ダイエットや運動などいったんは続けようと決心しても三日坊主で終わってしまう。
そんな苦い経験を持つ人に朗報なのが「B=MAPモデル(フォッグ行動モデル)」。
ちょっとしたコツを押さえれば、三日坊主の壁をあっさりと乗り越え、一生モノの習慣が自然に身につくという。
そのモデルの要諦は「タイニー・ハビット(小さな習慣)」。
高いモチベーションが不要で簡単に実行に移せる、いわゆる「朝飯前」の行動から始めることだ。
何の苦もなくこなせる心地よさによって、徐々に脳内の習慣を司る神経経路が強化され、やがて人生を変えられるような大きな習慣に育っていく。
習慣化に必須とされた忍耐や自制心も要らないという「B=MAPモデル」の核心に迫ってみたい。
フォッグ行動モデル(B=MAP)とは?
ダイエットに運動、身の回りの整理整頓、日記や家計簿、いったんは続けようと決心しても三日坊主で終わる。
そんな経験を持つ人は少なくないだろう。
「自分はなんてダメなんだ」と自分を責めて落ち込んでしまうことすらある。
ところが実は、ちょっとしたコツを押さえれば、三日坊主の壁をあっさりと乗り越え、一生モノの習慣が自然に身につく方法があるという。
それが本記事で取り上げる「フォッグ行動モデル/Fogg Behavior Model)」だ。
モデルの鍵となる公式をとって「B=MAPモデル」ともいう。
スタンフォード大学行動デザイン研究所のBJ・フォッグ教授が行動科学や心理学の知見から編み出したモデルである。
このモデルに従えば、習慣形成にもはや忍耐や自制心は要らない。
何ら苦もなく続けられるようになる。
挫折や失敗はまずありえないとさえフォッグ教授はいう。
同モデルの鍵を握る公式「B=MAP」は以下の4つの単語の頭文字から来ている。
- Behavior(行動)
- Motivation(モチベーション)
- Ability(能力)
- Prompt(きっかけ)
この4つはそれぞれ以下の意味がある。
- Behavior(行動)
- 人がとるあらゆる行動のすべて(悪習など望まない行動を含めて)
- Motivation(モチベーション)
- どれだけその行動をとりたいかという思い
- Ability(能力)
- 行動に対する自分の能力の高さ(やりやすいか、やりにくいか)、意訳して「行動障壁」「実行能力」とすることもある。
- Prompt(きっかけ)
- 行動を促す何らかの刺激
そして、同モデルとは、Behavior(行動)はMotivation(モチベーション)とAbility(能力)とPrompt(きっかけ)の3つが一定の条件を満たしたときに引き起こされることを示す。
フォッグ教授は同モデルの端的な例として、その著書「習慣超大全──スタンフォード行動デザイン研究所の自分を変える方法」の中で教授自身のエピソードを1つ明かしている。
ある時、教授が赤十字の呼びかけで寄付(行動/B)をしたという。
報道で地震のことを知り、犠牲者たちに対して胸を痛め、支援したいという気持ち(モチベーション/M)が高じていた矢先のことである。
たまたま赤十字から寄付を呼びかけるテキストメールが届いたため、即座に寄付という行動をとったのだ。
メールに応答するだけならとても簡単(能力/A)で、しかもタイミングよく受け取ったこと(きっかけ/P)が教授の背中を押す。
すなわち、3つの要件が同時に満たされたことで行動が引き起こされたのだ。
この教授の寄付はワンショットの行動に過ぎない。
しかし、この3つの要件を生活の中に巧く溶け込ませれば、その行動を習慣として定着させることも可能になるという。
モチベーション(M)と能力(A)の関係
モチベーション(M)と能力(A)が行動を実行に移すのに影響を与えることはなんとなく察しがつく。
たとえば、人は自分に十分な能力があって、容易にできることはサクッと事もなげにやってしまう。
特段、モチベーションはいらないだろう。
「朝飯前」といったとき、それはたやすくてあっという間にひと仕事を仕上げてしまうイメージだ。
その一方、自分では手に負えない、能力が及ばないと思うと、人は誰でも腰が引けてしまう。
火事場のなんとかといったとき、それは急激にモチベーションが高まったことで、困難なことをやり遂げたということだ。
簡単に実行できることはモチベーションが低くてもできるが、実行が難しいことはモチベーションを高く保たないといけない。
以下の図は、そんなモチベーションと能力の関係をフォッグ教授がグラフの形で表したのものである。
青のラインは行動曲線という。
モチベーションと能力の組み合わせが行動曲線の上の位置にあるとき人は行動を起こしやすい。
反対に行動曲線の下の位置にあるときは行動を起こしにくくなる。
たとえば、以下の図は「職場のデスクの整理」はそれほど難しいことでもなく、そこそこのモチベーションがあれば実行に移せることを示す(グラフではそれぞれ中程度)。
では、職場のデスクの整理するという行動は果たして長続きするだろうか?
その習慣が定着するだろうか?
