自社ブランドのポジショニングを成功裏に進めるにはいろいろなアプローチがあるが、今回はその1つである「競合商品のポジションを崩す(Repositioning the Competition)」を取り上げる。
「ポジショニング」の提唱者であるアル・ライズ、ジャック・トラウトの真骨頂ともいえるやり口だ。
競合商品の弱点を巧みに突き、盤石だったポジションを突き崩す。
そして、その間隙を縫うように自社ブランドの躍進を引き寄せるのである。
さらに記事の後半では、もう一つ、ライバルの強大な力を、さながら合気道のように巧く利用する方法についても論じていく。
ポジショニングとは?
マーケティングの世界を席捲したコンセプトに「ポジショニング」がある。
消費者の頭のなかにおけるブランドの「ユニークな位置取り」のことを指し、もしそれが叶(かな)えば、ブランドは優位性を獲得できる。
消費者はブランドを思い出しやすくなるだろうし(純粋想起)、競合との明確な違いも認識しやすくなる(独自性)。
結果的に買ってみよう(購買動機)という気持ちにもなるだろう。
「ポジショニング」の提唱者であるアル・ライズ、ジャック・トラウトは、その著書「Positioning: The Battle for Your Mind」のなかで、ポジショニングを成功裏に進める方法を余すところなく披露している。
本ブログでもそのいくつかを以下の記事で取り上げてきた。
競合商品のポジションを崩す
本記事はその続編となるが、今回は非常に有効であるものの、日本人には少々過激にも映るかもしれないポジショニングのやり口を紹介したい。
彼らの表現を使えば「競合商品のポジションを崩せ!」という方法だ。
目指すカテゴリーにおいて、ライバルのブランドがで強大なリーダーのポジションを確立しているときにとりわけ有効となる。
「ライバルのポジションを崩す」とはいったいどんなやり方なのだろう?
さっそくアル・ライズ、ジャック・トラウトが著書に挙げている典型的な事例を4つほど紹介しよう。
アスピリン vs. タイレノール
まずは米国の鎮痛薬ブランド「タイレノール」である。
同ブランドは発売時に広告でこう訴えたのだ。
アスピリンを服用すべきではない何百万人もの方のために
すぐ胃が荒れてしまったり、潰瘍があったり、喘息やアレルギー、鉄欠乏性貧血がある方はアスピリンを服用する前に医師の診断をあおいだほうがよいでしょう。
アスピリンは、胃の粘膜を荒らしたり、喘息やアレルギー反応を引き起こすことがあります。
また、胃腸に微出血を起こすことがあります。
でも幸いなことに、タイレノールがあります。
広告コピーは当時リーダーブランドであったアスピリンの負の側面を散々こきおろしている。
このポジショニング広告の効果で、身体への負担が少ないとされるアセトアイノフェン製剤のタイレノールはアスピリンの盤石なポジションを見事に突き崩した。
同ブランドの売り上げは堰を切ったように急増したのだ。
他のアナシン、バイエル、バファリン、エキセドリンの既存の鎮痛薬を抜き、タイレノールはNO.1ブランドに躍り出たという。
これがアル・ライズ、ジャック・トラウトのいう「ライバルのポジションを崩す」というやり方である。
ライバルの弱点を突き、盤石だったポジションを崩し、その間隙を縫うように自社ブランドの躍進を引き寄せるのだ。
米国ウォッカブランド vs. ストリチナヤ
続いて2つ目の事例に移ろう。
タイレノールと同様のやり方をウォッカのカテゴリーで用いたのが「ストリチナヤ」だ。
広告で以下のように訴えた。
アメリカ製のウォッカの多くが、ロシア製のように見えます。
サモーヴァーはペンシルヴェニア州シェンリーで、
スミノフはコネチカット州ハートフォードで、
ウルフシュミットはインディアナ州ローレンスバーグでつくられています。
でも、ストリチナヤは違います。
ロシア製です。
やはりこの広告でストリチナヤの売り上げは急伸したという。
プリングルズ vs. ワイズ
次はポテトチップスの例を挙げてみよう。
同カテゴリーではP&Gの「プリングルズ」が大々的な広告キャンペーンの甲斐もあり、最新流行のポテトチップスブランドとして一躍人気ブランドとなっていた。
そこに「ライバルのポジション崩し」の方法で対抗したのが、ボーデンの「ワイズ」だった。
破竹の勢いの「プリングルズ」の陰で流行遅れとのレッテルを貼られつつあり、なんとか巻き返しを図ろうとしたのだ。
「ワイズ」はテレビCMでプリングルズとワイズの双方のラベルを読み上げる。
ワイズのラベルには、ポテト、植物油、塩、とあります。
