「交差ネットワークによる二度聞き効果」とは別々の人から同じ話を聞くことで、その内容を信じやすくなる傾向をいう。
学校のクラスメートのような、友だちの友だちは自分の友だちといった密なネットワークではよく起こる。
噂(デマや風評も含め)が広がるのも、あるいは新商品などの口コミが広がるのも実はこの二度聞き効果が後押している。
異なる情報元から2回以上聞かされることで信ぴょう性を帯びて聞こえ、自分もまた人に話したくなるのだ。
この効果がときに、金融機関の取り付け騒ぎまで引き起こすこともある。
交差ネットワークによる二度聞き効果
「交差ネットワークによる二度聞き効果」とは別々の人から同じ話を聞くことで、その内容を信じやすくなる傾向をいう。
たとえ真偽のはっきりしない噂(うわさ)話でも、異なる情報元から二度聞きすると信ぴょう性を帯びて聞こえるのだ。
読んで字のごとくの効果であるが、今回はこの効果が生じる要因をもう少し掘り下げてみたい。
交差ネットワークとは?
友だちの友だちは自分の友だち
まず「交差ネットワーク」についてである。
これは友だち関係でいえば、友だちの友だちが自分自身の友だちであるような関係がその典型だ。
いわゆる三角関係(トライアド)が成立している状態である。
3人の友だち関係は2人だけよりも長く続くことがある。
3人のうち2人が疎遠になりそうになっても、間に入ったもう1人の呼びかけで3人が再び集まるということが起こり得る。
2人がけんかした場合でももう1人が取り持つことで仲直りできるかもしれない。
こうした三角関係が互いに重なり合いながら緊密なネットワークを築いているのが学校のクラスメートだろう。
卒業後もその関係が続くことが多い。
ツリー型 vs. 結束型ネットワーク
以下は「ヒューマン・ネットワーク」という書籍に掲載されていた図であるが、友だち関係を表す左右2つのネットワーク図を見比べてみよう。
左側のネットワークの黒丸、右側の黒丸の人にはそれぞれ7人の友だちがいる。
左の黒丸のほうは友だち7人は友だち同士ではない。
その7人の先の友だちも友だち同士ではなく、中央の黒丸の人からそれぞれが樹木のように枝分かれしていく恰好となっている。
これがツリー型ネットーワークだ。
一方、右側の黒丸では、7人の友だちもそれぞれ友だち同士の関係にある。
その先の友だちの多くもまた友だち同士だ。
こうした右側の図の友だち関係が交差するネットーワークであり、左側のツリー型に対し、結束型ネットワークともいわれる。
血縁や地縁によるネットワークの多くもこのパターンだ。
結束型ネットワークでは双方向のコミュニケーションが絶えず行われる。
たとえばママ友ネットワークなどでは、あっという間に噂が広まり、情報が筒抜けになるのが常だろう。
前述した「ヒューマン・ネットワーク」では三角形(トライアド)となる関係が結ばれることを「クラスタリング」と呼んでいる。
コロナ禍で「クラスター」という言葉も広く知られるようになったが、もともとはブドウの房という意味がある。
二度聞き効果とは?
別々の人から同じ話を伝え聞く
この交差ネットワーク内であれば、別々の人から同じ話を伝え聞く状況も想像に難くないだろう。
たとえば以下の図でAが映画を見たとする。
この時点ではまだその感想を誰にも伝えていない(①)。
やがてAはその映画の感想をBとCに話す。
それが以下の②の図である。
映画に出演していた俳優のことがたまたま話題になったのがきっかけとなった。
Aは物語やキャスト、音楽などよかった点を伝える。
今度はBとCがDにAの映画の感想を別々のタイミングで伝える。
以下の③の図はそのことを示している。
その映画がDの好みのジャンルであることを知っていたからだ。
Dは俄然、映画に興味を持つ。
時間を押してでも見に行こうとすら思う。
BとCの異なる経路からAの的を射た感想を聞いたことで心動かされたのだ。
充分に楽しめる映画だと確信したのである。
まさにこれが、交差ネットワークによる二度聞き効果が発揮された瞬間といえる。
しかし、ここで話が終わらないこともあるだろう。
情報発信者にフィードバックされるケースだ。
後日、Aの映画の感想にDが好反応を示したことをBとCがAに伝える。
Aは自分の話したことがDに影響を与えたことを知り、ちょっとうれしい気持ちになる。
実は自分の感想の半分は専門家の映画レビューの受け売りだったが、それなりに的確だったと思ったのである。
その密かな自信からAはまた別の友だちに同じ映画の感想を伝えるかもしれない。
「ヒューマン・ネットワーク」の書籍では、DがAの映画の感想をBとCから伝えられること(すなわち二度聞きすること)を「ダブルカウンティング」、そのDの反応がBとC経由でAに戻ってくることを「エコー」と呼んでいる。
噂が広がるのはツリー型か、結束型か?
