お~いお茶 濃い茶  なぜSNSで拡散!? 体脂肪シールの謎

お~いお茶 濃い茶
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2019年に「機能性表示食品」にリニューアルした「お~いお茶 濃い茶」

その後は40~50代の男性に加え、20~30代の男性や40代以上の女性の新規購入を着実に増やし、売り上げは倍増したという。

健康価値の訴求が奏功したのは間違いないが、実はもう一つ躍進の要因があった。

SNSの一通の投稿が大きな反響を呼び、側面からヒットを支えていたのだ。

目次

視点の取り方で見え方が一変する反転図形

反転図形というのをご存知だろうか?

ルビンの壺(つぼ)反転図形

一つの図形でありながら、2種類の見え方ができてしまう図形をいう。

よく知られたものだと「ルビンの壺(つぼ)」がある。

向き合った2人の顔にも見えるし、壷にも見える。視点の取り方で反転してしまうため、2つを同時に見ることはできない。

ほかには「ウサギとアヒル」の図形もよく知られているだろう。見ようによっては右を向いたウサギに見えるし、左を向いたアヒルにも見える。

視点の取り方で「ウサギの耳」の部分が「アヒルの突き出たくちばし」に見えるため、やはり反転が起きてしまうのだ。

キリスト教の重要な宗教行事の一つにイースター(復活祭)があり、多産で知られるウサギがそのシンボルとなる。

ある実験では、その時期を狙って「ウサギとアヒル」の図形を子どもたちに見せた。

すると多く子どもの目には「ウサギ」に見えたという。

置かれる文脈、すなわち頭の中でどんなことが想起されやすい状況にあるかによっても視点の取り方が左右され、図形に何が見えるのかも変わるのだ。

SNSの投稿を機に見え方が一変した麦芽飲料「ミロ」

マーケティングの世界でもこうした「反転」の例はよくある。

全く同じ商品が、何かのきっかけで捉え方が変わり、それまで意識していなかった商品価値が浮き立って見えるようになるのだ。

たとえば、ネスレの麦芽飲料「ミロ」がその好例だろう。

従来は育ち盛りの子ども向け飲料というイメージが強かったが、「鉄分を気軽に補えるため、貧血対策になる」といった趣旨のSNSの投稿をきっかけに、「ミロ」の捉え方が変わった。

貧血に悩む人たちの注目を一気に集め、一時的に販売休止にせざるを得ないほどの売れ行きとなったのだ。

その後も人気は続き「ミロ活」なる言葉も生まれている。

今回取り上げる伊藤園の「お~いお茶 濃い茶(以下、濃い茶)」にも見え方に反転が起きている。

商品自体は変えることなく、訴求の仕方を一新したことで、その売り上げがほぼ倍増したのだ。いったいどんな魔法をかけたのだろう?

「お~いお茶 濃い茶」を「機能性表示食品」にリニューアル

伊藤園の「お~いお茶」といえば、緑茶飲料市場ではトップシェアを握り、もはや不動の地位にあるといっていいだろう。

そのサブブランドである「濃い茶」も市場で独自のポジションを築いてきた。

販売も堅調で、レギュラーの「お~いお茶 緑茶」を側面からしっかり支える存在に育っていたのだ。

「濃い茶」は2003年に冬限定の季節茶として誕生している。

日本人の食は冬のシーズンに味の濃いものが増える傾向にあり、それに合わせて濃い味のお茶を提案したという。

予想以上に好評だったことから、冬場に限らず年間を通して需要を期待できると見込み、翌年の2004年に「濃い味」というネーミングで通年発売に踏み切った。

その後、多くのユーザーから「濃い茶」と呼ばれていることがと分かり、2014年に商品名を「濃い茶」に変更している。

「濃い茶」は渋みのある濃い味わいながら、後味の切れがよいのが特長で、ユーザーは40~50代の男性が中心だという。

季節や天候に影響されず年間を通じて安定的に購入されているといい(食品新聞 2021.12.10)、習慣的に飲んでいるユーザーがしっかりついているのだろう。

伊藤園の公式ホームページには、朝の起床時や、出勤前に気持ちをOFFからONへ切り替える、あるいは失敗できない重要な場面で心と身体を「シャキッ」と引き締めるのにもお奨めだとある。

