“パジャマ以上・おしゃれ着未満” がコンセプトの「パジャマスーツ」が大ヒットとなった。
ヒットの要因は、パジャマのリラックス感を備えつつも、立体的にみせるAOKI独自の縫製技術がしっかり生かされ、スーツのきちんと感が際立ってみえることだ。
テレワークなどの室内使いに加え、カフェや旅行、ゴルフなどシーンレスで着用も可能。アピールポイントにも掲げている「24時間どこでも!パジャマスーツ」を実現する。
当初は「ホーム&ワークウェア」の名で発売されていたが、より覚えやすく商品のイメージが沸きやすいという理由で急遽、「パジャマスーツ」に名前が変更されたという。
この改名が大ヒットの起爆剤となった。
商品の斬新さに注目が集まり、複数の海外メディアが取り上げ、国内のSNSでも話題となって販売着数が急増する。
しかし、実はこのヒットには自社で企画・生産をこなすAOKIならでは強みも存分に発揮されていたのだ。
“パジャマ以上・おしゃれ着未満”のスーツ
AOKIの「パジャマスーツ」が大ヒットしている。
“パジャマ以上・おしゃれ着未満” がコンセプトで、パジャマのリラックス感とスーツのきちんと感を兼ね備えた新機軸のスーツだ。
2020年11月の発売から約1年で販売着数は7万着を突破したという(AOKI公式サイト 新着情報 2021.12.10)。
スーツは通常、年間で1万着売れればヒットといわれるため、「パジャマスーツ」がいかに異例の売行きだったかがわかる。
2021年の日経MJ(流通新聞)のヒット商品番付にもランクインしている。
開発のきっかけはコロナ禍でリモートワークや在宅勤務が増え、自宅でリラックスした格好で仕事をしつつもオンライン会議にはきちんと見せたいという、それまでなかったニーズが急浮上したことにある。
部屋着からスーツへいちいち着替えるのも煩わしいし、ついでにそのままちょっとした外出もできるといい。
そんなシーンレスに着用できるウエアが欲しいというニーズに応えた商品だ。
AOKIは若者向け業態のORIHICA(オリヒカ)を併せて全国に600店ほどの店舗を構えているが、顧客から「リモートワークで何を着たらいいかわからない」といった声が届いていたという。
その声をくみ取りわずか半年足らずで商品化に漕ぎ着ける。
そんな機動力がAOKIに大ヒットを引き寄せたのだ。
パジャマ仕様も、際立つ“スーツのきちん感”
コロナ禍以前からストレッチ素材を使うなど着心地を高めたスーツは既に出回っていたが、求められていたのは自宅で着用が前提の、部屋着でもあり仕事着でもあるスーツ。
AOKIは試行錯誤の結果、スーツでは前例のないニット素材とジャージ素材の2種類を採用し、スーツのきちん感とパジャマのリラックス感を両立させた新たな商品を開発する。
そこには柔らかい素材を使いながらも、立体的にみせるAOKI独自の縫製技術が生かされた。
通常ならスーツの商品化には1年程度かかるとされているが、AOKはその半分以下の期間で開発し、「パジャマスーツ」を世に送り出す。
1年後の発売では顧客ニーズがどう転んでいるか分からない。
感染があっけなく終息していることだってあるのだ。
さらに「そうそう、こういうのが欲しかった!」と顧客から歓迎されるためにも、ニーズがはっきりと意識に上る寸前ぐらいのタイミングがよかったはずだ。
似たような商品が出尽くしてからでは遅い。
さらに誰よりも早く市場に投入できれば先発優位につながり、当該ジャンルの代名詞的な存在になれる可能性もある。
価格はジャケットやパンツのセットアップで1万円程度とし、既存のAOKIのスーツに比べても割安に抑えた。
「パジャマスーツ」という新しいジャンルであり、馴染みのない商品を買うのにはそれなりの勇気がいる。
買い求めやすい価格ならそのリスクを小さく見積もってもらえる。
一方でAOKIは、価格を抑えるために大ロット生産に踏み切り、売れ残ったら大量の在庫を抱えるリスクを負うことにもなった。
