「YOLU」マーケティング  ヒットの明暗分けた「つかみ」の技術

YOLU
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I-ne(アイエヌイー)が発売するナイトケアビューティーブランド「YOLU(ヨル)」が大ヒットしている。

1500円前後という中価格帯のヘアケア市場に風穴を開けたのだ。勝因は「夜間美容」というコンセプトで一点突破をしかけたこと。

ヘアケアでは既視感のなかった切り口が明快なつかみとなり、レッドオーシャンといわれる市場で突出する存在になったことだ。

目次

大ヒットは「飛び出す絵本」のごとく

飛び出す絵本

「飛び出す絵本」を手に取ったことがあるだろうか? 

本を開くと絵が飛び出してくる仕掛け絵本のことだ。

折り畳まれていた立体的な仕掛けが一気にせり出してくる感覚が楽しい。ポップアップブックともいわれる。

同様の仕掛けはバースデーカードクリスマスカードなどでも見つけられるだろう。

ブランディングに携わるマーケターなら、その願いは常に、せり出す仕掛けのように自社ブランドが消費者の頭の中で突出することだろう。

願わくは競合するブランドを「背景」追いやって、心をつかんで離さない「前景」の座に就いていたい。

もし、頭の中でそんな状態が保てるなら、スーパーやドラッグストアの棚に並ぶブランドだったとしても、消費者の目が真っ先に向かう確率は格段に高くなる。

今回取り上げるのは、この願望をかなえ、一躍大ヒットとなったブランドの一つだ。

I-ne(アイエヌイー)が発売するナイトケアビューティーブランド「YOLU(ヨル)」である。

しかも、レッドオーシャンともいわれるヘアケア市場でその偉業を成している。

YOLU がヘアケア市場に風穴

「夜の間にキレイをつくる」

「YOLU」の名は「夜」と、ラテン語で月を意味する「LUNA」から来ているという。

コンセプトはブランドのショルダータイトルにもあるように「ナイトケアビューティー」、すなわち「夜間美容」

YOLUの公式サイトによれば、睡眠中は枕や布団と髪が絡む際に発生する摩擦で、意外なほど髪はダメージを受けている。

翌朝のパサつきやうねりはそのことが原因だ。

そこで「夜の間にキレイをつくる」という発想に立って I-neは処方開発に挑む。

睡眠中の摩擦や乾燥ダメージから髪を守り、髪の内部から集中補修までも行う「ナイトケア」を目指したという。

このコンセプトがたちまち注目を浴び、さらにその使用感もSNSで話題になったため、YOLUの売れ行きは急激に伸びる。

2021年9月の発売から1年で累計販売数1000万個を突破したという。

2022年の10・11月には、同ブランドの主力ラインである「YOLU カームナイトリペアシャンプー・トリートメント」が、ドラッグストア市場のシリーズ別売上シェアでトップとなった(PR TIMES 2022.12.23)

月刊のトレンド情報誌「日経トレンディ」「2022年ヒット商品ベスト30」に選ばれ、美容系の雑誌やWEBメディアなどが主催する数多くのベストコスメ賞も受賞している。

I-ne がヘアケア市場に下克上

YOLUを展開するI-neは2015年に植物由来のヘアケアブランド「ボタニスト(BOTANIST)」を起ち上げ、1500円前後と高価格ながら大ヒットさせた実績を持つ。

当時のヘアケア市場は、ゆうに2000円を超える一部のサロン系のブランドを除けば、ほぼ低価格帯に集中していた。

そこに「ボタニスト」の投入で、I-neは1500円程度の中価格帯という新たな市場を創造したのだ。

YOLUはその再来ともいえるヒットとなったのだ。

ヘアケア市場といえば、P&Gや花王、ユニリーバ、クラシエホームプロダクツなど大手プレイヤーがしのぎを削っており、I-neのような新興企業に付け入る隙などないはずだった。

ところが同社は巨人ゴリアテを倒した少年ダビデのように思いのほか善戦する。市場を揺るがすような下克上を起こしたのだ。

主力のボタニストに加え、YOLUのヒットが貢献し、2023年3月の単月でついに、I-neのヘアケアブランドの合計販売金額が、ドラッグストア市場においてメーカーシェア日本1位となったという(PR TIMES 2023.4.10)

「夜」の切り口がヒットを導く

なぜ、YOLUはこれほど速やかにヒットの階段を駆け上がったのだろうか? 

