社会的選好とは? 行動経済学で読み解く利他的行動の正体

社会的選好
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自分だけでなく他者が手にする便益にも配慮する心理を行動経済学では「社会的選好」という。

普通の言い方をすれば、思いやりや気づかいのことである。

さらにその「社会的選好」に促され、自分が多少の犠牲を払っても、他者に利益を与える行為が「利他的行動」だ。

寄付や献血の行為がその典型だが、実はこのとき、潤うのは他者だけではない

利他的に振舞った本人もまた、幸福感に包まれ、心理的な満足を得ている。

人のためはずが自分のためにもなる。

実はこの利他と利己のメビウスの輪のようなつながりが、昨今の「エシカル消費」や「応援消費」の広がりを根底から支えているのだ。

目次

「社会的選好」が「利他的行動」を促す

街中で道を聞かれ、丁寧に説明してあげると、相手が満面の笑みを浮かべて感謝を示してくれる。

そんな人助けの機会に思いがけずに恵まれたとき、少なからず気分はいいものだ。

寄付や献血をした場合でもそうである。直接相手から感謝されることがなくても、軽く高揚感の伴う心理的満足はあるだろう。

社会的選好 利他的行動

今回取り上げるのはそんな人助けや寄付の行為に関係する「社会的選好」という概念だ。

「社会的選好」とは他者が手にするであろう便益に配慮する心理をいう。

言葉や定義はやや堅苦しいが、人への思いやりや気づかいのことだと考えていいだろう。

「行動経済学」という、人が意思決定をする際の「クセ」を論じる分野があるが、「社会的選好」はその代表的な「クセ」の一つのようだ(「医療現場の行動経済学」2018年)

この「社会的選好」に伴うのが「利他的行動」である。

「利己的」なら聞かないこともないが、「利他的」となるのとあまり聞き慣れないかもしれない。

こちらは「自分に何らかのコスト(時間、労力、お金など)を負いながら他者に利益を与える行動」をいう(脳科学辞典 2012.7.9)

多少の犠牲を払ってでも困っている人のために一肌脱ぐといったときがその典型だろう。

SDGs(持続可能な開発目標)への関心が高まるなか、昨今のマーケティングの世界では「エシカル消費」「フェアトレード」などが耳目を集めるようになっている。

また、コロナ禍にあって、困っている人や地域を助ける「応援消費」も浸透しつつあるようだ。

マーケターにとって「社会的選好」は消費者行動を引き出す有効な手立てになり得るため、押さえておいて損はない概念だろう。

「社会的選好」の本質に迫る「独裁者ゲーム」

手始めに「社会的選好」にまつわる有名な実験を紹介しておこう。

とても簡単なルールで、それゆえ本質を突く「独裁者ゲーム」と呼ばれる実験だ。

赤の他人同士が2人1組のペアを作り、Aさんだけに一定の金額(たとえば1000円)を渡し、その一部をBさんに分配してもらう。

分配する金額はAさんが自由に決められることとする。Aさんがさながら独裁者のように金額を分配できることから、このゲームの名前がついた。

独裁者ゲーム

AさんはBさんには一銭も渡さず、独り占めすることも可能だが、実際にはある程度の額をBさんに渡すという。「社会的選好」が働くのだ。

世界各国で行われた616回の実験では、Bさんに一銭も渡さなかった人は全体の約36%、もらった金額の50%を分け与える、すなわち半々にした人が約17%で、平均すると約28%の金額がBさんに分配されたという(APSP 2013.8.23)

仮に1000円の金額なら平均で300円は渡すことになる。相手が見ず知らずの人にもかかわらずだ。

世の中、利己的な人ばかりではないといえる。

日本経済新聞の2017年3月11日付の記事には、関西大学が同様の実験を山形県の西川町で行ったところ、渡した金額の平均は47%だったという。

関西人の場合は30%、関西大の学生は17%を分配していたことから、西川町の人たちが関西の人たちよりもずっと気前がよい、すなわち利他的であることが分かった。

西川町の「地域の宝」である「人柄のよさ」を裏付けるデータとなったと結んでいる。

行動経済学で「社会的選好」に迫る

社会的選好

ではなぜ、それだけの金額を人は見知らぬ相手に分け与えようとするのか?

