クラフトボスはなぜ売れた? 若者離れの危機を救った新マーケティング戦略

クラフトボス
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日本を代表する缶コーヒーブランド「ボス」。

マーケティング上手で知られるサントリー食品インターナショナルの看板ブランドで、個性的なテレビCMでも知られ、その勢いは一点の陰りもなく見えた。

しかし、実は若者の「缶コーヒー離れ」に対し、危機感を抱いていたという。

2017年には攻めの一手としてペットボトル入りコーヒー「クラフトボス」を投じ、業界に衝撃が走るほどの大ヒットに。

容器を変えただけではない。

缶コーヒーNG(ノーグッド世代の琴線に触れる用意周到なりブランディング(ブランド再構築)も敢行されていたのだ。

目次

缶コーヒーの「若者離れ」に新マーケティング戦略

クルマ、テレビ、ビール、スーツ、活字、年賀状。

そう聞いたとき、何か共通するものを思いつくだろうか?

Googleで少し検索すれば出てくるが、いずれも「クルマ離れ」「テレビ離れ」などと「〇〇離れ」と称されることの多いジャンルである。

若者を中心に利用する人や関心を寄せる人の数が減りつつある、いわゆる「若者離れ」が指摘されているのだ。

嗜好や規範の変化、代替品の台頭など、若者が離れていく要因はいくつもあるだろう。

ジャンルの需要を取り込んで利益を得てきたブランドには深刻な問題を投げかける。

今回取り上げるのは、その「若者離れ」に歯止めをかけることに大成功を収めたブランドの一つだ。

サントリー食品インターナショナル(以下、サントリー)の「ボス」である。

日本を代表する缶コーヒーブランドで、個性的なテレビCMでも知られ、その勢いは一点の陰りもなく見える。

しかし、実は2010年代の半ばごろから、若者の「缶コーヒー」離れに強い危機感を覚えていたという。

コーヒーの消費量自体はむしろ、堅調だった。

100円前後でいれ立てのコーヒーが味わえるコビニエンスストアのカウンターコーヒーや、米国西海岸発祥の「ブルーボトルコーヒー」を筆頭とするサードウエーブコーヒー(豆や焙煎、ハンドドリップにこだわった本格コーヒー)の流行が需要を押し上げていたのだ。

ところが缶コーヒーが今一つ振るわない。

20~30代の若者になかなか手に取ってもらえなくなっていたのだ。

コンビニで気軽に買えるいれ立てコーヒーに流れたこともあるが、ITmediaの2018年9月3日付の記事によれば、どうやら若者たちは缶コーヒーに古臭いイメージを感じていたようだった。

「ボス」は容量が多く再栓(リキャップ)が可能な蓋つきボトル缶も投入していたが、そのボトル缶であっても、その古臭さを払拭するには至らなかった。

プラカップコーヒー

その一方で若者たちの間で支持されていたのは、カフェやコンビニのプラスチックのカップに入ったコーヒーである。

中身が見えて新鮮で飲みやすい印象を持たれていたのだ(ITmedia 2021. 10.29)

長期保存を前提に自動販売機や店舗の冷蔵庫に置かれる缶コーヒーとは対照的である。

「ちびだら飲み」を好むITワーカー、缶コーヒーを敬遠

缶コーヒーといえば、建設現場の作業員や外回りの営業職など外で働く人たちが、自動販売機で買ってほっと一息入れる、あるいは元気を取り戻すのに飲むというのが定番の飲用スタイルだ。

それゆえ、短い時間で一気に飲み干せるショート缶の人気が定着したのである。

しかし、そうした缶コーヒーの飲用スタイルがなじまない職種の人たちも近年は増えている。

サントリーが「ITワーカー」と呼ぶIT関連産業に従事する人たちもその一群だろう。

デスクワークが中心となるため、再栓ができて容量も多いペットボトルの飲料が好まれる。

時間をかけて少しずつ飲みながら仕事をする、いわゆる「ちびだら飲み」の飲用スタイルが定着しているのだ。

缶コーヒーの出番が少なくなるのも必然といえるだろう。

実際、サントリーが調べたところ、職業別の缶コーヒー飲用率では、ブルーカラーが44%なのに対し、ITワーカーは10%にすぎなかったという(プレジデントウーマン 2018. 5.8)

1992年に誕生し、順調に売り上げを伸ばしてきた「ボス」だが、今後の20年、30年のブランド育成を見据えたとき、屋台骨である缶コーヒーを若者たちが敬遠し始めたことは決して看過できない問題だ。

中高年の既存顧客だけでうるおうブランドに明るい未来はない。

「若者離れ」に一手、ペットボトル入りコーヒー

ではサントリーは進む缶コーヒーの「若者離れ」にどんな手を打ったのか?

