ベンザブロック YASUMO はなぜ、眠くなるのか?

ベンザブロックYASUMO(ヤスモ)
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ロングセラーブランド「ベンザブロック」から発売された「ベンザブロックYASUMO(ヤスモ)」。

この新ラインのコンセプトは「かぜをしっかり寝て早く治すためのかぜ薬」。

せきや鼻づまりなど眠りを妨げるつらいの症状によく効くという打ち出しだ。

働く人たちにとって、「代わりの人がいない」などの理由から、多くの人が仕事や家事を休みたくても休めない。

しっかり寝て治すのはなかなか難しいというのが実情といえる。

そんななか、「YASUMO」は「かぜをひいても安心して休める社会を」とのメッセージを発し、固定的な社会通念に再考を促す一石を投じたのだ。

「ベンザブロック」は鼻・のど・熱の症状別に3つのラインを展開し、今や症状別かぜ薬の代名詞にもなっっている

その「ベンザブロック」があえてブランド拡張に打って出たのには、こうした通念打破への強い思いがあったのだ。

目次

「休んで治す」ためのかぜ薬

「かぜをひいても安心して休める社会を」

そんなキャッチコピーを掲げるかぜ薬が登場している。

2022年9月に発売されたアリナミン製薬「ベンザブロックYASUMO(ヤスモ)」だ。

ベンザブロックといえばのど、鼻、熱と症状別のかぜ薬で知られるが、この「YASUMO」は同じブランド名を冠していても、コンセプトがかなりかけ離れている。

しっかり寝て早く治したい人に向けに設計されているのだという。

せきやのどの痛み、鼻づまり、熱などの寝るときに生じるつらい症状によく効く処方で、寝る前にのんでも眠りを妨げないようカフェインは配合していない。

その名に「YASUMO(ヤスモ)」とあるのは、その特異なコンセプトをダイレクトに伝えているといえよう。

ベンザブロックがこの寝て治したい人に向けた新ラインを開発したのには理由がある。

かぜをひいたときは早く寝て治そうとする人が多くいる一方で、寝たいのに寝られない、寝付きが悪いという経験している人が少なくないのだ。

せきや鼻づまり、のどの痛み、発熱などのつらい症状で眠りが妨げられてしまうのである。

従来の市販のかぜ薬といえば、どちらかといえば休みたくても休めないとき、ひき始めなどに早くのんで治そうとする人々に照準を合わせていた。

少なくとも広告ではそう訴求されることが多かった。

たしかに、仕事や家事などの事情から、かぜぐらいでゆっくり休んで入れない、つらくでも頑張らざるをえないときもあるものだ。

風邪をひいても残業するサラリーマン

そのため、眠くなる成分を敬遠する人もいるだろう。

ベンザブロックの「YASUMO」は、そうした従来のかぜ薬とは一線を画し、積極的に「休んで治す」というコンセプトを打ち出す。

「かぜは寝て治すのが1番」の声

ベンザブロックが2022年8月に行った、直近1年以内にかぜの症状を経験した人を対象とした調査でも、かぜを治すのに休みたくても休めない実態が改めて浮かび上がった。

その調査によれば「かぜのときは、寝て治すのが1番だと思う」と答えた人はゆうに8割を超える。

そう考える理由には「体力を温存し自然治癒力や免疫機能を活かすこと」が多く挙がっている。

実際に夜にいつもよりたくさん寝て対処する人も多く、平均すると2時間ほど睡眠時間が増えるという。

ベンザブロックの公式サイトにもかぜのウイルスは、自分の体力・免疫力で排除するしかないとある。

睡眠をとってその自然治癒力を高めようとするのは理に敵っているのだ。

ところが問題はここからである。

寝たいのに寝られない経験

かぜのときにせっかく早く就寝しようとしても、6割強の人がなかなか寝付けず「寝たいのに寝られない経験」をしているという。

その眠りを妨げる要因の上位に来るのが「せき」「鼻づまり」などのつらい症状なのだ。

