カプセルトイに「第4次ブーム」 専門店の出店ラッシュ
自販機に硬貨を入れてハンドルを回すと、カプセルに入ったおもちゃ、カプセルトイが転がり出てくる。
「ガチャガチャ」「ガチャポン」「ガシャポン」など呼び名は一つではないが、日本人なら誰もが知る元祖「体験型玩具」の一つだろう。
何が出てくるかわからないワクワク感がとにかく楽しい。
このカプセルトイの人気が昨今、熱を帯びているらしい。
業界内では「第4次ブーム」との指摘もある。そのブームをけん引するのが、ここ1~2年のカプセルトイ専門店の出店ラッシュだという。
たとえば、バンダイナムコアミューズメントが運営する「ガシャポンのデパート」は、2020年8月に第1号店の横浜ワールドポーターズ店がオープンすると、その後は新規出店が急速に進み、今では店舗数が50店舗を超えている。
その17店舗目で2021年2月にオープンした「ガシャポンのデパート池袋総本店」では、カプセル自販機の設置面数が3,000面を超え、圧倒的な品揃えを誇る。
「単一会場に設置されたカプセル自販機の最多数」としてギネス世界記録にも認定されたという(PR TIMES 2021.03.18)。
その他にも、ルルアークの「ガチャガチャの森」、トーシンの「#C-pla(シープラ)」など複数の企業が、カプセルトイ専門店の出店競争を繰り広げている。
コロナ禍の相次ぐ不採算店舗の閉店で出店余地が広がったことも背景にはあるようだ。
カプセル自販機の設置場所といえば昭和の時代は駄菓子屋の軒先が一般的だった。
その後は家電や総合スーパーなどの量販店でも見かけるようになり、ここ数年は駅や空港、ファッションビル、回転すし店、CDショップなど神出鬼没の様相を呈していた。
そして今や、カプセルトイが堂々の主役を務める専門店が台頭するまでになったのだ。
一昔前のカプセルトイの面影を知る世代なら、その飛躍的な進化に隔世の感が否めない人もいるだろう。
昭和から令和へ カプセルトイ・ヒストリー
カプセルトイは1960年代半ばに米国から輸入された球体ガムの小型自販機が始まりとされる。
その後、1977年に市場に参入したバンダイ(現バンダイナムコホールディングス)が1983年に人気漫画「キン肉マン」のキャラクター消しゴム(通称キンケシ)を100円で発売すると、空前のヒットとなる。
そして、カプセルトイが一躍注目されるようになった。これが第1次ブームだ。
そして90年代半ばにカプセルトイの第2次ブームが始まる。
同じくバンダイから発売された「ガシャポンHGシリーズ」がヒット。
同シリーズのガンダム、ゴジラ、ドラゴンボールなど細部まで精巧に再現されたフィギュア(人形)は大人たちも巻き込んで大人気となった。
1個200円のカプセルトイが出回るようになったのもこの頃からだという。
その後ブームが去って市場は下火となったが、2010年代に入って再び上昇気流に転じる。
そのきっかけが2012年発売の「コップのフチ子シリーズ」だ。
体長5センチほどのOL風のフィギュアが、コップの縁でおすわりしたり、寝転んだりとさまざまなポーズをとる。
ガンダムやゴジラといった既成の人気キャラクターにはないシュール(超現実)さが市場に風穴を開け、第3次ブームの火付け役となった。
一方で、従来のキャラクター路線も健在で、2014年にバンダイが発売した「妖怪ウォッチ」のヒットもまた、ブームをけん引する。
そして今、カプセルトイ市場は専門店の出店ラッシュや、旋風を巻き起こした「鬼滅の刃」によって第4次ブームに突入しているという。
人気キャラクターだけじゃない!カプセルトイ市場の拡大要因
いくつかのブームにも恵まれ、駄菓子屋の軒先から始まったカプセルトイの市場は今や450億円を超える規模に成長している(CBC MAGAZINE 2022.3.1)。
いったい何が子どもから大人まで人々の心を掴み、市場を拡大させたのだろうか?
