YAMAP プレミアム 評判が評判よぶコミュニティ・ビジネスモデル

登山アプリ ヤマップ YAMAP
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登山者から絶大な支持を集める登山アプリ「YAMAP(ヤマップ)」アプリ。

山中のオフラインエリアでも地図上に現在位置と登山ルートが表示される優れものだが、ただの便利ツールでは終わらない。

ビジネスのねらいは山を愛する人たちの「共助」を促すしくみにあるという。

サステナビリティウェルビーイングが盛んに問われる時代、「共助」がどうビジネス化されるのか?

ヤマップの稀有なビジネスモデルとその成功の軌跡に迫った。

目次

共助を促すビジネスモデル

「共助」と聞くと何を思い浮かべるだろうか? 

辞書的な意味は「互いに助け合うこと」であるが、ザっとGoogleで「共助」をキーワード検索すると、もっぱら上位表示されるのは災害や有事の文脈における「共助」だ。

総務省消防庁のサイトには、災害への備えを考えるとき、「自助」「共助」「公助」の3つがあるという。

「自助」は自分や家族の身の安全を守ること、「共助」は地域やコミュニティといった周囲の人たちが協力して助け合うことをいう。

そして、「公助」は市町村や消防といった公的機関による救助・援助をいう。

「自助」と「公助」との対比でとらえると、「共助」の意味合いがさらにわかりやすくなる。

今回の記事では、この「共助」のしくみを中核に据えた、一種のコミュニティ・ビジネスモデルを取り上げる。

登山アプリのYAMAP(ヤマップ)アプリだ。

登山用地図のGPSアプリに軸足を置きつつ、山や登山に関する情報を複合的に提供するプラットフォームとして登山者たちから絶大な支持を集めている。

日本の登山人口はおおよそ700万人程度となる。

その登山人口に対し、ヤマップのアプリダウンロード数は370万(朝日新聞デジタル 2023.6.12)

フリマアプリといえば「メルカリ」、写真投稿アプリといえば「インスタグラム」がすぐに想起される。

ヤマップも同様に、ヤマレコといった類似のアプリもあるが、もはや登山アプリの代名詞的存在といってよい。

有料会員サービス「ヤマッププレミアム」

ヤマップは基本機能は無料で使えるが、年割プラン5700円、月額プラン780円有料会員になると様々な付加機能が使えるようになる。

いわゆる「フリーミアム型」といわれるサブスクリプションサービスといえる。

では会員になるとどんな付加機能が使えるのか?

登山準備に

ヤマップの公式サイトを覗くと、まず有料会員なら全国の登山地図を無制限でダウンロードできるようになるとある(無料会員は1ヵ月に2枚まで)。

山の数え方の単位には「座」を使うが、ヤマップがカバーする山は日本全国でざっと21,000座以上

紙の地図も安くはないため、登山愛好家ならこれだけで元が取れそうだ。

さらに山小屋や水場、トイレなどの位置や詳細な天気予報も把握できる。

登山計画を立てるのに重宝するだろう。

しかも、登りたい山の地図がない場合、登山地図の作成をヤマップにリクエストもできるようだ。

登山中に

そして、“モバイル”アプリとしての真価を発揮するのが、山に登っているそのときである。

ルート探索機能で目的地までのルートを自動で探索してもらえ、おおよその到着予想時刻も表示される。

しかも、登山道や予定ルートから外れた場合はアラートを出してくれるのだ。

そして、ヤマップが画期的なのは、携帯電話が頻繁に圏外となる山中においても機能することだ。

予め地図をダウンロードしておけば、スマートフォンのGPSによって現在地と登山ルートが地図上に表示されるという。

携帯電話が頻繁に圏外となる山中

下山後に

アプリの出番は下山後にもある。

自分の登山の記録を「活動日記」として残せるのだ。

登山の軌跡を地図上に反映させたり、歩行ペースなどの登山データをわかりやすくグラフ表示できたりする。

そこに撮影した写真を紐づければ(有料会員は写真のアップロード枚数が無制限)、登山記録をいつでも振り返れるようになるのだ。

高水準の有料会員率

登山者にとってアプリの利便性は高く、有料課金サービスとしても十分に魅力があるだろう。

そのことが実績にも表れている。

ITmedia ビジネスオンラインの2022年12月9日付の記事によれば、同アプリのMAU(マンスリー・アクティブ・ユーザー)は約60万人ほどながら、12万人強の有料会員数を擁しているという。