ここまで交差ネットワークの二度聞き効果がどのように生じるのかを見てきた。
ここで、噂がいち早く拡散されるにはネットワークが下手に交差していないほうが効率的だと考える向きもあるだろう。
ツリー型ネットワーク上で、1人が情報発信者となり、3人の友だちに情報を伝えたしよう。
受け取った3人がさらに自分の友だち3人ずつに伝えたとすると2ステップ目で合計9人に伝わることになる。
最初の3人を含めると発信者の情報を人づてに伝え聞いた人は合計で12人となる。
ツリー型ネットワークでは重複するところがなくどんどん枝分かれするため、3ステップ目では27人に伝わり、その後は加速度的に情報が広がる。
このステップが延々と繰り返されると情報の届く範囲(リーチ)は計り知れないだろう。
一見、噂話が広く拡散されるにはツリー型ネットワークのほうが都合がよさそうだ。
同じところでぐるぐる回ることがない。
しかし、研究者たちの見解では実はそうでもないらしい。
朱に交われば赤くなるがごとく
人は耳にした噂を別の誰かにそう簡単に伝えたりはしなのだ。
「流言は智者に止まる」ということわざがあるが、人に話すべきか否か、それなりに判断し、様子見することもある。
そのうち、情報が古くなって忘れ去られ、ツリー状に広がるはずだった噂の伝達ルートがところどころデッドエンド(袋小路)になってしまう。
一方、結束型ネットワークであれば、交差ネットワークによる二度聞き効果が生じやすく、情報の信ぴょう性が増すことで拡散力に勢いが加わることになる。
情報にお墨付きが与えられ、人に伝えてもよいという気持ちになりやすいのだ。
「二度聞き」というプロセスが入り込むため、たしかに拡散のスピードは遅くなるだろう。
駅伝やバケツリレーのようにはいかない。
しかし、二度聞き効果に後押しされる分、朱に交われば赤くなるように結束型ネットワークのほうがじわじわと噂が広がりやすくなる。
以下は「ヒューマン・ネットワーク」に掲載されていた、「3人制のゲーム」が仲間内で知れ渡るようすを表した図である。
友だち同士の2人が新しいゲームを発案する。
ただし、3人制のゲームのためプレイするには別の友だち1人を誘う必要がある。
一度説明を受けてプレイするとその遊び方が学べる。
そのゲームが面白いとまた別の1人を誘ってプレイする。
それが繰り返され、図では5巡目にしてネットワークの全員にそのゲームが広まるようすを示している。
ゲームに限らず、何らかの流行が仲間内で始まるときは、たいてい同様のプロセスを辿ることになるのだ。
豊川信用金庫事件
発端は女子高校生の他愛ない会話
この交差ネットワークによる二度聞き効果が発揮されたとされる事件がある。
今から50年以上前に愛知県の小坂井町(現・豊川市)で起きた、かの有名な豊川信用金庫事件だ。
女子高校生のちょっとした冗談から「信用金庫が倒産の危機にある」との噂が地域住民に広がり、2週間弱の短い期間で合計20億円もの預金が引き出さられてしまう。
あれよあれよという間に取り付け騒ぎにまで発展してしまったのだ。
経営はいたって健全な状態だったにもかかわらずである。
事の発端は、電車内で豊川信用金庫に内定が決まった女子高校生に、その友だちが「信用金庫って危ないんじゃないの?」と冗談を言ったことだ。
「強盗が入られるかもしれない」という意味だったらしい。
しかし、その後、その女子高校生が心配になって親戚に話したことから、噂が駆け巡ることになる。
この事件は当初は犯罪性が疑われ、地元警察が噂が広がる経緯や経路を詳細に追っているが、そこから噂拡散のキープレイヤーがいたことが後に分かったのだ。
クリーニング店がインフルエンサーに
今でいう「マイクロ・インフルエンサー」的な役割を担ったのがクリーニング店を営む夫婦である。
「信用金庫が危ない」との噂を夫から聞き、妻は背筋が寒くなるほどの不安に駆られる。
実はその数年前に他の金融機関の倒産で大損害を被っていたのだ。
さらに、その後に起きた偶然のいたずらが噂の拡散を勢いづける。
そのクリーニング店にガス屋の主人がたまたま電話を借りに訪れ、「豊川信用金庫から 120 万円をおろしてくれ」と電話の相手に頼んだのだ。
この段階ではガス屋の主人には信用金庫の噂は耳に入っておらず、単に仕事の支払いでお金をおろすように頼んだだけだったという。
しかし、その漏れ聞いた内容にクリーニング店の妻は驚愕(きょうがく)する。
信用金庫の先行きを危ぶみ、そのガス屋の主人が大金をおろそうとしていると勘違いしてしまったのだ。
ここはいわゆるオーバーハード効果(漏れ聞き効果)が発揮されたのだろう。
第三者同士の話を偶然耳にすることで(面と向かって言われたときよりも)影響を受けやすくなる効果だ。
そのクリーニング店の夫婦は180万円もの自らの預金をあわてて引き出す。