ざっとこれまでの歴史をひもといても、その時々の時代をとらえた漫画やアニメ、ゲームのキャラクター、いわゆるキャラクターIP(Intellectual Propertyの略で「知的財産」の意)が市場に人々を呼び寄せたことは言うまでもないだろう。
市場に追い風をもたらし、カプセルトイ自体の認知度を高め、ファンを増やす強力な後押しとなったのは間違いない。
しかし、それだけではない。市場の持続的な成長は一方で、業界に息づくプレイヤーたちのセンスと知恵の賜物(たまもの)でもあったのだ。
カプセルトイ自販機の地政学的な展開
そのプレイヤーのうち、鍵となる存在がカプセルトイの販売代理店(オペレーター)である。
大手にはバンダイナムコホールディングス傘下のハピネットやタカラトミーアーツ子会社のペニイなどが名を連ねるが、その業務は多岐にわたっている。
メーカーから商品を仕入れ、自販機を設置した店舗を巡回し、客層に応じた商品の品揃えの選定や補充、集金、メインテナンスなどを行う。
自販機の新たな設置場所を開拓するのも販売代理店の重要な使命の一つである。
実はこの自販機の設置場所、その地政学的な展開がカプセルトイの底堅い需要を支えてきたキーファクターの一つでもあるのだ。
たとえば、普段は滅多にポップコーンを食べない人も、映画館でならつい買って食べてしまうという人もいるだろう。映画館という場所がポップコーンを買って食べるという行為を誘発しているのだ。
同様に、この場所にカプセル自販機があるとついガチャっと回したくなる、そんな格好の設置場所の開拓に販売代理店は日夜知恵を絞ってきたのである。
自販機自体は小型で置く総数の調整も柔軟にできるため、店舗のちょっとした空きスペースを埋める形でその生息域を着々と広げてきた。
トイレ付近やエスカレーターの周辺など商業施設の供用部に、ふと気づくとカプセル自販機が置いてあったりもするだろう。
買物にひと息入れるスキマ時間に衝動を掻き立てる、そんなしくみの一環だ。
買い物客がほどよく消耗し、理性の力で衝動を抑えるのが難しくなる頃合いで、ちょうど自販機が視界に入るようにできている。
さらに、子ども連れなら、親たちが買物中に、カプセルトイさえあれば子どもがしばし大人しくなるという事情も働くだろう。
さらに昨今は、JRや私鉄の駅の構内に置かれることも目に見えて増えている。
改札付近やコンコース、駅ナカ店舗などで大人向けのカプセルトイが展開され、通勤・通学の途上で気軽に立ち寄れるようになった。
仕事帰りの解放感も手伝って、湧いてくる衝動に身を任せやすくなるタイミングを狙ってのことだろう。
大人たちにとっては酒場でちょっと一杯やるよりずっと経済的だ。
おそらくその駅構内での成功が「空港ガチャ」という発想につながったのだろう。
成田や関西、羽田など全国の主要空港で、外国人旅行客に余った硬貨を有効活用してもらおうとカプセル自販機を設置し始めたのだが、その展開が想定外の人気を呼ぶ。
日本のカルチャーが詰まったカプセルサイズのお土産として広く歓迎されているという(PR TIMES 2017.7. 21)。
また、カプセルトイ自販機のやや意表を突く設置場所としてはタワーレコードやHMVといったCDショップがある。
人気アーティストのCDを約2センチのサイズに再現した「ミニチュアCDコレクション」を取り揃え、CDショップにやって来る音楽ファンを新たなカプセルトイの新規顧客として取り込む契機としている。
ちょっとしたスキマ時間にガチャッと回す。そんなたまゆらの消費者行動を、衝動を誘う「場所の力」も借りて引き出す。
そして、カプセルトイは着々と人々の意識の中にその存在を刻んできたのだ。
やがて主従逆転の時がやってくる。空きスペースを埋めるという発想ではなく、集客や施設内の導線効果を狙ってカプセルトイを積極的に扱おうとする商業施設が増えたのだ。
隙間ビジネスだったカプセルトイは、先に触れた専門店が続々と台頭し、いよいよわざわざ買い求めに訪れる「デスティネーション・ストア(買い物の目的地)」へ変貌を遂げたのである。
ヒットの鉱脈を巡ってカプセルトイメーカーが知恵比べ
