接触回数が多くなると好感度が増すという「単純接触効果」。
提唱者の名まえにちなんで「ザイオンス効果」ともいわれる。
マーケティングの世界でもよく知られており、商品やロゴ、広告、人的販売などでその効果を実感しているマーケターも多いだろう。
ではなぜ、そうなるのか?
そのメカニズムをひも解くキーワードが「知覚的流暢性」と「誤帰属」だ。
簡単にいえば、見慣れることで知覚のしやすさ(流暢性)が高まり、その心地よさがヒトやモノ、コトなど対象自体の好ましさに誤って解釈されることをいう。
本記事ではその「知覚的流暢性誤帰属説」に迫り、改めて単純接触効果をどうマーケティングやブランディングに生かすかを考察してみたい。
単純接触(ザイオンス)効果とは?
よく知られた心理学用語の1つに「単純接触効果」(mere exposure effect)というのがある。
1968年に米国の心理学者、ロバート・ザイオンスが発表しており、その名にちなんで「ザイオンス効果」とも呼ばれる。
端的にいえば、接触回数が多くなると好感度が増す現象をいう。
人と人同士であれば「会えばあうほど好きになる」といわれる効果だ。
意識的にお互いに接触し合うというより、ちょっと視界に入るだけ、物理的にたまたま近くにいるだけでも少しずつ好意的な感情が芽生えていく。
第一印象では可もなく不可もなくの人だったとしても、反復接触するうちに「この人、案外いい人かも」と思えたりもするのだ。
頻回な接触で警戒心が薄れ、安心感がもてることも一役買うのだろう。
恋愛術や“モテテク”で単純接触効果が取り沙汰されるのもそうした効果からだ。
押しつけがましくならないよう、偶然を装って好きな人の視界に入ることを盛んにすすめたりする。
もちろん、その好意は人と人の間だけに湧くのではない。
モノやコト、たとえば、商品やサービス、広告に対しても接触を繰り返すことの効果は生じる。
ブランディングに携わるマーケターなら、馴染みのある用語の1つでもあり、マーケティング施策を長期スパンでみたときに、その効果を実感したことのある人も多いだろう。
ではなぜ、単純接触効果は生じるのだろう?
単純接触効果について本ブログの別の記事でも取り上げているが、今回はその発生するメカニズムに焦点を当ててみたい。
それを紐解くキーワードは「知覚的流暢性」だ。
知覚的流暢性誤帰属説
単純接触効果が起こる要因として研究者の間でもっとも支持されているのが「知覚的流暢性誤帰属説」(misattribution of perceptual fluency)である。
とっつきにくい言葉のように思えるがそれほど複雑な話しではない。
マーケティングやブランディングにも十分に有効な概念なので、言葉を分解しながら見ていこう。
知覚とは?
まず「知覚」である。
英語では「perception(パーセプション)」といい、動詞は「perceive」。
英字郎には「目や耳などの感覚で~に気づく」という訳があてられている。
語源を調べてみると、「完全に手に入れる、掌握する」という意味のラテン語から来ているようだ。
この知覚とは、たとえば目の前に花瓶(かびん)が置いてあったとしよう。
知覚とはその視覚情報を頭の中に取り込んで、特徴を捉えながらそれが「花瓶」だと分かるまでをいう。
典型的な花瓶の形をしてれば誰でも瞬時に知覚できる。
しかし、もし花が挿してあるわけでもなく壇上に置くような「水差し」っぽくも見えるとしたら、やや知覚に手間取るだろう。
知覚対象は見た目(視覚情報)だけではない。
音や匂い、味、手ざわりなど五感を通して知覚する場合もある。
いずれにせよ、対象の特徴をとらえたり、判別したりする無意識的な働きをいう。
マーケティング関連の記事や書籍では「パーセプション」という言葉がよく登場する。
これは花瓶が(水差しではなく)花瓶だとわかるように、機能や便益など「何たる商品か」がわかるといった文脈でもっぱら使われる。
知覚的流暢性とは?
「知覚的流暢性」― すなわち知覚が流暢であるとは、その対象が何かを判別するまでがスムーズに進むということだ。
なんら苦もなく、よどみなく流れるように「わかった」「それ系のことか」という感覚にたどりつけるようすを指す。
まずはその知覚対象が見やすい、読みやすい、聞き取りやすいことが前提となる。
たとえば文字情報であれば、フォント(字体)が読みにくかったり、背景とのコントラストがはっきりしなかったりすると、知覚的流暢性は一気に下がる。
また、花瓶か水差しかというように、知覚するモノやコトの意味まで踏み込む場合は「概念的流暢性」といって、分けて考えることもあるようだ。
とはいえ、両者は地続きである。
なお、知覚的流暢性については本ブログの以下の記事でも解説している。
知覚的流暢性の誤帰属とは?