プリングルズのラベルには、脱水ポテト、グリセリン、アスコルビン酸、ブチルヒドロキシアニソール、とあります。
このCMの効果は絶大だった。
プリングルズは「人工的な味」とのイメージが人々の間に広がってしまい、同ブランドの売り上げは急落したという。
後にプリングルズは「完全自然派」へと転身を試みようとしたが、一度貼られたレッテルはそう簡単には剝がれない。
アル・ライズとジャック・トラウトの2人はこのプリングルズのような状況を「一度負けたら、ずっと負け組の法則」と呼んでいる。
リステリン vs. スコープ
ボーデンの「ワイズ」にしてやられたP&Gだが、そのP&Gがライバルのポジション崩しの攻勢に回ったこともある。
マウスウォッシュの「スコープ」だ。
たった2語の宣伝文句でマーケットリーダーである「リステリン」のポジションを崩してしまった。
それが以下のコピーだ。
薬臭い息
リステリンはかねてから「イヤな味でも一日二回の習慣を」と広告でうたっていた経緯もあり、十分なポジション崩しの効果を上げたという。
マーケットリーダーのリステリンからシェアを奪い、その後はNO.2のブランドとして確固たる地位を築いたという。
さて、ここまでアル・ライズとジャック・トラウトが挙げたライバルのポジション崩しの例を4つほど紹介してきた。
どんな感想をお持ちだろうか?
非常に効果的であることには納得がいくだろう。
しかし、日本の市場ではこれほど露骨に、しかも名指しでライバルブランドを攻撃する広告はまず見かけない。
中には一歩引いてしまった人もいるのではないだろうか?
アル・ライズとジャック・トラウトの2人は強いライバルを露骨にやりこめてこそ、ポジション崩しが達成できるのだという。
強いカウンターの力が働いてこそ、効果を発揮するのだ。
ライバルの弱点を突くのに手加減は許されない。
合気道型ポジショニング戦略
そう豪語する2人だが、実は日本の市場でも十分通用するアプローチにも触れている。
「ポジション崩し」のように相手の強大な力をねじ伏せるのではなく、むしろその力を深く受けとめ、巧く利用して返すやり方だ。
合気道のような戦い方といってよいだろう。
ここからそうした事例を挙げてみよう。
レンタカーのエイビス
最初はレンタカーの「エイビス」の広告だ。
日本の広告やマーケティング関連の書籍でも多く取り上げられているので知っている人も多いだろう。
1960年代の前半に放った以下の広告コピーが、業界の2番手で断トップのハーツの後を追っていた同ブランドの命運を変えたのだ。
“Avis is only No.2 in rent a cars. So why go with us? We try harder.”
エイビスはレンタカー界でNo.2に過ぎません。
えっ? それじゃなぜ、多くのお客様にご支持をいただいているかですって?
それはひとえに、私たちがNo.2ゆえの努力を日々、積み重ねているからです。
当時のエイビスの広告を検索してみると、その広告は「No.2であるがゆえにもあらゆる努力を尽くす」といった切迫したトーンすら漂う。
灰皿は汚れたまま、ガソリンを満タンにもしない、洗車すらしていない。
トップに追いつこうと努力を続けるNo.2のブランドに、サービスに手を抜くなどの選択肢はありえないという。
エイビスはいわばNO.2であること、努力を重ねざるを得ない境遇にあることをアピールする形をとったのだ。
この広告から一変、エイビスはそのブランドの存在感を急激に高めることになる。
当時の米国のレンタカー業界ではハーツ、エイビス、ナショナルカーレンタルがビッグスリーと言われた。
消費者の頭のなかでは、エイビスと業界3番手のナショナルは並んで見えてしまっていたのだ。
しかし、このポジショニング広告の効果で、そのナショナルを引き離すというパーセプション(消費者の認識や意識)・チェンジに成功することになる。
透明炭酸飲料 セブンアップ
さらにエイビスと同様、ライバルブランドの強大な力を合気道的に生かした例がある。
「セブンアップ」だ。
セブンアップはグリーンのボトルに入った典型的なレモン・ライム系の透明炭酸飲料のブランドである。
1960年代半ば、市場で埋没しかねない状況にあった同ブランドは奇策に打って出る。
当時のソフトドリンク市場で圧倒的なシェアを占めていたコーラ飲料と自らのブランドを逆にダイレクトに結びつけようとしたのだ。
すなわち、消費者の頭のなかで、1にコカ・コーラ、2にペプシなら、3にセブンアップが頭に思い浮かぶようにする。
以下が、そんなねらいから始まった広告キャンペーンのコピーである。
UNCOLA(コーラではない!)