缶コーヒーの枠から外れ、ペットボトル入りのコーヒーを販売することに舵を切ったのだ。

2017年にペットボトルに入ったコーヒー、「クラフトボス」シリーズを起ち上げたのである。

第一段階として「ブラック」と「ラテ」の2つのラインを投入し、豪華俳優陣を起用した新しい広告キャンペーンも始まった。

缶コーヒーという土俵でずっと戦ってきた「ボス」にとっては大きな決断だっただろう。

サントリー内でも葛藤はあったはずだ。缶コーヒーという容器、そしてその形状がもたらす顧客の飲用体験が「ボス」のブランドアイデンティティには染みついている。

そこに唐突にペットボトルが割り込んでくることになるのだ。

消費者を混乱させ、ブランドの核が揺らぐことにもなりかねない。

古典的なブランディングのセオリーからいえば、安易なブランド拡張によって、確立されていたブランドのポジショニングが不明確となる、いわゆる「ブランド・ダイリューション(brand dilution/ブランドの希釈化)」なる現象が引き起こされる懸念がある。

ペットボトル入りコーヒーが一大ジャンルに

しかし、サントリーの決断は、コーヒー業界に衝撃が走るほどの大ヒットを呼ぶことになる。

「クラフトボス」シリーズは発売から1年で1500万ケース(3億6000万本)の販売を記録し(ITmedia 2018. 9.3)ペットボトル入りのコーヒーという新たなジャンルを切り開くことになった。

その後、「ジョージア」を擁する日本コカ・コーラ、伊藤園、UCCなど他社も相次いで追随している。

「クラフトボス」の発売から5年が経った今、コンビニやスーパーの棚を見ればわかるが、ペットボトル入りのコーヒーはすっかり定着した感がある。

先に触れたITワーカーなど、カフェやコンビニのプラカップでコーヒーを飲むという人たちにも新たな選択肢となったであろう。

自動販売機でも買えるため、カフェやコンビニまで買いに行く必要はない。

再栓も可能で容量もそこそこあるため、仕事中に時間をかけてゆっくり味わうのにも適している。

サントリーの2020年時点の推定ではあるが、缶コーヒーの主なユーザーは男性が60%超に対し、「クラフトボス」は男女・世代問わずに飲用され、缶コーヒーでは獲得できていなかった新たな層を取り込むことにつながったという(ITmedia 2021. 10.29)

本ブログでは以前、「フォン・レストルフ効果」という心理効果を取り上げている。

似ているモノが多く並ぶなか、一つだけ異質なモノがあると、強い刺激となってひときわ目立ち記憶に残りやすくなることを指す。

「あれ、今までと違う!」というコンマ数秒の注目を獲得できることは、マーケティング上、絶大な効果を生むことがあるのだ。

ペットボトルに入った「クラフトボス」は、まさにこの「フォン・レストルフ効果」が存分に発揮されたであろう。

缶コーヒーしかなかった棚に忽然(こつぜん)と「ペットボトル入りのコーヒー」が現れたのだ。

しかも、知名度抜群の「ボス」のブランドである。

思わず手を伸ばしてしまった人がいたことは想像に難くない。

味覚設計は苦味を抑え、すっきりと飲みやすく

さて、ここまでの説明だと、ペットボトル容器を採用したことが、ひとえに「クラフトボス」の大ヒットにつながったと思う人もいるかもしれない。

しかし、実はそうではない。

ペットボトル入りのコーヒーは過去にも複数の飲料メーカーから発売されたが、容器をペットボトルに変えただけではヒットにはつながることはなかった(NEWSポストセブン 2018.6.24)

