ファストファンションで今や一人勝ちの様相を呈するZARA。
世界最大のアパレル小売企業、インディテックス社の主力ブランドだ。
最先端のトレンドファッションを得意とし、2,200店を超える世界中の店舗には新商品が次々にお目見えしている。
刻々と変わる顧客の嗜好を捉え、高頻度、短サイクルで企画・生産・配送を行うのが、縫製工場として創業した同社の最大の強みだ。
「片手は工場に、もう一つの手は顧客に」とは創業者が唱えた経営理念。
長い歳月を経て顧客とブランドとが互いに高め合う「共進化」のしくみを磨き、余人をもって代えがたいブランドとなったZARAの戦略の成功要因に迫る。
ポストコロナのトレンド “ドーパミン・ドレッシング”
ファッションの分野には「ドーパミン・ドレッシング」なる言葉があるそうだ。
ドーパミンとは脳内で快楽を伝達する物質のこと。
そのドーパミンの放出が着る服によって増え、幸福感が高まることを指すらしい。
自分らしさを体現する服を着るとドーパミンの作用から自信がみなぎってくるという研究結果もあるようだ。
世界中がパンデミックの暗鬱(あんうつ)を経験した今、ドーパミンによって気分のアガるファッションがトレンドの一つになるとの指摘もある。
しかし、パンデミックが起こるずっと以前から、このドーパミンをつくり出すことに並外れて長けたファッションブランドがある。
ZARAだ。
スペインを本拠地とする世界最大のアパレル小売企業、インディテックス社の主力ブランドである。
ヒトは新しい情報に触れたときにドーパミンの放出が進み、その対象へ注意が向かうようにできている。
このしくみが太古の昔では食糧や新たな生息地などを見つけるのに役立ち、人類の進化と生存を支えてきたのだ。
そして21世紀の今、ZARAはこのドーパミンの分泌を促すには最良の、次々と新たな刺激を生み出すビジネスモデルで躍進を遂げている。
成功要因は常に“オントレンド”であること
流行の商品を大量生産し低価格で販売するのがファストファッション。
ZARAはそのパイオニア的な存在として知られる。
ビジネスは成長を繰り返し、今や競合するH&Mやギャップを大きく引き離して一人勝ちの状態だ。
その店舗網は欧州を中心に北米やアジアなど90カ国以上で2,200店を超える。
日本でも東京なら銀座や渋谷、原宿など大都市の好立地に、その多くの店舗を構える。
そしてこのZARAが最も得意とし、競争優位の源泉となっているのがトレンドファッションの巧みな取り扱いだ。
パリやミラノなどでショーを開くハイブランドにも引けを取らない、“オントレンド”のファッションを手ごろな価格で身にまとうことができる。
それゆえ、ZARAはファッション感度の高い若者たちを惹きつけてやむことはない。
ZARAの世界中の店舗では、週2回、新商品がお目見えする。
さながら生鮮食品の売場のように鮮度を保ち、その真新しさで興味を湧かせる仕掛けが完成されているのだ。
顧客たちは随時入れ替わる商品の移ろいを通して、その時々の“流行り”を知っていく。
ファッションセンターの「しまむら」では、宝探しのように掘り出し物を求めては店舗を巡る「しまパト(しまむらパトロール)」が話題を集めていた。
おそらくZARAでも新商品を目当てに頻回に来店する熱心な支持者たちがざらにいるだろう。
真新しさを求めて同じ行為を繰り返すよう人々を誘うのも実はドーパミンが得意とするところなのだ。
ZARAに見る購買意欲を掻き立てるしくみ
ただし、目まぐるしく商品が入れ替わることで来店は動機づけられても、必ずしも売れるという保証はないだろう。
ZARAは顧客のニーズをピンポイントで捉え購買意欲を掻き立てるしくみも周到に整えている。
一般のアパレルブランドはシーズンが始まるまでに大半の商品を作り置いて、シーズンを通して売り減らし、売れ残ればセールで在庫一掃を図るというパターンが多い。
しかし、ZARAは違う。
生地や素材こそシーズンの流行を見越して事前に準備するが、実際の商品の多くはシーズン中に企画・生産が行われる。
いずれも店舗から顧客の反応を見た上で、売れると踏んだ商品ばかりだ。
しかもそのサイクルが短くシーズン中に何度も繰り返されるため、刻々と変化する顧客の嗜好を反映させた商品が次々に棚に並ぶことになる。