緑茶飲料とはいえ、どちらかといえば缶コーヒーやエナジードリンクのような飲まれ方のようだ。

その「濃い茶」に転機が訪れる。2019年8月のリニューアルだ。健康効果の表記ができる「機能性表示食品」として消費者庁から認められたのである。

「濃い茶」に含まれる「ガレード型カテキン」は脂肪を減らす機能が報告されており、その健康価値を改めて訴求することに舵を切ったのだ。

脂肪は通常、消化酵素の働きによって分解され小腸に吸収されるが、「濃い茶」に含まれるガレート型カテキンはその酵素の働きを阻害するらしい。脂肪は体内で吸収されず体外へと排出されるという。

「濃い茶」といえば、歌舞伎俳優の市川海老蔵を起用したテレビCMを思い出す人もいるだろう。

そのCMもリニューアルを機に刷新。市川海老蔵がトレーニングするシーンも織り込み、「実は、体脂肪を減らす機能があることが報告されました」とストレートに伝える内容に切り替えている。

カテキンが2倍、美味しさ追求の延長線上に健康価値

ただし、「機能性表示食品」としてリニューアルするといっても、既に備えていた健康価値を前面に押し出しただけであり、商品自体は全く変えていないという

濃くてほどよい渋みが広がるのに、後味にキレがあるのが「濃い茶」の真骨頂であるが、その味わいを実現するのには上質かつカテキンが豊富な茶葉を厳選する必要があった。

そのために伊藤園は茶畑づくりから取り組み、茶葉の抽出方法にも磨きをかけてきた。

「濃い茶」に含まれるカテキンの量も、結果的に通常の緑茶飲料の2倍にもなったという。

そこから体脂肪を減らすという健康価値が副産物として生まれたのだ。

そのため、中身を変える必要がなかったのである。

パッケージデザインにも大きく手を加えることはなかったが、唯一変えたのは、機能性表示食品になったことを視覚的に訴えようと、「濃い茶」のペットボトルに「実は!体脂肪を減らす」「機能性表示食品」と記載したシールを貼ったことだ。

後述するが、実はこのシールが同商品の躍進に一役買う口コミ効果のきっかけを生む。

シールにある「実は!」のコピーは、辞書によれば「本当のことを打ち明けると」といった意味合いとなる。

おそらく「実は!」とコピーに入れたことで、「あえて言わなかっただけで、中身は今までもそうだった」ということを言外にほのめかす十分な効果があったであろう。

実際、「濃い茶」の担当者も、「“実は”の一言がなかったら、ここまで刺さったのか、わからない」と語っている(zakzak:夕刊フジ公式サイト 2020.11.25)

健康価値訴求が「濃い茶」の客層拡大のきっかけに

「濃い茶」にとって、リニューアル後の大きな収穫は客層が広がったことだ。

以前はユーザーの7割が40~50代の男性だったが、その層のリピート購入は保ちつつも、20~30代の男性や40代以上の女性の新規購入が増えたという(グルメ Watch 2022.4.5)

日経クロストレンドの2022年3月4日付の記事によれば、「濃い茶」の味わいは一定の評価があったものの、やはり「渋みや苦みが強い」という先入観から敬遠する人もいたという

いわゆる「飲まず嫌い」の人たちだ。

しかし、健康価値の訴求が商品を別の視点から捉えるきっかけを生み、「一度は手に取って飲んでみよう」という気持ちにさせたのだ。

まさに「反転図形」のような現象が起きたといえる。実際に飲んでみると、ほどよい渋みがことのほか美味しく、そこからリピート購入をするようになる。

美味しくて健康にもプラスになるのであれば、飲み続けたい。そんな一石二鳥の心理もくすぐったであろう。

他のトクホ(特定保健用食品)飲料のように、美味しさを犠牲にするトレードオフを迫られることもない。

さらに飲み終わったあとに苦みが口に残りすぎないこともリピーターを増やすのに貢献している(食品新聞 2022. 4. 14)

