再認ヒューリスティック:人はなぜ、聞き覚えがあるだけで高く評価してしまうのか?

再認ヒューリスティック
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再認ヒューリスティックとは、ただ単に再認できる、すなわち以前に聞いたことがあるという理由で対象を高く評価する傾向をいう。

たとえば、消費者が不案内なジャンルから商品やサービスを選ばなければならいときに、再認ヒューリスティックの出番となる。

初めて見聞きするものよりは、少しでも聞いたことがあるものを高く評価してしまうのだ。

本記事では再認ヒューリスティックの概念を深堀りし、いくつかの具体的な事例も交えながら、マーケティング戦略にどう生かすかも解説する。

目次

誰もが経験している再認ヒューリスティック

選挙ポスターを貼るボード

自治体の首長や議員の選挙で、何となく名前を知っていたという理由で投票したことはないだろうか? そんな安直な判断の仕方が今回取り上げる再認ヒューリスティックだ。

ヒューリスティックとは、経験則に従って直感的に、迅速に判断することをいう

そして、再認ヒューリスティックとは、ただ単に再認できる、すなわち以前に見聞きしたことがあるという理由で対象を高く評価する傾向をいう。

時間のないときや、いちいち比較検討するのが面倒なとき、あるいは判断材料となる情報が得にくいときなどに、この簡便な判断方法である再認ヒューリスティックが用いられる。

たとえば不案内なジャンルから商品を選ばなければならないときに、初めて見聞きするものよりは、少しでも聞いたことがあるものに軍配を上げる。その方がなんとなく安心できるのだ。

まぁ、ごく自然な選択であり、おそらく誰もが経験しているだろう。

サンディエゴとサンアントニオ、人口が多いのはどっち?

とある心理学の研究では、「サンディエゴサンアントニオではどちらの都市の人口が多いか?」とアメリカ人とドイツ人の学生に尋ねたところ、サンディエゴと正しく答えたアメリカ人学生は62%にとどまった一方で、ドイツ人学生の正答率は100%だったという。

これはアメリカ人の学生は両都市を知っていたのに対し、ドイツ人の学生はサンディエゴは聞いたことがあるがサンアントニオはほとんど聞いたことがなかったため、再認ヒューリスティックに頼ったのだと考えられる。

ドイツ人の学生は聞き覚えのあるサンディエゴの方が、それだけ大都市に違いないと判断したのだ。

このドイツ人学生にとっての「サンディエゴ」と「サンアントニオ」のように、「一方は再認できるが、他方はよく知らない」というときが再認ヒューリスティックの典型的な出番となる。

