企業の「MVV(ミッション・ビジョン・バリュー)」の頭出し的な役割を担う企業スローガン。
日本企業のそれらの多くは、従業員、株主や取引先、地域社会など多様なステークホルダーを意識して制定されている。
それゆえ、総花的な言い回しになりがちだ。
「人」「未来」「社会」「地球」なるワードが多用される。
しかし、中には差別化ポイントや購入重視点をしっかり押さえ、企業ブランド、あるいはその傘下の商品ブランドのポジショニングに一役買っている企業スローガンもある。
いわゆるアップルの「Think different」やナイキの「Just Do It.」といった類いの日本企業版だ。
今回の記事は「ポジショニングに成功した企業スローガン」と題して、2~3語程度の短いフレーズがなぜポジショニング効果を発揮し得るのかを事例を交えながら紐解いてみたい。
企業スローガンとは?
「お、ねだん以上。」「ココロも満タンに」
こんなフレーズを見聞きしたことがないだろうか?
ニトリとコスモ石油がテレビCMなどで発信しているメッセージだ。
ほかにも味の素の「Eat Well,Live Well.」、日立製作所の「HITACHI Inspire the Next」、キャノンの「make it possible with Canon」などもよく知られる。
テレビCMのエンディングで心地よいジングル(短い音楽)を伴ってタグラインのように使われることが多く、耳馴染みがいい。
こうした短いフレーズは一般的に「企業スローガン(コーポレートスローガン)」と呼ぶ。
テレビCMなどで積極的に発信するかどうかは企業によってまちまちだが、企業スローガンを制定することは企業広報やコーポレートブランディングのお作法の1つといえるだろう。
各企業の公式サイトをのぞくと「コーポレートメッセージ」「ブランドスローガン」という言い方もされているようだ。
なんのための企業スローガンか?
なんのために企業スローガンを制定するのか?
企業が目指す方向性や価値観を簡潔に表現し、そのスローガンがあることで「何たる企業か?」が連想しやすくなる。
いわゆる記憶の「呼び水」効果が大方の狙いだろう。
冒頭で挙げた企業スローガンは消費者など一般の人々に向けても積極的に発信している例であるが、たいていの企業スローガンはマルチ・ステークホルダー向けに制定されている。
そのターゲットには従業員、株主や取引先、地域社会なども含まれるだろう。
そのため、一般の人々には知られていないスローガンであっても、他のステークホルダーは口ずさめるほど馴染んでいることも少なくない。
ただし、企業スローガンはそのターゲットの幅広さゆえ、まんべんなく当てようとしがちだ。
総花的な表現になりやすい。
えらく抽象的な言い回しとなるのが実情だろう。
「人」「未来」「社会」「地球」など日本企業のスローガンによくみかけるワードである。
一方で、その総花主義とは一線を画し、ブランドのポジショニングに成功している企業スローガンも少なからずある。
そのポジショニング効果で、企業傘下の商品ブランドに思わず消費者の手が伸びる。
マインドシェア(意識におけるブランドの占有率)で競合ブランドに勝っているのだ。
今回の記事では「ポジショニングに成功した企業スローガン」と題して、企業スローガンがブランドイメージの醸成に一役買い、ポジショニング効果を高めている例を考察を交えながら紹介していく。
ポジショニングとは?
