謎の金属鉛筆「メタシル」 なぜ、口コミが気になるのか?

メタシル
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サンスター文具が発売した芯まで金属の鉛筆「メタシル」が人気を呼んでいる。

1本990円と高額の鉛筆にも関わらず、発売前に想定の3倍以上の予約注文が入ったという。

「削らず16kmも書き続けられる」という、もはや半永久鉛筆とさえいえる触れ込みだが、その実用価値以上に、消費者心理をくすぐるツボをしっかり押さえた商品だったのだ。

目次

芯まで金属の鉛筆、想定の3倍超える予約注文

2022年の6月、サンスター文具から新しいタイプの筆記具が発売され、人気を呼んでいる。

「芯まで金属の鉛筆、メタルペンシル」という触れこみの「メタシル(metacil)」だ。

サンスター文具が4月に「メタシル」の新発売を告知したところ、たちまちSNSで話題が沸騰し、1本990円と普通の鉛筆よりはるか高額にかかわらず、想定の3倍以上もの予約注文が入る( ITmedia ビジネス 2022.06.05)

生産が追い付かず、発売日を予定よりも遅らせざるを得ない事態にもなったという。

検索頻度を指数化したグーグルトレンでも「メタシル」の検索ワードが、発売告知を機に急増しているようすがうかがえる。

日経クロストレンドの2022年8月29日付の記事には発売後2カ月たらずで10万本のヒットとなったとある。

なぜ、「メタシル」は短期間にそこまで人気を集めたのだろう?