しかも、たとえ簡便な方法を用いても、あながち間違ってはいない。生半可な知識を持つアメリカ人の学生よりも、ドイツ人の学生の方が正解率は高かったのだ。

再認ヒューリスティックに頼るのは各ジャンルの「ノービス」たち

スケートする親子

フィギュアスケートではジュニアよりさらに下のクラスを「ノービス」というらしい。

英語の「novice」から来ていて初心者を意味するが、一般の消費者も「ノービズ」のステイタスに甘んじることは往々にしてある。

ほとんど経験のないジャンルから商品を選ばなくてはならないときがそれだ。

たとえば、進学や就職、結婚、出産、育児、介護などライスステージの変化に直面した消費者がいたとしよう。

住宅や金融・保険、医療から、教育やキャリアアップ、自己研鑽に至るまで、それまでの人生で経験したことのないジャンルから商品やサービスの選択を迫られることになる。

そんな消費者なら誰もが「ノービズ」からのスタートだ。

もちろん、今の世の中、調べようと思えば、選択肢一つ一つについて詳細な情報が入手できるが、比較検討する情報量が多すぎてもかえって迷う。

結局は再認ヒューリスティックに頼って、「名前ぐらいは聞いたことがある」という理由からなんとなく選んでしまうのだ。

慣れない立食パーティーで心細い思いをしているとき、少しでも(過去に一面識あるぐらいの)知った顔を見かけると心強い。そんな心境に近いのだろう。

「地獄で仏」とまでは言わないが、「ノービズ」の消費者とって見知っていることが精神的な救いとなるのだ。

もちろん、再認ヒューリスティックが用いられるのはライフステージの変化に直接関わる分野だけとは限らない。

日進月歩のデジタルの時代、衣食住にまつわるシェアリングやサブスクリプションなど、新しいオンラインサービスが次々に登場している。

そんな新ジャンルのサービスを選ぶ際にも消費者はいったん「ノービス」となる。再認ヒューリスティックの出番が減ることはないようだ。

聞き覚えるあるだけで「有名」だと判断されることも

実は心理学の領域でこんな実験結果もある。

「有名人判断課題」と呼ぶそうだが、まず全く無名の人の名前が書かれたリストを提示し、各名前の発音のしやすさや好き嫌いなどを評価してもらう。

その後、本番のテストで、事前に見せた名前を含む名前の新たなリストを作成し、「この人は有名かどうか」を判断してもらう。

すると、事前に目に触れる機会のあった無名の名前の方が、そうでない(テスト時には初見の)無名の名前に比べると、「有名人」と誤って判断することが多かったという。

事前に見ていたことが有名か無名かの判断に影響を与えたのだ。

ここでマーケターにとって重要なポイントは、たとえ淡い既視感、なんとなく再認できるというだけの事実が「有名である」との過大な評価を引き寄せたことだ。

すなわち、一般の消費者であっても、見聞きしたという感覚があるだけで、商品やサービスが高く評価してもらえる可能性があるわけだ。

それゆえ、マーケティングの世界では商品やサービスの認知向上は大命題となる。

その名前や存在を知ってもらおうと広告やPRキャンペーンが盛んに行われている。

耳残りがよいように、企業名や商品名がリズムよく連呼されるCMを覚えている人もいるだろう。

また、新しい商品やサービスは、企業ブランドなど既に知名度の高いブランドの傘の下にあることがさりげなくアピールされることも多い。

いわゆる「親の七光り」的な効果をねらってのことだ。

小学校受験コースのある幼児教室をどう選ぶ?

あくまで推測となるが、再認ヒューリスティックが商品やサービスの選択に影響を与えると思われる例をいくつか挙げてみよう。

もし、小学校受験を目指す子どもを幼児教室に通わせようと思った親たちは、その教室をどうやって選ぶだろか?

 幼児教室を選ぶことなど人生で滅多にないだろうし、都市部なら名門小学校への高い合格率を誇る教室がいくつも候補として見つかる。

そんなとき、Z会グループの傘下に幼児教室があるとしたらどうだろう? 難関大学向けの通信添削で知られるあのZ会である。

まさにそれが「アイ・シー・イー幼児教室」だ。Z会傘下の幼児教室で東京や神奈川に教室を構え、小学校受験コースを提供する。

「アイ・シー・イー」という名前には馴染みがなくとも、親世代ならZ会を(たとえ自分で直接的な経験はなくとも)見聞きしているだろう。

数ある候補から教室を選ぶのに少なからずZ会の名前が影響を与えることは想像に難くない。

我が子が通う幼児教室を直感的に選ぶとは考えにくいが、少なくとも追加的な情報収集の対象となる候補(考慮集合)を絞り込むのに、聞き覚えのあるZ会の名前は、悩める親たちにとって救いの手となったはずだ。

同様の再認ヒューリスティックは、自分自身や配偶者、親が入る有料老人ホームの選択にも有用だろう。

介護は突然始まるケースも少なくなく、大半がジャンルのノービス(初心者)からのスタートとなる。施設選びに慣れた人はそう多くはない。

その有料老人ホームだが、介護サービス専業の事業者以外にもベネッセホールディングスやSOMPOホールディングスなど異業種からの参入も相次いでいる。

仮に、住み慣れた街にはベネッセやSOMPOが運営する施設がなかったとしよう。

ところが意外なことに綜合警備保障(ALSOK)が運営する有料老人ホームがあるという。その企業名を聞いただけで、既に” 知っている”という感覚が早くも湧いてくる。

もちろん、地元に評判のいい施設が他にもあれば、ALSOKの施設に即決はしないだろうが、やはり資料を取り寄せたり、見学に出かけたりと、再認ヒューリスティックがとっかかりとなって探索行動が促されることにもなるだろう。

コロナ禍の急拡大ジャンルに再認ヒューリスティックの出番

より身近な例も挙げておこう。コロナ禍で手指消毒剤を購入する機会がにわかに増えた。

買い慣れた商品ジャンルではないが、ふとドラッグストアの棚を見ると、ライオンのキレイキレイから消毒スプレーが出ているではないか? 

従来からあるキレイキレイの商品を使ったことはなかったにしても、やはり既に知っているという感覚が脳裏に迫ってくる。高い確率で棚から選ぶことになるだろう。

また、「ウーバーイーツ」や「出前館」などのフードデリバリーアプリもコロナ禍の巣ごもり需要に後押しされ、利用者数を大きく伸ばした。

「出前館」のCMでは、ダウンタウンの浜田雅功が「♪で、で、出前館、出前がスイスイスーイ」と歌うスーダラ節の替え歌が話題となったが、その効果は絶大だったという。

多くの人にとってフードデリバリーアプリは初めて使うサービスだっただけに、急速に聞き覚えのある名前となった「出前館」は再認ヒューリスティックを誘発し、同社が躍進する原動力となったのだ。

ブランド認知の成果指標、「『再認』よりも『再生』が重要」は本当か?