ひとまずここで「ポジショニング」の概念についておさらいしておこう。
いったん基本に立ち返っておくことで、この後に示す企業スローガンがなぜポジショニングに役立っているのかがよりわかりやすくなるはずだ。
一般にポジショニングとは、競合ブランドとの比較において「消費者の頭の中に自社ブランドをどのように位置づけるか」を明確にすることをいう。
消費者の頭の中に独自の居場所が確保され、その強みが際立ち、とりわけターゲット層においては魅力的な選択肢に感じられるようになる。
それゆえ、各企業は自らの商品の特性や便益を広告で繰り返し訴求したり、固有の視覚的イメージ(ビジュアルアイデンティ)などを盛んに露出したりして、ポジショニングしようとする。
人々が頭の中にブランドを位置づける際の手がかりとしてもらうためだ。
そして企業スローガンもその一翼を担うことになる。
アップルの「Think different」やナイキの「Just Do It.」などはその最たる例だろう。
ポジショニングとカテゴリー化
もう少しだけポジショニングの概念を掘り下げておこう。
実はポジショニングには心理学や言語学でいう「カテゴリー化」と関係が深い。
人は世の中をカテゴリー化しながら見ている。
たとえば言葉を覚えたての赤ちゃんが「わんわん」というとき、その赤ちゃんは「犬」というカテゴリーを既に理解している。
家の中で飼われているペットの犬も、道端で見かけた犬も、絵本の中に登場する犬も同じ「犬というもの=犬カテゴリー」であることをちゃんと理解しているのだ。
「にゃんにゃん(猫)」「モーモー(牛)」も同様である。
大人になるにつれ、その頭の中に記憶されるカテゴリーの数は爆発的に増えていく。
一説によれば、その数は数千から数万カテゴリーに及ぶそうだ。
そして、自分に差し迫ってくる事象にカテゴリーを次々にあてはめ、「これはこれ、あれはあれ」というふうに効率的に認識や対処ができるようになる。
そのプロセスはほぼ自動的で、カテゴリーの記憶がせわしく介在していることを本人が自覚することはない。
また、一般にカテゴリーというと、動植物や天体などの自然物や道具や機械などの人工物といった「物理的な対象」が連想されるだろう。
日常生活で「カテゴリー」という言葉を使うのは主にそれらをいいあらわすときだ。
しかし、カテゴリー化されるのはそれだけではない。
行動や感情、価値観といった抽象的な概念もカテゴリー化の対象となる。
上下や遠近などの空間的概念や過去・現在・未来などの時間的概念もどこかに仕切りを設けてカテゴリー化している。
そして、目の前にないものでも、考えたり、人に伝えたりするのにフル活用する。
ではブランドのポジショニングとこのカテゴリー化がどんな関係にあるのか?
実はポジショニングとは、ある特定のカテゴリーにブランドをくくりつけることにほかならない。
そのカテゴリーを基盤にして「何たるブランドか」を直感的にとらえ、他のブランドとは違うのだと理解する。
典型的なのはブランドとセットとなる製品カテゴリーだろう。
ただし、よりブランドを差別化しようと思えば、用途、シーン、人などをあらわすカテゴリーと結びつくのが有用となる。
一方で個々の商品やサービスのブランドではなく、それらを傘下に従える上位の企業ブランドであれば、より抽象度の高い価値観や感情、文化的習慣などのカテゴリーに白羽の矢を立てることになるだろう。
企業スローガン9選
ではここからは、ポジショニングに成功していると思われる企業スローガンを例に挙げ、どんなカテゴリーとブランドが結びついているのかを見ていこう。
1.ニトリ 「お、ねだん以上。」
「お、ねだん以上。ニトリ♪」。
軽やかなジングルとともにおそらく多くの人の記憶に刻まれている企業スローガンの1つだろう。
「お値段」とも聞こえるが、その「お」は実際は「おっ、」という感動詞。
辞書には軽い驚きを表す言葉だとある。
ニトリの利用者が額面の値段以上に価値のある商品にでくわし、思わず「おっ!」と声を上げるシーンが目に浮かびそうだ。
