アイリスオーヤマ ヒット商品を生むユーザーイン発想と伴走方式

アイリスオーヤマ なるほど家電
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レッドオーシャンともいわれる生活家電市場において、「なるほど家電」の旗を掲げ、ひと味違った利便性でヒットを連発するアイリスオーヤマ

技術者が自ら他社商品を使い倒し、ユーザーに憑依する形で潜在ニーズを拾い上げる。

そこに「なるほど!」と思えるソリューションを織り込んで商品化するのが同社の得意とするところ。

実はその「なるほど!」の納得感や共感は消費者を動かすだけではなかった。

同社で商品開発に携わる人員全員の気持ちを一つにする神通力も放っていたのだ。

目次

アイリスオーヤマの「なるほど家電」

旗印は「なるほど家電」

レッドオーシャンともいわれる生活家電市場において、後発組ながらヒットを連発している企業がある。

仙台市に本社を置くアイリスオーヤマだ。

同社の祖業はプラスチック製品の下請け加工で、町工場の「大山ブロー工業所」からスタートしている。

その後は主にホームセンターを販路とする収納用品やペット用品、園芸用品などで事業を拡大。

家電に本格参入したのが2009年のことである。

なるほど家電

そのアイリスオーヤマの家電の旗印「なるほど家電」「なるほど」とは本来、相手に同意したり、自ら納得したりする気持ちを表す言葉だ。

同社の家電は、まさに消費者からそんな反応を引き出す特徴を備える。

思いもよらない方法で不便や不満が解消され、「なるほど、これはいい!」と快哉(かいさい)を叫びたくなるような家電を、同社では「なるほど家電」と呼んでいるのだ。

もともとは販促用の言葉だったという。

どんな「なるほど家電」があるのか?

実際にアイリスオーヤマにはどんな「なるほど家電」があるのか? 

同社公式サイト「『なるほど家電』はアイリスオーヤマ」のページをのぞいてみよう。

たとえばヨーグルトメーカー

ヨーグルトは自宅で自分好みの味を作るのはなかなか難しかったが、同社のヨーグルトメーカーは温度と時間の細やかな調整が簡単に行えるため、好みの固さのプレーンヨーグルトを簡単に作れるという。

