リプトンミルクティー なぜ販売中止から一転、復活したのか?

森永乳業 リプトン ミルクティー
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森永乳業の「リプトン ミルクティー」が、大胆なリニューアルを敢行し、より本格的な味わいの「リプトン ロイヤルミルクティー」に生まれ変わった。

しかし、その直後から、刷新前の味に戻してほしい切望する声古来のファンたちから殺到する。

そして、リニューアルからわずか1年足らずで元の「リプトン ミルクティー」に戻す

森永乳業にとっては代償の大きい決断ではあったが、ロングセラーブランドの目に見えない価値や熱いファンの存在を改めて知る機会となった。

同社が今後数々のブランドを構築していくうえで、損失を補って余りあるほどの貴重な教訓となったのだ。

目次

「リプトン ミルクティー」大幅リニューアル

学生の定番ドリンク

長らく「学生の定番ドリンク」として愛されてきた森永乳業の「リプトン ミルクティー」

その「リプトン ミルクティー」が、1989年発売以来の大胆なリニューアルを敢行した。

2022年3月のことである。

本格的な味わいのミルクティー「リプトン ロイヤルミルクティー」に生まれ変わったのだ。

「リプトン ミルクティー」といえば、世界的な紅茶ブランドである「リプトン」のチルド紙パックシリーズの一つ。

森永乳業によれば、製造から消費者の手元に届くまで一貫した冷蔵管理を徹底しており、チルド流通ゆえの淹れ立てのようなおいしさが味わえるという。

同シリーズの定番ラインアップにはレモンティーもある。

「リプトン ロイヤルミルクティー」へ刷新

しかし、その「リプトン ミルクティー」は近年、売り上げの低迷が続いていた。

(牛乳を除く)紙パック全体の市場が、学生数減少の影響で縮小傾向にあったのだ。

そこにコロナ禍に入って、通勤や通学に伴う需要が減ったことが販売不振に追い打ちをかけた。

そこで森永乳業はより本格的なミルクティーの味わいを目指し、商品の刷新に踏み切ったのだ。

それが「リプトン ロイヤルミルクティー」だった。

使用する茶葉を5%増量し、また乳固形分を1.5倍以上にし、商品の分類も「紅茶飲料」から「乳飲料」となる。

発売後は売れ行きもよく、前年を上回るペースで推移していたという。

ここまでの話しであれば、ロングセラーブランドによくあるリニューアル・ストーリーだ。

「リプトン ミルクティー」ほどの歴史の長いブランドであれば、大幅なリニューアルに馴染めない人も出てくるだろう。

しかし、より美味しくなっているのだ。

従来のユーザーもいずれ受け入れてくれるはずである。

なにより、新規ユーザーやいったん離脱したユーザーを惹きつける期待は大きい

ファンから殺到した再販要望の声

しかし、ここからの展開がやや異例となる。

この刷新からわずか1年、2023年3月に再び元の「リプトン ミルクティー」に戻してしまった。

そして、本格的な味わいを目指して「紅茶飲料」から「乳飲料」規格にまで進化させた「リプトン ロイヤルミルクティー」はひっそりと終売となったのだ。

理由はひとえに、従来の「リプトン ミルクティー」のファンたちから、その終売を惜しむ声や再販を切望する声が殺到したことにある。

森永乳業のお客さま相談室に寄せられた再販要望の声は半年間(2022年4~9月)で合計667件に達する。

販売終了した商品にこれほどまでの声が届いたのは森永乳業史上最多だという。

森永乳業にとっては「リプトン ロイヤルミルクティー」への刷新はマーケティング戦略上の大きな決断であり、相当な覚悟で臨んだはずだ。

元の「リプトン ミルクティー」の再販を望む声は真摯に、厳粛に受け止め、「リプトン ロイヤルミルクティー」の販売拡大に邁進することができたはずである。

withnews(ウィズニュース)の記事(2023.4.2)には、具体的には以下のような声が届いたとある。

  • 「他のじゃダメなんです」
  • 「生きる希望がなくなってしまいました。毎日眠れません」
  • 「私のミルクティー人生は終わった」
  • 「この悲しみをどこにつぶけたらいいのかわからない」
  • 「再販されないようでしたら返信は不要です」

多い時で1日40件以上もの声がお客さま相談室に寄せられたという。

「他のじゃダメなんです」
「私のミルクティー人生は終わった」

さらに「死ぬ時も棺桶にミルクティーを入れてほしい」(DIME 2023. 3.20)という印象深いものもあった。

森永乳業は「リプトン ミルクティー」のファンたちがつむぎ出す切実な言葉の数々同ブランドへの濃密なラブレターのように感じられたという。

なぜ、ファンは再販を切望したのか?

では、なぜ、これほどまでにファンたちは「リプトン ミルクティー」に執着したのだろうか?

