パン好きの牛乳のマーケティング戦略 何が違う? 口コミで評判広がる理由

カネカ食品 パン好きの牛乳
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寡占市場に割って入るマーケティング戦略

カネカ食品の「パン好きの牛乳」が快走している。

牛乳といえば明治や森永乳業、雪印メグミルクといったそうそうたるブランドがしのぎを削るが、そこに2018年4月、同商品が割って入った。

後発ながら牛乳をあまり飲まなかった層を取り込み、市場での存在感を高めている。

とりわけ20~30代の女性たちに人気という。

牛乳だけではない。

先陣を切った「パン好きの牛乳」が好評だったことから、「パン好きのカフェオレ」や「パン好きのミルクティー」といった横展開も既にされており、「パン好き」シリーズが一つのブランドとして定着しそうな勢いだ。

コンビニエンスストアでパック入り牛乳を買おうとする時、ほとんどの人がブランド選択に時間をかけることはない。

「いつもの牛乳」を買うまでだ。

近接する棚の清涼飲料やビール、缶酎ハイなら、その日の気分に合ったブランドを選ぶのに多少の時間を費やすかもしれないが、牛乳ブランドにおいては十中八九、習慣に従って半ば自動的に選ぶだろう。

それゆえ先行者優位を享受するロングセラーブランドが圧倒的な強さを発揮し、新参のブランドが入り込む余地などない。

カネカ食品とかいう聞き慣れないブランドであればなおさらだ。

しかし、「滅多に牛乳を買わない人」が牛乳を買うとすればどうだろう? 

目に馴染んだ老舗ブランドの優位は変わらないだろう。

しかし、習慣ではなく多少は意識的にブランドを選ぶようになり、ひょっとすると新しいブランドでも、お眼鏡にさえかなえば、気に留めてもらえるかもしれない。

「パン好きの牛乳」はそこに一縷(いちる)の望みを見いだす。

そして、「滅多に牛乳を買わない人」を取り込み、市場で首尾よく居場所を確保したのだ。

パン好きの牛乳は何が違う? そのコンセプトは?

寡占市場に一石を投じた商品、そのコンセプトは「パンを食べるとき専用の牛乳」というもの。

コア・ターゲットは牛乳をあまり飲まないが、パンはよく食べるという20~30代の女性たちだ。

カネカ食品の調査によれば、パンを食べるときに牛乳を飲む人は3割に過ぎない。

パンの「おとも」としてはコーヒーやジュースが主流なのだ。

さらにパンが好きな人たちにとって牛乳はパンの天敵にもなり得る存在らしい。

コクのある美味しい牛乳ほど、その後に残る風味で折角のパンの味をかき消してしまうのだという。

カネカ食品はそこに勝機を見いだした。

そうであれば、「コクがあるのに後味すっきり」の牛乳をつくれば、パンの好きな人に飲んでもらえるのではないか? 

滅多に牛乳を飲まない人にパンと一緒に飲んでもらえるなら、牛乳消費の潜在需要を掘り起こすことにもなる。

何より、用途やシーンを絞り込んだことで老舗ブランドと差別化ができる。

本来は相いれない、牛乳の「濃厚な味わい」と「すっきりした後味」の実現には困難を要したが、ベルギーのPUR NATUR(ピュアナチュール)社との技術提携で乗り切った。

