黒ラベル 若者になぜ人気か? うまいが禁句のCM奏功

サッポロ生ビール 黒ラベル
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20~30代の若者たちが支持

「サッポロ生ビール黒ラベル」が好調の波に乗っている。

国内のビール消費量が伸び悩む中、家庭用缶の黒ラベルが7年連続で売上アップを達成したのだ。

その伸長を支えるのが、「ビール離れ」が指摘されて久しい20~30代の若者たち。

サッポロビールの調査によれば、20~30代においては「時代に合っている」「洗練されている」などブランドに対する評価も高いという(bizSPA!フレッシュ 2021.7.1)

2010年から続く「大人エレベーター」のテレビCMシリーズや美味しさを体験してもらう草の根の取り組み、味や品質の継続的な改善などが相まって成果につながったと言っていいだろう。

黒ラベルは2022年にも早々にリニューアルされており、やはり麦のうまみと爽やかな後味のベストバランスを追求し、 味わいに磨きをかけている。

黒ラベルを見舞った「失われた20年」

黒ラベルは1977年に瓶容器に入った「サッポロびん生」として誕生している。

正式に「黒ラベル」というブランド名になったのは1989年のこと。

黒いラベルの印象が強かったことから「黒ラベル」の愛称で呼ばれていたことが由来という(サッポロビール公式サイト 参照日2022.3.9)

同ブランドは今でこそ、エビスと並び、サッポロビールの屋台骨を支える基幹ブランドだが、その歩みは順風満帆だったわけではない。

失われた20年

発泡酒や新ジャンルなどの市場が多様化するにつれ、サッポロビールにおいても、祖業であるビールがおざなりになっていた時期があったのだ。

その後、黒ラベルはサントリービールの「ザ・プレミアム・モルツ」に抜かれるなど下位に沈んでいく。

しかし、同社の新興ビール系飲料が比較的好調だったため、およそ20年は積極的な対策に乗り出すこともなかった(NEWSポストセブン 2021.5.5)

「失われた20年」という停滞の時代を黒ラベルは経験していたのだ。

ブランド再起動は表記の統一から

サッポロビールが黒ラベルの再起動に本腰を入れ始めたのが2010年だという。「大人エレベーター」のテレビCMがスタートした年である。

当時の黒ラベルはブランドの根幹にも関わる問題を抱えていた。

「黒ラベル」が正式名称にもかかわらず、飲食店のお品書きには「サッポロ生ビール」や「サッポロ樽生」と表記されることが多かったのだ。

そのため、営業部員が飲食店を一軒一軒まわり、その表記を「黒ラベル」に統一してもらうよう働きかける。

さらには黒丸に金星のマークが付いたジョッキを使ってもらえるよう地道な営業努力を続けたという。

時間はかかったが、飲食店で味わったおいしいビールが、実は小売店で買える缶の「黒ラベル」と同じものだと消費者に知ってもらうためにも避けて通れなかったのである。

この「黒丸に金星」という黒ラベル独特のマークが、実は後々、黒ラベルが復調をとげる一助となる。

聞こえのいい言い方ではないが、人々の認識の及ばないところで糸を引いていた「黒幕(wirepuller/糸を引く人の意)」だったりもするのだ。

起死回生の「大人エレベーター」

そして表舞台で黒ラベルのブランド再構築を主導したのが、「大人エレベーター」のテレビCMシリーズである。

「憧れの大人が飲む生ビール」をコンセプトに、俳優の妻夫木聡がアーティストやアスリートなど各界の第一線で活躍する大人たち「大人って何か?」を問い続ける。

そこでの語らいは簡潔ながら中身は濃く、哲学的ですらある。

自分らしい生き方を模索する時期にある若者たちにとってはちょっとした憧れも感じさせるだろう。

始まって10年以上にもなる同シリーズだが、最近ではサッカー界からは三笘薫や内田篤人、人気バンド「King Gnu(キングヌー)」の常田大希などを起用。

既に40歳を越えた妻夫木聡より年下の大人たちも登場しているのだ。

しかし、どこか自分を持っていて、若者たちがそうありたいと思える大人像の一面を映しだしていることに変わりはない。

そして、このCMシリーズの本質的な効果は、黒ラベルのユーザーイメージを樹立したことにある。

すなわち「どんな人たちが飲んでいそうか?」という消費者が勝手に思い描くユーザー像のことだ。

CM一つひとつのエピソードが鮮明に記憶に残ることはなくとも、自分らしい生き方を追い求める大人たちが黒ラベルを好んで飲んでいそうとのイメージを想起させるには十分だっただろう。

