身元のわかる犠牲者(被害者)効果:ひとりの死は悲劇、百万人の死は統計

身元のわかる犠牲者(被害者)効果 
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「身元のわかる犠牲者効果」とは犠牲者が特定が可能な個人である場合に、そうでない場合と比べて、はるかに強い反応を人々が見せる傾向にあることをいう。

世界では毎日6,700人もの新生児が適切な治療を受けられず、救えるはずの命を落としていると聞いてもさほど気にならないかもしれない。

しかし、ひとりの赤ちゃんが未熟児で生まれ、死に直面しているとようすを目の当たりにすれば、ひどく感情を揺さぶられるだろう。

それを端的に言い当てているのが「ひとりの死は悲劇であり、百万人の死は統計である」という言葉だ。

「犠牲者効果」というと文脈が限られる印象だが、決してマーケティングと無関係ではない。

個人が特定できるリアルユーザーと置きかえると、同効果は消費者から購買行動を引き出すのに絶大な影響力を持っているのだ。

目次

身元のわかる犠牲者効果とは?

今回の記事では「身元のわかる犠牲者効果」を取り上げる。

ほかに「身元のわかる被害者効果」「顔のある犠牲者効果」という言い方もある。

いずれの名称も刑事ドラマにでも出てきそうでおどろおどろしいが、実は誰もが経験するごく身近なことといっていい。

その定義はWIREDの2010年9月17日付の記事によれば「犠牲者なり被害者が、特定が可能な個人である場合に、そうでない場合と比べて、はるかに強い反応を人々が見せる傾向にあること」とある。

子ども被害者

たとえば、以下のようなことだと記事には書かれている。

ひとりの子供が井戸に落ちたら心配で目を離せないが、清浄な水が無いことで毎年何百万人もの人が死ぬことには関心を持たない。

雑誌の表紙に載ったひとりの戦争孤児には何千ドルもの寄付が行くが、ルワンダやダルフールで大虐殺が起こっていても無視される。

ひとりの死は悲劇、百万人の死は統計

実際にメディアを賑わせた事例を挙げてみよう。

代表的な例の一つが2010年に起きたチリ銅鉱山の落盤事故だ。

作業員33人が地下深くに約70日閉じ込められたが、無事救出され、「軌跡の生還」と世界中から注目を浴びた。

一大センセーションを巻き起こしたといっていい。

その後映画化もされている。

一方で同じ時期に起きたパキスタンの大規模な洪水への世界の関心はそれほど高まらなかった。

死者は約1600人以上、被災者は1400万人に上ったにもかかわらずだ(日本経済新聞 2010.8.16)

その理由として、一説には報道が災害の規模の大きさばかりを伝えており、個人レベルの悲劇にスポットが当たることがなかったためだという(WIRED 2010. 9.17)

さらに「身元のわかる犠牲者効果」によって世界に衝撃を与えたのが、シリア紛争から逃れてきた3歳の男の子が、避難の途中で命を落とし、トルコの海岸に打ち上げられたという悲劇的な姿だろう(日本経済新聞 2018.1.4)。

このニュースを報じた「ナショナル ジオグラフィック」(2015. 9.8)の記事には以下のようなコメントがある。

実感しにくいニュースがくどくどと報じられている遠い国の問題に、突如として関心が生まれる。

写真が世界の人の目に触れれば、心を動かされる人数も桁違いになる。

心を揺さぶられた人々は写真について語り合う。

心の変化は考え方を変え、さらには政策、そして歴史を変えることもある。

単なる統計データ、数字の羅列が人々の感情に強く訴えることはない。

その一方で顔の見える、特定の人物を襲った惨劇や悲劇となれば人々は感情移入せずにはいられなくなるのだ。

このことを端的に言い当てている、旧ソ連の指導者スターリン、あるいは元ナチス親衛隊幹部のアドルフ・アイヒマンが残したとされる言葉がある。

ひとりの死は悲劇であり、百万人の死は統計である

(A single death is a tragedy; a million deaths is a statistic.)