このスローガンによってニトリは日常の頻出語である「値段」「以上」という言葉(カテゴリー)を味方につけ、コストパフォーマンスの高さが真っ先に連想させるブランドになった。
企業スローガンといえば、企業のビジョンやミッションなどを言い当てることが多く、とかく抽象的になりがちだ。
しかし、ニトリのそれは消費者の購入重視点に直結しており、価格軸でポジショニングに成功している稀有なスローガンだといえるだろう。
そしてもう1つ、やや専門的になるが、「以上」という言葉には「身体性認知」が伴う。
「身体性認知」とは単に理屈の世界ではなく、五感情報や運動経験などの身体感覚を伴ってものごとを認識することをいう。
たとえば「レモン」という言葉を耳にしただけでも(目の前にレモンがなくても)、酸っぱい味や思わず顔をしかめたくなるような感覚が呼び覚まされる。
それが「身体性認知」の残像効果ともいえる現象だ(身体を持たず、世界と物理的な相互作用をしない生成AIにはこれがないらしい)。
人が「お、ねだん以上。」の「上」という言葉を耳にしたときもしかりである。
高い位置に向けて目線を上に動かしたり、体が少し伸びるような感覚が無意識のうちに呼び覚まされる。
その身体感覚が脳内で多くの神経回路の活性化を引き起こし、その経験がニトリの広告などを通して知らず知らずのうちに積み重なっていく。
それゆえ「お、ねだん以上。ニトリ」の記憶は別格となる。
「身を持って」という言い方をするが、まさに身体が覚え込んでしまうのだ。
そして、ニトリは今やコスパのよいブランドの代名詞的な存在となっている。
■似た路線の企業スローガン
- 新製品が安いケーズデンキ/ケーズホールディングス
ニトリと似た路線の企業スローガンを掲げるのが家電量販店のケーズデンキだ。
アニメキャラクターの声による軽快なサウンドロゴとも相まって、ニトリの「お、ねだん以上。」と並び立つほどよく知られた企業スローガンだろう。
「新製品」と「安い」を押さえ、ニトリと同様に価格軸でポジショニングに成功している。
この「安い」も「低価格」といったりするように「高低」という空間の位置を指し示す言葉でやはり身体性認知が絡む。
覚えやすさの点で分がいいのだ。
ちなみに同じ家電量販店の「コジマ」もかつて「安値世界一への挑戦 コジマ」をスローガンに一世を風靡している。
2.水と生きる SUNTORY
サントリーの公式サイトでは「水は人々の生命や生活を支える上で貴重な資源であり、サントリーグループの企業活動の源泉」とある。
そのかけがえのない「水」とブランドの結びつきを強めたのが「水と生きる SUNTORY」のスローガンだ。
サントリーは企業理念に「人と自然と響きあう」の考え方を掲げている。
それを「水」という物性的な要素に落とし込み、より実感が伴うものに変換させたのだろう。
「サステナビリティへの取り組みも熱心そう」との企業イメージを強める一方で、「サントリー天然水」をはじめ、ビールやウィスキーなどの蒸留酒といったサントリーの個々のブランドへも水へのこだわりが引き継がれていく。
何より「水」は古代ギリシャから火や空気、土と並んで万物の根源とされる元素の1つ。
その「水」との連想を強めたことで、サントリーのブランドは時代を問わない普遍性を帯び、壮大なスケール感すら漂うようになった。
■似た路線の企業スローガン
- 木と生きる幸福。/住友林業
- 植物のチカラ/日清オイリオグループ
- 空気で答えを出す会社/ダイキン工業
- サカナクロス(魚と、その先へ)/マルハニチロ
サントリーと同様、スローガンには「木」「植物」「空気」「魚」といった基礎的な言葉(カテゴリー)が含まれる。
日常的な言葉と一体化することで広範なブランド連想も呼び込めるのだ。
ブランドが一回りも二回りも大きくなったような印象にもつながるだろう。
3.窓を考える会社/YKK AP
アルミサッシの製造・販売を主業としていたYKK APが「窓メーカー」へと転身に挑む。