蓋を開けてみれば予想以上の売行きとなったが、この時の果敢な決断があったからこその大ヒットだったのだ。
コロナ禍の新しいワークスタイルに戸惑う顧客のニーズに応えるべく、素材や縫製に工夫を凝らし、パジャマのようにくつろげて、それでいてきちんと感のあるスーツをいち早く商品化。
しかも買い求めやすい価格にもこだわる。
自社で企画・生産をこなす紳士服専門店の強みが存分に生かされ、大ヒットへのピースが着々と埋まっていく。
ネーミングが大ヒットの起爆剤に
そして、起爆剤にもなった最後のピースが「パジャマスーツ」というネーミングだった。
意外なことに最初は「ホーム&ワークウェア」という自宅用仕事着のシリーズ名称で発売されていたという。
Business Insider Japanの2021年11月29日の記事によれば、「パジャマ以上・おしゃれ着未満」のコンセプトは発売当初から店頭POPなどで発信されていたため、それを目にした来店客が思わず「パジャマスーツ」と呼んだらしい。
それならいっそのこと、「パジャマスーツ」の方が覚えやすく、商品イメージも沸きやすいのではないか?
AOKIはそんな判断からわずか一カ月で名前を改める。
店頭POPを作り直すなどAOKIも負荷を強いられたが、この臨機応変な即応が見事にあたった。
その後、販売着数は急増したのだ。幸運にも恵まれている。
パンデミックさなかの時宜(じき)を得た商品として複数の海外メディアが報じ、売行きを勢いづけたのだ。
東洋経済オンラインの2021年10月7日付の記事には、イギリスの通信社であるロイター通信にまず取り上げられ、その後は20カ国あまりで紹介されたとある。
海外での報道がきっかけの一つとなって国内のSNSでも急速に話題になり始める。
まさに人気に火がついた状況となった。
「パジャマスーツ」という、たとえ実物を見なくてもどんな商品かがわかる名前ゆえのことだろう。
その名前を知った人たちは、その商品によってどんな恩恵に浴せるかが容易にイメージできたのだ。
人の「カテゴリー化」の習性がヒットをけん引
このてきめんの効果は言語学や心理学でいう「カテゴリー化」という概念で説明できる。
私たちは通常、あらゆる事物や事象を無意識のうちに分類(カテゴリー化)しながら生きている。
例えば「椅子」や「机」など、共通の形状や性質、機能、用途などを基準に似ているモノやコトをひとくくりにして記憶する。
その記憶と照らし合わせながら取り巻く環境に効率的に対処しているのだ。
この「カテゴリー化」という人に備わった能力のお陰で、目に飛び込んでくる対象が何なのか、どう使うのかが皆目わからないということは滅多にない。
だいたい察しがついてしまう。
それも瞬時のうちにだ。
それゆえ人々が「パジャマスーツ」と耳にすれば、全く見たことなくともそれが何たるかが即座にイメージできるのだ。
最初の商品名であった「ホーム&ワークウェア」であっても、どんな範疇の商品かはおぼろげながら掴めたであろう。
しかし、抽象度が高く具体的な像が脳裏に浮かぶことはない。
「パジャマスーツ」とは浮かぶ像の鮮明度が大きく異なるのだ。
その明らかな差がそのまま人々の反響や消費行動の差につながったといえる。
海外メディアも、SNSで話題にした人たちも「パジャマスーツ」という名前の一撃に思わず心動かされてしまったのだ。
パジャマスーツに見る「対義結合」の新鮮さと面白み
もっとも具体的なイメージが沸きやすかったことだけが反響を呼んだ理由ではない。
AOKIの2020年12月7日付の新着情報には、「パジャマスーツ」はくつろげてきちんと感があるという、本来は両立の難しい機能性を「パジャマ」と「スーツ」というまったく用途の異なるウェアの名前を組み合わせることで表現したとある。
「パジャマ」と「スーツ」は一般的な通念から見れば本来は相容れないが、その通念を逸脱し、あえて対立する2つを組み合わせところに人々は新鮮さと面白みを感じたのだろう。