アプリサービスのMAUに対する有料会員率は3~5%が成功ラインといわれているが、ヤマップの有料会員率は約20%に及ぶのだ。

破格の水準といえる。

ヤマップはどう共助につながるのか?

ではこのアプリがどう「共助」につながるのか?

命救う「みまもり機能」の仕組みとは

まずヤマップの「みまもり機能」の仕組みがある。

登山中の位置情報をヤマップのサーバーに定期的に送信することで、帰りを待つ家族や知人などに位置情報を共有できるのだ。

では、登山者がオフライン(携帯電話の電波が届かない状況)エリアにいるときはどうなるのか?

同アプリでは、ヤマップのユーザー同士が登山中にすれ違ったときに、「ブルートゥース(近距離無線通信)」によって位置情報の交換ができる。

どちらか一方がオンラインになったときに、すれ違った相手の位置情報をヤマップ のサーバーに送信できるようになっている。

そのサーバーから家族や知人に位置情報が通知されるのだ。

すれ違う登山者

実はこの位置情報の共有が命を救うことにもなる。

登山者が万が一遭難してしまった場合でも、家族や知人に届いていた位置情報から捜索範囲が容易に絞り込めるためだ。

実際、登山者の人命救助に直接貢献した事例もあるという。

この位置情報はかつて、登山者同士がすれ違った際の「1対1」の交換だけであったが、今ではお互いが「これまでにすれ違った登山者の位置情報」まとめて交換できるようになった。

すなわち、「複数対複数」の交換が積み重なることになる。

ネットワークの密度が増し、位置情報の共有はさらに進むのだ。

登山者たちが無自覚のうちに協力し合い、強固な人命救助ネットワークを形成され、セーフティネットが担保されることになる。

まさに「共助」のしくみといえるだろう。

断水時にSNSで拡散された「もく浴ボランティア」

そして、ヤマップに備えられたSNS機能がユーザー同士の「共助」をさらに促す。

「共助」とSNSには一見隔たりがあるように思えるが、実は情報がものをいう「共助」ならSNSとの相性はすこぶるいい。

たとえば、静岡市で大雨による大規模な断水が続いたときのことだ。

「赤ちゃんだけでもお風呂に入れてあげたい」との思いから市内12ヵ所の助産院で「もく浴ボランティア」が始められたという。

もく浴

助産師たちがSNSで利用を呼びかける投稿をしたが、フォロワー数も少なく告知効果は限定的と思われた。

ところがその投稿に多くのコメントが寄せられ、たちまちSNSで拡散され、想定を大きく上回る赤ちゃんたちが「もく浴」できたという。

NHKニュースの2022年10月23日の記事によれば、特に生後間もない赤ちゃんは皮膚が薄く汗もかきやすいことから、もく浴で肌を清潔に保つことが重要らしい。

SNSの拡散によって、切実なニーズをもつ親たちそのタイムリーでピンポイントの情報がしっかりと届いていたのだ。

本ブログの「社会的選好」の記事にも書いたが、人は人のためになることをするように自然に動機づけられているゆえだろう。

SNS機能で活動日記を共有

実はヤマップのSNS機能も、こうした何ものにも代え難い情報がつねに行き来するしくみになっている。

山は遠くからみれば美しく、モチベーションを高める標的としては申し分ないだろう。

モチベーションを高める標的

しかし、いざ登るとなると、たとえ低山であっても、登山道が整備されていたとしても、なかなかハードで相当の覚悟を必要とする。

ここに「共助」が、とりわけSNSを介した「共助」が機能する余地が生まれるのだ。

ヤマップにおいて、「共助」の中心的な役割を担うのが先に触れた「活動日記」である。

登山者たちが思い思いに記した、登山ルートや風景写真、感想などからなる登山記録だ。

その記録が他の登山者が登山計画を立てる際の参考となる。

どんなルートで登ったのか? どれほどの時間がかかったのか? それぞれのスポットでどんな風景が臨めるのか? 

