エビスビール流ファンコミュニティ戦略 顧客接点の“持続的”創出

エビスビール ファンコミュニティ
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「Color Your Time! ビールの楽しさ、もっと多彩に。」のコンセプトを掲げ、彩りも鮮やかなラインアップの拡充に邁進するエビスビール。

実はそのライン拡張戦略とは別に、エビスがもう1つの柱とするのがエビス好きな人たちが集う場所の創出だ。

顧客接点戦略の一環でブランド体験拠点の構築に並々ならぬ覚悟で臨む。

ブランド生誕の地・東京恵比寿にオープンする「YEBISU BREWERY TOKYO(ヱビス ブルワリー トウキョウ)や、会員制のファンコミュニティサイト「YEBISU BEER TOWN(エビスビアタウン)」などがその代表格といえる。

本記事ではその挑戦的な取り組みと背景にあるブランドの考え方に迫ってみたい。

目次

ブランドを体験する「場」の創出

「Color Your Time! ビールの楽しさ、もっと多彩に。」のコンセプトを新たに掲げ、2021年より大胆なリブランディング(ブランド再構築)を敢行しているエビスビール。

そのコンセプト通り、従来以上にラインアップが拡充され、パッケージカラーも赤や青、緑と、他のブランドには類を見ないほど彩り豊かになった。

いずれも原料や製法など「おっ!」と思わせる趣向が凝らされており、エビスを通してビールの奥深さを改めて知ったという人もいるだろう。

しかし、エビスのリブランディングはラインアップの拡充にとどまらない。

実はもう1つの柱があるのだ。

エビス好きな人たちが集う場所の創出である。

ブランドとユーザー、あるいはユーザー同士が直接つながれる場所を設けて、その触れ合う経験を契機にファンを育てていく。

いわゆる「ファンコミュニティ」の形成をエビスはブランド戦略の柱に据えているのだ。

エビスの多彩なラインアップ展開とその狙いについては以下の記事でも既に書いているが、今回の記事ではエビスがいかにユーザーとの接点強化に取り組んでいるのかに迫ってみたい。

まず、オフラインのリアル拠点として、「YEBISU BAR」「YEBISU BAR STAND」「YEBISU BREWERY TOKYO」「TAPS BY YEBISU」の4つを見ていこう。

YEBISU BAR

ファンを増やすブランド体験拠点の代表格は何といっても「YEBISU BAR」だろう。

手掛けるのはサッポログループ傘下で、飲食事業を手掛けるサッポロライオン。

2009年にオープンした東京・銀座コリドー街の1号店を皮切りに、首都圏や大阪、京都、兵庫、広島、福岡などの全国主要都市で展開してきている。

「YEBISU BAR」は「ALL FOR YEBISU ~エビスの全てが、ここにある。~」がコンセプト。

間接照明を取り入れた和モダンな雰囲気で、同じビアバーでも賑やかなイメージのアイリッシュパブとは一線を画す。

YEBISU BAR
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公式サイトには「個性豊かな樽生エビスと、その味わいに合わせた料理で『エビスと料理のマリアージュ』を提供」とある。

ここで「マリアージュ(mariage)」とは、「結婚」や「調和」の意味で、もともとは別の二つのものが、調和している状態をいうらしい(ENOTECA online)

エビスビールとおいしい料理が互いに引き立て合う、そんなダイナミズムを体験できる場のようだ。

YEBISU BAR STAND

さらに、同じ「YEBISU BAR」を冠した体験拠点に「YEBISU BAR STAND」がある。

全国主要都市に展開している「YEBISU BAR」ではあるが、実はエビスの生誕の地である東京の恵比寿に店を構えていなかった。

そこで満を持して、従来の「YEBISU BAR」よりもカジュアルで、より気軽に立ち寄れる場所として「YEBISU BAR STAND」という新業態を起ち上げたのだ。

公式サイトには「1日の何気ないシーンをあなたらしいビール時間に彩る」とある。

待ち合わせやちょっとした合間などに立ち寄る場所を想定している。

多彩なエビスビールの各ラインアップはもちろん、5種類からミニグラスで2杯選んで飲み比べる「TASTING OF YEBISU」というメニューも用意されている。

ここでも「Color Your Time!」のブランドコンセプトが息づいている。

TAPS BY YEBISU

そしてもう1つ、ブランド生誕の地である恵比寿には「TAPS BY YEBISU」がある。

JR恵比寿駅の東口構内に2022年9月にオープンした、いわゆる駅ナカ業態のブランド体験拠点だ。

JR東日本クロスステーションとの共創プロジェクトとして誕生しており、定番のエビスビールはもとより「琥珀エビス プレミアムアンバー」や季節限定のラインなど、数種のラインアップが常時堪能できる。