そのことを宣言するスローガンだ。
YKK APの公式サイトには「窓は家の外観を大きく左右し、光や風を取り込み、断熱・防音・防災・防犯に大きく関わる場所」とある。
「窓」を考えることは「住まいや暮らしを考える」ことにつながるのだという。
その「窓」への並々ならぬこだわりをスローガンで言い当てているのだ。
もはや単に「サッシの会社」ではないことは多くの人に伝わっているだろう。
一般の人々にとっても、ほこ先がサッシから「窓」へと横すべりするのもちょっとした発見感があり、面白みもある。
同時にYKK APが何にフォーカスしたいのかがストレートに伝わるため、ブランドのポジショニングにも一役買っているのだ。
こうした事業ドメインを指し示すタイプのスローガンはほかにもある。
いくつか例を挙げよう。
■似た路線の企業スローガン
- トマトの会社から、野菜の会社に/カゴメ
- 肌を治すチカラ/池田模範堂(MUHI)
- 100年mouth 100年health 口は、生きるの1丁目。/サンスター
- 素材には、社会を変える力がある。/東レ
- Healthy Habits for Happiness/タニタ(Healthy Habitsは健康習慣の意)
「なるほど、そこなのか!」といった意表を突く形で企業がコミット(関与/約束)するドメインが示されるため、ブランドのポジショニングにも利することにもなる。
企業スローガンを消費者が認知していることが前提となるが、各企業の個々の商品ブランドを購入する・しないを決める手がかりにはなるはずだ。
4.安心と愉しさ/SUBARU
顧客に提供する価値を企業スローガンでストレートに言い当てる例は数多い。
SUBARUの「安心と愉しさ」はその典型だろう。
SUBARUといえばかつて「走り屋のクルマ」として「愉しさ」には一定の定評があった。
しかし、今やそのSUBARU の旗印は「安全性能」に移っており、同社の運転支援システム「アイサイト」は(車名ではなく)技術名で指名買いされるまでになっている。
SUBARUの前身は飛行機メーカーで安全基準がもともと高く設定されており、安全を最優先に考える企業文化がそこにはあった。
そのことが高度な安全技術の開発を後押ししたようだ。
同社の公式サイトには「クルマは命を預かるものだからこそ、まず、安全でなければならない。」との記述があり、これからも安全性能をひたすら磨き続けていくという。
安全性が担保されてこその「愉しさ」の追求ということなのだろう。
■似た路線の企業スローガン
- 全国の即戦力見つかる/ビズリーチ
- よく眠り、よく生きる。/西川
- あっという間にすぐに沸く、ティファール/グループセブジャパン
- たんぱく質を、もっと自由に。/日本ハム
- 正直に わかりやすく、安くて、便利に。/ライフネット生命保険
いずれも提供価値をストレートに伝えている。
転職サイトの「ビズリーチ」は企業が求めるスキルや経験を既に積んだ「即戦力」に、寝具大手の「西川」は上質な「寝具」ではなく上質な「睡眠」にそれぞれ焦点を当てている。
そのことが競合他社との差別化にも役立っているといえるだろう。
一方で、この提供価値を前面に打ち出すタイプの企業スローガンは必ずしもブランドのポジショニングだけを狙っているわけではないようだ。
たとえば「食」にまつわる企業はスローガンで盛んに「おいしさ」を表す言葉を使う。
以下のような例だ。
- おいしさと健康/江崎グリコ
- おいしく たのしく すこやかに/森永製菓
- おいしい瞬間を届けたい/ニチレイ
- おいしい記憶をつくりたい。/キッコーマン
- こころ、はずむ、おいしさ。/エバラ食品工業
言い回しはちょっとずつ違うし、「健康」や「すこやかさ」などが加わったスローガンもある。
しかしこうして並べてしまうとどうしても大同小異に聞こえ、ブランド間の差別化の手助けになっているとは言い難い。
企業スローガンは基本価値の追求を(従業員も含めた)ステークホルダーたちに宣言するツールにもなり得る。
