「カントリー・オブ・オリジン効果」とはブランド論でよく用いられる用語の1つで、原産国のポジティブなイメージがブランドの購買に影響を与える効果をいう。
その原産国に対する一種の先入観が、ブランドに品質感や信頼性、歴史や伝統の物語などを生み、その異国情緒の趣(おもむ)きと相まって好影響をもたらす。
海外ブランドの国内展開、あるいは反対に国内ブランドの海外展開に携わるマーケターにとっては自社ブランドにぜひとも引き寄せたい効果の1つだろう。
時には、その原産国が空想上のイメージに過ぎないこともある。
たとえば「ハーゲンダッツ」のように、れっきとした米国生まれであっても、そのブランドのしつらいから原産国は北欧といった推測を生み、ブランドの差別化につながる例も少なくないのだ。
カントリー・オブ・オリジン効果とは?
ブランド論の用語の1つに「カントリー・オブ・オリジン効果」というのがある。
「カントリー・オブ・オリジン(country of origin/COO)」とは原産国の意味で、その原産国のイメージがブランドに与える影響をいう。
「原産国効果」という言い方もする。
たとえばドイツといえば豊かなビール文化で知られ、生産量や消費量もヨーロッパ有数である。
そんなドイツ生まれのビールであれば、ドイツ以外の国の消費者がそこに付加価値を見いだすのは自然だろう。
ほかにドイツのソーセージや高級車もしかりである。
こうした原産国に対する一種の先入観がブランドの購買を左右する力 — それが「カントリー・オブ・オリジン効果」だ。
経済や情報のグローバル化が進むなか、海外のブランドは消費者にとってもすっかり身近なものとなった。
「〇〇の国のブランドなら買ってみよう」と動機づけられる機会もこの四半世紀で格段に増えたであろう。
それゆえ、海外ブランドの国内展開、あるいは反対に国内ブランドの海外展開に携わるマーケターは「カントリー・オブ・オリジン効果」をできるだけ自社のブランドに引き寄せようと、日夜知恵を絞っている。
ただし、「カントリー・オブ・オリジン効果」が必ずしもプラスに働くとは限らない。
政治・経済的理由で生じた国同士の対立や嫌悪感が原産国イメージに飛び火し、不買運動が起こることもある。
とりわけ原産国の象徴ともいえる有名ブランド(例:米国であればコカ・コーラなど)が大打撃を受けることになるのだ。
実は国のイメージがネガティブな感情を引き起こすことを踏まえ、「カントリーバイアス」という言い方もあるようだ。
ポジショニング戦略にも直結
ではここで1つ、原産国のイメージをテコに「カントリー・オブ・オリジン効果」が発揮された例を挙げてみよう。
本ブログの「敵対的ポジショニング戦略」の記事でも触れているが、ロシアのウォッカブランド、「ストリチナヤ」だ。
もともとは「ポジショニング戦略 新版」(海と月社、2008年)に書かれていたブランド・ポジショニングの成功事例である。
ストリチナヤは米国市場でかつて広告で以下のように訴えたのだ。
アメリカ製のウォッカの多くが、ロシア製のように見えます。
サモーヴァーはペンシルヴェニア州シェンリーで、
スミノフはコネチカット州ハートフォードで、
ウルフシュミットはインディアナ州ローレンスバーグでつくられています。
でも、ストリチナヤは違います。
ロシア製です。
ストリチナヤはウォッカの本場、ロシアでつくらていることを前面に広告で打ち出し、同ブランドの売り上げはその後急伸したという。
なぜ、カントリー・オブ・オリジン効果が生じるのか?
ではなぜ、ロシアのウォッカとうたうだけで米国の人々の心を動かせたのだろう?
人の普遍的な知覚の仕方が「カントリー・オブ・オリジン効果」に深く関係している。
ここで知覚とは五感を通して得た情報から外界の事物・事象をひとまとまりの有意味な対象として摑むことをいう。
この知覚の仕方が案外、細やかさに欠けるのだ。
外の世界をぶつ切りにして見ているといっていい。
本来は連綿と続く知覚対象を大まかにカテゴライズすることで、その対象が何たるかを直感的に理解できるようになる。
たとえば色であれば、微妙に色味が異なる対象であっても、同系色であればこれは赤だな、こっちは緑だなどとひとくくりにしてしまう(「カテゴリカル色知覚」という)。
そして、このことはストリチナヤの知覚についてもいえる。
米国の人々がストリチナヤは(従来のウォッカブランドとは違って)ロシア製だと知ったとき、同時に起ち上がるのが本物か偽物かの二分法的な区分け(カテゴライズ)だ。
本来はその線引きは実にあいまいで一筋縄ではいかないものだが、「カントリー・オブ・オリジン効果」が強力なシグナルを発することになる。
ウォッカの本場ロシアのブランドであるストリチナヤは本物だと一瞬でカテゴライズされるのだ。
そのとたん、品質が高くオリジナリティー(独自性)にあふれ、歴史や伝統をまとうウォッカに思えてくる。
こうしたブランドのルーツに由来する本場感こそ「カントリー・オブ・オリジン効果」の本質だろう。
ここでもう1つ、「ポジショニング戦略 新版」に書かれていた興味深い事例を紹介しておこう。
ドイツの輸入ビールとして米国市場ではレーベンブロイが先行していたが、そこに同じくドイツビールの「ベックス」が割って入ったときの広告コピーだ。
アメリカで最も人気のあるドイツビールの味は既にご存じのはず。
そろそろドイツで最も人気のあるドイツビールを飲みませんか?