実験:寄付行動にも如実に影響

ここで1つ、「身元のわかる犠牲者効果」を心理学の実験で裏付けた例を「イェール大学集中講義『思考の穴』」から引いておこう。

実験参加者はアンケートに答え、その謝礼として5ドル受け取ることができる。

ただし、その5ドルが入った封筒には国際援助団体「セーブ・ザ・チルドレン」から寄付を募る手紙が同封されている。

そこにはアフリカ南部で起きている食料危機について書かれており、参加者たちはその手紙をじっくり読むように指示される。

実は参加者たちは2つのグループに分けられていて、読む内容もグループによって異なる。

1つは「セーブ・ザ・チルドレン」のウェブサイトに掲載されていた統計を含む事実情報で、「マラウイで食料が不足し、300万人以上の子どもが苦しんでいる。

アンゴラでは400万人(全人口の3分の1)が家を捨てて非難せざるを得ない状況に追い込まれている。」というもの。

この手紙を読んだ参加者たちは平均で1.17ドル寄付をした。

もう1つのグループは統計データを一切与えなかった。

こちらの手紙にはマリ(マリ共和国)に暮らす7歳のロキアという少女の写真とともに、飢餓のせいで彼女が直面している窮状が描かれていた。

マリに暮らす7歳のロキアという少女

こちらのグループの寄付額の平均は2.83ドル先のグループの2倍以上に跳ね上がったのだ。

何百万人にも及ぶ情報よりも、ロキアという少女のリアルな情報がより参加者たちの心を動かしたのだ。

すなわち、アフリカ南部の食料危機に対する寄付額が倍増するという形で「身元のわかる犠牲者効果」が如実に表れたのである。

大数の法則が無視される

「イェール大学集中講義『思考の穴』」によれば、統計データから何らかの推論をするときは「大数(たいすう)の法則」というのが鉄則という。

とてもシンプルな法則で、データは多いほど確度の高い推論ができるというもの。

未来を予測する精度も高まる。

ところがこの「大数の法則」は、一個人のリアルな情報が立ちはだかると簡単に無視されてしまうらしい。

ロキアという7歳の少女のエピソードが何百万という統計データよりも人々を動かしたのがその証左だ。

こうしたこともあって、「セーブ・ザ・チルドレン」をはじめとする多くの援助団体のウェブサイトには、人々から支援を募るために、統計データに加えて、かわいい子どもの写真を添えたリアルなストーリーが掲載されるのだ。

一方で同書は「身元のわかる犠牲者効果」は時には判断を歪めることになると警鐘を鳴らす。

たとえば、スタートアップの大多数は失敗に終わっており、失敗する確率は(情報ソースによってぶれがあるものの)だいたい70%~90%になる。

スタートアップ

しかし、メディアが華々しく報じるのはユニコーン(時価総額10億ドル=約1500億円を超える未上場企業)企業の成功譚(たん)ばかりであって、この場合は「身元のわかる成功者」となるが、その魅惑的なストーリーに多くの起業を志す人たちが衝き動かされてしまう。

また、ワクチン接種に影響を与えることもある。

「3人の子を持つ母親がJ&J(ジョンソン・エンド・ジョンソン)のコロナ用ワクチンを接種したのちに血栓ができて死亡した」というニュースを耳にすると無視せずにはいられない。

J&Jのワクチンを接種した680万人中、致命的な血栓ができたのは6人だけという統計データにも意を介さなくなるのだ。

実験:大学の講義評価への影響

ここで「イェール大学集中講義『思考の穴』」からもう1つ大学生を対象とした実験結果に触れておこう。

いかに大数の法則が無視されやすいかがわかる結果になっている。

たいていの大学では学生たちに講義を多面的に評価してもらうしくみがある。

大学講義

その講義評価を再現する形で実験が行われた。

ひとつのグループには、さまざまな講義について、過去に受講した先輩学生たちによる平均的な評価情報が与えられる。

たとえば、ある講義は、その平均評価が登録学生119人中112人の回答によれば「秀、優、良、可」のうち「良」といった具合だ。

そしてもう一方のグループは、講義を受けたひと握りの学生が感想を述べている動画を視聴する。

以下は「学習と記憶」という講義を想定した感想の例だ。

私は学習と記憶の講義を受講しました。

評価を良です。

学習と記憶に関することはだいたい網羅されていますが、一般的な内容が多く、期待するほど深い知識は得られないかもしれません。

正直、つまらないと思うときもありましたが、学んでよかったと思えることが多かったです

その後、平均評価情報のみを与えられたグループの学生と動画で実際の感想を聞いたグループの学生に、来年以降に受講したい講義を選ばせる。

すると、講義の選択に影響を及ぼしていたのは、明らかに個々人の感想を述べた動画のほうだったという。

大数の法則は無視され、やはり顔の見える個人の感想が説得力を持ったのだ。

身元のわかる犠牲者に影響されるワケ

なぜ、私たちは統計データよりも、身元のわかる個人の情報に影響されてしまうのか?

