、プレミアムビールゆえに飲用機会が狭められていたことがある。

特別な日、いわゆる「ハレの日」に飲むビールというマインドセット(ものごとの見方や態度)が良くも悪くも人々の間で定着してしまった。

実際、エビスを「年に1~2回だけ飲む」という人が多かったという(日本経済新聞 2023.1.16)

「ステータス」や「ハレの日」といったことにとらわれず、ちょっとした日々の幸せや充足感を味合うのにふと手が伸びるビール、そんなブランドに育てていくことをエビスは目指しているのだ。

企業ビジョンからの後押し

そして4つ目の理由に、サッポロビールの企業ビジョンからの後押しがある。

サッポロビールは「誰かの、いちばん星であれ」というビジョンを掲げており、「ひとりひとりの心を動かす物語でお酒と人との未来を創る酒類ブランドカンパニー」を目指している(サッポロビール公式サイト)

当然、基幹ブランドであるエビスはその企業ビジョンを具現化するイニシアチブを取る役目を担う。

「顧客のいちばん」として最優先で選んでもらえるお酒となり、「心を動かす物語」も含め、熱く支持されるブランドを目指すのは、サッポロビールの長男坊ブランドであるエビスにとっては当然の責務なのだろう。

以上の理由からエビスは「Color Your Time! ビールの楽しさ、もっと多彩に。」を標ぼうすることになったのだ。

エビスのブランドパーソナリティ

ブランドパーソナリティとは?

さらにエビスのブランド構築の取り組みにおいて特徴的なのが、ブランドのコンセプトとは別に、ブランドパーソナリティなるものを規定していることである。

ブランドパーソナリティとはブランド研究の権威、デービッド・A・アーカー氏によれば「ブランドから連想される人間的な特徴の組み合わせ」と定義される。

ブランドイメージやブランド連想を人にたとえて切り出して、まとめ上げたものだと思えばいい。

欧米流のブラディング手法では、ブランドのコンセプトやアイデンティティをしっかり設定していながら、別途ブランドパーソナリティを規定することはよくある。

ブランドが人となって人格を持つとしたら、どんな考えを持ち、どう振る舞うか、擬人化することで俄然イメージしやすくなるのだ。

それゆえ、マーケターをはじめ、ブランディングに携わる人たちにとっては心強い指針となる。

さらに人格は常に一貫していてわけではない。

やさしさと強さを併せ持つといったように多面性を秘めているのがむしろ普通だ。

そのため、ブランドの施策を発案するにも、1人の人格としての枠をはみ出さない程度に、柔軟な発想を持ち込みやすくなる。

エビスを「幸せ時間を広げる先駆者」へ

ではエビスはどんなブランドパーソナリティを規定したのか?

「幸せ時間を広げる先駆者」である。

「幸せ時間を広げる」はブランドの「Color Your Time! ビールの楽しさ、もっと多彩に。」から来ているのは明らかだろう。

ここで着目すべきはむしろ「先駆者」のところである。

サッポロビールの企業ロゴには星のマークが使われているが、そのモチーフは北極星だという。

一番星である北極星を目指した開拓使たちの精神性を表現しているのだ。

北極星

おそらくエビスがブランドパーソナリティを「幸せ時間を広げる先駆者」としたのも、その開拓精神の一端をブランドに担わせたかったからであろう。

「幸せ時間」というとほっこりしたイメージだが、そんな時間を広げる「先駆者」とすることで、未来を切り拓こうとする強い意志や旺盛な創造力も感じさせる。

顧客一人ひとりの「Color Your Time!」を実現するために、エビスビールは並々ならぬ情熱を傾けようとしていることが、そのブランドパーソナリティからも伝わってくる。

エビスは先に触れた「スタイルライン」「CREATIVE BREW」のツーラインのもと、目にも楽しい多彩なラインアップが次々に展開している。

それも同ブランドが「幸せ時間を広げる先駆者」の化身だと考えれば合点がいく。

ライフスタイル誌「Pen」との協働

また、エビスはCCCメディアハウス発刊の雑誌「Pen(ペン)」との協働で、ライフスタイル誌「Pen+(ペン・プラス)暮らしを彩る、エビスのある時間。」を創刊している(日経クロストレンド 2022.3.15)。

書店で新たな接点を創出しようとする先駆的な取り組みだ。

主な内容は、著名人のエビスとのかかわり方を語ってもらう企画や、奥深いエビスブランドの歴史エビスと料理とのマリアージュ(組み合わせの意、多くはワインと料理との相性のこと)、飲食店の紹介などだ。

日本屈指のライフスタイル誌「Pen」ならではのクリエイティブな編集が施され、読み応えのある仕上がりとなっている。

企業ビジョンに「ひとりひとりの心を動かす『物語』でお酒と人との未来を創る」とあるが、その物語を紡ぎ、人々のビール時間をより楽しいものにするというのが、雑誌を創刊の狙いなのだろう。

価値の体系とリブランディング

ここで、本ブログの記事「シュワルツの価値理論 ポジショニング戦略の道しるべ」で紹介した価値体系を用いて、エビスブランドのリブランディングをマップ化(可視化)してみよう。

そのポジショニング(消費者の頭の中の位置取り)の足取りはどう変わったのか?

「ちょっと贅沢な、自分へのごほうび」から、「Color Your Time! ビールの楽しさ、もっと多彩に。」への移行は、シュワルツの価値理論の4つの上位分類でいえば、「自己高揚(Self-enhancement)」から「変化への開放性(Openness to change)」へのシフトだといえる。

シュワルツの価値理論からみたエビス

シュワルツの価値理論からみたエビスビール

「自己高揚(Self-enhancement)」の下には「達成(Achievement)」や「権力(Power)」、さらにその下位には「成功」や「富」、「社会的承認」などがある。

おおまかにいえば従来のエビスはこの「自己高揚(Self-enhancement)」の価値群を体現していたのだろう。

エビスが「部長のビール」といわれていたゆえんだ。

一方で新たなに掲げたコンセプトは「変化への開放性(Openness to change)」へ歩み寄っている。

10の価値分類でいえば「快楽主義」や「刺激」、「自己決定」の領域だ。その下位価値の56分類なら、「楽しみ」「変化のある人生」「好奇心」「創造性」といったところだろうか?

こうしてみると、エビスのリブランディング戦略はブランドに通底する根本の価値の転換を図るものだったといえよう。

2024年の年初から始まったテレビCMキャンペーンのメインコピーは「たのしんでるから、世界は変えられる。」

エビスビールのビール造りに向き合う姿勢を、実力派俳優の山田裕貴さんが仕事に夢中になるようすとシンクロさせながら表現している。

まさにブランドのコンセプト「Color Your Time! ビールの楽しさ、もっと多彩に。」を具現化した内容といえよう。

エビスビールは今後、どんな変化を遂げるのだろうか?

その自由さと多彩さでどう人々を楽しませてくれるのだろうか?

歴史あるブランドの進化にしばらくは注視することになりそうだ。

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