なぜ、就寝時に症状がつらくなるのか

ベンザブロックの「YASUMO」はここにメスを入れる。

ベンザブロックの公式サイトによれば、せきは気道の粘膜や神経、気管などを取り巻く筋肉などが関係して起きる現象で、自律神経の影響を受けているという。

自律神経 交感神経 副交感神経

昼間は自律神経のうち、交感神経が優位となり、気管支が弛緩し、呼吸が促される。

ところが、夜になると逆に副交感神経が優位となり、気管を囲む筋肉に作用して気管支が収縮してせまくなってしまう。

せきが出やすくなるのはこのためだ。

鼻づまりも同様に副交感神経の影響を受ける。

鼻づまりは、鼻粘膜の血流が増加して粘膜が腫れることによって引き起こされる。

夜になると副交感神経が優位となり、末梢血管が拡張されることで鼻粘膜が腫れ、より鼻づまりの症状が出やすくなるようだ。

ベンザブロックの「YASUMO」は7種の成分を配合し、せきや鼻づまりなど眠りを邪魔するかぜの様々な症状を抑えることにこだわって設計されている。

しかも、就寝の前にのんでも睡眠を妨げないよう、カフェインは配合していない

「かぜで休む」を妨げる意識の壁

しかし、かぜひいたときに、しっかり寝て早く治したい人たちに立ちはだかるのは、眠りを妨げるかぜの症状だけではない。

人々の意識もまた障壁となるのだ。

先のベンザブロックの調査では「かぜをひいたときに休む」ことへの意識や実態についても尋ねている。

7割以上の人がかぜをひいたときに「仕事や学校・家事を休みたい」という。

ところが、そのうちの3人に1人が、「休みたいのに休めない」と回答している。

また、休みたくても休めない理由を尋ねると、「代わりにやってくれる人がいないから」や「人手が足りないから」が多く挙がったのだ。

本人をとりまく環境もまた、休むことを妨げているのがわかる。

うしろめたさからかぜで休むことに抵抗を感じてしまうのだろう。

冒頭で触れた「かぜをひいても安心して休める社会を」と「YASUMO」が、キャッチコピーで訴えた背景にはこうしたことがあったのだ。

このコピーが使われたのが、「YASUMO」のテレビCMにも出演するEXILE/三代目 J SOUL BROTHERSの岩田剛典さんの巨大な屋外広告。

東急東横線渋谷駅、大阪梅田駅、名古屋駅の連絡通路やコンコースで掲出された。

ベンザブロックは、自分のためにも周囲のためにも体調が悪い時は「無理せず休む」という選択を難なくできるようになってほしいとの想いを込めたという(PR TIMES 2022.11.7)

「風邪でも、絶対に休めないあなたへ」に物議

かぜ薬の広告といえばかつて、エスエス製薬の「エスタックシリーズ」が「風邪でも、絶対に休めないあなたへ」というコピーを掲げていたことがあった。

そのテレビCMではタレントの有吉弘行さんが見るからにかぜの症状でつらそうにしているが、休もうとは少しも思わず撮影現場に向かおうとする。

まさに「かぜでも、絶対に休めない」状況にあるのだ。

ところが「エスタック」をのんだことで形勢は一変。

かぜの症状を抑え、有吉さんは元気を取り戻して撮影に臨む。まさにエスタックはゲームチェンジャーとして描かれる。

「風邪でも、絶対に休めない」とまで直接的な言い方をしないにせよ、日本のかぜ薬のCMは総じて似たコンセプトだ。

つらい症状をなんとか抑えたい、仕事や家事に支障がないようにしたいという人々の期待に応えようとする。

しっかり休んで治そうなどと積極的に推奨することはまずなかった。

しかし、そんなかぜ薬のCMが発するステレオタイプ的な通念に疑問を呈する声もちらほらと聞こえるようになった。

たとえば、2016年にはエスエス製薬の「絶対に休めない」というコピーに対し、小説家の似鳥 鶏(にたどり けい)さんが、以下のようにツイートしている。

同ツイートは賛同や共感の声とともにSNS上で拡散されたという(J-CASTニュース 2016.11.7)