「イェール大学集中講義『思考の穴』」には以下のような説明を挙げている。

人は抽象的な概念ではなく、自分自身で体験したことや知覚したことを通じて思考を組み立てていくところがある。

つまり、人の思考は基本的に、自らの視覚、触覚、嗅覚、味覚、聴覚で感じとれるものに基づいて行われるということだ。

五感

具体的・個別的であり、姿や形がはっきりと知覚し得る対象に思考が引っ張られてしまうということなのだろう。

真に迫って来て、不思議なほど信ぴょう性が感じられるのだ。

マーケティングへの適用

この「身元のわかる犠牲者効果」はマーケティングの世界ではここかしこで発揮されている。

実際に不遇にあえぐ犠牲者や被害者でなくとも、顔の見える、個人が特定化できるユーザーや発信者となると、その効果はもはや規定路線といっていい。

ユーチューバーやインフルエンサーが耳目を集めるSNS時代の今なら、なおのことそうだろう。

UGC(User Generated Contents=ユーザー生成コンテンツ)が「身元のわかるユーザー効果」を伴って商品やサービス人気の火付け役となるのは日常茶飯なのだ。

「TikTok売れ」(TikTokの投稿動画をきっかけに爆発的にモノが売れる現象)なる言葉もあるほどである。

ではここから、「身元のわかる犠牲者効果」が発揮された事例をいくつか挙げてみよう。

まずは「イェール大学集中講義『思考の穴』」に書かれていた米国疾病対策予防センター(CDC)が実施した禁煙キャンペーンに触れておこう。

その名も「Tips from Former Smokers(元喫煙者からの助言)」

キャンペーンでは元喫煙者たちの声が次々に紹介される。

ある人は電気式人工咽頭を通じて、咽頭がんを患った末に咽頭を全摘出したと話す。

また、心臓血管手術で胸にできたまだらな痣(あざ)を見せた男性や、口腔がんのせいで半分除去された下顎を見せた女性も登場する。

このキャンペーンによって、禁煙を試みる人の割合が12%まで増えたという。

タバコのパッケージには同様のリアルな画像添付

同キャンペーンを契機に、タバコのパッケージには同様のリアルな画像添付がFDA(アメリカ食品医薬品局/Food and Drug Administration)によって義務化されることになる。

次は日本ユニセフ協会の「つなぐよ子に」のキャンペーンだ。

「ユニセフ・マンスリーサポート・プログラム」の一環で展開されているテレビCMシリーズで、世界の子どもたちの現状を伝え支援を募るというのがその趣旨だ(日本ユニセフ協会公式サイト「CMギャラリー」)