また、緑茶飲料でトップシェアを握る「お~いお茶」のブランドの神通力もてきめんだったといえよう。

「お~いお茶」は市場では絶大な存在感があり、日ごろ、さほど飲む機会がなくとも、なんとなく親しみや安心感を覚える。

これほど広く支持されているブランドから出ているのであれば、「濃い茶」がハズレであることはまずない。そんな確信も心に湧いたであろう。

いわゆる「ハロー効果(後光効果)」、親の七光り的な効果だ。トライアルで買う際も、リピートする際も、そのブランド力が太鼓判を押す形となる。

市場では同様のコンセプトのサントリー食品インターナショナルの「伊右衛門 濃い味」、コカ・コーラシステムの「綾鷹 濃い緑茶」がそれぞれ特長を打ち出し、攻勢を強めている。

それでも、トップブランドの傘の下で守られ、「濃い茶」の売上げが落ちることはなかったという(食品新聞 2022. 4. 14)

SNS上の一通の投稿が「濃い茶」のヒットを後押し

さて、「濃い茶」のここまでの話しであれば、もともと実力のあるブランドが時機を逸することなく真価を発揮した、よくあるサクセスストーリーだ。

消費者の健康意識の高まりが追い風となって、ロングセラーブランドの傘の下で出された機能性表示食品が好調な売れ行きを示すことは珍しくない。

しかし、「濃い茶」にはもう一つ、商品のヒットを後押しした意外な要因がある。

伊藤園が思いもよらない一つの事件が同商品を勢いづけたのだ。そのきっかけとなったのが、ペットボトルに貼った「実は!体脂肪を減らす」「機能性表示食品」と記載したシールである。

「濃い茶」の1人のユーザーが、そのシールを「濃い茶」とは何ら関係のない、カップラーメンなどの一般に高カロリーといわれる食品にペタペタ貼った写真をツイッターに投稿したのだ。

それは2019年8月に商品をニューアルしてまもなくのこと。その投稿には「お茶に付いてたシールが、現代の免罪符として有用すぎる」と書き込まれていた。

コンビニで買えるカップラーメンが「濃い茶」のシールを貼るだけで、体脂肪を減らす効果を持ったり、機能性表示食品になったりすることはありえない。

投稿した本人もシールはもともとお茶についていたと明かしており、シールが貼ってあった「濃い茶」の写真も載せている。

ジョークやブラックユーモア的な投稿であることは明白だ。

しかし、「実は!」のコピーが入っていることで、なんともいえない真実味が漂い、強いインパクトを生む。

その投稿は7.4万件もの「いいね!」を獲得する。

また、「天才じゃん。」「現代に蘇った免罪符。」「シール自体には商品名入ってないところ、素晴らしい使い勝手」といった、その投稿を賞賛するコメントも寄せられた(together 2019.8.22)

その後は、その投稿をまねる形で 同じシールを貼った食品の写真が次々にアップされることになる。

中には食品とは無関係なものにも貼られており、「体脂肪を減らす」という文脈からさえも離れ、シール自体がSNS上で祭り上げられていく。

「濃い茶」のシールを絡めた投稿に「アハ!体験」の連鎖

なぜ、「実は!体脂肪を減らす」のシールがそこまで反響を呼んだのか?

一つには「濃い茶」のシールを他の食品に転用するという、その思いつき自体が人々の心をわしづかみしたことがある。一種の「アハ!体験(a-ha! experience)」をもたらしたのだ。

