西松屋はなぜ儲かる? 新規客をリピーターに変える経営戦略

西松屋 オペレーショナル・エクセレンス
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子供服やベビー用品の西松屋チェーンの業績が好調だ。

売上高は27期連続で過去最高を記録し、最終利益も2期連続で過去最高を更新。

鍵を握るのが「買い物のしやすさ」と「ローコスト運営」を両立するそのビジネスモデルだ。

顧客の満足度を高め、固定客を囲い込むとともに、コスト軽減分を価格に還元し、さらなる集客につなげる。

その好循環の背景には、長年に渡って磨きをかけてきたオペレーショナル・エクセレンス(組織的な業務遂行能力)があったのだ。

目次

人の無意識の行動を引き出す「アフォーダンスデザイン」

荷造りの緩衝材として使われる透明ビニールの気泡シート。通称「プチプチ」を指でつぶして遊んだ記憶はないだろうか? 

あのつぶつぶの形状を目にすると、思わず指でつぶしたくなる衝動に駆られるものだ。

透明ビニールの気泡シート。通称「プチプチ」

座り心地のよさそうな椅子を見かければ、座ってみたくなる。

握りやすそうなペンを見かければ、握って試し書きしたくなる。

向こう岸に続くシュッとした橋を見かければ、渡ってみたくなる。

カプセルトイでは「バス降車ボタン」なるものが人気を呼んでいるようだ。

丸いボタンがあれば思わず指で押したくなる。指に伝わる心地よい反発力を味わってみたくなるのだ。

モノの形状や色、質感などのデザインが人の行動を誘う。

人は常にまず「意図」が先にあって、それに従う形で行動しているように考えがちだが、実際はそうとも限らない。

案外「プチプチ」のように、モノの方が主導権を握り、人から行動を引き出していく。

単体のモノだけではない。人が置かれた環境全体がそうだ。

たとえばスーパーに行けば、店内のレイアウトや棚割り(陳列の仕方)、あるいは店内を照らす照明に、人々の買い物行動は著しく影響されるだろう。

環境が総力戦で人の行動に働きかけているのだ。

こうした人と環境が阿吽の呼吸で相互作用する関係を心理学用語で「アフォーダンス(affordance)」というらしい。

英語の「afford(アフォード)」は「提供する/与える」の意味があり、環境が人に「行動の選択肢」を“与えている”ことからそう呼ばれているようだ。

買い物のしやすさとローコストを両立するビジネスモデル

実はこの「アフォーダンス」を巧みに活用し、ターゲット層が買い物をしやすい環境をつくり出し、リピーターを増やしているアパレル専門チェーンがある。

子供服やベビー用品大手の西松屋チェーンだ。

しかも、そのアフォーダンスデザインは同時に企業側のローコスト運営にも直結している。

コスト軽減分は価格に還元し、さらなる集客につなげる好循環を実現しているという。

買い物のしやすさとローコスト運営は一見、トレードオフの関係にあるように思える。

店側の運営コストを削れば、自ずと提供するサービスも削られ、それだけ顧客が我慢を強いられる印象だ。

ところが、西松屋はその両輪をしっかり回し、顧客の満足度を高め、固定客の定着につなげている

突出したビジネスモデルといえるだろう。

その成果を如実に表すのが昨今の西松屋の実績だ。

2022年2月期の決算発表によれば、売上高は27期連続で過去最高を記録している。

最終利益も仕入れ改革や在庫管理の改善に取り組んだことが実り、2期連続で過去最高を更新している(西松屋事業報告書 2022.2)

西松屋は人口10万人に1店舗を目安に出店を進めてきており、店舗数は2022年2月時点で1,036店に達した

アパレル専門店チェーンとしては国内屈指の店舗数を誇るが、さらに出店を加速させ、2025年までには1,200店を目指す(日本経済新聞 2022.1.18)