そのユーザーイメージの醸成には競合するビール系ブランドのテレビCMも強く関わる。

他社ブランドのCMは総じて「右に倣え」的なのだ。

たいていはタレントや有名人を起用し、以下のパターンのいずれか、またはその合わせ技でCMがつくられる。

  • キレやコク、のどごしなどいわゆる「味ことば」を訴求する
  • 製法や原料、生産地などのこだわりを訴求する
  • 「うまい!」などと連発し、おいしさををひたすら訴求する

しかし、黒ラベルのCMはいずれのパターンも採用しなかった。

ひらすら「大人エレベーター」という独自の世界観を紡いできたのだ。

そのことがいっそう「黒ラベルを好む人=体勢に迎合しない人」というユーザーイメージを強めることになる。

これまでのビール系ブランドではユーザーイメージの醸成に矛先を向けたテレビCMは皆無ではないが、長く続くことがない。

その点、黒ラベルの「大人エレベーター」は放映開始以来12年も続いており、それ自体が異例のことである。

その頑なな姿勢もまた、軸足がぶれない人たちが飲むというユーザーイメージの一端を担うのだ。

大人への通過儀礼に最適なビールへ

意外なことに、同シリーズのスタート時には「静かに語らい合うおとなしい広告」であることからサッポロビール内でも賛否両輪だったという(NEWSポストセブン 2021.5.5)

しかし、やがてそのイメージが浸透し始め、次第にブランドが共感を持って受け入れられるようになる。

サッポロビールの調べでは2020年までの10年間で黒ラベルの購入者は約500万人増加し、なかでも20代の購入率は70%も伸びたという(食品新聞2022.2.23)

20代後半は「青年期」から「成人期」への移行段階

そろそろチューハイなど清涼感があって苦味のないアルコール飲料にも物足りなさを感じ始める。

そんな大人への通過儀礼の一つとして最初に手に取る本格的ビールに、多くの若者が黒ラベルを選んだといえよう。

「青年期」から「成人期」への移行段階

とはいえ、黒ラベルは若者が好むような個性際立つニッチブランドではない

トップブランドではないにせよ、日本のメジャーブランドの一角を占めているのは紛れもない事実だ。

それでいて、どこかよそのブランドとは立ち位置が異なって見える。

高いシェアを誇りながら「Think different(シンク・ディファレント/発想を変えてみよう)」と打ち出すアップルと似た立ち位置といっていいだろう。

人とはちょっと違う気分を味わいつつ、多くの人から支持されている安心感も得られる。

そんな矛盾を内包する欲求にピタリとはまったのが黒ラベルだったのだ。

飲用体験を促す拠点 教会と聖地

たしかに黒ラベルの復調や若年層の取り込みに「大人エレベーター」のCMシリーズは大きな貢献を果たしたであろう。

しかし、同シリーズと両論となってファン獲得に貢献したのが黒ラベルのおいしさを体験してもらうための草の根の取り組みだ。

黒ラベルは「完璧な生ビール」になることを目指し、同ブランドを最も美味しい状態で提供できる飲食店を「パーフェクト黒ラベル」設定店に選出している。

きめの細かいクリーミーな泡立ち黒ラベル本来の味や香りを引き出す温度管理など厳格な審査をクリアしなければ設定店にはなれないという(サッポロビール公式サイト  参照日2022.3.9)