申し訳ありませんがエスタックイブの「風邪でも、絶対に休めないあなたへ。」っていうコピーほんとやめてください。

かぜ薬で一時的に症状を抑えてもウィルスは周囲にバラ撒いてます。かぜをひいた人は休むべきなのです。

病気を流行らせ周囲に迷惑をかける行為をCMで勧めないでください。

SNS上の反響は大きく、中には「かぜ薬のCM」という文脈を離れ、日本企業のブラックな職場環境にまで批判が及ぶこともあった。

2020年の2月には同コピーの変更を求める署名も立ち上がった。

40日ほどで1万1000人を超える署名が集まったという。

50代の男性の署名発起人によれば、「風邪でも、絶対に休めないあなたへ。」というコピーは、体調が悪くても出社することが賞賛された時代の名残りなのだという。

こうした規範意識を下の世代に引き継がせたくないとんの思いから署名を呼び掛けたらしい。

製薬会社も「お家で休もう!」へ

また、ぽつぽつとではあったが、製薬会社側も新たな動きを見せる。

たとえば、シオノギヘルスケアの「パイロンPL」シリーズは、2020年の秋に「かぜの時は、お家で休もう!」というコピーを掲げた。

興和も同じ時期に「コルゲンコーワ IB錠 TXα」「かぜっぽいのに仕事に行ったことありますか?」という問いとともに「大切ですよ 無理しない 勇気」と呼びかける。

シオノギヘルスケアは「かぜの時は、お家で休もう!」のコピーは、コロナ禍に入り、働き方や感染症に対する意識が大きく変わったことを受たものだという。

自分のためだけでなく大切な人を守るために必要なことだと伝えるのに、「家で休む」ということをあえて訴えたらしい(ねとらば 2020.10.6)

ベンザブロックも、やはり同じ時期に、公式ツイッターで「かぜをひいたら、かぜ薬!の前に、まず会社を休みましょう」とつぶやいている。

しかし、しっかり寝て治すことに特化したかぜ薬となると、2022年秋の「YASUMO」の登場まで待つしかなかった。

さらに、新しいかぜ薬の発売に加え、社会全体を変えていく必要もある。

先の調査が示すように「代わりにやってくれる人がいないから」や「人手が足りないから」などの理由から休みたくても休めないという事情もある。

本人の気の持ちようを変えるだけでが不十分なのは明らかだ。

良心の呵責にさいなまれることなく休める雰囲気をつくることも欠かせない。

うしろめたさ

「かぜをひいても安心して休める社会を」とのコピーはここから来ていたのだ。

「YASUMO」 vs. 「Think small.」

この社会に一石を投じようとする「YASUMO」の試みから、ふと思い出すのが、米国で1950年代の末から始まったフォルクスワーゲン「ビートル」の広告キャンペーンだ。

メインコピーは「Think small.」というもので、本ブログでも過去の記事で触れたが、広告界の不朽の名作といわれるキャンペーンだ。

当時の米国では「大きいことはいいこと(Think big)」という価値観を反映し、多くの米国人が自動車といえば大型車を選ぶ傾向にあった。

しかし、それは本当に求められていることだろうか? 平均世帯人数が減少傾向にあった米国にあって、大型車にコストをかけることは賢い選択なのだろうか? 

そううすうすとは感じ始めていた米国人に対し、「ビートル」は疑問を投げかけ、「Think small.」のコピーを掲げ、小型車という選択肢を提案したのである。

ベンザブロックの「YASUMO」の広告も同様の構図といえるだろう。

「かぜをひいたぐらいでは休めない」という風潮は、早く寝て治すタイプのかぜ薬を投入したぐらいで途絶えさせることは到底できない。

それでも、人々に再考を促す前向きな一歩にはなるはずだ。

先に触れたベンザブロックの調査でも、変化の兆しが表れていた。

昨今のコロナ禍の影響もあって、かぜなどの体調不良のときに、約2割の人が「休暇が取りやすくなった」と回答したのだ(PR TIMES 2022.11.7)

ティッピングポイント(臨界点/傾く瞬間)

今はまさに、社会に鬱積(うっせき)していた違和感が一気に顕在化するティッピングポイント(臨界点/傾く瞬間)にさしかかっているのもしれない。

「YASUMO」にライン拡張の巧みさ

ベンザブロックが社会に一石を投じたことは賞賛に値するだろう。

しかし、マーケターが「YASUMO」から学ぶべきはもう一つある。

ブランド拡張(ブランド・エクステンション)の巧みさだ。

従来のベンザブロックは「かぜのひき始めに症状にあったベンザを。」のコンセプトのもと、鼻・のど・熱の症状別に3つのラインを展開している。

症状ごとにパッケージの色を変えており、症状別かぜ薬の代名詞的なブランドといっていいだろう。

人は3つのものが並ぶと、そこに物事の安定したまとまりや完結した印象を抱くという(ジャパンナレッジ「知識の泉」)