活動日記は定量的な行動履歴情報ともあいまって、後に続く登山者たちの希少な道しるべとなるのだ。

有料会員になると、参考にしたい登山者の活動日記を保存できる「ブックマーク」機能が無制限(無料会員は10件まで)で使える。

しかも、参考にしたい登山者が登ったルートを地図に反映できるようになるようだ。

幸運な偶然が生む共助

オンライン・コミュニティの集合知

インターネットの時代に入って、SNSやレビューサイトなどのプラットフォームを通して、商品やサービス、コンテンツ、イベントなどの評価を消費者が書き込んだり、質問に答えたりといった光景はもはやお馴染みとなった。

価格.comやアットコスメは商品の売れ行きを左右する一大コミュニティにまで成長している。

一方、広く知られることはないが、領域や参加者がより絞り込まれたコミュニティも多数ある。

たとえば、「MedPeer」国内医師の約半数が登録していて、医薬品の口コミや症例など、全国の医師が経験やナレッジを「集合知」として共有し合うドクタープラットフォームだ(MedPeer公式サイト)

集合知

「一人の医師の疑問は多くの医師の疑問かもしれない」という発想から立ち上がったという。

ヤマップも同様だ。

山に魅力された人同士が自然に助け合える。

その「共助」につながるセレンディピティ(偶然の出会い・発見)が引きも切らさず起こり得るしくみになっているのだ。

一登山者からすれば、活動日記は自分の登山の軌跡をひたすら記録するため、無心にそうしているだけなのかもしれない。

ところが、その自己完結的な記録が、思いもよらない形で後に続く登山者たちの貴重なガイドとなるのだ。

登山中のヒヤリ・ハットも即座に共有

登山は楽しいことばかりではない。

「道に迷ってしまった」「下山が大幅に遅れた」などと失敗も多く、しかもちょっとした不注意から遭難や事故を招くことにもなりかねない。

ここで思い出されるのは、労働災害の発生確率の分析に基づいた「ハインリッヒの法則」(別名「ヒヤリハットの法則」)である。

ヒヤリハット

1件の重大事故の裏には29件の軽微な事故があり、さらにその裏には300件の「ヒヤリ」「ハット」させられる体験が隠されているという。

その1件の重大事故を防ぐには「ヒヤリ」「ハット」の経験「無事でよかった」などと胸を撫で下ろすだけで済ませてはいけない。

一つ一つ対策を講じてつぶしていく必要があるという。

ヤマップのSNS機能はまさにそれが叶うのだ。

たとえば、ヤマップには「迷いやすい地点」や「足元注意の場所」など他の登山者が知っておいたほうがよいと思える危険個所を共有できるしくみがある。

しかも登山中の気づいたそのときに地図に反映できるらしい。

まさにこれから登ろうとする登山者は「転ばぬ先の杖」的なリアルな情報が得られるのだ。

循環型コミュニティポイント「DOMO」

「DOMO」が共助を促す潤滑剤に

そして、ヤマップが目指す「共助」を後押しするしくみに循環型コミュニティポイント「DOMO」がある。

活動日記を公開したり、登山中に投稿をしたり、みもまり機能をオンにしたりするとヤマップの運営側からポイントが付与される。

あるいはそのポイントをSNSの「いいね」ボタン代わりに、他のユーザーに送ることもできる。

ヤマップの公式サイトによれば、「DOMO」ポイントは他のユーザーやコミュニティの役に立つ利他的な行為や、安全登山への貢献をすることでもらえるとある。

「山で遊ぶ人が、山を豊かにしていく環境を整えたい。」という思いからスタートしており、「共助」を促す潤滑剤的な役割を担っているのだろう。

ユーザー同士で送り合えば、共感や感謝、応援といった気持ちの表明にもなる。

また、貯まった「DOMO」を使って、山の再生や登山道整備などを支援することもできるようだ。

「DOMO」は腐るポイント?!

