「恐怖アピール」 なぜ、フィアモンガリングの説得効果は強力なのか?

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相手の恐怖感情や危険認識に訴え、その相手を特定の方向に説得することを「恐怖アピール(恐怖訴求)」という。

説得コミュニケーションの有効な手立てとして知られ、広告や政治、防災、公衆衛生など幅広い分野で多用されている。

しかし、伝え方も誤るとかえって逆効果になることもあり、「恐怖アピール」によって消費者の説得を試みるマーケターは留意が必要だ。

目次

説得コミュニケーションの筆頭「恐怖アピール」

社会心理学に説得コミュニケーションという研究分野がある。

説得コミュニケーションとは、受け手の意見や行動を特定の方向へ変えさせるための説得的なコミュニケーションをいう。

この説得コミュニケーションの有効な手法の一角を占めるのが、今回取り上げる「恐怖アピール」だ。

相手の恐怖感情や危険認識に訴え、その相手を特定の方向に説得することをいう。

恐怖を英語のフィアに言い換え「フィア・アピール」、あるいはアピールを日本語の訴求に変え「恐怖訴求」、または説得コミュニケーションの一つであることから「恐怖喚起コミュニケーション」などと、「恐怖アピール」以外の呼び名もいくつかある。

また、似た概念として「恐怖に訴える論証」があるだろう。

ウィキペディアによると、その定義は「相手に恐怖と先入観を植えつけることで自身の考えを支持させようとする誤謬の一種」だという。

相手を誤った判断に導くものであり、妥当な説得コミュニケーションの域を逸脱していることが示唆される。

ほかに「フィアモンガリング(fearmongering)」も「恐怖アピール」と遠からずの関係だ。

ウィキペディアによれば「フィアモンガリング」は「危険が差し迫っているという誇張された噂を利用して、恐怖心を引き起こす情報操作の一形態」と定義されている。

「モンガリング(mongering)」には商売にすること、利用することといった意味がある。

フィアモンガリング(fearmongering)disease-mongering

英語で病気を意味する「disease」をつけて、「disease-mongering」という言い方もあるようだ。製薬会社などが売上増加を図るために、ささいな病気を大げさに取り上げようとする動きを批判的にいう言葉らしい(英辞郎)。

「恐怖に訴える論証」や「フィアモンガリング」となると非倫理性を帯びてしまうが、説得コミュニケーションの一環で行われる「恐怖アピール」は有効な説得テクニックとして知られている。

広告コミュニケーションをはじめ、政治、防災、公衆衛生など、その活用分野も幅広い。

テレビCMや広告に多用される「恐怖アピール」

テレビCMや広告の世界で身近な「恐怖アピール」の例を挙げるなら、歯磨きや歯ブラシ、洗口液などのオーラルケア(口腔衛生)商品の広告があるだろう。

歯周病で歯肉が赤く腫れていたり、歯がぐらついていたり、歯周病が進行した際のおどろおどろしいシーンを目にしたことがある人も多いはずだ。

虫歯予防もしかりで、成人後にも「大人虫歯」なる言葉が用意され、自覚症状が少なくじわじわ進行することも含め、盛んに警戒が呼びかけられている。

思わず目を背けたくなるような怖さ

また、人々の清潔意識が高まる中、口臭や汗の臭い、加齢臭など「においケア」に関する広告も恐怖訴求の対象だろう。

本人に自覚がなく他人から指摘を受けるという衝撃的なシーンが描かれることも多い。

美容やダイエットに関する広告も「恐怖訴求」が著しく偏在する領域といってよい。

たとえば、実年齢より若く見える顔と老けて見える顔を対比させ、ケアを怠ることの恐怖を掻き立てるのはもはやお約束のパターンになっている。

いずれの広告も決してきつい言い方はしていない。時には寄り添うように語りかけてくる。

それでも「今日は人の上、明日は我が身の上」とでも言いたげで、思わず目を背けたくなるような怖さがある。

人生100年時代

そして、昨今、恐怖訴求の金字塔といえば、「人生100年時代」をうたい文句にする銀行や保険会社、運用会社などの広告だろう。

ベストセラーとなった書籍「LIFE SHIFT 100年時代の人生戦略」(東洋経済新報社、2016年)がきっかけで生まれたキーワードだ。

長寿化でリタイア後の期間が一段と長くなり、生活資金が足りなくなる可能性を示唆し、資産形成を盛んに奨めてくる。

明るい人生展望を描くといったトーンの広告も多いが、潜在意識に不安や恐怖を植えつけていることには変わりはない。

ここまで民間企業の広告に焦点を当ててきたが、行政機関の広報や選挙戦においても「恐怖アピール」は頻繁に駆使されている。

たとえば、南海トラフ巨大地震や首都直下地震の被害想定のCG映像などもその一つだろう。

なぜ、「恐怖アピール」は説得効果が高いのか?