広々とした店内環境が買い物のしやすさに貢献

西松屋の典型的な店舗といえば、広い駐車場を完備した郊外のロードサイド店である。

駐車場は子ども連れや駐車が苦手な人でもストレスにならないよう、一台当たりの駐車幅に余裕をもたせているという。

店舗は平屋建てのワンフロアで、300~350坪(1,000平方メートル前後)の売場面積が昨今の主流である。

商品が整然と並んでいて、いつ行っても空いている。

都心の繁華街に立地し、所狭しと商品が陳列されたアパレル店に比べると、がらんどうな印象さえ受ける。実はこの広々とした店内環境がまず、買い物のしやすさに貢献しているのだ。

店内は天井5メートルの高さで、通路幅は2.5メートル以上を確保する。

ベビーカーを押しながらでも余裕ですれ違えるという。

顧客はゆったりと店内を回遊できるのだ。

実はソーシャルディスタンスを保つことができ、密になりにくい西松屋の店舗設計が、感染リスクを抑えられるとコロナ禍ではとりわけ評価されたという。

それまで足を運んでもらえなかった新規顧客の獲得にもつながった。

「ジャムの理論」に沿う品ぞろえ方針

西松屋ではアパレル店ではお馴染みの平台やワゴンがなく、衣服類は「ハンガー陳列」を基本としている。

顧客はサイズやデザインがパッとひと目でわかり、いちいち広げたり、畳んだりする必要がない。

ハンガー陳列
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商品の品ぞろえも西松屋ならではの方針に沿う。

子ども服に加え、ミルクやおむつ、おしりふきなど出産・子育てに必要な商品カテゴリーは網羅的に扱うが、たとえばアウターやセーターであれば、サイズこそしっかり取りそろえるも、色や柄、形などのバリエーションをむやみに増やすことはしない。

実はこの点も買い物のしやすさのポイントとなる。出産・子育ての必需品がワンストップでそろい、必要なときの駆け込み先として使えるのだ。

しかもアイテムを選ぶのに、あれこれと必要以上に迷うことがない。

ジャムの理論

人は選択肢が多すぎるとかえって迷ってしまい、ストレスが募り、即決ができなくなる。これは「ジャムの理論」としても知られている現象だ。

食品店のジャムの試食コーナーで行った実験では、試食用のジャムを24種類用意した場合と、6種類に絞った場合とでは、圧倒的に6種類の方が売れたという。

24種類ものジャムを取りそろえてしまうと、集客効果は高まったものの、多くの人が迷った挙句、何も買わずに立ち去っていってしまったのだ。

また、西松屋ではBGMを流しておらず、店内はシーンとしている。顧客に買い物に集中してもらうためのようだ。

エブリディ・セイム・ロー・プライスの安心感

さらに西松屋の買い物のしやすさにプラスに働くのが、いつ行っても低価格で同じ値段がキープされている「エブリディ・セイム・ロー・プライス(ESLP/Everyday Same Low Price)」の価格設定である。

西松屋はそもそも、低価格がウリの一つで、ユニクロや無印良品などの子ども服に比べると格段に安い。

衣料品のみならず、育児用品や消耗品も軒並み低価格だ。

そのうえ、季節品のクリアランスセールを除けば、価格を常に一定にしているという。

週末などに特売で一時的に値段を下げるといった「ハイ&ロープライス」(価格にメリハリをつけるの意)の販促手法を使わない。

そのため、通常の価格で買ったその数日後に手のひらを返すように商品が値下がりしていたということがない。

顧客は低価格で常に同じという安心感があるため、値段をさほど気にせず即買いできるのだ。

西松屋の真骨頂「ガラガラ戦略」

そして、西松屋はいつ行っても空いてる。多くの報道記事が異口同音に指摘していることだが、もはや「こまない店」が西松屋の看板といってもいい。

同社では人が少なくゆったり買い物できる環境を最良と考えており、あえて繁盛店をつくらないようにしているのだという。

1店あたりの年商が2億5000万円を超えたら、同じように標準化された店舗を隣接地域に出すと決めているのだそうだ(ダイヤモンドオンライン 2022.5.4)