マーケティングの世界の一般的な成果指標としてブランド認知率がある。ブランド認知はさらに自社ブランドが「再認」される比率「再生」される比率に分かれる。

「再認」と「再生」は一字違いだが、達成の難易度には雲泥の差があり、「再生」の比率を高める方がはるかに難しい。

「再認」は提示された名前のリストを見て、見覚えがあるか否かの判定を行えばよいのに対し、「再生」はジャンル名称だけを聞いて、そのジャンルに該当する商品やサービスの名前をノーヒントで思い出さなければならない。

たとえば、市場調査で消費者にアウトドアブランドで知っているブランドを挙げてもらうとしよう。

即座に「ザ・ノース・フェイス」と答える人は多いとしても、その後にノーヒントで、モンベルやパタゴニア、コロンビア、ヘリーハンセン、スノーピークなど、いったいいくつ思い出せるだろう? 

アウトドアブランドに一家言持つハイアマチュアな人たちでもない限り、想起できるブランドの数はかなり限られるはずだ。

しかし、ブランド名をリストで提示され、知っているかどうかを答える、すなわち「再認」だけなら、該当するブランド数はずっと多くなる。

マーケターにとって、目指すべきは「再生」される比率を高めることであることは言うまでもない。

消費者の頭の中で、それだけジャンル名との結びつきが強いことの証左であり、いざそのジャンルの商品やサービスを利用しようとしたときに真っ先に候補に挙がることになる。

利用者を増やし、市場シェアを伸ばす上では断然有利だ。

しかし、ここまで説明してきた再認ヒューリスティックの知見は、ひとまず「再認」を優先させたとしても、それなりの成果が期待できることを示唆する。

とりわけ、ジャンル自体が新しかったり、あるいは一定数の「ノービス(ジャンル初心者)」が次々にエントリーしてくるジャンルで特にそうだ。

「聞き覚えがある」「なんとなく知っていた」という薄っすらとした既視感であっても、商品やサービスの評価につながり、消費者を動かしてシェアを伸ばすこともできるのだ。

「メルカリ」と「出前館」躍進の陰に再認ヒューリスティック

本ブログでは「売れ続けるしくみ」の事例に「メルカリ」と「楽天ラクマ」を取り上げているが、日本で最初にフリマアプリを世に送り出したのは、ラクマの前身となる「フリル」(2012年に楽天のフリマアプリ「(旧)ラクマ」と統合)だったという。

しかし、後発だった「メルカリ」が巧みな広告戦略でブランドに既視感をまとわせたことで形勢が大きく変わる。

再認ヒューリスティックが起動されやすい状況をつくったことで、ユーザー数を飛躍的に伸ばしていった。

人だかりの多い方へいったん人流が生れると、人が人を呼ぶ形で地滑り的にユーザー数が増える。そして「楽天ラクマ」はメルカリに大きく引き離なされていったのである。

先に触れた「出前館」も同様だ。

NIKKEI STYLEの2021年3月26日付の記事によれば、急速な認知向上の契機となった浜田雅功がスーダラ節を歌うCMの開始は2020年7月だった。しかし、それ以前にも、浜田雅功を起用したCMを放映していたという。

その内容は、「幸せはすぐ届く」をキャッチコピーに、「疲れちゃった人」や「忙しい人」など休む暇もなく働く人々に、浜田雅功が「たまには出前でええやん」とやさしく背中を押すというもの。

しかし、CMの反響は期待外れに終わったという。ターゲットを絞り込み、ベネフィットの提供シーンを訴求するなどブランド構築も見据え、考え抜かれた設計だったことがかえって裏目に出てしまったようだ。

しかし、その後、耳残りするスーダラ節の替え歌のCMに切り替え、再認ヒューリスティックが存分に発揮されるに至ったのだ。

何年もの歳月を要する「再生」を目指すより、手っ取り早く「再認」を目指したのが奏功したといえる。

他にも歌手の広瀬香美がCMソングを歌い、「冬の定番CM」と言われたスポーツ用品店のアルペンや、CMで「♪モノタロウ、モノタロウ」と歌い、イヤーワーム(音楽が耳から離れなくなる現象)的な手法で話題を集めた工具通販サイトのモノタロウなどがそうだ。

やはりそれぞれの分野のノービスたちに再認ヒューリスティックの発動を働きかけている。

なお、誰もが経験している再認ヒューリスティックだが、マーケティング戦略上、どういうときに有効かはあまり考えることはなく、そのポテンシャリティが見過ごされることも多い。

大一番の機会を逃さないためにも、マーケターなら再認ヒューリスティックの原理を頭の片隅に入れておいてもいいだろう。

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