「アハ!体験」は一見何の脈略もない事象同士が、突然頭の中で結びついたときに「あっ、そうか!」「なるほど!」と思う瞬間をいう。

0.1秒ほどの短い時間に、脳の神経回路の結合やつなぎかえが起こり、それによって世界の見え方が一瞬で変わることから「一発学習」とも呼ばれているようだ。

「濃い茶」用のシールを同商品とは全く無関係な食品に貼り、だれも想像だにしていなかった使い方をする。

その発想に人々は意外性を感じつつ、同時に「なるほど、そういう使い方もアリだ」と納得もしたのだ。

「アハ!体験」は好ましい感情を伴うため、人に話したい、分かち合いたいという衝動が生まれる。

その衝動が「いいね」やリツイート、コメントなどの好意的なリアクションを引き出していく。

ホモフィリーのつてをたどって広がる共感

さらに、その「濃い茶」のシールにまつわる投稿が反響を呼んだもう一つの要因は、「体脂肪」の話題だったことがある。多くの人にとって目をそらすことのできない関心事だったためだ。

世の中には高カロリーで糖質の高い食事はできるだけ控えたいと思っている人が大勢いるのだ。

しかし、現実には抗いがたい誘惑を仕掛けてくる食品があふれている。

その葛藤たるや阿鼻叫喚(あびきょうかん)の様相を呈しているといってよい。

そこに忽然(こつぜん)と現れたのが「実は!体脂肪を減らす」のシールだ。

むろん効果はないことは承知だが、そのシールをあたかも免罪符のように使うことで、かえって心地よい背徳感が味わえるのだ。

悪魔に魂を売ったことを可視化できるのもいい。

そんな背徳行為をSNSで知った人たちは身につまされる思いに駆られることになる。

自分たちもまた、そんな誘惑とのせめぎ合いの日々を送っており、その境遇には同情と共感を覚えずにはいられない。

ツイッターのようなSNSの場合、ホモフィリー」といって、似ている人同士が集まりやすい傾向がある。

性別や年代、居住地などの基本属性、あるいは趣味や関心などが似ている人とつながりやすくなるのだ。

「類は友を呼ぶ」式の疑似的なコミュニティといっていい。

「濃い茶」のシールを絡めた投稿も、似た人たち同士のつてをたどって拡散されていったのだろう。

高カロリーで糖質の高い食品はできるものなら避けたいという共通の思いに後押しされる形で、コミュニティ内で共鳴が起きたのだ。

珍しくなくなった「SNS×ホモフィリー」駆動型ヒット

こうしたSNS上の口コミが、ゆるやかにつながり合うコミュニティを巻き込み、商品のヒットにつながることは珍しくない。

「ミロ」の場合は貧血に悩む人たち、「濃い茶」の場合は体脂肪を減らすことを望む人たちの間で口コミが広がっていったのだ。

本ブログでも取り上げた中央新書「ルワンダ中央銀行総裁日記」もその一つだろう。

堅めの経済ノンフィクションを、「なろう系小説(主に異世界転生を描いた小説)」という全く意想外のジャンルにたとえた広報術が功を奏し、そもそもの「なろう系小説」のファンたちも取り込み、SNS上で大きな反響を呼ぶ。

そして読者層を一気に広げたのだ。

「ミロ」や「濃い茶」の場合は一消費者の偶発的な投稿が商品の拡売につながった幸運な例であった。

一方、中央新書「ルワンダ中央銀行総裁日記」では、SNS上で既に起きていた予兆を出版社が嗅ぎ取って販促に活かしており、完全に運任せというわけではない。

マーケターが影響力を駆使した点では大いに参考になるだろう。

また、「SNS×ホモフィリー」による波及効果を引き起こすことを制度化して取り組んでいる例が、同じく本ブログでも取り上げたワークマンのアンバサダー・マーケティングだ。

企業とアンバサダーが手を結び、アンバサダーがその輪に加わるゆるやかなコミュニティを介して複数の商品をヒットにつなげている稀有な例といえよう。

今やSNS全盛の時代、マーケターが拡売をねらう商品にも格好のホモフィリーが潜在しているかもしれない。

ちょうど冒頭の「ウサギとアヒル」の反転図形でイースターの時期にはもっぱら「ウサギ」が見えたように、そのホモフィリーに特定の文脈が噛み合えば、商品に大きな反響を呼び起こせる可能性は大きい。

どんな文脈を追い風にどんなホモフィリーに狙いを定めるか、マーケターたちの一考に値するだろう。

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