有隣堂しか知らない世界 マツコの番組まねた企業YouTubeが面白すぎる

有隣堂 YouTube
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書店チェーンの有隣堂が起ち上げた企業公式YouTubeチャンネルが大きな話題を集めている。

推しのアイテムやジャンルを軽妙な掛け合いトークで紹介するのが基本パターン。

登場する有隣堂スタッフの猛愛ぶりとミミズクを模したMC「ブッコローの毒のあるツッコミが評判を呼び、チャンネル登録者数は22万人に達した。

品行方正な企業YouTubeの殻を破り好き嫌いの判断基準だけですべてを構成される。

そんな異端なスタイルが人々を惹きつけ、今やファンダム化の気配さえ漂い始めている。

なぜ、そこまで人気を呼んだのか、有隣堂YouTubeの軌跡に迫る。

目次

「有隣堂しか知らない世界」に熱い人気

チャンネル登録者数22万人超えの快挙

東京や神奈川、千葉を拠点に約40店舗を展開する書店チェーンの有隣堂。

その有隣堂が起ち上げた企業公式のYouTubeチャンネルが大きな話題を集めている。

チャンネルのタイトルは「有隣堂しか知らない世界」

2020年6月の起ち上げから視聴者数を着実に増やし、チャンネル登録者数は2023年3月時点で約22万人に達している(読売新聞オンライン 2023.3.23)

テレビCMと連動したトヨタ自動車のYouTubeチャンネル「トヨタイムズ」の登録者数が28万人

全国区の知名度があるわけでもない書店チェーンにとって22万人という数字は快挙といっていい。

Googleで少し検索すれば、その人気ぶりをたたえる報道記事がいくつもヒットする。

広報会議(2022年5月)の記事によると、記者たちの中にも同チャンネルのファンが存在し、そのことがメディア露出の機会を生んでいるようだ。

また、2023年2月にはチャンネル登録者数が20万人を超えるまでの舞台裏を描いた書籍「老舗書店『有隣堂』が作る企業YouTubeの世界~『チャンネル登録』すら知らなかった社員が登録者数20万人に育てるまで~」(ホーム社 2023年)も出版されている。

推しの商品を題材に掛け合いトーク

同チャンネルでは毎回10分前後の動画がアップされるが、内容といえば、テレビの人気番組「マツコの知らない世界」を思い浮かべるのが手っ取り早い。

書籍や文房具など特定のアイテムやジャンルを題材に、MCとゲストの掛け合いトークが続く。

MCは「ブッコロー」というミミズクを模したキャラクターが務め、ゲストの多くは有隣堂で働くスタッフたちである。

ちなみにMCの「ブッコロー」はBook(本)+Owl(オウル、ミミズクの意)から来ているという。

ファンたちの間では「ゆうせか」の愛称で親しまれているが、SNS上のコメントを見ると、その熱量は相当に高い。

動画の情報が役に立つ、面白いといったレベルを超え、心から楽しんでいる印象だ。

応援したいという気持ちが表明されている。

企業YouTubeの殻を破る

なぜ書店チェーンの企業YouTubeが人気を呼んだのだろう? 

いくつもの要因が複合的に重なるが、報道記事を参考に主だったものを挙げてみたい。

まずは企業YouTubeの殻を破ったことがある。

殻を破る

一般の人々にとって企業YouTubeが確固たるジャンルとは言い難いが、知名度のある企業のYouTubeチャンネルならなんとなくそのスタイルに一定のイメージはあるだろう。

品行方正で枠をはみ出すことはない。

時には念入りに作り込まれた完成度の高いエンターテイメントとしても楽しめる。

しかし、個性豊かな人気ユーチューバーたちのような距離の近さや奇策ぶりが期待されることはまずない。

ところが、有隣堂が起ち上げた企業YouTubeはその殻をことごとく破ったのだ。

まるでびっくり箱を開けるように。

有隣堂スタッフの猛愛ぶりが半端ない

動画の多くは有隣堂のスタッフが推しのアイテムやジャンルをプレゼンするのだが、その猛愛ぶりが半端ない。

まさに「有隣堂しか知らない世界」の箱が開くのだ。

街中の書店のスタッフといえば寡黙なイメージがあるが、こんな熱い面を隠し持っていたんだと、驚きを禁じ得ない。

たとえばどんなスタッフがゲストとして登場するのか? 