I-neの2022年12月23日付のニュースリリースで、I-neは自身のヒットの要因を以下のように振り返っている。

「夜」を切り口に、プロダクトコンセプトやネーミング、パッケージ、商品使用感の一貫性があり、新たな「夜間美容」という市場をつくり出すことに成功しました。

ヒットの最大の要因が「夜間美容」というコンセプトにあることは間違いないだろう。

そのコンセプトが非常に明快で説得力があり、I-neのマーケティングチームもそこさえ目指していれば、首尾一貫性が担保された。

ぶれようがなかったとさえいえる。

そしてそのコンセプトは消費者にも、ちょうど冒頭の飛び出す絵本のように際立って映ったのだ。

「夜間美容」のコンセプトは、I-ne内で実施している年に1度の全社アイデアコンテストから生まれている。

大手企業が手を染めていない、これまでなった切り口だったことから選ばれたという。

また、I-neはもともとSNSを中心としたデジタルプロモーションを得意としており、主力の「ボタニスト」もSNSから人気に火がついた。

「夜間美容」のコンセプトであれば、興味を掻き立て、SNSでも話題になると踏んだらしい(DIME 2022.8.28)

“ありそうでなかった” がつかみに

市場を広く見渡せば「寝ている間に〇〇」とうたう商品はそれほど珍しくない。

寝ている間に潤いが肌の奥まで浸透といった類(たぐい)の広告コピーに聞き覚えのある人も多いだろう。

肌のナイトケアだけではない。

寝ている間に疲れを癒す栄養ドリンクや、痛みなどの症状を緩和する医薬品なども市販されている。

既存のヘアケアブランドでもありそうではあるが、実際は正面切ってナイトケアをうたったものは今までなかった。

実はこの「ありそうでなかった」という感覚が重要だ。

またとない “つかみ”となるのだ。

本ブログの「MAYA理論/MAYA段階」の記事でも取り上げたように、新しさと馴染みやすさが絶妙なバランスで共存する対象に、人は心地よさを覚え、近づきたい、そばに置いておきたいと思う。

突飛過ぎて理解に苦しむこともなく、ほどほどの新しさも体験できる。

ヒット商品は往々にしてそんな「MAYA段階」にさしかかった状況から生まれるのだ。

このありそうでなかった系のヒットで、本ブログで過去に取り上げた例を挙げれば、丸亀製麺の「丸亀うどん弁当」があるだろう。

「うどんでお弁当」という発想は誰でも思いつきそうではあるが、やはり実際はなかったのだ。

この「夜間美容」のコンセプトは、前述したアイデアコンテストから出た案の中では必ずしも最有力候補ではなかったらしい(日経クロストレンド 2022.12.01)

ほかに「高濃度ビタミンシャンプー」、絹のような仕上がりを目指す「シルキーシャンプー」というコンセプトも最終案に残る。

消費者調査でコンセプトテストを行うと、購入意向「シルキーシャンプー」のほうがスコアが高く、「夜間美容」は次点にとどまった。

しかし、ヘアケアカテゴリーで既視感のないことや、大手企業には真似できないことに挑んできたI-neらしさにこだわり、「夜間美容」が選ばれたという。

「ことばは世界への窓である」

ここで「夜間美容」というコンセプトの利点を解き明かすために、ブランド名でもあり、ブランド全体の切り口となった「夜」という言葉について言語学的なメスを入れてみよう。