「パジャマスーツ」のようなネーミングの表現技法は「対義結合(オクシモロン/撞着語法)」と呼ばれる。
「対義結合」は、たとえば慣用的な表現では「公然の秘密」「急がば回れ」「負けるが勝ち」「ありがた迷惑」などがある。
他にも慣用表現というほどではないが「小さな巨人」「近くて遠い」「無知の知」「残酷なやさしさ」などもそうだろう。
「対義結合」で不思議なのは、本来は矛盾のある組合せなのに一面の真理をついているように思えてしまうことだ。
これは人が必ずしも理路整然と生きていないことによる。
常に何らかの矛盾を抱え、それらを押し隠して生きている。
その経験から「対義結合」の意味合いの解釈にも弾力性が生まれ、「公然の秘密」や「急がば回れ」ってたしかに言い得て妙だと一人納得し、妙に共感をしてしまう。
「パジャマスーツ」という名前にも同様に、リモートワークをする人々のぼんやりとしていた願望を言い当てる力があった。
胸の内をのぞかれたようでちょっとドキッとしてしまうのだ。
オンライン会議のときだけスーツに着替えるのは面倒なだけではない。
対面を取り繕おうと姑息に着替える自分にもなんとなく嫌悪感を覚えるのだ。
これは人が自己イメージに一貫性を保っていたいという欲求を(無自覚ではあるが)根強く持っていることからくる。
そんな内面の葛藤にAOKIの「パジャマスーツ」が救いの手を差し伸べてきたのだ。
「対義結合」は広告コピーや映画・楽曲のタイトルにもよく使われているが、それは額面の新鮮さや面白みとは別に、人間心理に隠れた真実をすくい上げる力があるためだ。
「パジャマスーツ」にもその力は十分にあったのだろう。
ビジネスや通勤、24時間どこでも!
AOKIはこの「パジャマスーツ」を在宅ワークという狭い用途に閉じ込めておくつもりはないようだ。
発売から約1年、AOKIの公式サイト では「24時間どこでも!パジャマスーツ」と銘打ち、これまでのテレワークなどの室内使いに加え、カフェや旅行、ゴルフなどシーンレスで着用が可能なことをアピールしている。
顧客の着用シーンごとのニーズに細かく対応するため、2種類だった素材を6種類に増やし、レディースも含めてラインナップも大幅に拡充している。
実際は変わりつつあるのだが、AOKIといえば多くの人にとってはやはりスーツのイメージが強いだろう。
ITmedia ビジネスオンラインの2021年10月26日付の記事には、AOKIは「郊外型専門店のAOKI」から「 “いい仕事、いい生活” をサポートするライフ&ワークスタイルのAOKI」への転換を目指すとある。
そのためにパジャマスーツを軸としたカジュアル領域の販売拡大に力を注ぐという。
紳士服専門店のイメージを打破し、人々の頭の中を塗り替えるのはそう簡単ではない。
かつてアマゾンは書籍の領域から入って実績を積み、その後「エブリシング・ストア」に突き進んだ。
AOKIも同様だろう。
まずはリモートワークに狙いを定めて一点突破し、あくまでスーツの体でカジュアル領域に顧客を誘い込む。
そこで商品認知と評判を稼ぎ、徐々に「ライフ&ワークスタイルのAOKI」として受け止めてもらう。
そんなAOKIの思惑が透けて見える。
しかし、はるやま商事が「テレウエア」と称してリモートワークをにらんだ品ぞろえを強化するなど、当然ながらライバルたちもこぞってAOKIの一人勝ちを阻止しようとするだろう。
「パジャマスーツ」大ヒットの神通力がAOKIの業態転換にどこまで及ぶのか?
今後のAOKIの取り組みが注目されるところだ。
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- 「なんと1着で8つの場面を着まわせる! 24時間どこでも!パジャマスーツ」 AOKI公式サイト 特集・キャンペーン (参照日2021年12月20日)
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