企画から納品までの高頻度化・短サイクル化を実現するために、ZARAはスペインやその隣接国に自社工場を集約化し、世界中の店舗には飛行機で商品を運ぶという。
顧客の反応をもとにZARAは常に進化する
ここでいう店舗から吸い上げる顧客の反応とは単に「どの品番のどのサイズ、どの色がどれだけ売れているのか?」といった定量的な売れ筋情報に限らない。
店舗マネージャーをはじめとする現場スタッフの鑑識眼を通した「顧客が今、何を求めているか?」といった定性的な意見や仮説が含まれる。
そうした現場情報が各国のカントリーマネージャーを経由し、スペイン本社で集約され、絶えずシーズン中の商品企画に生かされる。
それゆえZARAが新たに投入する商品は常に「持続的進化」を遂げているのだ。
ZARAでは商品の多くが追加補充のない “売り切れ御免” 方式となるが、それは商品の改良や進化が優先され、全く同じ商品が単純に”つくり増し”されるケースが少ないためだ。
もちろん、売れ筋商品を何ら手を加えず単純につくり増しした方がよいという見方もあるだろう。
いちいち店舗経由で顧客の声を吸い上げる手間も省けるはずだ。
しかし、実はこの顧客の声を丹念に集め、企画に迅速に生かすプロセスこそが購買意欲を掻き立てる鍵となっている。
そもそも人々が流行を取り入れようとするのは、社会学者で哲学者のジンメルによれば「同調欲求」と「差異化欲求」のせめぎ合いに端を発するという。
すなわち流行からは取り残されず周囲に順応していたい。
ゆめゆめ外れてはいたくない。しかし一方で、より新しいもの、より希少なものを取り入れ、周囲との微妙な差異は担保しておきたい。
ZARAの途切れることのない「持続的進化」は、この顧客の相反する心理が折り合う“スィートスポット”に命中させるプロセスに他ならないのだ。
ZARAはいかにファッションミームを発見するのか?
各国の店舗とスペイン本社の間でどんな情報がやりとりされるのだろうか?
次の新作に取り入れるべき色や柄、素材、シルエット、ディテールデザインなどだろうか?
その中身までは明らかにされていないが、そのやりとりからおそらく、一種の「ミーム」のような情報が抽出されるのだろう。
「ミーム」とは生物学者のリチャード・ドーキンスが著作「利己的な遺伝子」で提唱した概念で、日本語では「文化的遺伝子」と訳される。
もっと平たく「らしさ」という訳もある。
ギリシャ語の「模倣(mimeme)」と英語の「遺伝子(gene)」からつくられた造語らしい。
通常の遺伝子(gene)では、血縁関係を通して、その個体情報が伝達される。
一方、ミームが伝達するのは文化に関する情報だ。
アートや思想、言葉などに宿り、「模倣」という行為を通して人々の脳から脳へ広がっていく。
ファッションはもともと(創造的な)模倣を通して発展してきた側面があるため、この模倣行為を契機に広がるミームとはとりわけ相性がいい。
おそらくZARAがシーズンを通して追求するのは、その時々のZARAならではの「今っぽさ」を伝えるファッションミームなのだろう。
ミームは設計図レベルの情報であり、詳細は未指定のため、異なる生地やアイテムに柔軟に反映できる。
そこにデザイナーたちの独自のアレンジも加わり、顧客の一歩先ではなく半歩先を行く、スィートスポットを突いた商品をZARAは着々と世に送り出していくのだ。
ZARAの経営理念に顧客との「共進化(Co-evolution)」
顧客にとってもZARAの存在は有り難いはずである。
ファッションの分野で最先端の流行といえば高額なコレクションブランドが未だ影響力を持ち、本来なら裕福な限られた人たちが先駆けて身につけるものでしかなかった。
それ以外の人たちは辛抱強く一般の人々にトリクルダウン(波及、本来はしたたり落ちるの意)されるのを待つしかなかった。
しかし、そこにZARAのビジネスモデルが割って入り、若者たちがいち早く先端の流行を取り入れることができるようになったのだ。
しかも、日本のユニクロほどは安くはないにせよ、手の届く価格で買えるのも顧客にとっては嬉しい。
顧客とZARAは一種の「共進化(Co-evolution)」の関係にあるといえるだろう。