内装は1988年まで恵比寿の地にあったエビスの工場をイメージしているという。

5種類のエビスから組み合わせを選ぶビアブレンドも用意され、エビスの多彩さゆえの楽しみ方もできるらしい。

フードメニューは「TAP&GO」をコンセプトに、駅ナカでの短時間滞在を前提に厳選した、こだわりの小皿料理が提供される。

ファンコミュニティ「YEBISU BREWERY TOKYO」

生誕の地に醸造所が復活

そして、新たなブランド体験拠点が「YEBISU BREWERY TOKYO(ヱビス ブルワリー トウキョウ)」だ。

2024年の4月に開業予定という。

場所はサッポロビールが本社を構える恵比寿ガーデンプレイスの敷地内となるが、ここにはもともとエビスのルーツといえる「恵比寿ビール」の醸造所があった。

1988年まで実際にビールをつくっていたという。

その後は「エビスビール記念館」となっていたが、その施設も2022年10月から休館していた。

実はそこに新たに醸造所を建てていたのだ。

「YEBISU BREWERY TOKYO」はその醸造所と、エビスの130年の歴史を振り返るミュージアム、醸造所で作られたビールを楽しめるタップルームの3施設からなる。

タップルーム

タップルームとはなかなか聞き慣れない言葉であるが、ビール醸造所に併設するバースペースのことらしい。

ビールサーバーの注ぎ口を「タップ」と呼ぶことからその名が来ている。

「YEBISU BREWERY TOKYO」のタップルームは、多種多様なテーブルやいすが配置され、ひとりでもグループでもその日の気分に合わせて楽しめる空間となるようだ。

特徴的なのが「ビアストーミングエリア」が設置されていること。

ビールを楽しみながらクリエイティビティを発揮したい時のミーティングブース、コミュニティスペースとして活用できる。

「YEBISU BREWERY TOKYO」は、ミュージアムで歴史あるエビスの豊饒な物語に触れ、今まさに現在進行形でビールがつくられている醸造設備を見学し、その後タップルームでエビスを味わうというエビス三昧の楽しみ方ができる場所なのだ。

エビス ∞

さらに同施設の開業時には、フラッグシップラインとして「エビス ∞(インフィニティ)」「エビス ∞ ブラック」の発売が予定されている。

35年以上前に恵比寿の醸造所で使用していたエビス酵母を再選抜し、今の時代に復活させた逸品とのこと。

この2つのラインは「Beer is ∞.(ビールは無限大)」がコンセプト。

エビス ∞(インフィニティ) エビス ∞ ブラック Beer is ∞.(ビールは無限大)
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「∞(インフィニティ)」には「ビールづくりに無限の問いをつくり、無限にその答えを追い求めていく」というエビスのビールづくりの精神が込められているという。

Foggy ale 2024 & 煙々(えんえん)

「エビス ∞」と「エビス ∞ ブラック」通年の展開となるが、期間限定「Foggy ale 2024(フォギーエール 2024)」「煙々(えんえん)」も発売される。

「Foggy ale 2024」の「foggy」は日本語にすると霧がかかってぼんやりしたという意味になる。

Foggy ale 2024 Beer is uncertainty. (ビールは不確かなもの)」
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サッポロビールの公式サイトによれば、同ラインは「Beer is uncertainty. (ビールは不確かなもの)」がコンセプトだという。

ビールは数千年の長い歴史の中、さまざまなスタイルが錯綜としており、「ビール」という言葉ほど不確かなものはないそうだ。

ビールという1つの作品は、その無数のスタイルが漂う霧の中から1つの光明を見いだす奇跡にほかならない。

そんな意味を込めて「Foggy ale(フォギーエール )」と名づけたらしい。

もう一方の「煙々(えんえん)」は「Beer is Meditation. (ビールは瞑想)」がコンセプト。

吟味した燻製(くんせい)麦芽がもたらす、まるでウィスキーのような香ばしい香りが特徴で、上質な麦芽の香りを堪能できる。

煙々(えんえん)  Beer is Meditation. (ビールは瞑想)
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そのひと時に酔いしれながら、自分と向き合う時間をもたらしてくれるビールだという。

ここに挙げた4種はいずれも樽入りビールとなる。

エビス誕生の地で味わえる特別なラインアップであり、「YEBISU BREWERY TOKYO」の体験価値をいっそう希少で上質なものにする役割を担うのだろう。

体験拠点がファンを増やす契機に

ここまで、エビスの4つのブランド体験拠点を巡ってきた。

こうしたリアルな顧客接点チャネルは、「Color Your Time! ビールの楽しさ、もっと多彩に。」を掲げ、多彩なラインアップを核とするエビスブランドにとって、強力な援軍となるだろう。