そして、夫婦で20人程度の友人や知人、取引先に噂を伝える。
その中にはアマチュア無線愛好家もいたらしく、拡散のスピードがさらに加速する。
その日だけでも、59人もの預金者たちが同信用金庫に押し寄せ、5,000万円もの預金を引き出したという。
やがて「憶測」が「断定」へ
その同じ日に信用金庫に何度も客を運んだタクシー運転手の興味深い証言がある(ウィキペディア)。
倒産の危機説が時間を追って憶測から断定へと変わり、徐々に誇張されていったという。
昼頃に乗せた客は「経営が危ないらしい」程度だったの対し、夜の客は「明日はもうあそこのシャッターは上がるまい」と語っていたようだ。
もはやこの時点で交差ネットワークによる二度聞き効果がそこかしこで起きていただろう。
誤った情報が増殖する伝言ゲームのような様相を呈していたのだ。
複数の人から倒産の危機の噂が耳に入ってくる。
噂が信ぴょう性を帯び、人々はすっかり信じてしまう。
お互いの顔が見える関係が交錯する狭い近隣社会(結束型ネットワーク)。
井戸端会議はもともと日常の風景だ。
住民たちの口にもはや戸は立てられない。
その日以降、町中に噂が蔓延し、動揺した預金者たちが次々に豊川信用金庫から預金を引き出していく。
それはまさに「予言の自己成就」と呼ばれる現象だ。
凝集性の高い地域住民たちが信じて疑わずに行動に走ったことで、その通りのことが現実になってしまったのである。
デジタル・バンク・ラン
これは半世紀以上も前の遠い昔の出来事ではない。
決して対岸の火事ではなく現在でも十分に起こり得る。
米国では2023年にシリコンバレー銀行の経営不安が取り沙汰された際には、ネットやスマホから預金が一気に引き出される。
いわゆる「デジタル・バンク・ラン」という現象が起きている。
SNSなど拡散された明らかな偽情報・誤情報に対し、半数以上の人が「正しいと思う」と答えている調査報告もある(NHK NEWS 2024. 4.16)。
その正しさの判断には実は複数の情報元から二度聞きすることの効果が絡んでいるのかもしれない。
広がる噂の特徴とは?
一説によれば、噂、とりわけデマや風評といった類いはその情報に以下の5つの要素が反映されていると広がりやすくなるという(竹中 2008)。
- あいまいさ
- 重要性
- 不安
- 信用度
- 面白さ
「あいまいさ」はあいまいで不確実性が高く、多様な解釈が入り込む余地があること、「重要性」は自分の利害や欲求充足に深くかかわることをいう。
また、「不安喚起」は不安や焦燥感が駆り立てられ、少しでも解消しようと人と共有したくなること、「信用度」はもっともらしく聞こえることをそれぞれ指す。
また、「面白さ」はたとえ「重要性」や「信用度」が低いと感じられても、内容の面白さから話のネタとして人に伝えたくなることだ。
豊川信用金庫に預金はなく何ら利害関係がない人でも、噂を広めることは十分にあり得る。
豊川信用金庫事件の噂には悪意はなかったと思われるが、5つの心理的要素が重層的に絡み合い、そこに二度聞き効果が加わって取り付け騒ぎまで引き起こしてしまったのだろう。
口コミ・マーケティングと二度聞き効果
今回の記事では交差ネットワークによる二度聞き効果について一通り概説した。
このメカニズムを知っておくと、なぜ、ファッション、アニメや音楽、ゲームなどのコンテンツ、あるいは若者用語が口コミで広がるのかもおぼろげながら分かってくる。
二度聞き効果が生じるような結束型ネットワークというと、一見、閉じたネットワーク内にとどまるイメージがある。
しかし、学校の1つのクラスで持ち切りの噂がすぐに隣のクラスにも飛び火するように、ネットワーク同士の橋渡し的な役割を担う人が世の中には必ずいるものだ。
広まる範囲(リーチ)は決して狭くはない。
そして二度聞きの効果は対面でのコミュニケーションに限らない。
オンライン上でも十分に発揮されるだろう。
たとえば、SNS(ソーシャルネットワーキングサービス)では「知り合いかも?」と友だち候補の一覧が表示されることがある。
近しい関係が交錯する結束型ネットワークをSNS上で再現しようとしているのだ。
やりとりが否応なしに増えるため、それだけSNSの収入源となる広告の露出機会が増えることになる。
オンラインにせよ、オフラインにせよ、商品やサービスの口コミとなると、不安の低減だけが拡散の動機ではない。
仲間と情報を分かち合うことの楽しさ、相手が知らないことを伝えるという優越感、あるいは純粋な人助けといった心理も絡んでくるだろう。
マーケターの思案のしどころとなるが、いずれにせよ、二度聞き効果は拡散の強いブースターとなる。
口コミ喚起がマーケティング上の重要な施策の1つに数えられる昨今、マーケターなら二度聞き効果の概念を頭の片隅に入れておくといいだろう。