本家の「マツコの知らない世界」にならって、ゲストとして登場するスタッフにはフックの効いた「肩書」が付いている。

いくつか挙げてみよう。

「文房具王になりそこねた女」

「書店をプロレスで私物化した男」

「書店の一角を食品物産展にした女」

「業界で最も雑誌を縛るのが早い男」

肩書を聞くだけでも、各動画がどんな展開になるかがうかがい知れるだろう。

MC「ブッコロー」の絶妙な本音トーク

そして輪をかけてユニークなのが、その展開に痛烈なパンチを浴びせるMCの「ブッコロー」だ。

プロ顔負けの流暢さで本音トークを展開する。

ゲストのプレゼンにも忖度(そんたく)する姿勢はみじんも見せない。

頭上にドローンを飛ばすような、思いがけない視点から絶妙なツッコミをいれるのだ。

たとえば「有隣堂よりアマゾンで買ったほうが安くない?」とピシャッと言ってのけたり、有隣堂の公式チャンネルにもかかわらず、ライバルの蔦屋書店を礼賛したりすることもある。

一見、毒舌キャラ炸裂のようではあるが、ウケを狙ってあえて毒づいているわけでもないようだ。

あくまで本音で話しており、いいと思ったものには素直にそう伝えるときもある。

それゆえ、嘘がないと感じられる。

通常の大手企業のYouTubeチャンネルであれば、さすがに露骨な宣伝臭は抑えられているが、やはり「売らんかな」の姿勢はにじみでてしまうものだ。

一方、有隣堂のYouTubeでは宣伝する素振りをいっこうに見せず、「ブッコロー」から皮肉や自虐的なユーモアが次々に飛び出す。

対象とするのはYouTubeで動画を見る人であり、書店に足を運ぶ人たちを狙い撃ちすることを想定していない。

その点でも従来の企業YouTubeの殻を破ったといえる。

「視聴維持率」が70%に届く編集術

10分前後の動画をつくるのに、収録時間は平均で1時間~1時間半ぐらいかけるという。

ほぼフリートークで細かな台本を用意することはないらしい。

編集は外部の動画クリエーターが担当する。

ゲストやMCの素の部分に光を当て、リアルさを引き出すことを念頭に置いているようだ。

そして、その流れるような編集のなせる技なのだろう。

掛け合いトークが軽妙なテンポで進み、見る側を飽きさせない。

同チャンネルでは「視聴維持率」が70%に及ぶという(impress business media 2022.5.24)

「視聴維持率」とは動画の評価指標の一つで、動画全体の尺のうち、何割が視聴されたかを示す値だ。

その数字が高水準なのも、内容の面白さは当然あるが、秀逸な編集も大きく貢献しているはずだ。

マツコの番組をあえてパクったゆえの面白さ

企業YouTubeの殻を破り、意表を突く形で人々を惹きつけた有隣堂。

しかし、一方で自ら既存の型にはまりにいった側面もある。

冒頭でも触れたが、テレビ番組「マツコの知らない世界」をテンプレートにしているのだ。

「パクリ経済 ― コピーはイノベーションを刺激する」(みすず書房、2016年)によれば、模倣が創造性を駆逐するのではなく、むしろ活性化するのだという。

まさに、パクリ経済の世界を地で行くコンテンツのつくりになっている。

ここでTBSの公式サイトにある「マツコの知らない世界」の紹介文を見てみよう。

マツコとゲストの本音のガチバトル

あのマツコ・デラックスも知らない世界へようこそ…

マツコとゲストが1対1でサシトーク

あらゆるジャンルのゲストが登場し、トークを繰り広げます。

ゲスト自ら得意ジャンルや、現在ハマっているものを企画として持ち込み、マツコにプレゼンしていくというスタイルの番組です。

ゲストごとに繰り広げられる独自の世界観と、自然体のマツコだからこそできる鋭いツッコミが見所です。

「マツコの知らない世界」の建付けをYouTubeで再現することを狙ったのは明らかだろう。

実はこのことが人気を押し上げる要因にもなった。

仮に初めて動画を視聴したとしても、人気番組のフィルターを通して見ればよく、格段にとっつきやすくなる。

世の中を動かすアイデアを分析した「アイデアのちから」(2008年、日経BP社)によれば、新たなアイデアを伝え、その記憶を定着させるのには、人々の頭の中に既に刷り込まれているイメージを呼び覚ますのが極めて有効だという。

