2022年10月に発売された「ハーゲンダッツ ミニカップ 悪魔のささやき」。
コンセプトに「手に取らずにはいられない見た目と、食べたら最後抜け出せなくなるおいしさ」を掲げる。
「背徳グルメ」がちょっとしたブームの昨今、ハーゲンダッツが得意とする濃厚なアイスクリームを武器に商機を狙ってきたといえる。
1984年に日本に上陸したロングセラーブランドが用意周到な心理マーケティングを仕掛けてきたのだ。
「ミニカップ 悪魔のささやき」発売の背景に「背徳グルメ」ブーム
2022年10月、ハーゲンダッツ ジャパンから「ハーゲンダッツ ミニカップ 悪魔のささやき」が発売された。
商品コンセプトは「『手に取らずにはいられない』誘い込まれるような見た目と、食べたら最後『抜け出せなくなる』ようなおいしさが魅力の濃厚系新シリーズ」だ。
「チョコレート」と「キャラメル」の期間限定商品だという。
商品のネーミングといい、コンセプトといい、ハーゲンダッツがいかにも商機を狙ってきた印象だ。
流行に便乗したといってもいい。というのも、昨今は悪魔のささやきに身を委ねることを是とした「背徳グルメ」がちょっとしたブームになっているのである。
「背徳グルメ」とはハイカロリーや大盛り、ニンニクを使った料理など罪悪感や背徳感を覚えながらもついつい食べたくなってしまう食べ物のこと(グルメ Watch 2202.6.23)を指す。
クロス・マーケティングの「背徳グルメに関する調査(2022年)」によれば、人は「カロリーが高いもの」や「油/脂っぽいもの」、「糖質が多いもの」「価格が高いもの」などを食べるときに背徳感・罪悪感を感じるのだという(PR TIMES 2022.6.22)。
昨今では企業側がマーケティングの一環で「背徳」を消費者を誘い出す記号として有効活用するケースも増えている。
食品分野においては「背徳」がキャッチコピーや販促のキーワードとして使われるだけではない。堂々と商品名に入れることも珍しくないのだ。
たとえば、ファストフードのロッテリアの「背徳感300%チーズ 絶品チーズバーガー」、エースコックの「スーパーカップ大盛り 背徳感MAX ブタキム油そば」、ケンコーマヨネーズ鯖缶の「CANDISH saba 背徳のガーリックバター」などがある。
また、リカー・イノベーションのアイスクリーム専用の果実酒、「罪-TSUMI」シリーズには「背徳マンゴー」なるものもある。
ハーゲンダッツのような濃厚なアイスクリームなら、十分に「背徳グルメ」の資格はあるだろう。
夢占いの世界では、アイスクリームは魅力や誘惑、束の間の喜びを象徴するのだという。
洗練されたイメージのハーゲンダッツだが、その活況にあやかろうと一線を超えて攻略してきたといえる。
「ミニカップ 悪魔のささやき」手に取らずにはいられない見た目とは?
いったい「ミニカップ 悪魔のささやき」とはどんな商品なのか? これまでのハーゲンダッツの商品とはどう違うのだろう?
ハーゲンダッツの公式サイトをのぞくとそのビジュアルインパクトがまず半端ない。
とろーりつやめくソース、ねっちりやみつき食感のクッキー、なめらかでコクの深い濃厚なアイスクリームが織り成す流麗で魅惑的なフォルムがすでに背徳の匂いを漂わせている。
「ミニカップ」というサイズ自体も濃密で小悪魔的な印象を与える。
「ミニカップ 悪魔のささやき」の2つのフレーバーのうち、「チョコレート」の特徴を公式サイトからおさらいしてみよう。
「チョコレート」はミルクココアソース、チョコレートクッキー、ビターチョコレートソース、チョコレートアイスクリームの4つのレイヤーで構成されている。
まさにチョコレート三昧(ざんまい)といった感じだ。
全体的にダークな色調で姉妹品の「キャラメル」よりも悪魔っぽさがより際立っている。
「ミニカップ 悪魔のささやき」 抜け出せなくなるおいしさとは?
