「バックファイア効果」とは自分が正しいと信じる意見や見解に対して、他者から誤りを指摘されても、改めるどころか逆に反発し、自らの考えを盲信する現象をいう。
親切心や利他心から相手の間違いを正そうとしても、容赦なくバックファイア効果は働く。
正される側はかえってムキになって自らの信念に固執してしまうことになる。
実はSNSでフェイスニュースが野放図に拡散するのもバックファイア効果が加担していたりするのだ。
誤情報・偽情報を打ち消す報道もかえって反発を買い、火に油を注ぐことになる。
どうすればバックファイア効果を食い止められるのか?
どうすれば反感の買うことなく意見を正すことができるのか?
本記事ではバックファイア効果を解説するとともに、報道機関による取り組み例も交えながら、その対策についても考えてみたい。
バックファイア効果とは
心理法則の1つに「バックファイア効果」というのがある。
自分が正しいと信じる意見や見解に対して、他者から誤りを指摘されても、改めるどころか逆に反発し、かえって自らの考えを盲信するようになる現象をいう。
もともと英語の「backfire」はエンジンなどが逆噴射し、予期しない方向に火花が飛び出すといった意味がある。
そこから転じて裏目、しっぺ返し、逆効果の意味で用いられるようになった。
心理法則以外の文脈では、たとえば、エアコンを節電タイプに買い替えたことでかえって使用量が増えしまい、逆効果となることをバックファイア効果と呼んだりする。
まさにその逆効果が相手の考えを正そうとする、説得の場面でも起こるのだ。
相手の間違いを改めさせようとむしろ善意から正しい情報を伝えたのに、反感を買ってしまい、かえって相手が頑なに自らの信念に固執してしまう。
火に油を注ぐような状況といえる。
実は身近なバックファイア効果
もともとは2人の学者による心理実験に基づき提唱された心理効果だが、「backfire」という言い得て妙の比喩的な表現だったことも一役買ったのだろう。
日常的で経験することを多くの人に呼び起こし、心理用語の1つとして定着するようになる。
それだけ経験則に照らしてもうなずける法則だったのだ。
たとえば、自分の好きな芸能人がスキャンダルや不祥事から批判にさらされたりすると、かえって“推し”の気持ちが募り、一部のファンたちが擁護の声を上げる。
SNS全盛の時代、そんな光景はもはや珍しいことではないだろう。
あるいは副作用の懸念からワクチン接種を拒む人がいたとしよう。
いったん打たないと決めた人を翻意させるのは案外難しい。
ワクチンの安全性や有効性に関する情報を伝えても、ムキになって接種拒否の信念を貫こうとするかもしれない。
親切心や利他心に対してさえ、容赦なくバックファイア効果は働くのだ。
フェイクニュースとバックファイア効果
そして昨今、バックファイア効果とセットで語られることが多いのはフェイクニュースだろう。
フェイクニュースは主にネット上で発信・拡散される虚偽のニュースを指し、2016年の米国大統領選あたりから注目を集めるようになった。
この誤情報や偽情報に対し、ファクトチェック(情報の真偽確認)を行ったうえで、有力メディが訂正情報を流することもある。
しかし、事前の信念の強さによっては、逆効果となる人々も少なからず出てきてしまう。
似た意見の者同士が集いやすいSNS上となれば、そうした訂正報道に対して反発の声があふれ返るということにもなりかねない。
たとえばかつてこんな例がある。
フェイスブックがフェイクニュースに対して新たなしくみをつくって対策を講じようとした。
ファクトチェックを第三者機関に依頼し、虚偽と認定されたニュースには「問題あり」との警告マークを表示して拡散を抑制しようしたのだ(HUFFPOST 2017. 12.24)。
しかし、その対策は1年も経たないうちにとりやめとなる。
理由の1つがやはりバックファイア効果だったのだ。
「問題あり」の文言や交通標識のように立つ警告マークがかえって反発を招き、誤った信念を強固にしてしまう懸念があったという。
さらなる拡散を呼ぶことも危惧された。
打ち消し報道のあやうさ