「三大映画祭」「三大夜景」「三大名園」などと「三大〇〇」という言い方が定着しているのもそのためだ。

完結した印象を与える点ではベンザブロックもしかりである。

ここに矛盾なく新たなラインを加えるのは相当に難しい。

いまさら、症状別ではない「総合かぜ薬」と銘打つラインを投入するのも、かえってブランド全体の焦点をくずしてしまいかねない。

そこで考案されたのが、しっかり寝て早く治すための「YASUMO」だったのだ。

意表を突くような軸で、従来のベンザブロックと鮮やかな棲み分けがなされている。

「静」と「動」の鮮やかな対比

その棲み分けの妙はテレビCMを見比べれば明らかだろう。

「YASUMO」のCM「羊の執事」篇は、かぜは寝て治したいのに眠れないとベッドで悩む女性が描かれる。

そこに羊の執事に扮した岩田剛典さんが登場し、「YASUMO」をやさしく勧めるというストーリーだ。

「羊の執事」とあえて語呂を合わせたのも、「YASUMO」の「寝て治す」というコンセプトを印象に残すためだ。

一方、従来のベンザブロックであるベンザブロックプレミアムのCM「プレミアムエクスプレス」篇は「YASUMO」のトーンとは対照をなしている。

CMには特急列車の車掌に扮した女優の綾瀬はるかさんが登場。

鼻、のど、熱の症状をそれぞれ抱えた男女3人の乗客に、自分の症状にあった列車に乗るように促すストーリーだ。

特急列車が出発すると、乗客たちはみるみる元気をとり戻す。

映像はあくまで動的なイメージで、そこに「YASUMO」のような寝て休むという気配は全くない。

突き詰めれば「YASUMO」は「静」の世界なのに対し、従来のベンザブロックは「動」の世界なのだ。

「YASUMO」は文字通り身体を休めるが、症状別のベンザブロックはあくまで「オン」で、身体の動きを止めようとはしない。

「静」と「動」、休む身体と動く身体。

そこには昼と夜という時間軸上の違いも加わり、ベンザブロックの「YASUMO」と耳にすれば、従来のベンザブロックとの違いを瞬時に判別できるだろう。

就寝中
勤務中

まさに身につまされるように「何たる商品なのか?」を掴(つか)んでいく。

今、「掴む」という言い方をしたが、「理解する」ことを「掴む」と表現しても何ら違和感がない。

スッと入ってくる。

他にも人は、たとえば「明るい未来」「まっすぐな人」「体温のある関係」という言い方をする。

「明るい」「まっすぐ」「体温」といったより原初的、動物的ともいえる身体感覚を通して、実際に手にとって実感できないような、抽象的な概念を理解しようとするのはごく普通なのだ。

「YASUMO」もまさにそれだろう。

「休む」は「活動を中止する」「眠るために床につく」などが連想されることから、身に染みている身体感覚をすぐさま呼び起こし、「なるほど、それ系のベンザか」と達観する。

その判別の起点は、著名な言語哲学者の弁を借りれば「言分け」ではなく「身分け」に近い(「言語 コトバは存在を喚起する」OpenSquareJP)だろう。

こうした直感的で分かりやすい判別性が、成功裏に市場の細分化を進める第一歩なのだ。

身体感覚を巻き込んだブランド拡張

本ブログでも、以前にベンザブロックの「YASUMO」のように、身体感覚を経由してわかりやすくブランド拡張に挑んだ例を取り上げている。

伊藤園の「お~いお茶 濃い茶」やサントリーのペットボトル入りコーヒー「クラフトボス」だ。

身体感覚のうち、とりわけ視覚的効果によって従来ラインと明確に棲み分けを図り、新たな市場を切り開いた好例だろう。

「お~いお茶 濃い茶」であれば、「機能性表示食品」にリニューアルされたことがヒットの引き金になったのはたしかだ。

しかし、そもそもレギュラーの「お~いお茶 緑茶」との違いを色の濃淡、その視覚的効果によって直感的な判別ができたことが、その土台をなしている。

「クラフトボス」も同様だ。

缶から透明なペットボトル入りとなった視覚効果は大きなポイントとなる。さらに、そこに「ちびだら飲み」という新たな飲用スタイルも加わる。

缶コーヒーのように、グイっと飲むのではない。

オフィスのデスクなどに置いて、ちびちびだらだら飲むという、商品とのかかわり方、要求される所作や振る舞いが根本から違った。

そのため従来ラインとの棲み分けがいっそう進んだのだ。

この身体感覚を巻き込んだ判別性が、缶コーヒーをあまり飲まない層を惹きつける契機となったのだ。

「YASUMO」は市場を切り開けるか?

ベンザブロックの「YASUMO」は今後、いったいどう転ぶのか? 

端緒についたばかりで、かぜ薬の市場で新たな市場を切り開けるかは、少なくとも次のハイシーズンを待つことになるだろう。

しかし、かぜ薬にまつわる既成の概念を覆そうとする試みは興味深い。

ひょっとすると、「YASUMO」が令和の「Think small.」だったと評価される日が来るかもしれない。

さらに症状別のベンザブロックとの棲み分けも鮮やかだ。

マーケターにとって、「YASUMO」は極めて示唆に富む教材といえるだろう。

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