慶応義塾大学教授の今井むつみ氏は、その著書「ことばと思考」の中でことばは世界への窓である」と主張する。

すなわち人は言葉を通して世界を見たり、ものごとを考えたりしている。

言葉は単なるコミュニケーションの手段にとどまらない。

世界を切り分け、効率よく認識するツールにもなっているのだ。

たとえば「これは花だ」「これは犬だ」というとき、人は似たもの同士をカテゴリー化し、整理・分類している。

そこに言葉でラベルを貼っているのだ。

花カテゴリー
犬カテゴリー

取り巻く世界をおおまかに理解するには、そのラベルさえ押さえておけばいい。いちいち中身の詳細を吟味しなくとも済むのだ。

言葉を介すことで、頭の中の情報処理はよりスムーズとなり、認識や理解の自動化・習慣化も進むのだ。

人は空間や時間も言葉によって切り分けており、「夜」もまたラベルの1つとなる。

「夜とはこういうこと」「昼とはこんな風に違う」というイメージが頭の中に既にできあがっているのだ。

その「夜」のイメージをフィルターにして消費者はYOLUのブランドを認識することになる。

この「夜」という言葉を切り口に選んだことは、YOLUに様々な利点を生んだ。

「シルキー」や「高濃度ビタミン」に比べ、消費者は日々「夜」をダイレクトに経験している。

この世の中に「昼」だけで一日を終える人はいない。

その圧倒的な経験値がブランド構築にも活かされることになるのだ。

「基礎的な言葉」の威力

「夜」のような言葉は極めて基礎的・日常的であり、「基礎語彙」と呼ばれる。

「基礎語彙」とはどんな言語にも共通して不可欠な語彙の総体を指し、日本語なら一説には1100語程度の数だという。

日常的な世界をおおまかに整理・分類するのには十分に事足りるレベルだ。

具体的には、小学校の1~2年生で習う漢字とされる「花」「木」「犬」「赤」「上」などをイメージすると分かりやすい。

音節が短いのが特徴で、人が生まれて最初に習い覚える語彙でもある。

母親などから直接聞かされる言葉である「母語」の多くがそうだろう。

読み聞かせ
お絵描き

極端に使用頻度が高く、その語彙から多くの慣用句やことわざ、故事成語が派生する。

基礎的な言葉をブランドに据えるメリットといえば、瞬間判別性に優れていることがまず挙げられるだろう。

すばやくアクセスでき、消費者はその言葉を手がかりに何たるブランドかをパッとイメージできるのだ。

そして、日常生活に染みわたっている言葉ゆえ、豊富な連想を呼び起こす。

そんな言葉の1つである「火」を例に挙げてみよう。

炎

「〇〇は火のようだ」と人が何かを「火」にたとえたとき、「火」をフィルターにしてその「何か」に対し、以下のような推論を行うという(日本語のメタファー 2011)

  • 火はつきにくいが一度つくと燃え拡がる
  • 油などを加えると火勢が増す場合がある
  • 水をかけるなどすると勢いが収まる
  • 拡大すると危険である
  • 近寄ると危害が及ぶ
  • 消えたと思ってもまた燃え始める場合がある

強く意識することはないにせよ、たしかにこうした推論を誰もがごく自然にやってのけるだろう。

「人気に火がつく」「火に油を注ぐ」「火遊び」などの慣用的な言い方があることも、その実感を裏付ける。

「夜」は再生や復活を象徴

「夜」の言葉が呼び起こすもの

では「夜」はどうだろう?

休息や充電の時間であること、そこから来る癒しや静穏のイメージがまずある。

一方で、「夜遊び」という言い方もあるように、昼間に課された仕事や学業、家事などからの解放感もそのイメージの範疇だろう。

また「夜の帳(とばり)」と言うように暗闇を連想させることから、不安や沈鬱なども呼び起こす。

著名な文化人類学者によれば、「昼」は「恒常性・秩序・和・光・理性・友愛・恩情」を象徴するのに対し、「夜」は「秘匿・呪術・奇蹟・発明・創造・暴力」を象徴するという(「文化と両義性」岩波書店、2000年)