また、飲むヨーグルトや甘酒などの人気の発酵食品をボタン一つで簡単に作れる「自動メニュー」も搭載している。

他にもアイリスオーヤマらしいのが静電モップを搭載した極細軽量スティッククリーナーだ。

軽量のスティッククリーナーとはいえ、テレビ台やエアコンの上などは掃除しにくい。

そこで思いついたのがクリーナーにモップを搭載するというアイデアだ。

しかもモップはナイロンケース内で帯電しており、そこから発生する静電気でホコリがより吸着しやすくなる。

使用後は充電スタンドに戻すと除電ができ、吸い込み口からパワーブラシでほこりをかき出して、しっかり吸引できるという。

モップのゴミを手で取る手間もいらない。

メーカーベンダーという立ち位置

このクリーナーにモップを搭載というアイデアは同社がもともとホームセンターで売れるような利便性の高い生活用品を幅広く扱っていたことから来るのだろう。

ホームセンター

これまでにも、透明で中身が見えるクリア収納ケースや洗いやすく丈夫なプラスチック製の犬小屋など、一世を風靡したヒット商品は数知れない。

収納文化や愛犬の住環境を一変させるアイデア商品で、市場に風穴を開けてきたのだ。

また、アイリスオーヤマはメーカーでありながら問屋機能も併せ持つ「メーカーベンダー」へと早くから転換を図ってきた。

問屋である以上は品揃えの充実は必須で、それゆえ、今では約2万5,000点もの商品を取り扱う。

しかも、問屋として小売店ともダイレクトに取引するため、何が売れ筋なのかが手に取るようにわかるのだ。

この「メーカーベンダー」という特異な立ち位置が数々のヒット商品を生む推進力にもなっている。

その大胆で柔軟な発想が引き継がれ、「なるほど家電」の連続ヒットは生まれているのだ。

「なるほど!」と「アハ!体験」

この「なるほど!」という感覚は、見方を変えれば、一種の「アハ!体験(a-ha! experience)」だろう。

ソニーの公式サイトによれば、「アハ!体験」は以下の定義となる。

「アハ!体験」とは0.1秒ほどの短い時間に、脳の神経細胞がいっせいに活動して世界の見え方が変わる。

神経細胞がつなぎかわって、『一発学習』が完了今までと違った自分になることをいう。

「エウレカ効果(Eureka effect)」(エウレカは何か発見たことを喜ぶときに使われる感嘆詞)という言い方もするそうだ。

アイリスオーヤマの家電も見た瞬間に「これまでの家電とは違う」「自分の生活を変えてくれそう」といった感触を生む。

脳内に「アハ!体験」特有の喜びが引き起こされるため、「使ってみたい」という強い衝動に駆られるのだ。

なお、後述するが、実はこの「なるほど!」という感覚(アハ!体験)は、消費者のみならず、アイリスオーヤマの社内人員にも絶大な神通力を発揮することになる。

潜在ニーズをどう見つけるのか?

消費者調査の限界

ではアイリスオーヤマは「なるほど家電」をどう開発しているのだろう?

まず、その出発点となるのが消費者が家電を使う際に感じる不便や不満をくまなく拾い上げることだ。

実はこれが案外難しい。

アンケート調査やグループインタビューなどの手法に頼ればすぐに浮かび上がってきそうにも思える。

しかし、消費者は既存の商品を使うのにすっかりなじんでおり、それはそういうものだ」と思い込んでしまっている。

感じていたはずの不便や不満もいったん意識の底に沈んでしまう(=潜在化)と再び意識化・言語化するのは難しいものなのだ。

その潜在化した不便や不満が解消された商品を目にして初めて、「そうそう、これが欲しかった!」「たしかにここが不便だった!」と気づくのである。

フォード・モーターの創業者、ヘンリー・フォード「自動車がない時代に欲しい乗り物を尋ねても、『速い馬が欲しい』という答えしか返ってこないだろう」と語り、アップル創業者、スティーブ・ジョブズが「人は実際にそれを見るまで、それを欲しいかどうか分からない」と主張していたとされる(日経クロストレンド 202.4.11)

まさにそれだろう。

隠れた不便や不満を掘り起こす「使い倒し」

ではアイリスオーヤマではどう潜在化したニースを見つけ出すのか? 

商品開発に携わる技術者たちが「生活者の代弁者」との自覚を持ち、日常に潜む不便や不満を自ら見つけだそうとするのだ。

技術者たちが他社の商品を自宅で使い、不便や不満につながる「マイナスポイント」を洗い出していく(PRESIDENT Online 2023.6.28)

とはいえ、日本有数の家電メーカーが自信をもって世に送り出している商品だ。

おそらく、ただ漫然と使うだけでは「マイナスポイント」はそうそうは浮かび上がってこない。

使い倒し

その商品を相手に壁打ちする感覚で向き合う。

「稼働時の音が大きい」「操作ボタンの配置が悪くて扱いづらい」「本体が重すぎて1人では持ち運べない」などと一つの開発チームで最大100個は不便や不満を挙げるという。

この潜在ニーズを言語化するプロセスを同社では「使い倒し」と呼んでいる。

日報と似て非なる「ICジャーナル」

俳句や短歌を詠むのが得意な人たちは情景や情感独特の感性で切り取って言葉にしていく。

同じものに触れていても普通の人ではなかなか気づけない視点を持つ。

アイリスオーヤマの技術者たちもそんな感性を普段から磨いているのだろう。

その感性を研ぎ澄ますのを後押しするのが、同社の「ICジャーナル」というしくみである(日本経済新聞 2022.7.1)