 「医療現場の行動経済学」(東洋経済新報社、2018年)によると、「社会的選好」が生じる背景には「利他性」「互恵性」「不平等回避性」の3つの要因があるようだ。

その3つを順を追って説明していこう。

まずは「利他性」から。

人はそもそも利他的で、常に他人を思いやり、他人の満足度の向上が自分の満足度につながるようにできているらしい。他人の喜びを自分の喜びのように感じられるのだ。

もっとも心から人を思いやるという純粋な意味での利他性だけではなく、他人を助けるために犠牲を払う行為自体に喜びを見出す人たちもいる。

他人に尽くす自分の姿に酔いしれてしまう。

この現象には「温情効果(ウォーム・グロー)」という名前がついているらしい。

「アイツは人助けが根っから好きなんだ」などと多少の皮肉を込めて言われる場合は、この「温情効果」が他人の目からも見抜かれてしまっているのだろう。

「社会的選好」が働く要因の2番目が「互恵性」である。

「互恵性」とは他者のために自ら犠牲を払うことで何らかの見返りがあることを期待することをいう。

「恩を売っておけば先々いいことがあるだろう」などと考えたりすることだ。

ただし、この「互恵性」には恩を売った相手からの直接的な見返りだけではない「間接的互恵性」というのもある。

「間接的互恵性」とは自ら犠牲を払い人助けをしたことがやがて評判となり、回りまわって別の第三者から見返りを受けたりすることをいう。

まさに「情けは人のためならず」を体現するシチュエーションだといえよう。

そして、3番目が「不平等回避性」だ。

不平等回避性

「独裁者ゲーム」でいえば、分配される金額に他者と乖離がある、すなわち明らかな不平等が生じることを嫌悪する心理が働くことをいう

自分の取り分が人より多いという罪悪感や、人より少ないという嫉妬や怒りなどが絡み、公平さを求めた結果、「社会的選好」が起こるという考え方である。

「独裁者ゲーム」で平均で3割もの金額が相手に渡るのも「不平等回避性」の心理に後押しされている側面もあるのだろう。

以上の3つが主たる「社会的選好」の要因となるが、この3つ以外にも要因に関する様々な説明がある。

たとえば、他者から見られているほうが、利他的行動の頻度が増えるという実験結果もあるらしい(脳科学辞典)

「社会的選好」には「いい人に見られたい」「自分の評判を良くしたい」という動機も一枚噛んでいるようだ。

また、人助けをする人がほかにもたくさんいて、自分が加わっても大した違いを生まない、そのエフィカシー(効能感)が低いと認識されたときには利他的な行動は抑制されるらしい(インプレス・ビジネスメディア)

自分の振舞いは「大海の一滴」に過ぎないと思われてしまうためのようだ。

「1チョコ for 1スマイル」 売上げの一部が「寄付」に 

ここまで「社会的選好」について一通り説明をしてきたが、この知見をマーケターならどう活用できるだろう? 

狙った消費者行動を引き出すのにどう役立てられるだろうか?

その分かりやすい例に寄付を絡めたプロモーション施策がある。

寄付付きの商品を購入することで売上げの一部が寄付にまわる仕組みで、「社会的選好」が刺激され、購入のインセンティブにできるのだ。

たとえば、森永製菓は2008年より「1チョコ for 1スマイル」と呼ぶカカオ生産国を支援するキャンペーンを実施している。

森永製菓の公式サイトによれば、商品の売上の一部を使って、ガーナなど「カカオの国の子どもたち」が安心して教育を受けられるように支援しているという。

年間を通して行う寄付に加えて、特別期間を設け、「ダース」や「カレ・ド・ショコラ」、「森永ミルクチョコレート」など対象商品1個につき1円を寄付する特別キャンペーンも実施する。

「1チョコ for 1スマイル」のショルダーコピーに「あなたが食べると、もう1人がうれしい」とあるが、まさに「社会的選好」が働くことを狙った取り組みといえよう。

ブランドに対する好感度もおのずと上がる。

このキャンペーンの場合、先に挙げた「互恵性」や「不平等回避性」が「社会的選好」を引き起こす可能性はもちろんある。

美味しいチョコレートが食べさせてもらえることへの恩に報いたい(互恵性)、先進国に生きる身として、経済格差から生じる不平等を避けたい(不平等回避性)などの気持ちが湧く人もたしかにいるだろう。

しかし、チョコレートを買う際にそこまで思いを馳せる人はそう多くはないだろう。

このキャンペーンが長年に渡って支持されてきたのは「利他性」、それもほんのりと温かい気持ちになれるという「温情効果(ウォーム・グロー)」も一役買っているはずだ。

一滴の水はやがて大海へ、寄付はおおぜいの人で成り立つ

「1チョコ for 1スマイル」という名が示すように、自分の好きなチョコを買って同時に寄付もできる。

そして人を笑顔にできる。寄付をしたからといって値段が変わるわけではない。負担の少ない、ごく身近な寄付の形といえる。

こうした寄付型のプロモーションの場合、参画する人は自分以外にも大勢いて、自分が加わっても大した違いを生まないと認識される可能性もある。

しかし、マザーテレサは以下のように言ったという。

私達のすることは大海の一滴の水に過ぎないかもしれませんが、その一滴の水が集まって大海となるのです。

森永製菓にとってこのキャンペーンから共感の輪を広げるには、寄付がどんな貢献をするのか、やがて「大海」となる道筋を示す必要があるが、そのことにも余念がない。

2021年は「嵐」の櫻井翔がアンバサダー役を務め、その周知に努めている。

具体的な商品を買うだけではなく、サービスを利用することで寄付ができるしくみも数多くある。

たとえばUSEN-NEXT GROUPが運営するグルメ情報サイト「ヒトサラ」がその例だ。

「ヒトサラ」の公式サイトによれば、同サイト経由でレストランを予約すると、1つの予約につき20円が寄付金となるという。

20円という額は開発途上国で1食分に値し、世界の食料問題の解決に取り組む「TABLE FOR TWO」の活動を通じて、ヒトサラ(一皿)の給食が子どもたちに届けられるという。