マーケティングの名手、サントリーらしく、ペットボトル入りであることが斬新さをもって受け入れられるよう、「クラフトボス」は用意周到にブランディングされていたのだ。

まず、サントリーは「クラフトボス」の味わいをすっきりと飲みやすく仕上げた。香りの高さを感じさせつつも、苦みを抑える。

従来の缶コーヒーの愛飲者たちにはやや薄味で物足りなく感じるぐらいをあえて狙ったのだ。

これはサントリーの事前の消費者調査の結果から来ている。

苦みよりも優しい味を好む人が一定数いたのだ(東洋経済オンライン 2022.2.13)

20~30代の男女を集めたグループインタビューから、コーヒーに「爽快感」が求められていると直感し、苦みをおさえ、ペットボトルにもふさわしい、軽い飲み口のすっきりとした味わいにしたのだ(ITmedia 2021. 10.29)

ITワーカーたちの心を掴む「クラフト感」

ペットボトル容器の採用と味覚設計までは割合すんなりと決まったという。

サントリーが悩んだのはむしろ、どういうコンセプトを打ち出し、缶コーヒーを敬遠する20~30代の若者たちに“通じ合うもの”を感じさせるかである。

そこでサントリーは「ボス」の新しいユーザーとして取り込みたい「ITワーカー」に照準を絞る。

就業者数としてのボリュームは十分ながら、缶コーヒーが苦戦している典型的な人たちだ。

ITmediaの2018年9月3日付の記事によれば、ITワーカーへの聞き取りを重ねると、職場で言い知れない孤独を感じていたことがわかったという。

たとえばSE(システムエンジニア)であれば、取引先の企業で仕事をすることが多く、同僚とのコミュニケーションもなかなかとれない。

さらにITワーカーたちに「大事にしているもの」を聞くと、「おじいさんが使っていた万年筆」「職人が作った革のベルト」「手書きの日記」など、「手のぬくもり」を感じさせるような、意外なほどアナログなものが答えとして多く返ってきたという。

仕事場で感じる一抹の寂しさを埋めようという、そんな深層心理も働くのだろう。

このヒアリング結果をさらに読み解き、サントリーは「クラフト」というアイデアにたどり着いたという。

人がもし「クラフト」という言葉を耳にしたとき、ふつうは何を連想するだろう?

クラフト 

ペーパークラフト、木工クラフト、レザークラフトなどと言われるように、手作り感や人のぬくもりが伝わってくるイメージはたしかにある。

しかし、それだけではない。

クラフトビールやクラフトウィスキーといった言い方がされるように、原料や製法にこだわり、何か本格的で奥深いものという連想もあるだろう。

また、画一的で大量生産とは一線を画すことから、どこか自由でオリジナリティに溢れるといった連想も派生する。

「正統さと開放感」をコンセプトにリブランディング

おそらく、そんな「クラフト」の重層的な連想が背景にはあるのだろう。

サントリーは「クラフトボス」のコンセプトを「“正統さと開放感”、本物のコーヒーを、自由に飲む。」と定めた(MarkeZine 2021.11.4)

いったん、コンセプトが固まると、それが着火剤となり、「クラフトボス」のネーミングやボトルデザイン、広告表現、あるいは商品のライン拡張のアイデアなど発想は一気に広がっていく。

MarkeZineの2021年11月4日付の記事によれば、まずボトルデザインは、ウイスキーの瓶を模して、親しみやすく温かみのある寸胴(ずんどう)の形にしたという。

そのボトルを覆うロールラベルも透明にし、カフェやコンビニのプラカップのごとく、クリアな印象を与えられるようにした。透けて見えることで開放感の演出も狙ったのだろう。

そのラベルの正面には「ボス」の代名詞にもなっているパイプをくわえた男性のアイコンを配し、正統なイメージを醸し出す。

その同じアイコンがボトルの上部にもエンボス加工されており、クラシカルなガラス瓶を彷彿とさせる。

「正統さ」と「開放感」という本来相容れないイメージをそのデザインをもって巧く両立させたのだ。

では「クラフトボス」の発売とともにスタートしたテレビCMのシリーズはどうか? 