一般の会社でいう「日報」に相当するもので、社員が日々、200字以内の文章を社内システムに投稿する。

その内容は社内SNSを介して上司や社員にただちに共有されるという。

ただし、その内容は単なる日々の活動報告ではない。

現場で思い浮かんだ現場のアイデアや改善点をジャーナリストの目線で書き込んでいくのだ。

日々アンテナを張り、観察して気づいたことを言語化する。

さらに他の社員が書いた内容にも目を通す。

この鍛錬のプロセスは、技術者たちがいざ「使い倒し」のフェーズに入ったときにも生かされるだろう。

「万有引力の法則」のアイザック・ニュートンが語ったとされる「巨人の肩の上に立つ(「先人が積み重ねた知恵に基づいて新たな発見をする」の意)」ような視点が自ずと宿るのだ。

N1からユーザーイン発想へ

そして、「使い倒し」を通して浮かびがった不便や不満のうち、自社の技術で解消できるものを選び抜き、そのソリューションを織り込み、具体的な商品設計に駒を進めていく。

技術者自身が「売りたい」商品ではなく、技術者自身が「使いたい」と心底思える商品であることが何より重視されるのだという。

これはN1マーケティング、N1分析の手法に他ならない。

N1マーケティングとはたった一人の顧客(すなわちN=1)にフォーカスし、その顧客に憑依するかのようにしてニーズを深堀りしていく手法をいう。

「実践 顧客起点マーケティング」(翔泳社、2019年)の書籍で一躍マーケティング界隈で知られるようになった考え方だ。

アイリスオーヤマでいうN1顧客とは、ユーザーになりきった技術者自身(技術者が結婚している場合は配偶者も含む)となるのだろう。

商品開発には、作り手の技術や理論が先にありきの「プロダクトアウト」と、市場のニーズを優先する「マーケットイン」という2つの考え方がある。

メーカーベンダーでもあるアイリスオーヤマは当然ながら「マーケットイン」の発想をとるが、同社はこの「マーケットイン」をさらに一歩進めて「ユーザーイン」発想と呼ぶという。

実際に商品を使う人の潜在ニーズをとことんくみ取るスタイルをそうした社内用語で浸透させているのだ。

アイリスオーヤマ流「伴走方式」とは?

アイデアの発掘と共有の場

ただし、同社の「なるほど家電」を「なるほど家電」たらしめているのは、ここまで説明してきた「なるほど!」と思えるアイデアの発掘だけではない。

そのアイデアが生まれた後の転がり方もアイリスオーヤマ流なのだ。

そのアイデアがただちに商品開発に携わる全員に共有され、一致団結してスピーディに取り組む体制ができあがっている。

アイリスオーヤマでは毎週月曜日に「新商品開発会議(通称、プレゼン会議)」が開催されている。

そこでは商品開発のアイデアが、1つの案件につき5~10分程度でプレゼンされる。

転轍(てつ)手である経営トップからゴーサインが出されれば、後は怒涛の勢いで商品が形になっていくという。

「リレー方式」 vs.「伴走方式」

この「新商品開発会議」には商品開発に携わるあらゆる部門のキーマンが一堂に会しており、全員がゴーサインが出される瞬間に居合わせていることもポイントの一つだ。

大手の家電メーカーであれば、商品開発・設計に始まり、生産や品質管理、知的財産、営業統括など各部門がリレー方式でプロジェクトを引き継いでいくのが一般的だろう。

リレー方式
伴走方式

しかし、アイリスオーヤマでは各部門が同時並行で進める「伴走方式」をとる。

「新商品開発会議」のゴーサインを起点に一斉に動き出すのだ。

それゆえ開発スピードが格段に速く、そのことが競争力にも直結する。

納得と共感のセンスメイキング経営

納得感が生む組織の一体感

そして、ここでものをいうのがやはり「なるほど!」の神通力である。

新商品開発会議の出席者たちが肌で感じた「なるほど!」「これなら、いける!」という納得感や共感、すなわち「アハ!体験」が、その会議に居合わせた人たちに、一つの生命体であるかのような一体感をもたらすのだ。