理性的で秩序立った「昼」に対し、「夜」はその理性を逸脱する時間帯なのだ。

ビジネスの世界でいうところの「創造的破壊」に通じるエネルギーを秘めているといえる。

好転を予見する「朝の来ない夜はない」「夜明け前が一番暗い」という言い方があるのもそのせいだろう。

英語でも夜明けは「daybreak(デイブレイク)」で、「break」には壊すの意味がある。

夜明け デイブレイク

夜明け前をイメージしたパッケージ

実はYOLUも「夜」のそんな局面に焦点を当てている。

YOLUのパッケージデザインからもそのことがうかがえる。

YOLUには2つのラインがあるが、そのパッケージデザインはいずれも星空を模した紺色から紫がかったピンクや淡い水色へと変化するグラデーションが施されている。

「夜明け前」をイメージしているという。

繰り返し巡ってくるという円環的な時間の流れや、再生や復活のシグナルを発しているのだ。

このことはYOLUのグランドコンセプト「夜の間にキレイをつくる」にも通じる。

摩擦や乾燥ダメージから髪を守り、髪や地肌に潤いを与え、美しさを目覚めさせるセルフケアというYOLUの機能的な便益を暗示する伏線になっているのだ。

まさにYOLUのヒットは「夜」の一点突破がもたらした成果だろう。

消費者の頭の中にせり出すような “つかみ” を得て、ヘアケア市場に「夜間美容」というサブカテゴリーを創造したのである。

YOLU 以外のブランド事例は?

本ブログで過去に取り上げた事例の中にも、基礎的な言葉を据えることで一躍ヒットにつながったブランドがある。

森永製菓の「チョコモナカジャンボ」もそのひとつだろう。

スーパーやコンビニなどのアイスクリーム売り場といえば常に激戦区でカップアイスやスティックアイス、モナカアイスなど各ジャンルの売れ筋ブランドが立ち並ぶ。

そこに「チョコモナカジャンボ」は「ジャンボ」、すなわち「大きい」という言葉をあてがって消費者の頭の中で突出することに成功したのだ。

日清食品のそのままかじる「0秒チキンラーメン」も一時は販売休止になるほどヒットとなった。

「0秒」という打ち出しがインパクトを放ち、売れ行きを勢いづけたことは間違いないだろう。

つかみなくしてヒットなし

もちろん、基礎的な言葉一つ選び、ブランドに据えれば、大ヒットするという単純な話しではない。

その言葉が「MAYA理論」が成立する状況をつくり出す選択でなけれなばらない。

そうでなれば基礎的な言葉をフィルターにしたブランドなど、凡庸過ぎて短命に終わってしまう可能性もある。

また、YOLUが「夜明け前」をあえて選んだように、その言葉が呼び起こすどんな連想に焦点を絞るのかも重要な決断となる。

そしてユーザーから真に支持されるには期待を裏切らない商品力も必要だ。

YOLUは保湿成分「ネムノキ樹皮エキス」や「ナイトセラミド」を使用するなど処方開発にもとことんこだわっている。

その使用感がSNSで話題になるほどだった。

また、前述したI-neのニュースリリースでも指摘されているが、YOLUのヒットには追い風も吹いていた。

奇しくも、コロナ禍で「おうち美容」への関心が高まり、先端技術で睡眠の質を高めるスリープテックなど睡眠市場も広がりを見せていたのだ。

そうした市場環境も相まって、YOLUが提唱する「夜間美容」に意識が向かう素地ができあがっていたといえる。

ヒットを決定づけるティッピングポイント(臨界点/転換点)に到達するのに、そもそもいい位置についていたといえるだろう。

今や消費者から真っ先に注目を勝ち取ろうとマーケティング企業の先陣争いはし烈化している。

それでも、YOLUは「夜」という言葉をブランド世界への窓とすることで、その注目を首尾よくもぎ取った。

冒頭の飛び出す絵本のように、消費者の頭のなかにせり出せたのだ。

つかみだけではヒットはしないが、最初のつかみなくしてヒットもしない。

YOLUはそんなことをマーケターに改めて教えてくれる事例の1つだろう。

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