「正統さと開放感」のうち、むしろ「開放感」にフォーカスを当てているように思える。

キャッチフレーズは「新しい風が、吹いた」で、アプリ制作会社を舞台に、人気俳優たちが演じる若手のITワーカーたちがリモートワークや副業、サテライトオフィスなど新しい働き方を繰り広げるのを物語風に描く。

社風はどこまでも自由でフラットだ。

実際に一陣の風が吹き抜ける演出も入り、開放感をたたえている。

そうした空間にペットボトル入りの「クラフトボス」が溶け込んでいるのだ。

こうしたボトルデザインやCMシリーズによる細やかなブランディングは「クラフトボス」の大ヒットを後押ししたのは間違いない。

「コーヒーは飲むのに缶コーヒーはNG」という人たちにも、自分たちのフィーリングに合っているブランドとして「クラフトボス」がスッと受け入れられるのに一役買ったのだ。

サントリーが目指したのはペットボトル入りという物珍しさから「一回ぐらいは買ってもらう」という程度ではない。

ブランドが琴線に触れ、愛飲するブランドのレパートリーに入り、年に何回かは買ってくれるようなリピーターを増やすことを目指していたはずだ。そうでなければ、およそ飲料市場で大ヒットにはつながらない。

紅茶に抹茶ラテ? コーヒーの枠を超える

その後、「クラフトボス」は発売から5年目の2021年に一度リニューアルを敢行している。

ボトルデザインをより持ち運びに便利なようにスリム化し、透明のロールラベルも短くし、中の液色がより見えるようにした。

また、ボトル上のロゴやアイコンのエンボス加工も従来より一段と大きくし、ボコボコとした質感を際立たせている。その手触り感からブランドに愛着を覚えてもらうのが狙いだ。

さらに「クラフトボス」は大きな賭けにも出ている。

「紅茶シリーズ」や「抹茶ラテ」「ほうじ茶ラテ」「フルーツオレ」などを発売し、コーヒーブランドの域を超えたのだ。

もともと「ボス」のブランドコンセプトは「働く人の相棒」であり、働く人たちと良好な関係をつくることに軸足を置いている

それゆえ、その軸からブレなければ必ずしも「コーヒーであるか否か」に囚われることはないというのがサントリー流のロジックのようだ(ITmedia 2021. 10.29)

実際、「クラフトボス」の「紅茶シリーズ」は、紅茶らしい華やかな香りは保ちつつ、甘すぎず、すっきりとした味わいを特長としている。

そのため、若い世代や女性を中心とした既存の紅茶ユーザーだけでなく、これまで紅茶飲料になじみの無かった男性にも「“仕事中にも飲みやすい、スッキリ系紅茶」として好評だという(PR TIMES 2021.9.16)

たとえ、コーヒーでなくとも、「クラフトボス」は「働く人を快適にする相棒」であることには変わりないようだ。

ピボットするブランド、常に新規客を惹きつける

食品新聞の2022年3月8日付の記事によれば、2021年の「クラフトボス」は販売数量が過去最高を記録し、4000万ケースの大台を突破したという。

「紅茶シリーズ」も前年比3割増と貢献している。

「ボス」全体ではコロナ禍の影響で2020年には28年目にして初の前年割れとなったが、2021年の販売実績は前年比1%増の1億590万ケースに達した。

「クラフトボス」にけん引され、再び成長軌道に転じたのだ。

バスケットボールの基本動作に「ピボット」というのがある。

片足を軸足として固定し、もう片方の足を動かして身体の向きを柔軟に変えることをいう。

サントリーの「ボス」はまさにそのイメージだ。

「働く人の相棒」というブランドのコアに軸足を置き、時代時代の働く人のより良き相棒になれるように軽やかに方向転換していく。

そのためには「缶」であることや「コーヒー」であることの枠には縛られない。

そして、ブランドのエントリーポイントを増やし、缶コーヒーを飲んでいなかった人、紅茶飲料を飲んでいなかった人というように、新規顧客で常にブランドが潤うことを狙う。

持ち前のチャレンジ精神と創意工夫によってブランドの間口を広げていく。

どうやらそれが「ボス」の勝ちパターンといえそうだ。

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