NHK放送文化研究所の「放送研究と調査」にもフェイクニュース対策の難しさを指摘する記事がある。
「SNS時代の誤情報・虚偽情報とマスメディアの打ち消し報道」と題する記事がそれだ。
NHKとしても、広がる誤情報・偽情報を迅速に否定し、それらに惑わされないように呼びかける「打ち消し報道」に取り組みたいとの意向はあるものの、効果的に行うのはなかなか容易ではないという。
その理由の1つに「リアクタンス(反発)」という心理作用を挙げている。
自分が信じる、あるいは信じたいと思っている情報が打ち消され、他人に伝えたいという気持ちにブレーキがかけられれば、誰しもそのような説得に対し、「リアクタンス」を感じるというのだ。
このリアクタンスはもともとは電流の流れにくさを表すが、心理学的には自由を制限されたり奪われたりすると、自由を回復しようとする心理が働くことをさす(「心理的リアクタンス」という)。
「打ち消し報道」においても、自由を奪われることへの反発心が生じ、そこに報道機関に対する不信感も加わると、かえって誤情報・偽情報を頑なに信じようとしてしまう。
リアクタンスがバックファイア効果に発展してしまいかねない。
求められる受け手心理への配慮
NHK放送文化研究所の同記事には打ち消し報道の実際の例が挙げられている。
2018年に発生した大阪北部地震の際、NHKはツイッター(現・X)で以下のような誤った情報を打ち消すツィートをしている。
「京セラドーム大阪の屋根に亀裂が入っている」「京阪電車が脱線している」「大阪府の北部でシマウマが脱走」いずれもこのような事実はありません。
このツィートをする際、NHKも細心の注意を払った。
反発を買わないように「惑わされないでください」「広めないでください」といった行動指南型の表現は避け、事実関係のみを提示するようにとどめたのだ。
それでもNHKのツィートには反発や不信がみてとれる以下のようなリプライが少なからずあったという。
- デマと印象操作のNHKが笑止(ばかばしいの意)である
- デマをかえって拡散させている
- SNSの信用を貶めようとしているのではないか
- パニックを防ぐための報道管制のようだ
同記事では打消し報道をするとき、受け手の心理への配慮はかかせないと説いている。
その一手として同じ内容をテレビで報道をする際には、ニュース原稿に熊本市の市長が呼びかける「未確認の情報をむやみに伝えないように」というメッセージを織り込んだという。
実は熊本市長は事実無根の情報が拡散した熊本地震を経験しており、大阪北部地震直後にも「デマにご注意」と題する以下のようなツィートをしていたのだ。
【デマにご注意】
熊本地震時の経験から、情報の発信元にはみなさん十分注意して信頼できる情報なのかどうか?
今一度十分に確認をして下さい。
未確認の情報をむやみにリツイートせず、情報の真偽を確かめてから責任をもってツイートして下さい。
被災体験を持つ、当事者性の明確な熊本市長の呼びかけをテレビニュースで伝えられたことは打ち消し報道に伴うリアクタンスやバックファイア効果を減じる助けになったのではないかと同記事では結んでいる。
バックファイア効果の対策とは?
ではこのバックファイア効果にはどんな対策が考えられるのだろう?
反発されることなく、相手が信じていることを改めさせる手立てはあるのだろうか?
自分の意見の誤りを正されるのは誰しも気分のいいものでない。
まして自らの信念を覆(くつがえ)すとなると自分のアイデンティティを脅威にさらすことにもなる。
100%の解決策とはいえないが、バックファイア効果を抑える手立てが1つある。
ペンシルベニア大学ウォートン校のマーケティング教授であるジョーナ・バーガー氏によれば、相手を正そうとする前に「自信のなさ」をさらけだすことだという(「『ことば』の戦略 たった1語がすべてを変える。」)。
その自信のなさがバックファイア効果を抑える武器になるのだ主張している。
一見、直感に反するように思えるが、どういうことだろうか?
揺るがない自信に満ちた人の説得であればこそ、少しは自分の信念を見直そうという気になるのではないか?