では、なぜ「恐怖アピール」はこれほどまでに使われているのか? なぜ、ありふれた手法なのに陳腐化しないのだろう?

それはひとえに効果的だからだ。一時的にせよ、恐怖という感情を呼び起こすことで、受け手の注意や関心を引きつけることができる。

そしてその訴求内容を自分のこととして捉えてもらいやすくなるのだ。この「自分ごと化」が「恐怖アピール」の最大の狙いといってよい。

飛び交う情報量が爆発的に増え、アテンションエコノミー(注意経済/注目経済)の進捗が指摘される昨今、人々が注意や関心を向ける時間は極めて希少だ。

その時間は多大な経済的価値を持ち、マーケターの間で激しい争奪戦が繰り広げられている。

ブランドから消費者へ発信される情報が十中八九スルーされる時代にあって、たとえ、0コンマ数秒であっても、ブランドに意識を向けさせる手立てとなるなら、多くのマーケターが「恐怖アピール」に打って出ようとするのも当然だろう。

「危険コントロール」と「恐怖コントロール」

ただし、「恐怖アピール」は必ずしも得策とはいえない側面があり、マーケターは留意が必要だ。

恐怖を喚起できても、消費者から狙った行動を引き出せないばかりか、かえって行動を抑制しかねない場合もある。逆効果になることさえあるのだ。

「恐怖アピール」を受けたときの消費者の反応には大きく2つあるという(「リスクを考える」ちくま新書、2022年)