カップのふたをあけると、艶(つや)のあるミルクココアソースにまみれた、濃褐色のチョコレートクッキーが目に飛び込んでくる。
くっきーというとサクサクっとした食感を思い浮かべるが、意外にもねっちりとした食感に仕上がっており、いい意味で「裏切られた感」のあるクッキーに心動かされるだろう。
甘い香りが漂うミルクココアソースとの相性も絶妙のようだ。
上層のトッピングをかき分けながら食べ進めていくと、真打ともいえるチョコレートアイスクリームがお目見えする。
公式サイトによれば、ミルクのコク、濃厚ながらやさしい甘さ、なめらかなくちどけと上品な後味を堪能できる絶品のアイスクリームなのだという。
しかし、ここで終わらない。その味わいを引き立てようと容赦なく介入してくるのが、こっくりとした深みとほろ苦さのあるビターチョコレートソースである。
すいかに塩味を加えると、味の対比効果ですいかの甘さが引き立つが、まさにビターチョコレートソースがいいアクセントとなる。味わいに起伏が生まれ、食べる飽きることがないのだ。
ミルクココアソースにまみれたクッキーに始まり、絶妙なハーモニーを奏でるチョコレートのビターソースとアイスクリーム。その変化に富んだ猛攻にはもはや屈するしかないだろう。
コンセプトに「食べたら最後抜け出せなくなる」とあるが、たしかに悪魔に魅入られ魂を売ってもいいとさえ思えてくる。
公式サイトでは全体をまぜこぜにして食べる「悪魔ぜ食べ(あくまぜたべ)」も推奨されている。背徳にどっぷり浸かる食べ方だといっていい。
「モラル・ライセンシング」を狙う心理マーケティング
もし、普段は甘いものは控えている人があえてアイスクリームを食べるなら、「ミニカップ 悪魔のささやき」の術中に自らはまってみるのもいいだろう。
罪の意識が妙に快感となって、ひと味上の味わいになるし、食べ終えたときに呵責があったとしても、「悪魔のささやき」と銘打つ同商品の魅惑のせいだと責任転嫁もできるはずだ。
心理学に「モラル・ライセンシング」という用語がある。
「よい行いをしたら悪い行いをしてもいい」と感じる心理のことをいう(Musubuライブラリ)。
何かよいことをした直後なら、ちょっとぐらいなら悪いことをしてもいいという許可証(ライセンス)が得られた気分になってしまう。
心理的な「免罪符」といっていいだろう。
日常的にダイエットや生活習慣病予防に気をつけている人がいたとしよう。
そんな人でも「今日は頑張ったぞ」「今日は我ながらよくやった」ということを自覚すると、普段は控えている高カロリー・高糖質なおやつやデザートについ手を出してしまう。
この「禁を破る」行為こそが「モラル・ライセンシング」の効果といえるのだ。
「モラル」とある以上、本来はボランティアや人助けなど道徳的に正しいことをしたときに許可証(ライセンス)をもらった気になるはずだが、実際はそうとも限らない。
日常生活でちょっと頑張った程度のことでも、本人が主観的に「善行」と感じるなら「モラル・ライセンシング」効果が安易に発動されてしまうのだ。
仕事帰りやリモートワークの合間に自分へのご褒美としてスィーツを頬張るというのはその典型だろう。
つまり、自分の主観的な善行を自覚し得る、生活のあらゆる局面に「ミニカップ 悪魔のささやき」の出番は潜んでいるということだ。
大容量なら躊躇(ちゅうちょ)もするが、「ミニカップ」なら手も伸ばしやすい。さらに期間限定となれば、なおのこと背中を押されるだろう。
以前、本ブログでも「お~いお茶 濃い茶」の記事で「濃い茶」のペットボトルに貼ってあった「実は!体脂肪を減らす」のシールが引き起こした興味深い事件について触れた。
1人のユーザーがそのシールをカップラーメンなどの一般に高カロリー・高糖質といわれる食品にペタペタ貼った写真をツイッターに投稿すると、思わぬ反響を呼んだのだ。
免罪符をもらった気分になれる妙案として、多くの人がその行為を真似し始める。「実は!体脂肪を減らす」のシールたった一枚で「モラル・ライセンシング」効果が助長された象徴的な一件といえるだろう。
「ミニカップ 悪魔のささやき」の発売は10月4日。この日は「てん(10)し(4)」の語呂合わせから「天使の日」なんだという。あえてハーゲンダッツはぶつけてきたのだ。
既にSNSでは盛り上がりを見せているというが、果たしてどれほどのトライアル(初回購入)とリピート(反復購入)が喚起されるのか?
「手に取らずにはいられない」「抜け出せなくなる」との触れ込み通り、予言は自己成就するのだろうか?
ハーゲンダッツが仕掛けた心理マーケティングの成否もまた、見届けざるを得なくなりそうだ。