CMの映像を見る限り、明らかに「身元のわかる犠牲者効果」をねらっているのがわかる。

以下は「新生児~ブレッシング編」というテレビCMの一例である。

この赤ちゃん、ブレッシングは予定よりだいぶ早く、未熟児で生まれてきました。

母親は娘が命を繋ぐことができないかと、必死に祈っています。

毎日6,700人もの新生児が適切な治療を受けられず、救えるはずの命を落としています。

生まれたばかりの命を諦めない為に、あなたのご支援が必要です。

身元のわかるユーザー効果

ここからは「犠牲者」のところを「リアルユーザー」として、同様の効果を上げた例を挙げてみよう。

まずは名古屋屈指の人気スイーツ、ひよこ型プリンの「ぴよりん」だ。

2011年から名古屋駅構内で販売されており、名古屋コーチンの卵を使ったプリンでなめらかな口当たりが特徴という。

その「ぴよりん」の関連商品の「ぴよりんアイス」を将棋棋士の藤井聡太八冠がかつて対局中に食べたことから人気に火がついた。

売れ行きが好調のため、販売元のジェイアール東海フードサービスは新たな生産拠点を設けて生産数を倍増させる計画でいるという。

この「身元のわかるユーザー効果」でイメージが刷新され、ちょっとしたブームにまでなったのがレモンサワーだ。

きっかけは人気グループEXILE(エグザイル)が好んで飲むとテレビで発言したことがある。

レモンサワーにまつわるメンバーたちの伝説級の逸話が強烈なインパクトを放ったのだ。

同グループが監修する宝酒造「レモンサワースクワッド」もがローソンの限定販売ながら大ヒットとなった。

ほかにも有楽製菓のチョコレート菓子「ブラックサンダー」がある。

体操界のレジェンド、内村航平選手がブラックサンダー好きを公言したことで人気に火がつく。

北陸製菓の揚げあられ「ビーバー」は米プロバスケットボールの八村塁選手が火付け役という。

もともと北陸地方のソウルフードとして親しまれていた米菓だが、富山市出身の八村選手が地元北陸の菓子としてチームメートに紹介したことで一躍話題になった。

売り上げが4年間で7倍にも増えたという。

もちろん、「身元のわかるユーザー効果」は著名人だけの専売特許ではない。

特定の一般人によるSNSの投稿をきっかけに商品の売れ行きが一変した例もある。

たとえば、ネスレの粉末麦芽飲料「ミロ」一通のツイートをきっかけに購買数が急増したという。

体内の鉄分が平均の7分の1しかないと知った投稿者が「ミロを飲んだことで平均値になった」とつぶやいたのだ。

宣伝臭のみじんもないリアルな投稿が貧血の悩みを持つ人たちの間で話題となる。

やがてミロを飲んで貧血対策をする「ミロ活」という言葉まで広く流布されたという(日経クロストレンド 2021.12.15)

また、200万部超のロングセラーとなった「思考の整理学」(筑摩書房)に代表されるように、熱心な書店員の手書きのPOP(店頭販促広告)から人気に火が付いた書籍の例もある。

UGCマーケティング

「著名人が愛用していた」「一般ユーザーが熱心につぶやいてくれた」といった偶然がもたらす幸運をただ待つだけではない。

マーケターが積極的に仕掛けた例もある。

その好例が作業服チェーンの「ワークマン」だろう。

本ブログの以下の記事でも触れたが、「ワークマン」は巧みなアンバサダー・マーケティングで知られる。

「キャンプブロガー」「漁師」「農業女子」など専門領域に通じたハイアマチュア級の人たちを公式アンバサダーとして認定し、SNS上でのUGC(User Generated Contents)の投稿を促しているのだ。

ただし、ワークマンからアンバサダーたちに報酬が支払われることはない。

根っからのワークマンのファンであり、共感するワークマンの商品を広くしらしめたいとの思いからそうしているという。

アンバサダーたちにメリットがあるとすれば、自らが運営するソーシャルメディアやコンテンツにアクセスが増えることぐらいらしい。

発信情報にリアリティが伴うからこそ、「身元のわかるリアルユーザー効果」が発揮されているのだ。

「ワークマン」に限らず、こうしたUGCは、宣伝臭を嫌う消費者が増えたことを背景に、積極的にマーケティングに活用されている。

また、商品やサービスにふさわしいUGCを見つけ出し、投稿者から利用許諾を得た上で掲出やその効果測定までを担うUGC支援サービスを手掛ける企業も登場している。

いかにマーケティングに生かすか?

今回の記事では「身元のわかる犠牲者効果」を取り上げた。

冒頭で触れた「ひとりの死は悲劇であり、百万人の死は統計である」の言葉通り、おおぜいの集団の悲劇は見過ごされても、たったひとりのリアルなストーリーに人は強く反応するのだ。

時には、社会にたまったマグマが一気に噴き出る契機にもなり得る。

チュニジアの青年の焼身自殺がきっかけとなった民主化要求運動「アラブの春」や、白人警官が黒人男性を暴行死させた事件で広まった「ブラック・ライブズ・マター(BLM=黒人の命は大切だ)」運動がその例だろう。

ブラック・ライブズ・マター(BLM=黒人の命は大切だ)

しかし、「身元のわかる犠牲者効果」はいくら影響力が絶大でも、きっかけをつくるだけである。

流行や人気商品を生むのにマーケターが最も思案すべきは、社会に胎動するマグマをいかに堀り当てるかとなるのは言うまでもないだろう。

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