1つはその危険になんとか対処しようとする危険コントロールの反応で、もう一つはその恐怖自体を低減させようとする「恐怖コントロールの反応だ。

マーケターにとって有り難いのは「危険コントロール」の反応だろう。

消費者は危険をコントロールしようと、対処行動の一環でマーケターが奨める商品に興味を持ってくれるかもしれないのだ。

消費者がいったんそういうモードに入れば、格段に購買行動を引き出しやすくなるだろう。

あるいはネットコンテンツなら、クリックしてさらに先を読もうとしてくれる可能性だってある。

ただし、首尾よく「危険コントロール」の反応、すなわち対処行動を引き出すには、2つの条件を満たす必要があるという。

1つは消費者が反応効力感を持つことだ。その対処行動をとることで実際に危険が回避できると消費者が実感することが条件となる。

それゆえ、「恐怖アピール」では、効果てきめんと思えるような対処行動の情報をセットで消費者に提供するのがよい。

自己効力感

そして、もう1つの条件が自己効力感を持つことだ。その対処行動を「自分ならやれるだろう」と思ってもらえることである。

ちょっとひと手間かければ、多少の出費をいとわなければ、なんとかできそうだと消費者にポジティブな想定をしてもらえることが条件となる。

実は「恐怖アピール」を使うマーケターはこのことをよく心得ていて、広告でもこれら2つの効力感を高める工夫がされていることが多い。

一瞬恐怖でハッとさせた後で、いかに商品が「危険コントロール」に役立つかのか、すなわち「反応効力感」を高める情報を間髪入れずに提示する。

さらに、その商品を消費者がいかに負担なく手軽に使えるか、すなわち「自己効力感」を高める情報も併せて伝えようとする。

しかし、「恐怖アピール」でやっかいなのが、もう一つの消費者の反応である「恐怖コントロール」だ。

消費者はその恐怖をコントロールしようと、その脅威をそれほど深刻には受け止めずに、リスクを少なめに見積もってしまうのである。

「滅多に起こるものではない」「自分だけは大丈夫だろう」

たとえば、「滅多に起こるものではない」「自分だけは大丈夫だろう」などと勝手に楽観してしまうのだ。いわゆる「鈍感力」が発揮されてしまう。

あるいは「否認」といって、不安や不快感を避けるために、その脅威を全く認めない、無視してしまうといった無意識的な防衛機制が働いてしまうこともある。

「恐怖アピール」を用いるマーケターにとって鬼門は消費者の「恐怖コントロール」だ。

そして、その「恐怖コントロール」を最小限に抑えるためにも、先に触れた「反応効力感」と「自己効力感」をいっそう高めることが欠かせない。

消費者に恐怖の感情を引き起こすことができたなら、まずは不必要な「恐怖コントロール」の介入を封じ込める。

その恐怖を速やかに対処行動に転換させるためにも、「反応効力感」と「自己効力感」を湧かせる情報を併せて提供するのが肝要となる。

津波が地区を襲うも全員助かる! 「未来号外」の威力

たとえば、地元の自治体から地震が起きた際の津波による想定死者数が発表されていたとしよう。

そのおびただしい死者数の数字に多くの住民が恐ろしさを感じ、その脅威を深刻に受け止めるだろう。

しかし、「恐怖アピール」はそこで終わってはいけない。

有事の際に速やかに避難行動をとってもらうには、それによって命が助かる、すなわち非難が有効であるとの「反応効力感」とを持ってもらえる働きかけが求められる。

さらに日ごろから避難訓練を積むなどして自分はいつでも非難できるという「自己効力感」を持ってもらえるようにするのだ。

そんな取り組みの一つとして「未来号外」の例がある。2016年に高知県高知市の潮江地区で発行された号外で「潮江全員助かる」という見出しが躍る号外だ。

南海トラフ地震による津波が、潮江地区を襲ったものの、速やかに避難が進んだことで、死者・安否不明者はゼロで済んだと伝える内容となっている。

もちろん、実際に地震や津波が起こったわけではなく、近い将来にその可能性があることを「疑似号外」という形で報じているのだ。

そして同時に「大地震が起きたら、オレンジの旗(オレンジフラッグ)を掲げた津波避難ビルに避難する」という具体的な行動を地域住民に周知させている。

この号外は一般社団法人「防災ガール」と日本財団が共催する津波防災プロジェクトの一環で発行されたもので、速やかに避難すれば全員が助かり(→反応効力感)オレンジの旗を掲げた津波避難ビルを目指せばよい(→自己効力感)ことを地域住民に訴えている。

号外が企画された背景には、やはり人には「自分だけは大丈夫」と楽観してしまうことや、災害に関する情報を受け取っても「都合の悪い情報」として無意識に排除してしまう心理が働くことへの危惧があったという。

「津波が襲ってきても全員無事だった」という趣旨の号外を受け取ったその当日、ふと外を見渡せば実際にオレンジの旗を掲げた津波避難ビルが目に入る。そんな筋立ての啓発活動だったのである。

この取り組みは住民たちの注目を集めたほか、多くのメディアで取り上げられたという。

世界の優れたPR活動を表彰する国際PR協会のアワードで環境部門の最優秀賞にも選ばれている。

シャープのイヤホン型補聴器と「恐怖アピール」

ここでもうひとつ、実際にマーケティングの世界で「恐怖アピール」を用いた事例を挙げてみよう。

「反応効力感」と「自己効力感」を同時に高めることを狙ったカスタマージャーニー(顧客の時系列的な購入プロセス)の設計がうかがえる商品だ。

シャープが2021年に発売したワイヤレスイヤホン型の補聴器「メディカルリスニングプラグ」がそれである。

まず驚くのが、ワイヤレスイヤホンと見紛(みまが)うような、従来の補聴器のイメージを覆(くつがえ)すその見た目だ。

色味は落ち着いた佇まいのブラックか、肌になじむおしゃれなナチュラルピンクで、シャープの公式サイトには、メガネや時計のように日常的に身につけたくなる、スタイリッシュなデザインとある。

軽度から中等度難聴者向けの補聴器(管理医療機器)で、公式サイトには「働く人を支える」「さまざまなビジネスシーンで聞こえをサポート」とある。

ビジネスパーソンが主たるターゲットのようだ。

オンライン会議や接客、騒がしい現場などでの使用が想定されている。

価格も10万円を切っており、一般的な補聴器の約3分の1ほどで買えるという。

懸念されるのは軽度から中等度の難聴者の場合、人との会話の際に聞き取りずらさを感じていても、やり過ごしてしまいがちなことだろう。

なかなか補聴器を装着するという発想は湧きにくい。そこで「恐怖アピール」の出番となる。

シャープの公式サイトのプロモーション動画をみると、同僚との会話やオンライン会議中に会話が聞き取りずらくなり、焦燥するシーンが織り込まれている。

いちいち聞き返すのもはばかられるといった状況だ。全編カラーの映像なのだが、その焦燥や緊張でビジネスパーソンの目が泳ぐシーンだけはモノクロに切り替わる。

そして、その状況を一変させるのが「メディカルリスニングプラグ」だ。

そのプロモーション動画では、聞き取りずらさに悩んでいたビジネスパーソンが、たまたまワイヤレスイヤホンをつけていたといった体(てい)で、会話に参加していると、聞き取りもスムーズで会話も弾み、オンライン会議を交えた商談も成功裏に進む。