ここまではカプセルトイの販売代理店や自販機の設置場所にまつわる話だが、カプセルトイ市場にはその一方で、肝心のカプセルの中身をつくるプレイヤーたちがいる。
同市場には大手から中小零細企業まで約30のメーカーがしのぎを削り、月に300前後の新アイテムが投入される。
ヒットの鉱脈を掘り当てようと戦国時代のような知恵比べが連綿と続いているのだ。
ここで国民的人気のキャラクターIP以外で、鉱脈を掘り当てたカプセルトイのヒット商品をいくつか挙げてみよう。
わかりやすさから言えば、まずは「バスの降車ボタン」があるだろう。
混んだバスだと競争原理が働き、なかなか押せないものだが、カプセルトイの降車ボタンなら思う存分に押すことができる。
そんなたわいもない体験がSNSでは格好のネタになるという。
他にファミリーレストランでよく見かける卓上型の呼び出しボタンのカプセルトイもある。
変わり種として人気を集めたのが「おにぎりん具」のシリーズだ。
おにぎりの形をしたケースごと自販機から出てくるが、その中には具材付きの指輪(=りん具)が入っている。
同シリーズの具材には定番の「梅干し」はもとより、「うに」や「卵黄の醤油漬け」などがある。
そしてシリーズ累計200万個を突破(ファミ通.com 2022.2.9)したという「ネコのペンおき」。
アニメ「サザエさん」に出てくる猫のタマちゃんをモチーフにしており、二足立ちしたネコが重量上げのようにペンを持ち上げる姿がかわいいと人気を呼んだ。
プリッとした腰付きも魅力のひとつらしい。
カプセルトイの一大ジャンル「リアルミニチュア」
他にもカプセルトイには「リアルミニチュア」なる一大ジャンルがある。
動物や実際に売られている商品などがまるで本物のように精巧に再現されたカプセルトイだ。
もともと日本には世界を小さく凝縮させるミニチュア文化があり、伝統工芸品や工業製品など細密で精巧な技巧を敬愛してきた歴史がある(にぽにか 2015 no.17)。
そのエスプリがカプセルトイにも受け継がれているようだ。
たとえば、バンダイのガシャポン「いきもの大図鑑シリーズ」では、2018年発売の「だんごむし」を皮切りに、昆虫や爬虫類、哺乳類に至るまで色々な生きものの身体の仕組みを忠実に再現している。
今にも動き出しそうなリアルさが人気を集めている。
一方でフィギュアメーカーのケンエレファントが得意とするのは、様々な企業とコラボした実在する人気商品のミニチュアフィギュア化だ。
たとえばオンキヨーやビクターなどの歴代オーディオ機器や吉野家の人気メニュー、家具メーカーのカリモクが手掛ける「カリモク60」の家具などがその対象となる。
色味や質感がなど細部までこだわって再現され、人々の収集癖をくすぐる逸品がそろう。
ケンエレファントとコラボしたメーカー側にも、そうしたミニチュアが人々の目にとまることでブランディングの一助としたい思惑もあるのだろう。
その他にも人気を集めた商品シリーズはいくつもあり、ひとたびヒットの鉱脈が見つかると、もちろん丸パクリすることはないが、他社も創意工夫の上、路線を追随するようになる。
そのため、豊富なバリエーションが生れるのだ。
やがてこの「創造的模倣」がトレンドを生み、市場にさらなる人々を呼び込む。
「共創」にも思えるメーカー間の競い合いが市場を拡大させているのだ。
カプセルトイの市場はブームが沈静化すると一気に冷え込むが、それはプレイヤーたちが知恵を出し合い、「業界知」を次の高みまで引き上げるいい意味での冷却期間となるのだろう。
市場拡大の根幹に「間欠強化」の法則
ここまでカプセルトイ業界の歴史的な経緯やプレイヤー、ヒット商品などを見てきたが、もう一つ、この業界の成長を語る上で欠かせない構成要素がある。
むしろ、カプセルトイの隆盛を根幹から支えた原動力といっていい。
それは偶然性をこよなく愛するヒトの脳の習性だ。
「『欲しい! 』はこうしてつくられる 脳科学者とマーケターが教える『買い物』の心理」(白揚社 2022)の著者によれば、ヒトは楽しいと思うことを定期的に規則正しく与えられるより、ある程度は偶然性を伴って変則的に与えられた方がより強く喜びを感じるという。
そこには事前の期待値が一枚噛んでいるらしい。
