ヤクルト1000のマーケティング戦略 なぜ口コミから人気が沸騰したのか?

ヤクルト1000
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ヤクルト1000が会心のヒット

乳酸菌飲料の「Yakult(ヤクルト)1000」 が大ヒットしている。

ヤクルトブランドでは初の機能性表示食品で「ストレス緩和」「睡眠の質向上」をうたう高付加価値商品だ。

価格は1本130円。主力商品のヤクルト400が1本80円なのに比べ、かなり強気の価格設定といえる。

ヤクルト1000は2019年の10月に関東1都6県限定で発売される。

その先行販売では想像以上の反響を呼び、出荷本数が目標を大きく上回る結果となった。

その後は北海道・東北地区全域、静岡、山梨、長野、新潟の各県に販売エリアを拡大。

2021年4月には全国展開に踏み切っている。

ヤクルト1000 は宅配専用商品で、販路はもっぱら個人宅や事業所を回って商品を販売する「ヤクルトレディ」が担う。

新規の宅配申し込みは通常なら「ヤクルト届けてネット」でできるが、同商品が全国販売になった際には申し込みが急増する。

その出荷が前年の同じ時期の5倍以上にもなったため、一部のエリアでは受付を一時的に停止せざるを得なかったという。

ヤクルトレディはその多くが個人事業主で給与も歩合制となるため、1本130円と高単価のヤクルト1000は収入面の貢献が大きい。

収入が増えたことで扶養控除の範囲内に抑えることなく稼ぐ人も出てきたという(東洋経済オンライン2022. 1.30)

宅配での販売好調を受け、2021年10月から店頭向け商品として「Y1000」も発売されている。

「Y1000」は店頭で目立ちやすいパッケージデザインに変更されているものの中身は同じで、こちらは全国のスーパーやコンビニエンスストアなどで買える。

しかし、やはり売れ行きが想定を上回り、品薄状態が続く事態になっている。

「ストレス緩和」「睡眠の質向上」の効果訴求

ではなぜ、ヤクルト1000 はこうも人気を得たのか?

何よりまず、「機能性表示食品」として消費者庁から受理された商品のため、具体的な健康効果を表示できたことが大きい。

ヤクルト1000 のパッケージには「ストレス緩和」「睡眠の質向上」「腸内環境改善」という3つの効果が明記されている。

ヤクルトブランドが「腸内環境改善」を訴求するだけなら特段の驚きはないが、ヤクルト1000はそこに「ストレス緩和」「睡眠の質向上」の効果が加わる。

ヤクルト1000の特徴の一つが、生きたまま腸までとどく乳酸菌シロタ株の菌数の多さだ。

主力商品のヤクルト400が1本80mlあたり400億個を含むのに対し、ヤクルト1000は1本100mに1,000億個を含む。

また菌数だけではない。高機能を担保するのにその配合密度も高め、ヤクルト史上最高菌数・最高密度を達成したという。

このヤクルト1000を継続飲用すると、一時的な精神的ストレスがかかる状況でストレスをやわらげ、睡眠の質を高めることが実証されている。

慣れ親しんだヤクルトのブランドから突如として「ストレス緩和」「睡眠の質向上」という効果訴求。

ちょっとした意外性があり、即座に購買行動に直結しないまでも注意を惹くのは確かだろう。

実はこの小さな驚きがヤクルト1000 のヒットの道を開く。

驚きは、たとえどんなにささやかでも、対象に注意を促す。そして記憶を強める。

その記憶が人々の関心と結びつき、やがて購買行動を引き出すトリガーとなるのだ。

働き盛り世代の関心事「ストレス」と「睡眠」

ヤクルト1000 がターゲットに据えたのは20~50代の働き盛りの男女。

そうした層にとってストレスは日常的な問題であり、良質な睡眠も優先的な関心事の一つだ。

昨今は「睡眠負債」なる言葉も注目を浴びる。

潜在的な睡眠不足が日々少しずつ蓄積される状態を指し、2017年の流行語大賞のトップテンにも選ばれている。

それゆえ、「ヤクルト」「ストレス緩和」「睡眠の質向上」の三拍子がそろった商品に格別な魅力を感じる人が現れても不思議ではない。

そうした人たちの中には、脳と腸が密接な関係にあることを知っている人もいたであろう。

精神的なストレスでお腹の調子が悪くなるのはよく知られた事実だが、ヤクルト中央研究所の公式サイトによると、脳と腸は常に情報を交換し合い、互いに影響を及ぼし合う関係にあるという。