「ビールの本場ドイツで最も人気があるならドイツ人が納得した味に違いない」と、おそらく米国の人々はそんな印象を持ったのだろう。
ベックスは広告で年々売り上げを伸ばし、一方のレーベンブロイは徐々に苦戦を強いられ、ついには米国から撤退したという。
「カントリー・オブ・オリジン効果」を成功裏に働かせ、先行ブランドを追撃した例といえる。
原産国の勝手な推測が生む効果
しかし、実はこの「醸し出される本場感」からは逸脱した「カントリー・オブ・オリジン効果」というのもある。
消費者が実際にどこが原産国がわからず、勝手に推測を働かせたことで同効果が発揮されることもある。
たとえば、とある調査によれば、米国の消費者の多くはハイネケンならドイツ製、ノキアなら日本製だと思い込んでいるという(マーケティングマネジメント、2022年)。
実際にはハイネケンはオランダ製、ノキアはフィンランド製にもかかわらずだ。
その消費者の自発的な連想の力を生かし、「カントリー・オブ・オリジン効果」を引き寄せたブランドとして「ハーゲンダッツ」がある。
同ブランドはれっきとした米国生まれのブランドであるが、あえてデンマークを思わせる響きを持つ造語をブランド名に用いたのだ(マーケティングマネジメント)。
アルファベット表記では「Häagen-Dazs」の「a」にはウムラウトという2つの点(ゲルマン語系の言語で用いられる変母音)も添えられている。
実際はデンマーク語にも実在しない無意味語ではあったが、パッケージに描かれたスカンジナビアの地図と相まって、澄み切った北欧の冬の寒さを連想させることに成功する。
やがて米国で売られていた既存のアイスクリームブランドとは一線を画すようになる。
リッチな食感の高級アイスクリームとして定評を得るようになったのだ。
こうしたエキゾチック(異国情緒)な雰囲気がブランドに好影響を与えることも広い意味では「カントリー・オブ・オリジン効果」といっていいだろう。
グローバルブランディングの足掛かり
変則的な「カントリー・オブ・オリジン効果」を引き寄せたブランドには、そのほかにも中国の家電ブランド「ハイアール」がある。
冷蔵庫や洗濯機、エアコンなど中国国内ではトップメーカーのハイアールだが、21世紀にさしかかるとブランドのグローバル化を見据えるようになる。
アジア企業の多くはアジア市場に進出した後に欧米市場に駒を進めるのが通常だが、ハイアールはそうはしなかった。
まずは米国と西ヨーロッパを標的市場としたのだ(マーケティングマネジメント)。
もしそれらの国々で成功すれば世界中のどこの国であっても成功すると考えたのである。
米国市場においては家庭やオフィス、寮、ホテルの客室向けのミニ冷蔵庫という、まだ手つかずの市場を開拓し、さらにはウォルマート、ターゲット、ホーム・デポなどの大手小売業による流通を確保した。
その戦略が順調に進むと、今度は高価格帯の冷蔵庫やエアコン、洗濯機、食器洗い機などの家電販売を本格化する。
サウスカロライナ州の製造工場に積極的に投資し、米国のプロバスケットボールNBAのマーケティング・パートナーにも名を連ねた。
さながら米国の家電メーカーであるかのように振る舞ったのだ。
その展開が功を奏し、ハイアールは中国からの輸入ブランドではなく、もはや現地化した米国ブランドというイメージを獲得する。
この米国市場での成功が「カントリー・オブ・オリジン効果」を生み、ハイアールのグローバルブランディングは勢いづく。
そして今や世界で最も売れている家電ブランドになったのだ。
特定の地域が生む原産地効果
造園技法の1つに「借景(しゃっけい)」というのがある。
庭園外の山や樹木などの風景を、庭を形成する背景として取り入れることをいう。
今回の記事で取り上げた「カントリー・オブ・オリジン効果」はまさしくそれだろう。
ブランドに原産国のイメージを「借景」のようにうまく取り入れるのだ。
品質感や信頼性が高まり、その異国の文化が醸し出す風情も手伝って重要な差別化ポイントになり得る。
その効果はなにも国単位とは限らない。
特定の地域であっても同様の効果は発揮されるだろう。
実際、「原産地効果」という言い方もある。
たとえば、テネシー・ウイスキーの代表的なブランド「ジャックダニエル」はかつてテネシーで生まれ育ったという歴史的背景を存分に生かし、豊かなブランドイメージを構築したという(ブランド優位の戦略、1997年)。
広告でも素朴なテネシー文化のゆっくりとした時の流れを感じさせ、郷愁を誘うブランドに育て上げたのだ。
日本でもハウス食品の「北海道シチュー」は同じ路線だろう。
「北海道の雄大な自然の恵みをお届する」というコンセプトで、生クリームやコーン、チーズなど北海道生まれの原料にこだわっている。
秋の訪れとともに始まるテレビCMシリーズも北海道への郷愁を誘い、もはやCM自体が季節の風物詩的な様相を呈している。
また、こうした原産地効果が、ふるさと納税の返礼品として人気を集めるご当地グルメや特産品に存分に発揮されていることは想像に難くない。
自社ブランドの闘う土俵が海外市場にせよ、国内市場にせよ、「カントリー・オブ・オリジン効果」はマーケターが覚えておいて損はない概念といえそうだ。