「リプトン ロイヤルミルクティー」という新たな選択肢を用意したにもかかわらずだ。

冒頭で「リプトン ミルクティー」は「学生の定番ドリンク」と書いたが、たしかに学生には不動の人気を誇っていた。

しかし、実際には同ブランドの主要購買層は20~50代の社会人になっていたのだ(DIME 2023.03.20)

学生時代に飲み始め、そこからの持ち上がりで大人になってからも飲み続ける人が大勢いたのである。

これは企業側の視点に立てば、一種の「青田買い戦略」といえよう。

多感な青春期にブランドを使い始めてもらって、そこで築かれる絆の力で、大人になってからの需要を継続的に取り込む。

受験応援キャンペーンで受験シーズンの風物詩的なブランドとなった「カロリーメイト」がその最たる例だろう。

「リプトン ミルクティー」のコアな購買層はその青田買い戦略に自らはまった人たちである。

奇しくも青春の真っ只中で飲み始め、ブランドには数々の思い出が刻まれる。

大人になった今では懐かしくもあり、ほろ苦くもあるだろう。

しかも「リプトン ミルクティー」は缶でもペットボトルでもなく紙パック入りだ。

ぎゅっと握ったときの独特の感触を手が覚えている。

そんなともに歩んできたブランドが、ある日突然、目の前から消えてしまった。

失踪

以前ほどは飲まなくなっていた人でも、手を伸ばせばいつでも味わうことができていた。

その自由が奪われたのである。

いくら美味しくなったにせよ、「リプトン ロイヤルミルクティー」ではその代わりは務まらない。

そこで、慎重に検討を重ねた結果、森永乳業はいったんは終売した「リプトン ミルクティー」を再度市場に戻すことに決めた。

この再発売を森永乳業は「新発売」ならぬ「旧発売」と呼んでいる。

復活した「リプトン ミルクティー」のパッケージには以下のように記したという。

待たせて、ごめん。あの日、勝手に味を変えてごめんなさい。

あなたが “もとの味に戻して” と手紙をくれたから。森永乳業史上最多のご意見が届いたから。

もとの味に戻しました。

だからこれは新発売ではなく、もとの味で、旧発売

80年代のコカ・コーラを見舞った大騒動

実はこの「リプトン ミルクティー」とよく似た出来事が1980年代の米国で、世界的なブランドにも起きている。

「コカ・コーラ」だ。

当時のコカ・コーラはライバルのペプシ・コーラから激しく追い上げられており、その危機感から1985年、味を変えるという一世一代の大勝負に出る

よりまろやかな味わいとなり、事前の消費者調査ではペプシ・コーラよりも高い評価を得ていた。

そこで従来のコカ・コーラは販売終了とし、「ニューコーク」として大々的に売り出したのだ。

ところがこの決断が消費者から大バッシングを招くこととなった。

「元の味に戻せ」という怒りに満ちた声が殺到したのである。

米国の消費者は長年愛飲してきたブランドから、たえがたい裏切りに遭ったと感じたのだ。

元の味を取り戻そうと「全米オールド・コーラ愛飲家協会」なる組織まで起ち上がり、さらにはボイコットや抗議運動にまで発展したという。

抗議運動 ボイコット

コカ・コーラ社にかかってきた抗議の電話は、多い時で1日で8000本に達し、さらに4万通もの抗議の手紙が届く(Business Journal 2017.01.25)

そして、ものの3ヵ月で、従来のコカ・コーラが「コカ・コーラ クラシック」として再発売されたのだ。

ここで「リプトン ミルクティー」と少し異なるのは、「リプトン ミルクティー」の復活の際には「リプトン ロイヤルミルクティー」は販売中止となったが、「ニューコーク」はその後しばらく「コカ・コーラ クラシック」と併売されていたという。

つまり、小売店の棚には「ニューコーク」と「コカ・コーラ クラシック」とが並べられたことになる。

陳列棚を占めるフェイス数は逆に以前より増えたのだ。

また前代未聞の騒動が宣伝効果を生んだこともあり、「コカ・コーラ クラシック」の売り上げはペプシ・コーラの2倍以上のペースで増加し続けたという(Wikipedia 2023.6.24参照)

米国の消費者から猛反発を招いたとはいえ、消費者に「コカ・コーラ」のブランドに強い愛着を持っていたことを気づかせる契機となった。

結果的に肉薄していたペプシ・コーラを引き離すことに成功したのだ。

実はこの小説のような成功譚(たん)は、コカ・コーラ社が最初から仕組んでいたという憶測も一部では飛んでいた。

いわゆる今でいう「炎上商法」だ。

「競争戦略の謎を解く」(ダイヤモンド社 2012.7)には、この騒動によって、コカ・コーラ社は見落としていた以下の事実を身を持って学んだとある。

コカ・コーラに忠実な顧客の多くは、伝統的なコークを自分の若い世代、自分が生まれ育った国、そして自分の存在そのものと結びつく飲み物として、無意識のうちに愛着を抱いているということだ。

森永乳業の「リプトン ミルクティー」もまさにこれだった。

いったんは終売となった「リプトン ミルクティー」の復活を渇望する声が殺到したことで、森永乳業は単なる物性的な価値を超えたブランドの見えていなかった偉大な価値を目の当たりにしたのだ。