このキャンペーンが展開されたのが1960年代後半から1970年代に初頭かけてだったという。
「UNCOLA」の響きは若者たちの胸中にこだまし、キャンペーンは大成功を収める。
ちょうど当時の米国は人種差別撤廃を求める公民権運動やベトナム反戦運動などと相まって、いわゆるカウンターカルチャー(対抗文化)が広まっていた時代にあった。
その中心的な担い手である若者たちの目にはコカ・コーラやペプシは「エスタブリッシュメント(支配階級)」に映り、敢然と「UNCOLA」とうたうセブンアップこそが自分たちのブランドだと思えたのである。
フォルクスワーゲン「Think small.」
ここで本ブログでもたびたび紹介している例も挙げておこう。
まさに「敵対的ポジショニング戦略」の金字塔となる事例といえる。
フォルクスワーゲン「ビートル」だ。
米国で1950年代の末から始まった広告キャンペーンで使われたのが以下のコピーである。
Think small.(シンク・スモール)
「小さいことはよいこと、むしろ理想的」といった意味だが、この2語のシンプルなコピーで、クルマに限らず「大きいほうがいい(Think big.)」という米国の人々の常識を覆したのだ。
「実質本位の賢い消費者」という新たな価値観を一気に広めることになる。
セブンアップの「UNCOLA」と同様、当時の主流の考え方(エスタブリッシュメント)に異を唱え、そのカウンターの力でブランドの存在感を高めた。
ポジショニング広告の傑作ともいえる。
ドイツビール ベックス
最後にビールブランドの例も挙げておこう。
やはり合気道的な対峙の仕方で成功している。
ブランド論では「カントリー・オブ・オリジン(country of origin)」といった言い方をするが、「原産国」のイメージも重要なポジショニングの軸になり得る。
その好例がドイツビールの「ベックス」だ。
米国のビール市場ではドイツの輸入ビールとしてレーベンブロイが先行していた。
そこに同じくドイツビールのベックスが、以下の広告コピーで割って入ったのだ。
アメリカで最も人気のあるドイツビールの味は既にご存じのはず。
そろそろドイツで最も人気のあるドイツビールを飲みませんか?
レーベンブロイもベックスもドイツビールであることには変わりがないが、ベックスはビールの本場であるドイツ本国で最も人気があるという。
「ドイツ人が納得した味なのに違いない」と、おそらく米国の人々はそんな印象を持ったのだろう。
ベックスはこのポジショニング広告で年々売り上げを伸ばすことになる。
レーベンブロイは徐々に苦戦を強いられ、ついには米国から撤退したという。
リーダーブランドと双璧をなす
今回の記事ではポジショニング概念の提唱者、アル・ライズとジャック・トラウトが掲げた「ライバルのポジション崩し」について取り上げた。
彼らが挙げた事例は広告史に残るキャンペーンも含まれており、その納得度は高い。
ただし、ライバルブランドを露骨に攻撃するのは日本の市場風土には馴染まないかもしれない。
後半で取り上げたよりソフトなアプローチ、ライバルの力を合気道的に生かす方法がむしろおすすめといえる。
明確な対立関係に持ち込み、いわば「双璧」をなすというポジション獲得によって、自社ブランドの存在を世のなかに知らしめるのだ。
本ブログでも以前に、同様のやり方を用いたブランドの事例を記事にしている。
「マスターカード」だ。
世界中で展開された「プライスレス…お金で買えない価値がある。」という広告キャンペーンがそれである。
お金やモノなど「物質的な豊かさ」が連想されがちだったカード業界にあって、逆説的に「精神的な豊かさ」と自らのブランドを結びつける。
やがて同ブランドは独特なオーラをまとうまでになったのだ。
そしてリーダーブランドの「ビザ」と双璧をなす世界的なブランドに躍進を遂げている。
私たちは通常の日本語でも、たとえば「聞いて極楽、見て地獄」「沈黙は金、雄弁は銀」「注意一秒、怪我一生」など対照的な概念を並べる表現レトリックをよく耳にする。
時には自分たちでも使うだろう。
その明快なコントラストによって、双方が引き立て合い、印象に残りやすかったり、覚えやすかったりする効果があることを知っているのだ。
アル・ライズとジャック・トラウトはこの対比構造を市場で再現することで、たとえ後発のブランドであっても互角に戦えるようになると踏んでいるのだろう。
ブランディングに携わるマーケターなら、このシンプルながら有効なセオリーをぜひとも頭に入れておくべきだろう。