腸が「第二の脳」と呼ばれるゆえんでもある。

そんな知識を少しでも聞きかじっていたなら、ヤクルトによる「ストレス緩和」「睡眠の質向上」の訴求は意外ではあるが、同時に納得も行く。

ヤクルト、ストレス、睡眠の3つの点がつながり、長年の伏線が回収されたような感覚を覚えた人もいたはずである。

第一陣のユーザーが口コミでヒットをけん引

こうしてヤクルト1000 は、第一陣のユーザーを首尾よく獲得していく。

その一陣のユーザー獲得に大きく貢献したのがヤクルトレディたちだ。

単に商品の宅配だけではない。商品の健康効果を説明する役割も担う。

時には自分たちが試した経験も交えながら対面でその付帯情報を丁寧に伝えていく。

ヤクルト1000 のように高機能商品であればなおのこと説得力を増したであろう。

そしてヤクルト1000の真価がここから発揮される。

ヤクルト1000を試して効果を実感した人たちの口コミが一斉に広がったのだ。

寝つきや目覚めのよさなど好意的な投稿がSNS上でも相次ぐ

さらにその口コミの輪にタレントやアーティストなど著名人も加わる。

SNSの投稿のみならず、テレビの番組などで同商品を愛飲していることを公言し始めたのだ。

人気ロックバンド、サカナクションの山口一郎もその輪に加わった一人。

彼自身もユーミン(松任谷由実)から「これ、飲んでみなさい」と勧められたとヤクルト1000担当者との対談記事で明かしている。

実際に飲んでみるとストレスがかかっている状況でもスムーズに眠りにつけるようになったという。

迫真性を帯びるユーザーの体験談

ヤクルト1000 はレーシングドライバーの佐藤琢磨や歌舞伎俳優の尾上菊之助などを起用したテレビCMも展開している。

第一線で活躍するプロフェッショナルたちが本番前のプレッシャーに葛藤する様子を描いて、同商品と一時的なストレスがかかる状況との関連付けに余念がなかった。

このCMシリーズが新商品の認知拡大に一定の成果を上げたのが間違いない。

口コミ 体験談

しかし、実質的に購買行動の背中を押したのは口コミ効果だったはずだ。

広告は目に入ったとしても絵空事の世界だと容易にスルーできてしまう。

一方、有名人にせよ、市井の人々にせよ、一個人の実感のこもった口コミとなると無視するのは難しい。

「一人の死は悲劇だが、百万人の死は統計に過ぎない」という警句があるように、一個人が一消費者として吐露する体験談は迫真性を帯びる。

その臨場感が手触りとなって今にも伝わってきそうになるのだ。

その口コミ効果が如実に表れたのが全国展開のタイミングだろう。

それまではエリア限定だったにもかかわらず、その存在は既に口コミで広く知られていた。

それゆえ販売エリアが全国に広がると、「ヤクルト届けてネット」には待ち望んでいた消費者から堰を切ったように宅配の申し込みが殺到する。

一時的に受付を停止する事態に追い込まれた。

同様の事態が店頭向けの商品「Y1000」が発売された際にも起こる。

小売店では品薄状態が続き、テレビタレントの1人が「売り切れで全然買えない!」と番組中に発言したこともあったという。

世界的ベストセラーとの意外な共通点

ツボを押さえた商品コンセプトや巧みな広告宣伝によってある程度なら第一陣のユーザーを獲得できる。

ただし、それ以上はさほど広がらず、その第一波がたちまち収束してしまうことはよくあるものだ。

その点、ヤクルト1000 は第一陣のユーザーが人に語りたくなる衝動を呼び覚まし、第二波、第三波を引き起していく。

ここが大ヒットとなる商品とそうでない商品の分かれ目だ。「引きのある」度合いが決定的に違うのだ。