猛吹雪

早稲田大学の入山章栄教授が書いた「世界標準の経営理論」(ダイヤモンド社、2019年)「センスメイキング理論」という章に以下のような逸話が紹介されている。

ある時、ハンガリー軍の偵察部隊がアルプス山脈の雪山で、猛吹雪に見舞われ遭難した。

彼らは吹雪の中でなす術なく、テントの中で死の恐怖におののいていた。

その時偶然にも、隊員の一人がポケットから地図を見つけた。

彼らは地図を見て落ち着きを取り戻し、「これで帰れるはずだ」と下山を決意する。

彼らはテントを飛び出し、猛吹雪の中、地図を手におおまかの方向を見極めながら進んだ。

そしてついに、無事に雪山を下りることに成功したのだ。

しかし、そこで戻ってきた隊員が握りしめていた地図を取り上げた上官は、驚いた。

彼らの見ていた地図はアルプス山脈の地図ではなく、ピレネー山脈の地図だったのである。

Do(実行)が先、「DCPA」のサイクルへ

なぜ、こんなことが可能となったのだろか? 

隊員が地図を偶然見つけたことで、「これで下山できるし、命も救われる」と全員が納得し、足並みが揃った。

地図さえあればもうこっちのもの。「無事下山できる」という確信のもと、猛吹雪だったにもかかわらずテントを飛び出し、歩みを進めたのだ。

ここからは先はPlan(計画)・Do(実行)・Check(評価)・Action(改善)で進む「PDCA」ではない。

まず手探りでDo(実行)を行い、修正や改善を何度も試みる「DCPA」のサイクルとなる。

「下山できる」という確信が先に立つため、多少の失敗ではひるまない。

そのうち、ナチュラル・ナビゲーション(自らの感覚を総動員して「自然」から道を見つけだすこと)が機能し始めるのだ。

この「DCPA」さえが回り始めれば、実際は別の山脈の地図だったことなどもはや関係ないのである。

「新商品開発会議」で共有される「なるほど!」の感覚、その息をのむような納得感も、猛吹雪の中、隊員が偶然見つけた地図(実際は勘違いだった)と同様の効果を放つのだろう。

経営トップからゴーサインが出たとはいえ、実際に商品に落とし込むとなると、技術やコストの面越えなければならない壁がいくつも立ちはだかる。

それらを一つひとつ克服するしんどさは計り知れない。

それでも、強烈に腹落ちしたアイデアを形にしようと横断チームが一丸となって邁進するのだ。

ゴーサインは経営トップのお墨付きというのではない。文字通り、「DCPA」サイクルの「Do」を仕掛けるサインなのである。

アイデアで愛される会社へ

新商品比率6割の多産力

アイリスオーヤマではインテリアやペット用品など、家電以外の商品も含めると、1年間に世に送り出す新商品の数は1,000点以上になるという。

同社では発売から3年以内の商品を「新商品」としているが、売上高に占める新商品比率は約6割以上に達する。

その驚異的な多産力も、突き詰めれば「新商品開発会議」で共有された「なるほど!」の感覚(アハ!体験)が発端となるのだ。

今回の記事ではアイリスオーヤマの「なるほど家電」に焦点を当てた。

どう潜在ニーズが発掘され、商品アイデアが生まれるのか?

さらにはその「なるほど!」と思えるアイデアがどう組織に機動力をもたらすのか? 

足早ではあるがその核心に迫ってきた。

「なるほど家電」を単に販促ワードだと考えてはいけなかった。

アイリスオーヤマにとって「なるほど!」の神通力は絶大だったのである。

アイ ラブ アイデア

同社のコーポレートメッセージは「アイ ラブ アイデア」

アイデアを愛し、アイデアで愛される会社であり続けたいとの思いがそこには込められている。

人々の様々な悩みを解決し、毎日の暮らしを豊かなほうへ変える、そんなアイデアの創出はしばらく絶えることはなさそうだ。

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