この厳選された飲食店を通して質の高い生ビール体験が提供され、やがてそのポジティブな飲用体験が黒ラベルの家飲み需要に火をつけていく。

「パーフェクト黒ラベル」設定店はいわば、布教活動をする宣教師たちが拠点とする「教会」のような役割を果たしているといってよい。

さらに「完璧な生ビール体験」のすそ野を広げようと、体験型スタンディングバーも期間限定で全国各地にオープンしている。

そして、設定店や体験型スタンディングバーが「教会」なら、「聖地」ともいえる場所が東京の銀座にある通年型アンテナショップ「サッポロ生ビール黒ラベル THE BAR」だ。

銀座はサッポロビールがビヤホール文化をスタートさせたゆかりの地でもある。

「最もビールがおいしい瞬間はその日の1杯目。」というコンセプトのもと、その日の1杯目を「完璧な生」でスタートしてもらうことが狙いだという。

ビールの注文は1人2杯までしかできないらしい。

黒ラベルはそもそもビールにこだわりのある人から好まれる傾向があった。

たとえば、ミュージシャンやデザイナーたちから熱く支持されてきたという(食品産業新聞202.5.17)

そんな一家言を持つファン層を連鎖的に広げるカタリスト(触媒)として、質の高い飲用体験を提供する拠点づくりが欠かせない。

テレビCMシリーズの一方で、同ブランドは草の根的な活動も怠ることはなかったのだ。

すべての羅針盤となった金星マーク

そしてもう一つ磨きをかけてきたものがある。黒丸に金星のロゴマークだ。

小売店の棚に並ぶ競合ブランドと比べても異彩を放ち、目を引きやすい

ロゴがより際立ってみえるよう、缶容器のパッケージデザインも少しずつ変えてきたという。

2022年に入ってからも缶に入る記載要素を極限までそぎ落とし、より洗練されたデザインへ進化させている(サッポロビール・ニュースリリース 2022.1.6)

さらにアパレルブランドの「ビームス」とコラボして、景品として使えるようタオルやポーチなどのオリジナルグッズもつくった。

通常とは異なる文脈でそのロゴデザインを若者層にアピールするためだ。

ロゴマークは、時にブランド構築の能動的な取り組みと重なるとき、ブランドイメージに影響を与える。

もっとも、その影響は徐々に静かに及ぶため、人々の意識に強く残ることなく、その効果は過小評価されがちではある。

アップル社のロゴ

たとえば、アップルといえばリンゴの形をしたロゴマークが思い浮かぶだろう。

右上のかじられた跡は、さくらんぼうなど他にも丸い果物があるため、ひと目でリンゴとわかるように付けられたという。

そのかじられた跡から楽園エデンでアダムとイヴが食べた禁断の木の実に思いを馳せる人はそうはいない。

それでもアップルブランドの型にはまらない、異端なイメージを方向づけたのはたしかだろう。

黒ラベルのロゴマークもまた、共感を誘うブランドイメージの形成を後押しする。

星のマークはサッポロビールの企業ロゴでも使われており、そのモチーフは北極星だという。

一番星である北極星を目指した開拓使たちの精神性を表現しているのだ。

その事実を知る人は少数派だろうが、星は本来、希望や目標、永遠に手の届かないものなどを自然と人々に連想させ、憧れの象徴となる。

その星のマークが黒の背景に金色となれば、どこか超然とした雰囲気を醸し出す。

北極星

そして、このもの言わぬロゴマークこだわりを持った大人たちが飲むというイメージを黒ラベルに引き寄せる一種の呼び水となったのだ。

「大人エレベーター」のテレビCMに添えられる「丸くなるな、星になれ」という黒ラベルのブランドメッセージはまさに言い得て妙といえるだろう。

当然ながらブランドは、製品の品質を高め、大量に広告を打ち、多くの小売店の棚に並べれば自然にできるわけではない。

それなりの指針を必要とする。

おそらく黒ラベルの金星マークは、同ブランドの再構築を決めたその瞬間から特別な役割を担う。

ブランディングに携わるマーケティングや営業の担当者、飲食店や小売店など、主要なステークホルダーにとって羅針盤となっていたはずだ。

まさに「北極星」効果である。

それゆえ、種々の取り組みがある地点から巧く噛み合い始める。

やがて黒ラベルは「ブランド」で共感を誘うという、ビール市場の偉大な「外れ値」とも言うべき稀有な存在になったのだ。

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