ハリー・ポッターの本

あの世界的ベストセラー「ハリー・ポッター」も最初は爪に火をともすような船出だったという。

第1作の「ハリー・ポッターと賢者の石」の初版部数はわずかに500部。

無名作家による持ち込み原稿で何社もの出版社から断られた末、ようやく自費出版にも近い形で世の中に送り出されたのだ。

出版後もしばらくは鳴かず飛ばずだったが、そのうち大ヒットの予兆が漂い出す。

ヤクルト1000 と同様、第一陣のユーザーが反応し始めたのだ。

「手に汗握る面白さ」「どの子もみな、読みはじめたら止まらなかった」といった絶賛をするレビューが一つまた一つと増えていったのだという。

「ハリー・ポッター」の初版本に比べれば、ヤクルト1000 ははるかに恵まれていたといえよう。

著名人を起用したテレビCMも放映されていたし、ヤクルトレディたちの全面的なパックアップもあった。

そして何といっても「ヤクルト」という日本では抜群の知名度を誇るブランドの傘の下にあった。

それゆえ、「ストレス緩和」「睡眠の質向上」という今日的とはいえやや唐突な効果訴求にも、信ぴょう性を帯びたのだ。

実は「ハリー・ポッター」が世界的なベストセラーとなった後に、作家のJK・ローリングが全く別のペンネームで犯罪小説を出版したことがあったという。

その後、ローリングが著者であることが判明すると、アマゾンでの本の売上げは約5000倍に急増している(CNN.2013. 7.15)

やはり知名度やレピュテーション(評判)が売行きを大きく左右するのだ。

「2段階の流れ説」でヒットの経緯を振り返る

マスコミ論の古典的な理論の一つに「2段階の流れ説」というのがある。

新たな概念や考え方は第一段階としてマス・コミュニケーションを通してオピニオン・リーダーたちにまず届く。

続く第二段階として、オピニオン・リーダーたちからフォロワー(一般大衆)へのパーソナル・コミュニケーションを通して広がるというものだ。

また、第二段階のパーソナル・コミュニケーションでは、オピニオン・リーダーたちは自分たちの解釈も加えてフォロワーたちへ伝えるという。

「2段階の流れ説」はたった二段階という単純さや一方向の流れのみを想定していることなど、今となってはかなり乱暴な理論にも思える。

様々な反証もされているが、ヤクルト1000 のヒットへの道を振り返る上では必ずしも的外れとはいえない。

睡眠負債や脳と腸の関係など盛んにマスメディアで報じられてはいたが、その感度は人によって差があり、聞いたことのない人もいたであろう。

ストレスや睡眠に対する関心にも濃淡はある。テレビCMへの反応もしかりだ。

そこでヤクルト1000 は感度の高い層を第一陣のユーザーとして募り、その蚊帳の外にいた、第一陣には加わらなかった人たちを、先行するユーザーたちを介して動かしたのだ。

「クラウドファンディングで社会をつくる」(秋山訓子著 現代書館)によれば、ネット上で小口資金を募るクラウドファンディングも率先して支援してくれる人たちを早期に集めることが大事らしい。

資金を募るプロジェクトの告知をしてから最初の5日間で目標金額の20%に達すると、そのうちの9割以上が目標を達成するといのが王道のセオリーという。

いいスタートを切ることが大事なのだ。

圧倒的な商品力やヤクルトレディの存在など特殊事情もあるが、ヤクルト1000 の成功は機先を制してヒットを掴む一つの「型」として大いに参考になるだろう。

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