たとえば「エイリアン」のアイデアをハリウッドに売り込むのに、「宇宙船を舞台にした『ジョーズ』」という言い方がされたという。

人と人食いザメとの格闘を描いた大ヒット作「ジョーズ」の世界が、「エイリアン」では逃げ場のない宇宙船の中で展開されることを直感的にわかりやすくイメージさせたのだ(東洋経済オンライン 2016.2.12)

「有隣堂しか知らない世界」にも同様の効果が働いたであろう。

なじみやすさが後押しされ、記憶に焼き付くことで人々の口の端にも上りやすくなる。

ファンダム・マーケティングの成功事例

ここでもう一つ、別の視点から有隣堂の企業YouTubeが人気を高めた理由を指摘しておきたい。

それはSNS上に熱いコメントを寄せるファンたちの存在である。

日経クロストレンドの2022年7月7日付の記事には、YouTube日本代表の弁として、日本ではファンのつくるカルチャーであるファンダムが熱いとの指摘がある。

YouTubeにもその傾向が顕著に現れているというのだ。

ファンダムとは、特定の趣味や関心事に集うファンたち、もしくはそのファンたちがつながり合い、一種の文化を形成することをさす。

「ダム(dom)」とは「キングダム/kingdom(王国の意)」というように英語の接尾語の一つで、「領」「界」「勢力範囲」といった意味がある。

ファンダム(fandom)ならさしずめ、「ファンたちの勢力圏」といったところだろう。

K-POPアーティスト「BTS(防弾少年団)」でも、熱心なファンたち(「ARMY」とも呼ばれる)が組織的に何度も推しの楽曲をストリーミング再生し、ヒットチャートの上位にランクインさせようとしていた。

その現象とも符合することから、ファンダムという言葉がメディアで盛んに使われるようになったのだ。

「BTS」のファンほどの熱量ではないにせよ、「有隣堂しか知らない世界」にもこのファンダムの気配が漂う。

SNS上のコメントを見ると、楽しませてくれたことへの率直な感謝の念が吐露されている。

しかし、それだけにとどまらない。

こんなマニアックな題材を扱う動画に興じる自分、そんな自分と似た人たちとつながりたい、応援する気持ちを共有したいという思いに背中を押されているのだ。

ファンダムが芽生えつつあるといっていいだろう。

「趣味の合う人、この指とまれ」方式

有隣堂の一番の功績は、そんな人たちを「趣味の合う人、この指とまれ」方式で引き寄せ、顕在化させたことだ。

最初はほんの一握りだったに違いない。

しかし、ニッチな集団といはえ、いったんその存在が明らかになると、ファンがファンを呼ぶ好循環がそこから生まれる。

「好き嫌い」にこだわった動画制作

なぜ、有隣堂のYouTubeにはそれが可能だったのだろう? 

そんなモメンタム(勢い)の見られない他の企業YouTubeとの違いは何だったのか?

それはひとえに「好き嫌い」にこだわって、すべてが前に進むようにしたからだ。

一橋大学ビジネススクール教授の楠木建氏によれば、人は「良し悪し族」「好き嫌い族」に分かれるという。

その著書「すべては『好き嫌い』から始まる 仕事を自由にする思考法」(文藝春秋、2019年)には、それら2つのタイプが常にせめぎ合っているが、昨今の社会では「良し悪し族」が幅を利かせているとある。

必要以上に良し悪しの判断基準がはびこっているという。

ポリティカル・コレクトネス(政治的公平、差別・偏見を避けた中立的な表現)へ過剰な配慮や、コロナ禍に出現した自粛警察の危うい正義感などはその最たる例なのだろう。

一方で「有隣堂しか知らない世界」はどうだろう? 