映像は商談成立を思わせる握手のシーンで締めくくられている。

同商品のニュースリリースによれば、マスクの着用やソーシャルディスタンスの確保、オンライン会議の増加などにより、会話時の聞き取りづらさを自覚する人が増えているとある。

人知れず悩みを抱えていた人にとって、効果てきめんにも感じられ、「反応効力感」の点では及第点といったところだろう。

しかし、補聴器は思っていたほど聞こえが改善されず、耳が補聴器の音になかなか慣れないといった理由で買ってはみたものの、使わなくなるケースもあるらしい。

ハードルが高いのはむしろ「自己効力感」の方だ

いくらデザイン性に優れ、価格がリーズナブルでも、購入後にも頻回にフィッティング(調整)が必要になるなど補聴器は扱いは面倒で、自分には無理と感じる人も少なくないだろう。

いくら津波の脅威を感じていても、自分なら避難できるという実感がない限り、実際には避難行動が起こりにくいのと同じ状況である。

補聴器をためらう人の説得に「自己効力感」

その点で「メディカルリスニングプラグ」は極めて手軽で今日的なサポート体制を敷く。

スマホのアプリを介して、専門のスタッフが初期設定から聞こえ具合の微調整などのフィッティング、メインテナンスなどのサービスをワンストップで提供する。

従来の補聴器だと使用開始してからしばらくは、その新しい音の世界に耳が慣れるまで販売店に足繁く通う必要が出てくるという。

自宅にいながらにしてサポートを受けられるなら、補聴器がぐっと身近に感じられるはずだ。

マイナビニュース +Digitalの2022年3月8日付の記事には、ワイヤレスイヤホンのような見た目のため、ビジネスシーン、特に初対面の人がいる前では、マナー的な観点から利用がためらわれるという指摘もある。

働く現役世代をターゲットにしているだけに「自己効力感」を湧かせる壁はまだまだ厚そうだ。

「メディカルリスニングプラグ」は発売後まだ日が浅く、社会的認知が得られているとはいえない。

今後の商品の普及にはやはり、「反応効力感」と「自己効力感」の両輪が求められるだろう。

ビジネスシーンで聞き取りにくさは深刻な問題を時に引き起こし、やりすごすべきではないこと、そして年齢的には縁遠いと思っていた補聴器も、案外手軽に使えることを、適度に「恐怖アピール」を織り交ぜながら根気よく伝えていく必要があるだろう。

シャープの公式サイトには「お試しレンタル」も可能で、そのレンタル期間でもスマホ経由のフィッティングサービスも受けられるという。

実際購入すると、そのレンタル料が実質無料になるようだ。

なお、本ブログでは以前に、三菱鉛筆のシャープ替芯「uni(ユニ)」の事例を取り上げている。

「書いた後に紙面が汚れる」「マーカーを引くと文字がにじんで汚れる」というユーザーの悩みに答えた替芯の新商品で、「これからは、汚さない。」をキャッチフレーズにするなど、ノートをキレイな状態に保つ利点を前面に打ち出した商品だ。

このシャープ替芯と「恐怖アピール」は一見無関係に思えるが、実はそうでもない。

学生や社会人など替芯のコアターゲットになる人たちの間では、自分が手掛けた勉強ノートをSNSでお互いに見せ合い、勉強のモチベーションにつなげることが静かなブームとなっているのだ。

そんなとき、やはり紙面が汚れていたり、文字がにじんでいたりするノートは見せたくないだろう。

新商品を使ったことでノートがキレイに保てている様子を従来品との比較で示す画像も公開されているが、そこにもソフトな「恐怖アピール」が絡んでいるといってよい。

恐怖アピールの成功に「反応効力感」と「自己効力感」

ここまで見てきたように、「恐怖アピール」が効果を発揮する機会はいたるところに潜在している。

ただし、一方で「恐怖で凍り付く」「恐怖で足がすくむ」といった言い方をするように、恐怖には行動を抑制する側面も持つ。

「恐怖アピール」によって速やかな購買行動を引き出すためには、恐怖の感情のみならず、「反応効力感」と「自己効力感」も同時に高め、その状況を能動的に変えられるという実感を消費者に持ってもらうことが肝要となる。

マーケターが「恐怖アピール」を駆使する機会は決して少なくないはずだ。

そのときのためにも「反応効力感」「自己効力感」のキーワードを頭の片隅に入れておくといいだろう。

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