ブランドの差別化やポジショニングだけが企業スローガンが担うべき役割ではないのだ。
5.ひとりの商人、無数の使命/伊藤忠商事
伊藤忠商事が「人こそ資産」「個の力が見えている商社」を信条とすることから生まれた企業スローガンだという。
社員一人ひとりが主体的に考え、それこそ数限りない分野で商いを営む。
「総合商社」たるゆえんだ。
その先に広がる豊かさこそが本当の利益だと同社は考えている。
やや高尚な言い回しであるが、伊藤忠商事の凛とした企業姿勢が感じられ、「個の力」「使命感の強さ」などは伝わってくるだろう。
企業の経営指針のフレームワークとして「MVV」がある。
ミッション(Mission)・ビジョン(Vision)・バリュー(Value)の頭文字から来る。
その「MVV」の頭出し(アクセシング・キュー/Accessing Cues)となるような企業スローガンも少なくないのだ。
「ひとりの商人、無数の使命」はその典型といえるだろう。
■似た路線の企業スローガン
- 味ひとすじ/永谷園
- One MIZUHO 未来へ。お客さまとともに/みずほフィナンシャルグループ
- 正直品質/ファンケル
- Be Original./シャープ
- be Unique./コクヨ
- アイ ラブ アイデア/アイリスオーヤマ
- NEVER SAY NEVER/ロート製薬
- 声のする方に、進化する。/ワークマン
いずれもどんな企業姿勢、どんな行動指針で顧客と向き合うかを端的に伝えている。
「One MIZUHO」は銀行と信託、証券を融合させた高度なサービス提供力を意味していたが、2023年から新たなスローガン「ともに挑む。ともに実る。」に変更になっている。
6.ココロも満タンに コスモ石油
「コスモに関わるすべての人のココロまで満たしたい。」という想いを込めたコスモ石油の企業スローガン。
同社の公式サイトには「エネルギーの安定供給を基盤に、エネルギーを通してお客様が心豊かに、毎日の生活を送れること」を目指してコスモ石油は企業活動を続けているとある。
そのことを「ココロ」と「満タン」という言葉で印象深く伝えているのだ。
ガソリンが容量の限度まで入っていることを意味する「満タン」を比喩的に使っているのも効いている。
やさしく響くジングルとともにこの企業スローガンが浸透したことで、コスモ石油が同業他社とは一線を画すブランドとなった。
人間味あふれる企業とのイメージが自然に醸成されたのだ。
昔から現実は「物質」と「精神(心)」に分かれるという「物心二元論」の考え方が哲学の世界にはあった。
しかし、そんな哲学論を持ち出さずとも、人は日常的に「物質」と「精神」を自然に分けて考えている。
これは二分法と呼ばれる思考パターンの典型だ。
ほかにも「伝統・革新」「理想・現実」「理論・実践」など、人は単純な二分法で考えるほうが世界がわかりやすくなるため、ついそうしてしまうらしい。
コスモ石油がひとたび「精神(心)」という言葉(カテゴリー)を占有すると、他の石油関連企業は相対的に物性的なイメージに寄って見えてしまう。
そのためコスモ石油は頭の中で突出するようになる。
二分法という普遍的な人の思考パターンも巻き込み、「ココロ」という言葉はそんな効果も引き出しているのだ。
■似た路線の企業スローガン
- あなたと、コンビに、ファミリーマート
- お口の恋人/ロッテ
- ヒューマン・ヘルスケア/エーザイ
- いつでも、ふぅ。AGF/味の素AGF
- マチのほっとステーション/ローソン
- At your side/ブラザー工業
いずれも企業ブランドのやさしさや親しみやすさを伝える企業スローガンといえる。
どこかぬくもりがあって自分と同じ目線で接してくれそうなイメージだ。
提供価値や事業ドメインからはかなり遠く、購買行動を後押しする力には濃淡があるだろう。
それでも情緒的な価値において競合他社と一線を画す印象を与え、ブランドの差別化やポジショニングには成功しているといえる。
7.あそびましょ。AKAGI/赤城乳業