そうはならない人も大勢いるだろう。
実はこのモチベーションがけっこう曲者(くせもの)なのだ。
波があるため、あまりあてにはできない。
それなのに人は楽観的にとらえ、モチベーションが長く続くとたかをくくってしまう。
「一年の計は元旦にあり」とばかりに新年の誓いを立てても、早々に目標を断念したという経験はないだろうか?
新年を迎え、一気にモチベーションが高まり、しばらくは実行できるが、そう長くは続かない。
実はここが「B=MAPモデル(フォッグ行動モデル)」の要諦なのだが、習慣を定着させたいなら最初から頑張りすぎないことだ。
習慣化したい行動をいったん要素分解し、いとも簡単に実行できる「小さな行動」にまずは絞り込む。
モチベーションが乏しくても容易にできる行動から始めれば、モチベーションの浮き沈みに左右されずに済む。
「B=MAPモデル」のグラフでいえば、モチベーション(M)がささやかな値でも、極めて実行しやすいことなら行動曲線を上回ることができる。
フォッグ教授はこんな例を挙げている。
毎日5キロのウォーキングを習慣にしたいとしよう。
そこでまず、毎日ウォーキングシューズを履くこと(小さな行動)から始める。
しばらくはそれだけを続けるのだ。
すると段々にウォーキングがそれほど大変ではないことに思えてくる。
靴を履くと外に出て、ちょっと家のまわりを歩いてみようという気になる。
そんなところから大きな習慣が育つのだ。
ほかにも毎日読書をする習慣を身につけたいのなら、まずは「本を開く」という行動から始める。
毎食後、キッチンを片付けるづける習慣なら、しばらくは食洗機を開けるだけにとどめる。
フォッグ教授自身も、フロスを使って歯と歯の間を磨く習慣を、最初は1本の歯に集中させたことで身につけたという。
シンプルさには行動を変える力があるのだ。
そして十分に気分が乗ってきたら次の一歩に踏み出せばいい。
実はフォッグ教授の著書「習慣超大全」の原題は「Tiny Habits(タイニーハビット): The Small Changes That Change Everything」。
直訳すれば「小さな習慣:小さな変化がすべてを変える」。
フォッグ教授が奨める習慣化の秘訣を端的に突いたタイトルだといえよう。
小さな変化がすべてを変える
その著書の中には、フォッグ教授が奨める方法に従い、小さな行動から始め、大きな習慣へと育て上げた人たちの実例が多く紹介されている。
その中でも、ある女性が「朝食を毎日つくる」ことを習慣化したエピソードは印象的だ。
そんなことは絶対に自分には無理だと諦めていた。
そこで彼女が最初に選んだのは「朝起きたら、まずはコンロの火をつけること」だったという。
何秒か火をつけて消す、それをひたすら繰り返した。
しばらくしてコンロに鍋を置いてみた。
するとお湯を沸かしてみようという気になった。
お湯を沸かすとオートミールを加えないのがばかばかしく思えた。
その後は次々に新たな習慣が開花し、最終的には手の込んだ食事を毎朝つくれるようになったのだ。
始めの一歩がいかに大事かをいい表している例だといえる。
また、フォッグ教授の教えを学んだ画像共有アプリ「インスタグラム」の共同創業者のエピソードも興味深い。
「シンプルさが行動を変える」と知り、画像をインスタグラムに投稿するまでのタップ数をたったの3回で済むように設計したという。
フリッカーなど強力なライバルアプリも存在していたが、その群を抜くシンプルさがたちまちユーザーを増やすことになる。
人々の行動を変え、習慣化を促したのだ。
アプリの発表からわずか18ヵ月足らずでフェイスブックに破格の金額で買収されることになる。
その後の躍進は改めて触れるまでもないだろう。
きっかけ(P)とは?
ここまでが「B=MAPモデル(フォグ行動モデル)」のうち、モチベーション(M)と能力(A)の話しである。
ではもう1つの要件、きっかけ(P)とは何だろう?