サンスター文具の公式サイトには「削らず、16km」と打ち出されている。

木製の鉛筆なら、書けば書くほど芯も減っていき、こまめに削る必要があるが、「メタシル」は芯が黒鉛を含んだ特殊合金で作られており、芯の摩耗が著しく少ない。

そのため、一度も削らずに16kmもの距離を書き続けることができるのだ。

もはや半永久鉛筆とさえ言っていいかもしれない。

「メタシル」は筆記時に黒鉛と合金の粒子が摩擦して、紙に付着することで筆跡となるしくみらしい。

書く紙の種類によって濃さが変わってくるが、おおむね約2H鉛筆相当の濃さになるようだ。

鉛筆を削る

いざ鉛筆を使おうとしたら、芯が丸まってしまっていて思うような字が書けず、あわてて削ったりした記憶もあるだろう。

スイッチが入ったときに、たとえわずかな時間でも中断を余儀なくされると、心が折れてしまいそうにもなる。

シャープペンシルもノックをしたり、芯を替えたりしなければならず事情はさほど変わらない。

一方、ほぼ半永久的に書ける「メタシル」なら、一本常備しておけば、そんなわずらわしさからの解放が約束されるのだ。

速書きでノートやメモをとったり、スケッチをしたりと、集中的に書き続けなければならない状況なら、「メタシル」の真価はなおのこと発揮される。

合金素材を使ってはいるが、普通の鉛筆のように一般的な消しゴムで消すこともできるのだ。

水彩画 鉛筆で下書き

さらに「メタシル」なら、せっかくきれいに書いたノートを黒鉛の粉で汚してしまう心配がない。

水や水性マーカーなどで滲まないため、水彩画やイラストの下書き用としても最適だという。

書き心地なめらか、金属特有の筆跡の薄さも解消

鉛筆のようでいて鉛筆ではない、新たな「進化系筆記具」のように思えるが、金属鉛筆(メタルペンシル)は昔からあった。

その歴史は古く、多くの芸術家を輩出したルネサンスの時代に溯(さかのぼ)る。

レオナルド・ダ・ヴィンチも細く尖らせた銀を芯に用いた筆記具をスケッチするのに使っていたという。

今でも金属鉛筆は「インクがいらないペン」などとして販売されているが、値が張るうえ、文字が極めて薄く、消しゴムで消すこともできない。実用性には乏しい。

ただし、デザイン性にも優れ、その古い歴史ゆえのロマンも感じさせることから、高額を払っても手に入れようとする人が一定数いるようだ。

実は「メタシル」は、この金属鉛筆の実用性を高められないか?という観点から商品開発がされたという。

致命的だった筆跡の薄さを特殊合金に黒鉛を配合することで解消し、くっきり黒い筆跡が残るようにした。

しかも、消しゴムでも消せる書き味も滑らかで、従来の金属鉛筆のような引っかかりは感じられないという。

難しかったのはどの程度黒鉛を合金には配合するかの調整だった。

合金に黒鉛を多く配合し過ぎると今度は芯が摩耗しやすくなり、削らずに書け続けられる距離が短くなってしまう。

一方、黒鉛が少なすぎても筆跡が薄くなってしまうのだ。

筆記距離の16kmは保ちつつ、現行の濃さに落とし込むのに、何度も配合量の調整を強いられ、試行錯誤を続けたという。

鉛筆らしからぬデザインに高評価

ここまで通常の鉛筆、そして金属鉛筆との違いを引き合いに出しながら、「メタシル」の基本スペックを説明してきた。

しかし、SNSで話題が沸騰し、短期間で10万本ものヒットとなった要因は、その優れたスペックだけではないだろう。

鉛筆のようでいて鉛筆ではない。馴染みがあるようで未知の世界を感じさせる。

その異色の立ち位置が私たちの好奇心をくすぐり、人々はその正体を確かめてみたくなったのだ

そこに「メタシル」の狙い澄ましたプロダクトデザインが加担する。

ボディはアルミだがマットな質感に仕上げており、そこそこ重さもあるため、プレミアムな雰囲気が漂う。

一般的な鉛筆が六角軸なのに対し、「メタシル」は八角軸で角度がゆるくなる分、ずっと握っていても痛くなりにくいのだという。

芯は黒のみだが、軸はネイビー、ホワイト、レッド、ブラック、ベージュ、ブルーの6色での展開だ。

「メタシル」のコンセプトは「大人でも欲しくなる鉛筆」。鉛筆をよく使う学生のみならず社会人にも受け入れられるよう高級感を醸し出すデザインにしたという。

鉛筆のようでいて鉛筆らしからぬその風采。やはり実際に手にとって触り心地を確かめたい。人々はそんな衝動にも駆り立てられるのだ。

人気の背景に「MAYA理論」と「スノッブ効果」

「メタシル」のような商品が人々の琴線に触れる理由を説明するのに、本ブログで以前にも取り上げた「MAYA理論」がある。

「MAYA理論」とは「Most Advanced Yet Acceptable」の略で、「先進性」と「馴染みやすさ」を兼ね備えたモノやコンテンツ、サービスが広く大衆の心を掴むといった法則である。

「MAYA段階」という言われ方もされるが、「MAYA」の段階を少しでも超えてしまうと急速に人々の心は離れていく。

そのぎりぎりのところ(臨界点)で踏み止まることが大事らしい。

消費者の多くは「ネオフィリア(好奇心が強く、新しいものを発見したいと思う)」であると同時に、「ネオフォビア(あまりに新しいものを怖がる)」でもある。

そのため、先進的過ぎても、せめぎ合う緊張感がとたんに失われてしまう。

新しいもの既存のものを絶妙な加減で組み合わせ、「どこか馴染みを覚える驚き」を作り出す人たちこそが、優れたヒットメーカーだと「MAYA理論」は教えてくれているのだ。

そして「メタシル」も絶妙に「MAYA段階」に収まるように落とし込まれた。

価格やスペック、デザインが従来の金属鉛筆にあと少し寄せていたとしたら、たちまちコレクションアイテムやガジェットのように扱われ、一部のマニア受けする逸品にとどまっていたであろう。

さらに、本ブログで以前に取り上げた「スノッブ効果」も「メタシル」に強い引きを生んだ要因の一つだろう。

「スノッブ効果」とは商品が市場に広く出回るようになると、購買意欲が低下してしまう心理効果をいう。

逆にいえば、出回る前の、希少性が感じられる段階であれば、商品を先取りしようと人々の購買意欲は熱を帯びる。

「メタシル」の発売前に予約注文が殺到したのも、そんな心理が働いたのであろう。

1本990円という、筆記具としては決して安価ではないが、手の届く価格設定だったことも手元に置きたいという衝動に弾みをつけた。

ちょっとした気分の高揚感、ルーティン効果の予感

そして、その衝動に拍車をかけた要因がもう一つある。

消費者は「メタシル」からルーティンやゲン担ぎのような効果を予感したのだ。

ルーティンといえば、ラグビー元日本代表の五郎丸歩選手がゴールキックの際に行った一連のアクションを印象深く覚えている人も多いだろう。

ルーティンとは、緊張したときに平常心を取り戻し、本番で実力を発揮するための儀式といえる。

淹れたてのコーヒー ルーティン

実はアスリートのみならず、一般の人々も、強く意識していることは少ないが、何らかのルーティンを持っていることが多い。

ここぞというときに、雑念を取り払い、自分をノリのよい状態に早々に導くためのちょっとした「気つけ」のような役割を果たす。

淹れ立てのコーヒーを飲むとか、軽くストレッチをするとかの類(たぐい)だが、ノートや筆記具がルーティンに貢献することもあるのだ。

筆記という行為は、集中して勉強したり、アイデアを考えたりする機会とセットになって発動されることが多く、ノートや筆記具がそんなモードに自分を切り替えるスイッチになり得る

罫線の入った白いノートをパッと開いたり、お気に入りの筆記具をきちんと並べ直したりして気分を高揚させるのだ。

実際にちょっといい気分になると、自制心を保ち、パフォーマンスが向上することを確かめた心理学の実験もある(「やってのける~意志力を使わずに自分を動かす」大和書房、2013年)

途切れなく書き続けられる「メタシル」なら、一般的な鉛筆と一線を画す雰囲気とも相まって、そんなルーティンにピタッとはまると考えた人がいても不思議はないだろう。

サンスター文具は、昔からあった金属鉛筆を1,000円以下で買えるようにしただけではない。

そこに情緒的な付加価値をも予感させる形で、「メタシル」を世に送り出したのだ。

食材の旬は「はしり」「盛り」「なごり」の3期間に分かれるという。

発売から日の浅い「メタシル」はまだ「はしり」の時期にあり、「盛り」が来る前に先取りしたいという人たちが一斉に動いた。

「MAYA理論」に「スノッブ効果」、そして気分の高揚に寄与するルーティン。人を動かす心理的なツボを押さえた「メタシル」の作戦勝ちといえるだろう。

サンスター文具は今後も筆跡をより濃くしたり、軸のカラーバリエーションを増やしたりといった挑戦も考えているという。

果たして新たな筆記具の定番として安定的な需要を掴むのか? 今後の展開を見守りたいところだ。

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