ミツバチが花から蜜を得る一方で、花粉を運び花の繁殖を助けるといった関係だ。
今ならAIとロボットの関係もそうだろう。
ZARAは顧客から情報を得ることで売れる商品がつくれ、結果的に顧客にも恩恵をもたらす。
ZARAを擁するインディテックス社はもともとは縫製工場として創業しており、当初から顧客の反応を見つつ、自ら作った商品を自ら売る経験を積んできたという。
「片手は工場に、もう一つの手は顧客に」という創業者の経営理念もその営みから生まれ、その経験を原点にZARAは顧客との「共進化」のしくみを構築してきたのだ。
店舗とECの世界的統合、在庫管理も一元化へ
ここ数年のZARAはEC事業の拡大に大きく舵を切る。
目指すのは世界中の店舗とECの完全なる統合だ。
アパレルブランドは通常、店舗とECの商品在庫を別々に管理することが多く、店舗には在庫があるのにECサイトでは品切れといった在庫の偏在によって欠品や機会ロスが発生することも少なくない。
しかし、ZARAは店舗とECに垣根を設けず、在庫管理を世界レベルで一元化する取り組みを進めている。
一方でZARAは、ECで受けた注文は近隣の店舗の在庫から発送し、ネットで注文した商品を店舗で受け取る「クリック&コレクト」にも対応する。
同社は今後、EC拠点としても機能し得る大型店を増やし、小型店は相当数を閉店する計画でいる。
店舗とECの統合を一段と進めるには必要な新陳代謝だ。
ファッション感度の高いZARAの顧客であれば、この大胆なデジタルシフトは歓迎だろう。
店頭とは異なる形で魅力的な商品のプレゼンテーションやディテール情報に触れられ、最先端を追いつつ、自分の好みにも合うという難しいお題の商品を見つけやすくなるのだ。
一方、ZARAは顧客の反応をリアルタイムに得るチャネルが増えることになる。
「高頻度化・短サイクル化」や「持続的進化」といったZARAの真骨頂のプロセスはいっそう磨きがかかるだろう。
ZARAが見据えるサーキュラー・エコノミー
そして、目下のZARAは、地球環境への負荷を最小限に抑えることに積極的に取り組む。
ファストファッションと言えば「大量生産・大量消費・大量廃棄」の権化のような印象だが、ZARAはあくまで廃棄物ゼロ(ゼロ・ウェイスト)を目指すという。
これはサーキュラー・エコノミー(廃棄物は出さずに資源を循環させることで経済を回すしくみ)の実現をZARAが見据えているためだ。
ZARAは生産や物流、販売などサプライチェーン全体を通して資源の再利用・リサイクルを徹底し、廃棄物の削減に努める。
商品も同様だ。
廃棄せずに済むようにリサイクルが容易な素材を使った商品を段階的に増やしていく。
また、廃棄物削減に顧客の協力も仰ぐ。
不要になった商品は顧客から回収し、寄付やリサイクルを通して第2の命を与える道筋をつける。
また、衣類を末永く使うことも廃棄物削減につながるとして、顧客に商品の消耗を抑えるための「ランドリーケア」を啓発する。
ミツバチと花の共進化は豊かな地球環境があればこそだ。
ZARAもまた、地球との共存を模索し、その摂理に従うことに覚悟を決めたのだろう。
共進化の形が今後どう変わるのか?
ZARAのファンならずとも余人をもって代えがたいブランドの今後の変容を見届けたいところだ。
- 明るい色の服を着ると幸福感が高まる? 「ドーパミンドレッシング」について検証 2021年07月29日 Harper’s BAZAAR
- 「誰も語らなかったZARA圧勝の秘密2 欠品だらけでも消費者が満足する理由とその仕組みとは」2020/01/22 ダイヤモンド・チェーンストアオンライン
- 「ZARAの物流戦略はいったい何がスゴいのか」 2018年08月10日 東洋経済オンライン
- 「連載 ザラはなぜ強いのか インディテックスの現場に迫る①」 2017年07月29日 繊研新聞
- 「連載 ザラはなぜ強いのか インディテックスの現場に迫る②」 2017年07月30日 繊研新聞
- 「連載 ザラはなぜ強いのか インディテックスの現場に迫る③」 2017年07月31日 繊研新聞
- 「【ZARA】サステナブルプロジェクト『JOIN LIFE』で地球に優しい素材を選ぶ!」2020年12月02日 Oggi.jp