その根拠となるのが米国で実施された説得に関する実験だ。
その実験では実験参加者たちが説得する側(説得者)と説得される側(被説得者)の二手に分かれ、説得者が非説得者の意見を変えようと迫る。
その説得の内容は決して一刀両断的にはいかない、世論を二分するような難しいテーマについてだった。
たとえば妊娠中絶が合法か否か、大学の入学選考でアファーマティブ・アクション(積極的差別是正措置)を適用すべきか否か、滞在許可証をもたない移民でも一定の要件を満たせば合法的に米国にいつづけられるようにすべきか否かといった類いだ。
実はここからが実験の本題となるが、説得が始まる前に、一部の被説得者には以下のような説得者の心境を吐露する一文を読んでもらったのだ。
自分(説得者)はその問題について慎重に考えてきたつもりだが、自分が正しいと完全に確信しているわけではない。
結果は意外なものだった。
一文を読んだほうの被説得者はそうでない人たちに比べ、自分の意見を変える傾向が強まったという。
ふつうに考えれば、相手を説得する場面で自信なさげに振る舞うのはNGだろう。
毅然と確信があるかのように自分の主張を説くほうが説得力が増すように思える。
しかし、結果は真逆だったのだ。
ジョーナ・バーガー氏によれば、説得というのは自分の意見や情報を伝え、相手に検討や意思決定を促すことがすべてのように思えるが、実はその前段階というのがあるらしい。
まずは相手が話しを聞こうという気持ちになるかどうか、いわば門戸を開くか否かの段階である。
この前段階が案外急所で、その後の説得効果を大きく左右するという。
相手が有無も言わさず自分を説得しにかかっていると察知すると、防衛システムが作動し、心のシャッターを閉じてしまうのだ。
そこで意味を持つのが、説得を始める前に自分の自信のなさを相手にさらけだすことである。
説得者が必ずしも確信を持っているわけではない。
そんな自信なさげなようすをみたとき、少なくとも被説得者には自分を頭ごなしに説得しようとしているのではないとわかる。
であればいきなりシャッターを閉じるのではなく、話しを聞いてみようというスイッチが入りやすい。
その説得者と被説得者の心の機微ををジョーナ・バーガー氏は著書に以下のように書いている。
ここで「当人」とは説得者のことであり、「他者」は被説得者をさす。
自分の意見に葛藤があって確信しきれていないとさらけ出すことには、当人の威信を下げかねないというリスクが伴う。
だが同時に、他者の意見にも価値を認めることであり、そうすると他者は自分の意見を評価されたと感じ、むしろほかの意見を聞く気になる。
複雑で細やかな配慮が必要な問題であることを認め合ったからこそ、ほかの意見を受け入れる気が増すのだ。
相手の翻意を促すには、強硬に相手が間違っているとは伝えてはいけない。
むしろ双方の対話のなかで結論を導こうとしているシグナルを送るのだ。
消費者を説得するもう1つのアプローチ
今回の記事ではバックファイア効果に焦点を当て、その対策について論じた。
相手の意見を変えようと正論を伝えて頭ごなしに説得しても往々にして逆効果となる。
むしろ説得する側が「自信のなさ」をあらわにし、自分にも確信がないことを打ち明けると、相手の態度が軟化する契機となる。
自分に敵対しようとしているわけではないことが伝わるためだ。
そこから対話のなかで正しい答えを導き出そうとする空気感が生まれるのだ。
このアプローチが本ブログで以前に紹介した「両面提示の法則」に通じるものがあるだろう。
メリットとデメリットの両方を伝えたほうが説得力を高まるという法則である。
相手を説得する際にも、自分の考えにも賛否両論あることを率直に認めたほうが相手から信頼されやすいのだ。
そのうえで自分の意見も相手の意見も同じテーブルに乗せ、長所短所を一緒に吟味していくのも遠回りのようでいて案外近道となる。
マーケターの仕事はその多くが消費者を説得することにある。
時には自社ブランドが決して万能ではないことを消費者に伝えるのも得策だろう。
そのうえで自社ブランドがどういうところで役に立てるのか、競合ブランドではなく自社ブランドを選ぶ理由は何かを消費者との対話を通して導き出していく。
バックファイア効果に対する「自信のなさ」の対応策はそんなアプローチをマーケターに示唆してくれているといえる。