カネカ食品の公式サイトによれば、ピュアナチュール社は、牛乳やバター等の有機生乳を原料とした有機製品の製造に特長があるという。

独自の製法による風味豊かな味わいはヨーロッパ各国で高い評価を受けているようだ。

こうして上市されたのが「パン好きの牛乳」である。

「鶏口牛後(けいこうぎゅうご/鶏口となるも牛後となるなかれ)」という言葉があるが、たとえ小なりといえ競争相手のいない市場セグメントでトップとなる。

まさに戦わずして勝つ「ニッチトップ戦略」にカネカ食品は打って出たのだ。

サプライチェーンの担い手たちとの共栄

この「パンを食べるとき専用の牛乳」というコンセプトは、千本ノックの末、降って湧いたように生まれたわけではない。

カネカ食品、というよりカネカ食品が属するカネカ・グループの事業課題や問題意識が色濃く反映されている。

カネカはガクでガイをナエル会社のキャッチフレーズで知られる総合化学メーカー。

その事業領域は広く、樹脂製品や建築資材、太陽光発電、医療機器まで扱う。

実は食品も主要な事業領域で、売上げの4分の1を占めるという。

食品メーカーやベーカリーショップ向けに製菓・製パン用のマーガリンやホイップクリーム、パン酵母(イースト)などをグループ傘下のカネカ食品を介して供給している。

そのため、原料の仕入れ先である国内の酪農家たちとは不離一体の関係にある。

カネカの公式サイトによれば、昨今の日本の酪農業は厳しい環境下におかれており、後継者不足や労働力不足などが深刻化し、離農も加速しているという。

酪農 ミルクタンク

そこでカネカは、持続可能な酪農を推進することを事業課題の一つに掲げていた。

酪農家支援の一環で、北海道の酪農家と直接契約を結び、酪農から乳製品の生産、消費者への販売までを見据えた乳製品事業の立ち上げにも踏み切っている。

資源の循環型酪農への転換も視野に、将来的には日本ではまだ手付かずの「有機乳製品」の市場開拓を目指すという。

一方でカネカが製パン材などを卸すベーカリーショップも、昨今はコンビニエンスストアやスーパーとの厳しい競争にさらされている。

収益確保や資金繰りは決して楽ではなく、将来的には少子高齢化でパンの総需要が縮小する可能性もある。

そのためカネカはベーカリー業界を盛り立てようと、ベーカリーショップの開業や店舗移転、改装などの支援に取り組んできた。

店舗・厨房の準備や原材料の提供、レシピ提案、機器メンテナンスなどの包括的なサポートサービスを提供しているのだ(カネカ食品公式サイト)

三方よし酪農家とベーカリーショップを結ぶ

同じサプライチェーンを担う、片や酪農家、片やベーカリーショップ。

カネカがBtoC(消費者向け)も視野に乳製品事業を立ち上げるなら、両パートナーをともに潤す商品を世に送り出したいと思うのが自然だろう。

「パン好きの牛乳」は、そんな一挙両得が強いられる制約の中でたどり着いたコンセプトだった。

これは一種の「強制発想」で、一見かけ離れた両者を無理にでも結びつけることで、異なる観点から捉え直したり、本質に立ち返ったりせざるを得なくなる。

そこから思わぬ方向へ発想がジャンプするのだ。

距離のあったパンと牛乳を一気につなぐ。そんな牛乳がベーカリーショップに置かれていたら、「ついで買い」が誘発され客単価の向上にもつながるだろう。

さらに牛乳と縁遠かった人たちがパンを口実に飲み始めたら、酪農家たちを悩ませていた牛乳消費量の低迷を補う一手にもなる。

消費者にとってはコモディティ化していた牛乳を新たな目で見直すきっかけにもなるだろう。

すなわち、「パン好きの牛乳」はカネカが酪農家やベーカリーショップを思いやるゆえの果実だったのである。

販路はベーカリーショップ限定に

実際、「パン好きの牛乳」は今でこそ、量販店やコンビニエンスストアでも扱い始めているが、発売後しばらくは販路をベーカリーショップに絞っていた。

ベーカリーショップとの一連托生のイメージが同商品のポジショニングにはプラスに働いたであろうし、そこかしこの店では買えないことから希少性アピールにもつながったはずだ。

さらに量販店の牛乳は1000ml が主流だが、ベーカリーショップの手狭な冷蔵ケースに置いてもらえるよう「パン好きの牛乳」は500mlのみを販売した。

一人暮らしの女性でも賞味期限内に飲み切れる量であるため、手を伸ばしやすくなると踏んだのだ。

一方で、ベーカリーショップという販路以外にも、「パン祭り」や「パン・フェス」「パン・マルシェ」といったパン好きが集まるイベントに出店し、露出を高めてきた。

その効果は大きく、パンの愛好家たちの口の端にのぼり始めたのだ。

牛乳の入ったハッシュタグなどを介してインスタグラムでの投稿も格段に増えていったという。

特異なメンタルモデルで市場に風穴

「パンを食べるとき専用の牛乳」という新機軸のコンセプト、そしてピュアナチュール社との技術提携で実現した「コクがあるのにすっきりした後味」、ベーカリーショップに限定した販路、パン好きが集まるイベントを介したファン・コミュニティへのアプローチ