頬を打たれた感覚だっただろう。

それゆえ苦心の末に投入した「リプトン ロイヤルミルクティー」の販売終了に踏み切ったのだ。

希少性と損失回避の原理

そしてもう一つ、元々のリプトンミルクティーやコカ・コーラの復活を望む声人の普遍的な心理にも後押しされていた。

それが「希少性の原理」「損失回避の原理」である。

「希少性の原理」とは希少性が高く、手に入りにくいものに人が価値を見いだす傾向をいう。

とりわけ、すでに手にしていたものを喪失することには過敏に反応するようだ。

コカ・コーラのような米国の歴史や伝統に深く根ざしているようなブランドならなおのことその傾向は強まる(「影響力の武器 実践編」)

また、ここには「損失回避の原理」も働く。「損失回避の原理」とは何かを得る可能性よりも何かを失う可能性に人はより敏感に反応する傾向をいう(前掲書)

マーケティングの世界でもよく使われる原理だ。

たとえば「影響力の武器 実践編」によれば、「20%引きで新商品をお試しいただけるこの機会をぜひご利用下さい」という言い方よりも、「20%引きで新商品をお試しいただけるこの機会をお見逃しなくという言い方のほうが効果的らしい。

なぜなら、後者のほうが、期間限定であることがほのめかされ、割引価格で買える折角のチャンスをみすみす逃してしまいかねない ―すなわち、何かを失うことにより意識が向かうからである。

世の中には「閉店商法」というのがあるらしい。

店が閉店することを宣言し、在庫処分のための安売りをうたうことなどにより、客を呼び込む商法」をいう(ウィキペディア)

「閉店セール」や「売り尽くしセール」などと盛んに「希少性」と「損失回避」の心理をあおるやり方だ。

しかし、実際には閉店することなくいつまでもセールが続ける店舗もあるという(産経新聞 2015.2.16)

この人の心理を突く普遍的な原理が国民的なムーブメントに火をつけることにもなる。

英国のEU離脱を問う国民投票 take back control

たとえば、英国のEU離脱を問う国民投票では、離脱派「take back control(主権を取り戻せ)」のスローガンを掲げて勝利する(「THE CATALYST」かんき出版、2021年)

「back」には「(元の場所・状態に)戻る」の意味があり、かつて謳歌していた “「control」を失ってしまっている” という事実を人々に突きつける効果があったのだ。

繰り返すが人は得ることより失うことを嫌う。

そこでEU離脱こそが「control」を取り戻すことになると訴えたわけである。

2016年の米大統領選でトランプ候補が掲げた「Make America Great Again(米国を再び偉大に)」

2016年の米大統領選でトランプ候補が掲げた「Make America Great Again(米国を再び偉大に)」のスローガン、この「Again(取り戻すことの意)」も同様の効果を放った。

復活を機に短編アニメ「667通のラブレター」

話しを「リプトン ミルクティー」に戻そう。

森永乳業は「リプトン ミルクティー」の「旧発売」を機に、「667通のラブレター」と題したオリジナル短編アニメの動画を制作している。

同社のリリース記事(PR TIMES 2023.3.20)によれば、同動画は、登場人物の名前やセリフ、主題歌の歌詞までも、「リプトン ミルクティー」に寄せられた実際の言葉で構成されているという。

短編アニメのあらすじは以下の通りだ。

2022年3月、トーマと唯はもうすぐ高校最後の年を迎えようとしていた

しかし、謎の転校生ルミ(「リプトン ロイヤルミルクティー」の化身)が現れると、トーマの世界から唯が、唯の世界からトーマが忽然と消えてしまったのだ。

その後、二人はお互いの痕跡を探りながら手紙を送り続けることにした。

手紙の宛先は、いつも「消えた君」へだった。

おそらくこの動画を見た大人たちが、青春の真っ只中で飲み始めたブランドと歩んだ記憶をオーバーラップさせることをねらったのだろう。

この動画はいち早く話題となり、公開から2日で100万再生を突破したという(AdverTimes 2023.3.24)

森永乳業はこうした短編アニメのプロモーションによって、従来の愛飲者に「リプトン ミルクティー」を再び手に取ってもらうと同時に、これまで飲んだことのない新規のユーザーの獲得にもつなげたいとしている。

物性を超えたブランド価値再考

今回の記事では「リプトン ミルクティー」の「旧発売」という異例の出来事を取り上げた。

森永乳業にとって、リニューアルして発売した商品を1年足らずで終売とし、元の商品を再び市場に戻すのには多大なコストを費やすこととなった。

長いスパンに立てば、短命に終わった「リプトン ロイヤルミルクティー」が新規ユーザーを獲得し、復調に大きく貢献した可能性だって排除できない。

しかし、この「旧発売」にまつわる出来事は森永乳業にとっては何ものにも代えがたい貴重な経験となったはずだ。

ブランドの目に見えない価値や熱いファンの存在を再認識できたことは意義深いことだったに違いない。

今後同社が数々のブランド構築に取り組むうえで、損失を補って余りあるほどの貴重な教訓となり得るのだ。

そうそう起こり得ない出来事とはいえ、ブランディングに携わるマーケターがぜひとも記憶に残しておきたい事例の一つといえるだろう。

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