偶然が引き起こすなら、時には期待値に届かず落胆を余儀なくされることもある。
その期待値がいったん下がったタイミングで、「おっ!」と思わぬ喜びを感じることが起こると、どんでん返しのような驚きも入り混じるため、喜びがよりいっそう大きくなるのだ。
偶然に左右され予測ができないとなると、ヒトは「今度はどうだ?」という形でその喜びを得る行動を繰り返すようにもなるという。
やがてヒトは次の喜びを期待してのめり込むようになる。
これは「間欠強化の法則/間欠強化効果」(間欠は一定の時間をおいて起こったりやんだりすることの意)と呼ばれる。
この法則は不規則、あるいは偶然性が伴う報酬のほうによりヒトは執着する現象をさし、やがて度が過ぎると「依存」の域に達してしまうこともあるらしい。
スマホ依存やゲーム依存がその例だが、もとをただせばこの「間欠強化」が引き起こしているのだ。
世のマーケターたちはこの脳の習性をちゃんと計算に入れて様々なしくみを構築している。
SNSの「いいね!」ボタンは、いつ自分の投稿に押してもらえるかわからず、その味をいったん知ると四六時中チエックせずにはいられなくなる。
そのため、ついでに立ち寄る感覚でSNSのプラットフォーム上を回遊することにもなる。
また、昨今のレコメンデーション・エンジンは順当な候補を薦めるのみならず、セレンディピティ(思いがけないものを偶然に発見すること)を起こし、ユーザーに予想外の商品やサービスとの出会いを提供するように設計されているという。
ハッとさせられる分、喜びも大きく衝動買いを誘えるだろうし、長期的にはサイトへの満足度も向上するであろう。
そして、カプセルトイが人々の気持ちを掴んで離さないのも、この脳の習性によるところが大きい。
カプセルトイは全くのランダムというわけではなく、自販機を選ぶ段階である程度のジャンルは予め特定できる。
しかし、そこから先、何が出てくるかはピンポイントにはわからない。運頼みとなるのだ。そのため、宝探しのようなワクワク感が味わえる。
本命のアイテムが当たれば快哉(かいさい)を叫ぶ思いだろうし、たとえそうでなくても、昨今のカプセルトイは粒ぞろいのため、そこそこ楽しめる。
なにより、カプセルトイの愉しさは、中を開ける直前がピークだ。開けた後のアイテムの当たりハズレは実はあまり関係ない。
それゆえ、残念ながら“そこそこ”のトイに当たってしまった人でも、また試そうという余熱は十分に残る。
「今ここ」でしか手に入らない一回性のオーラ
その余熱を次なる購買チャンスに換えることにもカプセルトイのプレイヤーたちは骨身を惜しまない。
カプセルトイは月に300前後の新アイテムを投入し、人々を飽きさせることはない。
その多くは増産しない「売り切れ御免」方式の展開となるため、「今ここ」でしか手に入らない一回性のオーラについ惹きつけられてしまうのだ。
このあたりのやり口、カプセルトイ業界はファストファッションで一人勝ちしているZARAと軌を一にしているといってよい。
ZARAもまた、シーズン中に小刻みに新商品が投入し、やはり「売り切れ御免」方式で、同じ商品を単純に”つくり増し”することは滅多にない。
一期一会の希少性が消費者を売り場に惹きつけているのだ。
偶然性に加え一回性に賭ける消費のあり方を人々に広く定着させてきたカプセルトイ。
運試しの要素を取り入れて消費を喚起する手法はカプセルトイに限らず他にもあるが、カプセルトイは運を試すコンテキスト(文脈)の作り方が極めて絶妙だったのだ。
今では1個1,000円以上のプレミアム商品も登場しているが、その多くは庶民的な価格で楽しめ、クオリティーも高く大きく外れない。
過度に射幸心や競争心をあおられることもない。安全性が担保され、広く市民権を得た老若男女の遊び場。
おそらくそうした「安全圏の遊び場」になり得たことがカプセルトイの本質であり、市場を大きくさせた最大の要因だろう。
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- マット・ジョンソン&プリンス・ギューマン著、花塚 恵訳「『欲しい! 』はこうしてつくられる 脳科学者とマーケターが教える『買い物』の心理」 白揚社 2022年