利他的に振舞った本人も心理的満足を得る

実はこうした、少額とはいえ、人のためにお金を使うことが幸福度を高めることを示す実験結果もある(APSP 2013.8.23)

心理学やマーケティングの研究者が行った実験では、実験の参加者を無作為に2つのグループに分けられる。

1つのグループには5ドルないし20ドルを渡され、当日の午後5時までに「自分のため」にそのお金を使うように指示される。

もう片方のグループには同様に5ドルないし20ドルを渡されるものの、今度は当日の午後5時までに他の人へのプレゼントか寄付など「人のため」に使うように指示される。

すると自分のためにお金を使った人よりも、他人のためにお金を使った人の方が平均的に幸福度が高まったのだ。

さらに渡された金額が5ドルか20ドルかは幸福度の上昇に有意な影響を与えなかったという。

昨今は寄付やクラウドファンディングのしくみに加え、環境や人権などに配慮した「エシカル消費」をうたう商品やサービスも日常生活に溶け込んできている。

実はその根底は意外にシンプルで、ちょっとした幸福感を味わい、精神的な満足を得たいとの思いに突き動かされているのかもしれない。

メルカリ 出品した商品が売れると精神的に満たされる

本ブログでも「メルカリ」の記事で「社会的選好」がフリマアプリの利用者拡大につながっていることに触れている。

メルカリのユーザー調査によれば、メルカリを利用する最大の理由は「出品した商品が売れると精神的に満たされる」であることが分かったという。

金銭的なインセンティブもったいない精神がいの一番ではなかったのだ。

その一例がメルカリの利用者の間で自然発生的に広がった「幸せバトン」にまつわる出品だろう。

自らが使用したウエディングドレスを次の人へ譲ることを指し、とりわけコロナ禍で「幸せバトン」をキーワードに含む出品は顕著に増えたようだ。

結婚式を断念した人たちを応援したいという気持ちがそこには込められている。

フリマアプリはモノだけではなく、人の思いも同時に届けていたのだ。

メルカリは昨今、リデュース・リユース・リサイクルによって資源を循環させる「循環型社会」の実現を意識した発信を積極的に行っている。

広告では「それ、新品じゃなくてもいいんじゃない?」「メルカリは一番身近にできるサステイナブル」などのコピーを掲げる。

人々を「新品でなくちゃ」という呪縛から解き放ち、「役に立ちたい」「貢献したい」という自然な気持ちを引き出す形で、中古品の使用を促し、廃棄物の削減につなげようとしている。

「間接的互恵性」を刺激 カロリーメイト流 受験生応援の法則

本ブログではもう一つ、「社会的選好」のうち、とりわけ「間接的互恵性」に関連する事例も取り上げている。「受験生応援シリーズ」のキャンペーンを続けるカロリーメイトだ。

昨今の心理学研究によれば、自分に尽くしてくれた相手に抱く自然な敬意や感謝の念といった、社会的な感情が高いモチベーションの維持に有効となることがわかっている(「なぜ『やる気』は長続きしないのか 心理学が教える感情と成功の意外な関係」(デイヴィッド・デステノ著、2021)

カロリーメイトの「受験生応援シリーズ」では、社会的な感情、たとえば人との深い絆や常に支え合いの輪の中にいることに、テレビやウェブCMを通してそっと光を当てている。

2020年の同シリーズで掲げた「⾒えないものと闘った⼀年は、⾒えないものに⽀えられた⼀年だと思う」というコピーが典型だろう。

自分を気遣い、応援してくれる人の恩にいつか報いたい、そう遠くない将来に社会のよき支え手となるなめにもっと自分を成長させたい気持ちにスイッチを入れ、やる気をみなぎらせる。

情けは人のためならずという「間接的互恵性」に働きかけているのだ。

こうして受験生に静かなる闘志を湧かせることが、カロリーメイト流の応援の仕方なのだ。

単純な叱咤激励や期待の言葉に終始する表面的な受験生応援キャンペーンではなのである。

利他と利己はメビウスの輪のようなつながっている

今回は「社会的選好」という行動経済学を代表する概念を取り上げた。

「社会的選好」が起こる要因には「利他性」「互恵性」「不平等回避性」の3つがあり、人助けや寄付などの利他的行動を促す。

そして利他的とはいえ、本人もちょっとした幸福感を生む。

この利他と利己のメビウスの輪のようなつながり「エシカル消費」や「応援消費」の源泉となる。

どんなときにも「社会的選好」に訴えられるわけではないが、ここぞというときにチャンスを逃さずにすむよう、この原理をマーケターなら頭の片隅に入れておいてもいいだろう。

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