ブランド体験拠点とはいえ、必ずしもブランドファンが来訪するとは限らない。

地の利の良さからちょっと美味しいビールを飲みたいといった軽い動機で訪れる人もいるかもしれない。

それでも、その稀有な美味しさや多彩さ、特有の雰囲気に浸っているうちに、ポッと薪(まき)に火がともるような感覚になる。

そのときこそ、ファン化への一歩が始まる瞬間だ。

人気となったドラマやアニメのゆかりの地がファンたちの聖地巡礼スポットとして盛り上がることは今や珍しくない。

今後いっそうエビスファンが増えていけば、ブランド体験拠点が同様の現象を引き起こすことも十分考えらえるだろう。

あいにく東京の恵比寿や「YEBISU BAR」のある主要都市は遠くてなかなか行けないという人もいるかもしれない

しかし、実際に拠点があるという記憶は刻まれる。

聖地
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いつかは訪れてみたい、エビスビール好きが集まる場所がある。

そんな「聖地」としての共通認識はブランドファンたちにとって、よって立つ基盤になり得るのだ。

YEBISU BEER TOWN

他のブランドにはないエビスの真骨頂が、2022年から運営しているオンライン上のブランド体験拠点だ。

その名も会員制参加型コミュニティサイト「YEBISU BEER TOWN(エビスビアタウン)」

同サイトのリリース記事には「エビスファンとエビスにかかわるすべての人たちが、エビスをきっかけにつながり、語り、共創していく街」とある。

トップ画面の街の絵柄がまさにリアルな恵比寿の街を彷彿とさせ、バーチャルとリアルの世界がせめぎ合うような感覚に襲われる。

コミュニティサイト内では、ブランドと会員の交流のみならず、会員同士の横のつながりも促される趣向が凝らされている。

その筆頭がコミュニティ機能の「エビスご縁横丁」だろう。このご縁横丁は以下の3つのコミュニティスペースに分かれるようだ。

みんなの “縁” 会場

1つ目は「みんなの“縁”会場」と呼ばれるスペース。

会員となったメンバー同士が自由に語り合える場だ。

話題はエビスにまつわることに限らず、グルメや趣味など自分が好きなことでかまわないらしい。

同時に「エビスご縁横丁実行委員」も発足する。

会員の代表者が務め、投稿を率先して行ったり、「YEBISU BEER TOWN」が主催するイベントの企画に参加したりする。

みんなの“縁”会場 エビスご縁横丁実行委員
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街全体を盛り上げる世話役といったところだろう。

もともと「YEBISU BEER TOWN」は「同じエビスファン同士、交流を深めて、エビスの楽しみ方を共有したい」という声から構想が始まっている(日経BP Special)

まさに「袖すり合うも他生の縁(そですりあうもたしょうのえん)」さながらの体験が期待できる。

エビス担当語りBAR

2つ目が「エビス担当語りBAR」

ここはエビスブランド担当者と会員たちが直接交流できるスペースとなる。

エビスにまつわるさまざまなテーマをお題に、商品開発やブランドマネージャーといった面々がつぶやき、会員からの質問にも答えていく。

絶品横丁

3つ目が「絶品横丁」と呼ばれるスペースで、エビスを扱う飲食店のお知らせを閲覧できるという。

飲食店もまた、エビスブランドを担う重要なステークホルダーであり、このスペースを通して、エビスファンである会員メンバーとエビスに思い入れの深い飲食店とのつながりを築くのが狙いなのだろう。

ファン心理醸成のしくみ

同コミュニティサイトの登録会員数は24年2月末で約12万人に達している(日経クロストレンド 2024.3)。

今後もむやみに会員数を追うのではなく、ファンと呼べるメンバーの数を着実に増やす意向のようだ。

コミュニティサイト内にはメンバーたちのエンゲージメント(ユーザーの愛着心)を高めるインセンティブも用意されている。

会員が一定数以上の投稿や「いいね」を行ったり、イベントに参加したりすると「バッジ」が贈呈される機能もある。

サイトを物見遊山で楽しんでいると、いつのまにかバッジがたまっていることもあるようだ。

自分の投稿やコメントした投稿を一覧で見ることもでき、自分の活動履歴を振り返る機会にもなる。

また、エビスをもっと楽しむための知識やビールのトレンド情報などが得られる「エビスビアカレッジ」といった会員限定のオンラインイベントも随時企画されている。

いずれもファン度を上げることが主でプロモーショナルな要素は控えめといえよう。

こうしたインセンティブ設計に関係するのが、本ブログで以前の記事に取り上げた「アンダーマイニング効果」だ。

アンダーマイニング効果」とは意欲を持って始めた活動に対し、過剰な報酬やご褒美などのインセンティブが与えられたことで、その意欲が減退してしまうことをいう。

おそらくエビスのファンコミュニティサイトの運営側はそのことを十分見越しているのだろう。

あからさまな特典やインセンティブで釣り上げるのではなく、「ふと気づくと熱いファンになっていた」というように、ファン心理を少しずつ醸成しようとしていることがうかがえる。