さらにこの「DOMO」ポイントが特徴的なのは付与されたポイントを循環させることに価値を置いていることにある。

貯めることよりも使うことが優先されるため、有効期間が短く、発行から3ヵ月になっている。

Forbes JAPANの2022年03月19日付の記事によれば「DOMO」は「腐るポイント」なのだという。

この発想はおそらく、デジタル地域通貨の「腐るお金」から来ているのだろう。

デジタル地域通貨とは特定の地域内で使える電子通貨で、主にスマートフォンの専用アプリなどを介してマネーチャージやポイント付与などが行える。

デジタル地域通貨の腐るお金

通常は地域内の飲食や買い物に使うが、ボランティアや近隣の支援活動、エコな取り組みなどを行うとポイントがもらえるといった特典もあり、地域コミュニティや相互扶助を活性化する一助にもなっているのだ(NTTビジネスソリューションズ)

有効期限が短いものも多く(すなわちすぐに腐る)、より地域内での流通が促されるようなインセンティブが地域住民には働く。

そして、その通貨の流通量こそ、地域内の人々のつながりの深さを可視化し、地域の幸福度を測る新たな物差しになるのだ。

ヤマップの「DOMO」ポイントもねらいはそこにある。

公式サイトには「使えば使うほど、繋がりがうまれる」とある。

コミュニティ・ビジネスモデルの大金星

熱量はインタレストグラフから

早稲田大学の澁谷 覚教授によれば、オンラインの人と人との関係は主に2つあるという(日本経済新聞 2017.6.1)

職場・学校・地域や家族を通じた、もともとの知り合い同士がオンラインでもつながり合う「ソーシャルグラフ」と、知り合いではない同士が共通の興味・関心を通じてオンラインでつながり合う「インタレストグラフ」だ。

「ソーシャルグラフ」が血縁・地縁・社縁なのに対し、「インタレストグラフ」は趣味縁とも言い換えられるだろう。

ヤマップは登山愛好家同士がアプリ上でつながり合う「インタレストグラフ」となるが、共通の興味・関心を通じてただでさえ能動的な情報交換が起こりやすい関係に、利他的な行為を誘うしくみが持ち込まれた。

そして、「共助」が絶えず機能する関係がつくりあげられていったのだ。

そこから生まれる熱量こそがヤマップが高水準の有料会員率を保つ原動力なのだろう。

その熱量の大きさに共鳴し、評判が評判を呼ぶことにもつながった。

収益源の多角化も着々と

ヤマップの21年7月~22年6月(第9期)の決算では、売り上げは12.2億で前年同期の159%に達している(YAMAP note)

有料会員からの課金収入の伸びに加え、ヤマップが運営する登山・アウトドア用品のセレクトオンラインストア「YAMAP STORE」の販売好調が売り上げ伸長に貢献したという。

「共助」のしくみを中核に据え、そのビジネス化に成功を収めてきたヤマップ。

今や収益源の多角化も着々と進めている。

さらに「DOMO」ポイントのしくみは「共助」を促す新しいビジネスのあり方を示唆する取り組みとして評価され、「2022年度グッドデザイン賞・ベスト100」も受賞している。

その「共助」を中核に据えたビジネスは今後どんな進化を遂げるだろうか? 

サステナビリティやウェルビーイングが盛んに問われ「人生100年」といわれる時代、「共助」のしくみはますます重要性を帯びる。

ヤマップの進化に今後も注目していきたい。

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