では「誤帰属(misattribution)」とは何か?
これも心理学用語の1つで、物事の原因を誤って本来のものとは異なる原因に帰属させることをいう。
心理学で広く知られている「吊り橋効果」、吊り橋を渡る際の恐怖や緊張でドキドキしていると、一緒にいる相手に恋愛感情を抱きやすくなるといった効果も誤帰属の端的な例である。
知覚的流暢性の誤帰属とは、知覚的流暢性が高い対象には、スッと判別できることで心地よさや親しみやすさを覚え、その快感を知覚対象自体の好ましさと勘違い(誤帰属)してしまうことをいっているのだ。
単純接触効果と知覚的流暢性
知覚的流暢性はフォントの読みやすさや花瓶が花瓶だとわかることなど、「いま・ここ」のワンショット的な知覚の容易さを意味することが多いが、そこに時間軸上の接触頻度が掛け合わさって生まれるのが単純接触効果だ。
接触を繰り返すことによって、知覚にかかる負担が減り、知覚的流暢性が徐々に高まっていく。
その心地よさ、馴染みやすさが知覚対象自体の好ましさに誤って解釈(誤帰属)される。
英語で単純接触効果は「mere exposure effect」というが、英語の「mere」には「ほんの、単なる、まったく~にすぎない」という意味がある。
なぜ、単純に接触を繰り返すに過ぎないのに、人は好ましさを覚えるのか?
その背後には知覚的流暢性の移し替えが絡むというのが「知覚的流暢性誤帰属説」である。
この「知覚的流暢性誤帰属説」は単純接触効果が生じる要因の説明として一定の説得力があるだろう。
研究者間で広く支持されているのも頷(うなず)ける。
しかし、その一方で、「誤帰属」という点では議論を呼んでいるようだ。
「誤帰属」というと、ふつうは「本人が気づくことなくうっかり誤って」という意味となる。
そうではなく、知覚的流暢性、すなわち知覚のスムーズさは十分承知の上で、それが一因となって知覚対象の好ましさの評価に影響を与えているという実験報告もある。
たしか接触するたびに「この読みやすさがいい」と意識されるならそれは誤帰属とは言わないだろう。
単純接触効果とロングセラーブランド
単純接触効果が知覚的流暢性が引き起こされるなら、マーケターが取り組むべき施策は明らかだろう。
あらゆるマーケティングの成果物の知覚的流暢性を高め、繰り返し露出することだ。
仮に商品自体では競合他社と大きく差別化できなくとも、ロゴやパッケージデザイン、広告などの反復接触によって十分に優位性を発揮できる。
好感度や親近感に違いが表れるのだ。
実際、FMCG(日用消費財/Fast Moving Consumer Goods)と呼ばれる食品、飲料、日用品のロングセラーブランドの多くは知覚的流暢性による単純接触効果の恩恵を受けている。
ただし、本ブログの「単純接触効果」の記事でも触れたが、単純接触効果が逆効果となることもある。
過度な頻度で接触することによって、飽きや倦怠感が生じるという実験報告もあるのだ。
接触の間隔を空けるなど、過剰感の軽減に留意したほうがいいだろう。
ちょっとした冷却期間が新鮮さを蘇らせ、ポジティブな感情を呼び起こすこともある。
また、接触を重ねる中で、適度な変化を織り込むのもいい。
ロングセラーブランドが、商品のラインアップを追加したり、期間限定の商品を発売したりするのがそれだ。
広告キャンペーンが刷新されるのもその一環だろう。
変化を持たせることで飽きを感じさせず、その一方で一定の枠組みを担保し、ブランドのらしさは損なわない。
知覚的流暢性は途切れることなく、単純接触効果が蓄積されるのを狙うのだ。
単に機能や性能だけで消費者に本質的な差異を見いだしてもらうのが難しい昨今、それ以外で好意度の源泉を探る必要がある。
知覚的流暢性と単純接触効果はそのヒントを提供する。
マーケターならこの2つのキーワードをセットで頭の片隅に入れておくのがいいだろう。