メンバーたちの心の声を引き出す

実は「YEBISU BEER TOWN」が会員限定のクローズドなコミュニティ構築にこだわったのも、着実にファンを育てるという思いがあったからだ。

今やSNS全盛の時代、人々が自ら情報を発信する、いわゆるUGC(ユーザー・ジェネレーテッド・コンテンツ/ユーザー生成コンテンツ)がネット空間にはあふれてる。

よりオープンなSNS施策を通してファンとの交流を図るという選択肢ももちろんあった。

しかし、エビスは、お互いが会員登録を済ませたメンバー同士であるという一体感の醸成に重きを置いたのだ。

本ブログの以下の内集団バイアスに関する記事にも書いたが、「ウチ」と「ソト」という線引きは身びいきのような感覚をメンバー間に生む。

「YEBISU BEER TOWN」では投稿に対して「いいね」でリアクションしたり、コメントで返信したりができるが、

そこに同じ内集団のメンバー同士ゆえのちょっとした力学が働く。

「閉ざされた一般互恵性理論」と呼ばれるが、メンバーに好意的に接すると、そのメンバーから直接好意を返されるだけにとどまらない。

そのようすを見ていた他のメンバーからも好意的に接してもらえるようになる。

メンバー間にいわば「情けは人の為ならず、巡り巡って己が為」といった間接互恵性の関係が生まれやすくなるのだ。

閉ざされた一般互恵性理論 情けは人の為ならず、巡り巡って己が為
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巡り巡って好意が返ってくるという密やかな期待に背中を押され、最初は「いいね」でリアクションするぐらいだったのに、いつしか積極的に自分の意見を書き込んだり、他のメンバーの投稿にコメントを残したりするようになる。

やがてその輪が広がり、投稿内容を巡って思わず顔のほころぶような体験も徐々に増えることになるだろう。

実はそこがサイトを運営するエビス側の狙いでもある。

エビス側が「住民」と呼ぶメンバーたちから前向きな気持ちを引き出し、心の声を自らの投稿や運営側が依頼するアンケートを通して言葉にしてもらう。

それらの声を収集し、丹念に分析したうえで、コミュニティーサイトの運営や、潜在的なブランドファンの発掘も含めたブランド全体のファンマーケティングに生かしていく。

たとえば、同サイトは総会員数に占めるマンスリーアクティブユーザーの比率メルマガの開封率の数値目標を立てているが(販促会議 2022.12)、それらの数値を上げるのにメンバーの何気ない声が重要な気づきとなることは十分に考えられるだろう。

「Color Your Time! ビールの楽しさ、もっと多彩に。」をうたうエビスが新ラインの開発やその告知を行う際にも、会員の声から思わぬヒントが得られるかもしれない。

こうした「ゼロパーティーデータ」(顧客が自ら進んで提供するデータ)の収集と活用が、あえてクローズドのコミュニティサイトを起ち上げた背景にはあったのだという(日経クロストレンド 2024.3)。

ひとりひとりの心を動かす物語

今回の記事ではエビスがオフライン、オンラインを通してブランド体験拠点の拡充に注力するようすに触れてきた。

いずれもユーザーの体験価値を積み増すための一種のブランドインフラといえる。

サッポロビールは企業ビジョンに「ひとりひとりの心を動かす物語でお酒と人との未来を創る」を掲げている。

ひとりひとりの心を動かす物語でお酒と人との未来を創る
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そのサッポロの基幹ブランドであるエビスは、まずは多彩なラインアップを世に送り出し、その誕生の背景や具体的なエピソードなどを物語として紡ぎ始めた。

そうすることで企業ビジョンを引き継いだのだ。

しかし、エビスはそれだけにとどまらなかった。

その物語をひとりひとりの心を動かす体験に変えるのに、エビスは体験価値向上に利するインフラの構築にも積極的に取り組んだのだ。

かなりの持久戦にはなることはエビス側も覚悟の上だろう。

しかし、ファンがファンを呼ぶという相互促進的なサイクルの実現が夢物語でないことはもはや確かなようだ。

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