英語はprompt(プロンプト)。
生成AIの登場で「プロンプト」(AIから質の高い回答を引き出すための指示文の意)という言葉も日本語で浸透しつつあるが、「B=MAP」のきっかけ(P)により近いのは「プロンプター」だろう。
首相の記者会見などでよく使われるが、透明なパネルに文字を映し出す「原稿投影機」のことだ。
このプロンプターがあるからこそ、話し手は顔を前に向け、堂々と話すことができる。
ある行動を習慣として定着させたいなら、プロンプターのようなしかけを生活の中に上手く組み込むことだ。
そして絶えず行動のきっかけとして機能させていく。
もっとも効果的なのは、自分の生活において既に日課になっている行動をきっかけ(P)に据えることだ。
その行動の直後に、新たに身につけたい小さな行動を実行するようにする。
無意識なまでに習慣化した行動がリマインダー(注意喚起)となるため、新たに始めた「小さな行動」をし忘れることもない。
フォッグ教授は著書の中で、朝や日中、夜の時間帯別に有効なきっかけになり得る日課を数多く挙げている。
いくつか紹介しておこう。
- 朝
- 朝起きて床に足をつけたら、××する。
- アラームを止めたら、××する。
- シャワーの栓をひねったら、××する。
- コーヒーメーカーのスイッチを押したら、××する。
- 日中
- 電話を切ったら、××する。
- 受信トレイを空にしたら、××する。
- トイレを終えたら、××する。
- 夜
- カギをいつもの場所にしまったら、××する。
- 食洗機のスイッチを入れたら、××する。
- 枕に頭を乗せたら、××する。
実際、フォッグ教授自身も「トイレを終えるたびに腕立て伏せを2回する」と設定し、腕立て伏せの習慣化に成功している。
7年経った今では50回以上も腕立て伏せをする日もあるという。
直前の行動がきっかけ(P)となって習慣の定着を後押ししたのだ。
日常のどんな一コマをきっかけ(P)に据えるのがいいかは個人によってまちまちで、最適解を見つけるのに多少の試行錯誤は必要となるだろう。
ポイントはできるだけ五感を通して身体に訴えてくる瞬間を切り取ることだという。
行動というより動作といったレベルで、手や指が動いたり、音がしたりしたほうが忘れにくく習慣が定着しやすい。
たとえば以下のような例となる。
- 歯を磨いたら→歯ブラシをスタンドに戻したら
- シャワーを浴びたら→シャワーを終えてタオルをかけたら
- 職場に着いたら→職場でリュックを下ろしたら
かつてはB=MAT、triggerだった
なお、フォッグ教授はかつて「B=MAPモデル」は「B=MATモデル」としていた。
「B=MAT」の「T」はtrigger(元は引き金の意)のことで、2017年にT(trigger)をP(prompt)に変更したそうだ。
日本語に訳せば同じ「きっかけ」となるが、英語のtriggerは英英辞典では「a series of events(一連のイベント)」を引き起こすとあり、行動全体の引き金となるの意味だ。
一方、promptは反応(Response)を引き起こす刺激(Stimulus)の意味に近い。
フォッグ教授はきっかけを瞬間的な動作レベルまで落とし込むことを推奨している。
やはり「刺激と反応」でいう刺激を意味するP(prompt)のほうがモデルにふさわしいという判断で、「B=MAPモデル」に変更されたのだろう。
祝福:習慣化を早める感情の力
以上が「B=MAPモデル/フォグ行動モデル」の全容となる。
しかし、実はもう1つ、短期間で効果的に習慣を身につけるための要件がある。
フォッグ教授が「シャイン(Shine)」と呼ぶ「祝福」のプロセスだ。
この祝福(S)が伴うことで、ポジティブな感情が湧き、脳が徐々に書き換えられ(習慣を司る神経経路が強化され)、新たな習慣がほぼ無意識のうちに続けられるようになるのだと教授はいう。
おそらくこれは脳に一種の「餌付け」をするような儀式なのだろう。
脳が祝福され、ポジティブな感情に包まれるからこそ、続けることが楽しくて仕方がなくなるのだ。
ではどうすればよいのか?
教授は著書の中で、脳に祝福(S)を与える具体的なアイデアを「祝福で『シャイン』を感じる100の方法」として惜しげもなく紹介している。
いくつか挙げてみよう。
- ガッツポーズをしながら「やった!」と言う。
- こぶしを握りしめて「よし!」と言う。
- 鏡の中の自分にっこりする。
- 紙ふぶきを投げるふりをする。
- わが子が笑いかけてくれる姿を思い浮かべる。
フォッグ教授はポジティブな感情こそが習慣化の源泉になると述べており、祝福(S)の儀式はその感情を意識的につくり出すことにほかならない。
ポイントは「小さな行動」の直後に行うことだ。
行動後、すぐに心地よさを味わうことで、脳が行動の流れを認識し、スムーズにコード化(脳内に記憶の軌跡をつくること)できるのだという。
最初のうちは意識的に祝福(S)儀式を行うのがぎこちなく感じるが、そのうち祝福(S)したいがために、習慣に取り組むのが楽しみになってくるらしい。
B=MAPモデルをマーケティングへ
今回の記事では「B=MAPモデル(フォグ行動モデル)」を取り上げた。
とびきりシンプルな小さな行動(タイニーハビット)から始め、小さなわらから次々に富を得ていったわらしべ長者のように大きな習慣へと育て上げていく。
人生を変えるような習慣を手に入れることもできるのだ。
自制心を働かせ、三日坊主の壁と必死に闘うこともない。
いわば自分の脳をハックするようなやり方なのだろう。
フォッグ教授のモデルは一般の人向けのように思われるが、消費者から購買行動を引き出すといったマーケティング文脈でも十分に活用が可能だ。
実際、「フォグ式消費者行動モデル」として紹介されることもある。
本記事でも触れたが、究極のシンプルさを実現したインスタグラムはその最たる例だろう。
著名な経営学者で「マネジメントの父」と呼ばれるピーター・ドラッカー氏は「マーケティングの究極の目的はセリング(selling)を不必要にすることである」といったとされるが、「B=MAPモデル(フォグ行動モデル)」を突き詰めればまさにそこにたどり着く。
消費者がすすんでブランドの購入を習慣化し、生涯価値(LTV/Life Time Value)の最大化もかなうのだ。
マーケターならぜひとも頭に入れておきたいモデルの1つだろう。