企業スローガンが企業の個性や人となりを表現することは少なからずある。
「ガリガリ君」で知られる赤城乳業の「あそびましょ。AKAGI」もその1つだろう。
ブランドから遊び心が感じられ、ちょっと心が弾むような気分になる。
うすうすとは感じていたものの、言語化には至っていなかった企業人格のようなもの。
ブランドパーソナリティといいかえてもよい。
それを企業スローガンがピタリと言い当てる。
「なるほど、たしかにそうだ!」と納得させられ、印象も強くなる。
輪郭が急に鮮明になったような感覚に襲われるのだ。
■似た路線の企業スローガン
- 旅は魔法/星野リゾート
- だんぜん!ダイソー/大創産業(ダイソー)
- 空気をかえよう/エステー
- わんぱくでもいい。たくましく育ってほしい。/丸大食品
- きっと見つかる、みんなワクワク。/しまむら
いずれも企業の人となりを巧みに伝える企業スローガンといえる。
ただし、このタイプのスローガンが機能するには、企業の商品展開や広告/PR活動を通して企業活動が一定程度知られていることが前提となる。
新興企業がいきなり「あそびましょ。」「だんぜん!〇〇」と言ったとしても心に響くことはないだろう。
8.Be a driver./マツダ
一見シンプルなようでけっこう奥深いのがこのマツダの「Be a driver.」だ。
広告のコピーとしても盛んに使われていて、刺さった人もかなりいたようだ。
ネット上には共感の声が散見されている。
この「driver」には2つの意味がある。1つは言わずもでクルマを運転するドライバーのこと。
もう1つが己(おのれ)を衝き動かすドライバーの意味だ。
そして、その「Be a driver.」のメッセージはマツダ自身とマツダのクルマを乗る人たちの双方に向けられている。
すなわち、マツダという企業に対してはクルマをもっと面白くする、高い次元へとドライブをかける張本人になれと発破をかける。
その一方で、マツダのクルマに乗る人たちにも自分の価値観や美意識に従い、自分の人生を自ら操縦するドライバーになって欲しいとの思いも込めているのだ。
企業思想の表明であると同時に、人々を鼓舞し、人々の背中を押しもする。
そんなたてつけの企業スローガンだったのである。
ブランド論では顧客に提供する便益を「機能的便益」「情緒的便益」「自己表現的便益」に区分けすることがある。
「Be a driver.」はさしずめ「自己表現的便益」を言い当てているといえるだろう。
このマツダのスローガンに限らず、企業スローガンでは誰に向けられているのかをあえてあいまいにしているこも多い。
主語をぼかすことでかえって共感を誘うという一種の表現手法なのだ。
川端康成の名作「雪国」の有名な書き出し「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。」 という一文はその典型だろう。
主語が不在の文のため、読者は一瞬にして物語の主人公と同じ目線に立たされ、旅情あふれる世界へ一気にひきこまれることになる。
あいまいさを補正しようと、思わず想像力を働かせてしまうのだ。主語があいまいなことが許容される日本語には多い表現手法だろう。
この「Be a driver.」以外にも、数は少ないながら「自己表現的便益」まで踏み込んだ企業スローガンはいくつかある。
その例を以下に示そう。
■似た路線の企業スローガン
- 地図に残る仕事。/大成建設
- あなたの誇りを建てる。/パナソニックホームズ
- 子どもたちに誇れるしごとを。/清水建設
- 誰かの、いちばん星であれ/サッポロビール
サッポロビールの「誰かの、いちばん星であれ」は、同社が不特定多数ではなく特定の誰かの「いちばん」のお酒を「いちばん」につくるといった決意表明といったところらしい。
サッポロビールが掲げる金色の星のロゴマークは開拓使たちが道標にしたという「北極星」を表している。
その開拓使の精神で市場を切り開くことを誓うスローガンといっていい。