それらの取り組みが混ざり合って記憶として蓄えられ、「パン好きの牛乳」のメンタルモデルが消費者の頭の中に徐々につくられていく。

メンタルモデルとは認知心理学の用語の一つで、「〇〇だから、こうだ」「〇〇したら、こうなる」といった認識の前提となるイメージを指す。

思い込みや固定観念と訳されることもあるが、本来は価値中立的なものだ。

「パン好きの牛乳」の場合なら、さしあたり「パンを食べるのにいい」「パン好きに人気らしい」「パン屋で売ってる」といったことだろう。

生産地や製法を訴求してきた従来の老舗ブランドとは一線を画すメンタルモデルで、その特異性ゆえ、市場に風穴を開けられたのだ。

直球のネーミングが放った神通力

そうしたメンタルモデルが消費者の頭の中につくられる上で「ハブ(結節点)」の役割を果たしたのが、ほかならぬ「パン好きの牛乳」というネーミングである。

このネーミングの発案においては、パンに合うことをアピールした案、情緒を訴えた案、製法を訴求した案などを含め、70案近く考え出した上で、最終的に「パン好きの牛乳」に決まったという(GROW UP公式サイト)

何と言っても秀逸なのが、「パン好き」というユーザー像をストレートで打ち出したことだろう。

「〇〇な人向け」といったユーザー軸で商品をポジショニングするのはもはや常套的な手法だが、牛乳市場では消費者の目に新鮮に映り、うまく機能した。

本当にパンが好きな人にはキャッチ―だったはずだ。行き慣れたベーカリーショップに置いてあるなら、なおさら興味をそそられたであろう。

そしてそのユーザーイメージの延長線上に「パンを食べるのにいい」という連想が働き、メンタルモデルの中に組み込まれていったのだ。

一方、「パン好き」という言い方は別の位相の連想も誘う。どこか趣味・嗜好性を感じさせ、商品にちょっとした面白みも加わる。

おそらく「文房具好き」や「フィギュア好き」といった熱心な愛好家を思わせる表現に人々の耳が馴染んでいるせいだろう。

硬派な老舗ブランドには与しない商品だとメンタルモデルには刻まれることになる。

ネーミングが放つ「バーナム効果」で自分ごと化

さらに「パン好き」という意味合いに適度な曖昧性があることも見逃せない。

パン好きか否かと問われたら「まぁ、パン好きな方だ」と答える人も多いだろう。

パンを美味しいと思って食べた経験の一つや二つ、誰だって脳裏をよぎるためだ。

これは心理学でいう「バーナム効果」である。たとえば、占いで抽象度の高い曖昧な説明をされると「当たっている」「まさに私だ!」と思わず信じてしまう。自分の内面から説明に合致する局面だけを見つけ出してきてしまうのだ。

こうした心理効果が発揮されるため、「パン好きの牛乳」はその見かけほどターゲットを絞り込んではいない。

おそらく、「パン好きの牛乳」が徐々に知られるようになるにつれ、自分もパン好きで、「パン好きの牛乳」は自分向けの牛乳だと思う人も増えていく。そんな仕掛けが織り込まれたネーミングだったのだ。

直球のようでいて不思議な神通力を備えたネーミング。

そのネーミングによって同商品のメンタルモデルは消費者から想起されやすい形に再構成され、着々と購買行動を促していく。

カネカが見据える社会課題の解決へ、一歩

「パン好きの牛乳」はまさに、後発ブランドがいかに先発ブランドの向こうを張るかの教科書的な好事例といえよう。

しかし、そのワンイッシューに留まらなかった。サプライチェーンの担い手たちとともに栄えようとするカネカの「自利利他」の精神も具現化された事例だったのだ。

既にカネカは北海道に有機酪農会社を設立し、付加価値の高い有機生乳を生産するとともに、酪農現場の省力化や飼料の自家栽培など酪農の生産性向上に取り組み始めている。

長期的には人・乳牛・環境に配慮した持続可能な循環型酪農を目指すとも宣言している。

人類初の月面着陸 アポロ11号 ニール・アームストロング

「一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類には偉大な飛躍だ」

これは1969年に人類初の月面着陸に成功したアポロ11号の船長、ニール・アームストロング氏の弁。

カネカも「パン好きの牛乳」で小さな一歩を踏み出した。その一歩が大きな転換につながることを期待したいところだ。

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