あえて共食いさせ、隣接する同士のお店で顧客を奪い合う。そのことで1店あたりの客数や売上げが減ることもいとわない。

買い物のしやすさを優先する。それが西松屋のやり方なのだ。

このことはとりわけ小さな子どもを連れた顧客にとってはうれしいだろう。

駐車スペースが取り合いになることはないし、店内をゆったりと見てまわれる。レジ待ちの時間も少なくて済む。

クルマでも気軽に立ち寄れ、広々としてストレスのない店内環境、必要なものが一通りそろい、不必要に迷わない品ぞろえ、ひと目でわかる陳列方法。

さらに驚くほど低下価格でその値段はいつも変わらない。そして、共食いを促し、あえて繁盛店を出さない出店戦略。

こうしたことが相まって、顧客の買い物時の体験価値が高められ、やがて出産・育児に忙殺される世代にとってなくてはならないお店となる。

社会インフラの域に達しているといっていい。自ずとリピーターも増えていく。

買い物がしやすいことから客1人の滞在時間は短縮されるものの、1人当たりの購入点数は平均4~5点、金額にして3,000円をキープをできているという(NEWSポストセブン 2020.8.5)

来店客数が少なくても経営が成り立つのは、しっかり固定客を囲い込んでいるからなのだろう。

ローコストを実現するオペレーショナル・エクセレンス

「はやらなくても、儲かる店づくり」が西松屋が目指すところなら(NEWSポストセブン 2020.8.5)、ではいったいどうやって利益を確保しているのだろうか? 

そこには西松屋が磨いてきた、ローコスト運営を実現する「オペレーショナル・エクセレンス(Operational Excellence/組織的な業務遂行能力)」があるようだ。

オペレーショナル・エクセレンス
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そのエクセレンスのいの一番に挙げられるのが、徹底して本部が主導し、店舗作業の無駄を省いて効率化・省人化を図る取り組みだ。

まさに「ザ・チェーンストア」といったところだろう。商品の発注や陳列方法の工夫など、手間や時間のかかる作業は本部に集約する。

商品はすぐに陳列できる状態で店舗に入荷するのだという。

ほぼ全店にタブレット端末を導入し、作業効率を高めるITシステムへの投資を進めてきたこともあり、店舗は2~3名のパート社員でも十分に運営できるのだそうだ(NEWSポストセブン 2020.8.5)

店内スペースに余裕があることは顧客にとってのメリットだけではない。

店員が品出しや陳列などの作業もしやすくなる。

平台やワゴンを使わずハンガー陳列を基本とするのも、畳み直す手間が省けるなど店員の生産性を高める一助となる。

また、西松屋ではセルフサービスを基本としており、店員から積極的に声をかけるような接客はしない。

高い位置に陳列された商品でも、売り場の随所に置かれた「商品取り棒」で顧客が自ら手に取れるようになっているのだという。

西松屋では近隣に複数の店舗をかまえることは先に触れたが、そのため同社では1人の店長が複数の店舗を管理することも珍しくない。

「複数店管理店長制度」を早くから導入しているのだ。同様にパート社員も複数店舗で共有し、一つのエリア内で人員配置を最適化している。

派遣社員に急場しのぎで応援を頼むなど不必要に人件費がかさむこともない。

一方で近隣に店舗があれば、一台のトラックで商品を効率よく運べるため、配送コストを削減できるメリットもある。

バリエーションを増やさない品ぞろえやPB商品拡充がコストを軽減

さらに、色や柄などのバリエーションをむやみに増やさない品ぞろえもコスト削減に直結する。

一品目当たりの発注ロットが増えるため、それだけ仕入れ原価を圧縮できるのだ。

また、仕入れや在庫管理の仕方にもメスを入れ、必要な分だけ仕入れて、シーズン中に定価で売り切ることを励行する。

シーズン終わりに大幅に値引きすることで生じる「値下げロス」が利益を圧迫していた時期もあったため、一丸となって改善してきたのだという(日経ビジネス 2021.4.5)

プライベートブランド(PB)の販売にも力を入れている。

海外の工場に製造を委託してコストを抑え、割安感のある価格で提供しつつ、利益も出せるようにする。

西松屋では売上高に占めるPB商品の比率を今後も増やし、2023年度には5割にまで持って行く計画でいる(日本経済新聞 2022.1.18)