その制作において、すべての判断基準が好き嫌いで通せるという。

出演者や制作スタッフ、ファンたちが、生粋の「好き嫌い族」として羽を伸ばせるのだ。

それゆえ、なんら駆け引きのない自由闊達な世界がそこには広がる。

楠木教授によれば、心から好きなことに取り組むとき、人はどんな努力も苦にならないという。

努力を「娯楽化」できるのだ。結果的に「好きこそものの上手なれ」余人をもって代えがたい存在になれる。

そして、そんな無心を貫く姿は共鳴(レゾナンス)をよぶ。

共鳴 レゾナンス resonance

同様の構図のなかで、有隣堂のチャンネルにもファンが増えていく。

動画制作にあたって、有隣堂で良し悪しが問われるのは以下の4つだけだという(Real Sound 2023.3.16)

1)人権侵害をしない

2)反社会的なことをしない

3)誰かを傷つけることをしない

4)著しく品性を欠くことをしない

裏を返せば、その4つさえ守りさえすれば、「好き嫌い族」たちが自由に存分に本領を発揮できる。

それゆえ、同チャネルは強い波動を生み出せたのだ。

「ブロードキャスト拡散」が着火剤

しかし、チャンネル登録者数22万人に達するのには、ファンたちの熱量による自己増殖的な拡大だけではなかった。

2021年2月、エンタメ系サイト「ねとらぼ」の記事に取り上げられたことで、一気に認知度が上がり、チャンネル登録者数が跳ね上がったという。

2021年10月公開の「職業作家の1日ルーティン」という動画もキラーコンテンツとなった。

映画「護られなかった者たちへ」の原作となった小説の作家、中山七里氏の日常に密着した内容で、同チャネル屈指の再生回数を誇る。

複数のネットニュースにも取り上げられ、チャンネル登録者数を大きく押し上げる着火点になったという。

マーケティングの世界には「バイラルマーケティング」という言葉がある。

「バイラル」とは「ウイルス性」の意味があり、文字通り感染症のように、1人から2人に影響を与え、その2人がさらに4人へと感化される人が倍々で増えていく。

やがて指数関数的にその規模が拡大し、メガヒットやブームが生まれる。

SNS全盛の今の時代なら、いかにもありえそうなイメージだ。

しかし、「ヒットの設計図」(早川書房、2018年)によれば、純粋にバイラルでじわじわと広がることはごくまれだという。

むしろ、鍵を握るのは、ネットニュースなどのごく少数の情報源から多くの人が同時に情報を得る「ブロードキャスト拡散」だ。

多くの流行現象が起きるのは、1対1がつながる瞬間が100万回存在したからではなく、1対100万の瞬間が何回か存在したからだと同書は主張している。

例を一つ挙げるなら、ピコ太郎の「PPAP(ペンパイナッポーアッポーペン)」がある。

世界的な人気のポップ歌手、ジャスティン・ビーバーがツイッターで言及するという「ブロードキャスト拡散」が人気に火をつけ、「PPAP」は2016年のYouTubeトレンド動画ランキング世界2位に入っている。

このことは有隣堂のYouTubeチャンネルにもあてはまるだろう。

草の根のファンの熱量ネットニュースによる「ブロードキャスト拡散」の合わせ技が、チャンネル登録者数22万人へと導いたのだ。

有隣堂流「フェイルファスト」

実は有隣堂は「有隣堂しか知らない世界」を起ち上げる前に一度失敗している。

書籍解説のチャンネル「書店員つんどくの本棚」を3ヵ月ほど開設していたが、いっこうに視聴者数が増えなかったという。

殻に閉じこもっていては、月並みの成果しか上げられないことを思い知ったのだ。

まさにベンチャーの成功の秘訣といわれる「フェイルファスト(fail fast)/早く失敗せよ」だろう。

その失敗から大きな教訓を得て、有隣堂は好き嫌いに焦点を当てたコンテンツに振り切ったのである。

企業にとってYouTubeチャンネルはその「らしさ(アイデンティティ)」を伝えるアプローチとしては珍しくなくなった。

有隣堂のYouTubeチャンネルは、とりわけファンを増やす手立てを講じようとする際には、どんな業種、どんな規模の企業でも大いに学ぶべきところがあるだろう。

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