しかしそれは同時に、マツダの「Be a driver.」がそうであるように、サッポロビールの商品を味わう人たちの開拓精神に火を灯す言葉でもあるだろう。
自分にだって目指そうとする「いちばん星」はある。
そう気づかされ、人はサッポロビールに思わずシンクロしてしまう。
そんな共鳴を生むきっかけになる企業スローガンといえる。
9.LifeWear(究極の普段着)/ユニクロ
ユニクロの「LifeWear」は「究極の普段着」の意味があり、「あらゆる人の生活を、より豊かにするための服」と定義されている。
ここでいう「あらゆる人」とは人種、階層、年齢、性別、宗教、障がいの有無を問わないことを指す。
しかも、シンプルなデザインで上質な素材を使い、着心地の良さや耐久性など、人の生活に本当に必要な機能だけを備えている。
ユニクロがブランドステーメントで「made for all」とうたうゆえんだろう。
ひとたびそんな意味があったと知ると、ユニクロの服は単なる物理的な「服」を超える。
ぶれることのない企業姿勢と積み重ねてきた企業努力に思いを馳せてしまうのだ。
VUCA(Volatility/変動性、Uncertainty/不確実性、Complexity/複雑性、Ambiguity/曖昧性)といわれる時代、人は普遍的で安定的のものが無性に恋しくなるのも事実だろう。
そんな心の奥底を埋めてくれるのがユニクロであり、「LifeWear/究極の普段着」のスローガンが同ブランドをそんな存在へ押し上げている。
普遍的な価値に訴え、原点や本質への回帰を促し、人々の心にグッとくるものを感じさせるのに成功している。
コピーワークとしても難易度が高く、洗練されたレトリック(言語表現の技)が求められる。
何より、いつの時代も人が変わらず求めるものを言い当てなければならない。
「LifeWear」以外の例をいくつか示そう。
■似た路線の企業スローガン
- やがて、命に変わるもの/ミツカン
- はたらいて、笑おう。/パーソルホールディングス
- まだ、ここにない、出会い。/リクルート
ミツカンの「やがて、命に変わるもの」には、同社が食品は人のいのちの源であると考えて、「安全・安心で健康でおいしいものを届ける」ことを使命とすることを伝えている。
パーソルホールディングスの「はたらいて、笑おう。」も「はたらくこと」の本質的な意味を問いかける。
「はたらくことは生きることであり、1人ひとり違うもの」である。
そのことを最大限に尊重し、「誰もがはたらいて、笑える社会」を実現したい。
パーソルホールディングスはそんな願いをこのスローガンに込めたのだ。
そこには「はたらいて笑えない人」がいつの時代にもいたことも同時に暗示されている。
リクルートもまた、「まだ、ここにない、出会い。」のスローガンを通して、自分たちのなりわいの本質を言い表している。
同社は人々に楽しい時間や仕事、新たな暮らし、人生にまつわるチャンスなどを日々提供している。
そのために様々なしくみや仕掛けもつくってきた。
それはひとえに「まだ見ぬ可能性に出会う機会」を創出するためだったのだ。
シンプルで平易な言い回しではあるが、人々の根源にかかわることを端的に突いたスローガンといえるだろう。
企業スローガンの要諦とは?
今回の記事ではポジショニングに成功している企業スローガンを取り上げ、考察を加えてきた。
購買重視点に直結していたり、企業の理念や価値観、あるいは注力領域を言い当てていたりとその役割は様々だ。
しかし、1ついえるのは企業の創業時から続く企業スローガンはないということ。
その歩みに紆余曲折を重ねながら、企業としての方向性を見いだし、それを言語化することで今の形に行き着いたのだろう。
企業スローガンがそれ単体として効果を発揮することはない。
企業のふるまいが前提にあり、その姿と共鳴するからこそスローガンに息が吹き込まれる。
では一体、企業のふるまいのどんな局面に光を当てるのか?
企業スローガンを制定することの要諦はやはりそこなのだろう。