リアル店舗にアマゾンの「フライホイール効果」

ここまで見てきたように、西松屋のローコスト運営は顧客の買い物のしやすさと渾然一体化しているのだ。

しっかり利益を押し上げ、顧客満足度も高めていく。この圧巻の「オペレーショナル・エクセレンス」が西松屋の最大の強みだろう。

本ブログの「モノタロウ」記事でも取り上げたが、アマゾンには「フライホイール効果」という考え方がある。アマゾン草創期に、創業者のベゾス氏が紙ナプキンに描いたとされる「ビジネスの好循環モデル」だ。

低コスト構造(LOWER COST STRUCTURE)でビジネスを始め、商品の低価格化(LOWER PRICES)と豊富な品ぞろえ(SELECTION)を実現し、顧客の体験価値(CUSTOMER EXPERIENCE)を高めていく。

その体験に満足した顧客はリピーターとなって再訪するため、アマゾン全体の取引量(TRAFFIC)が増える。

するとさらなる取引を狙って売り手(SELLERS)が集い、品ぞろえがますます充実し、低コスト化から低下価格化への流れも一段と進む。

結果的に顧客の体験価値がさらに高まる。

いったんはずみがつくと、慣性の力であとは安定的にスパイラルアップしていく。

取引量→売り手→品ぞろえ→体験価値がそれぞれ連鎖的に積み増しされ、その好循環でアマゾンのビジネスは持続的に成長(GROWTH)するというものだ。

おそらく西松屋は「フライホイール効果」のリアル店舗版といえるだろう。

ただし、「エブリシング・ストア(Everything Store/何でも買える店)」を標榜(ひょうぼう)し、オンライン小売市場の制覇を狙うアマゾンに対し、西松屋は出産や育児に直面する世代をターゲットとした、いわゆるカテゴリーキラーだ。

このセグメントの最大公約数的なニーズの充足に真摯に取り組んできたことが、フライホイール(弾み車)を勢いづけた一番の要因だろう。

この点が全方位型のアマゾンとは大きく異なる点だ。

サティスファイサー(足るを知る人)に照準

人が何かを選択する際、2つのタイプがあるという。

マキシマイザー(maximizer/追求する人
サティスファイサー(satisficer/足るを知る人

1つが常に最良の選択を求める「マキシマイザー(maximizer/追求する人)」

もう1つがそこそこの選択でよしとする「サティスファイサー(satisficer/足るを知る人)」の2つだ(「なぜ選ぶたびに後悔するのか 『選択の自由』の落とし穴」武田ランダムハウスジャパン、2004)

人はその時々で2つのタイプを使いわけることになるが、西松屋はおそらくターゲット世代には「サティスファイサー」が相当数存在すると踏み、そこに照準を絞れば、顧客満足とローコスト運営の両立がかなうと考えたのだ。

子どもの成長は早く、服はすぐにサイズが合わなくなる。何度も買い替えることになるため、高いものはいらないという人も多い。

むしろ、出産・育児に追われる世代なら、すきま時間にサクッと買い物を済ませたいというのが本音だろう。

とはいえ、子ども服や出産・育児用品は西松屋以外の選択肢も多い。

新規参入も比較的活発だ。それでもなんとなく来店した客を「サティスファイサー」のモードに切り替えさせ、やがてリピーターに変えてしまう。

そこにわずかな傾斜をつけ、多くの浮動票を取り込む力を生んだのが、店内の買い物行動を左右するアフォーダンスデザインに他ならない。

西松屋は現状の「フライホイール効果」に甘んじることはない。

2022年2月の事業報告書には、今後は小学校高学年向けの商品の拡充や、手薄だった首都圏など人口集中地域への出店西松屋公式オンラインストアの販売拡大などを進めていくとある。

果たして西松屋は今後、「オペレーショナル・エクセレンス」にどう磨きをかけるのか? 

マーケターにとって学ぶことが多い企業だけに、どこまで進化を遂げられるのかを注目していきたい。

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