誰もが望ましいと感じる普遍的な価値の分類体系に「ロキーチの価値体系」がある。
「最終価値」と「手段価値」に分かれ、それぞれ18の下位価値があり、合計で36の価値がリスト化されている。
抽象度が高く、一つひとつの価値の深遠な意味までは理解が及ばないが、意味の違いを判別するのはさほど難しくない。
この価値体系がマーケターにとってもっとも有効なのは、商品やサービスの提供価値を概念化・言語化するときだろう。
今回の記事では18の「最終価値」を紹介するが、いずれも消費者の最終の目標や理想となるため、商品やサービスとうまく噛み合う価値を選択すれば、消費者を衝き動かす原動力にもなり得るはずだ。
価値とは何か?
マーケターは価値という言葉をよく使う。商品価値、付加価値、体験価値、価値創造といった具合だ。
ブランド論を学んだ人なら、機能的価値、情緒的価値、自己表現的価値という言い方もお馴染みだろう。
一方で、価値よりは頻度は落ちるが、価値観という言葉もマーケターは使う。
消費者の価値観、価値観やライフスタイル(values & lifestyles)、価値観の変化や多様化などの言い方は、マーケターの書く企画書や報告書にはよく登場しそうだ。
広辞苑で改めて価値の意味を調べてみると、その意味は大きく2つに分けられる。
1つは「物がもっている、何らかの目的実現に役立つ性質や程度」のことで、ねうちや有用性とも言い換えられる。
こちらはもっぱら物理的に実体のあるモノが対象のようで、マーケターが「商品価値」といったときのそれだろう。
もう一つは「善きもの・望ましいものとして認め、その実現を期待するもの」とある。
とりわけ、「真・善・美」といった社会全体で普遍的に理想とされるものの属性や性質をさすようだ。
こちらは人が持つ価値意識と呼んだほうがよいかもしれない。
また、価値観というときは、個人個人が何にどういう価値があるかを判断するときの基準や捉え方をいう。
心理学では人のモチベーション(動機付け)に関する研究が多くあるが、そこでも価値は重要な概念だという(モチベーションの心理学、2022年)。
人は価値が感じられることをしようとするし、価値の実現のために努力もする。
価値はモチベーションの源泉となり、人を行動へと駆り立てるエネルギーにもなる。
価値こそ消費者行動の原動力
消費財(個人や家庭で使うための商品やサービス)のマーケターにとっても価値は大いに関係が深い。
マーケターは消費者から購買行動や消費行動を引き出すことが最大の関心事だ。
それゆえ消費者に商品やサービスに対し価値を感じさせ、行動を促そうとする。
消費者が「あっ、これは役に立ちそう」「これはいい」などと望ましさを感じるからこそ、欲しい、買いたい、使いたいという気持ちにスイッチが入り、行動が引き出されるのだ。
そして、何を望ましいと感じるかは個人差もありそうだ。その価値判断の基準や捉え方が価値観なのだろう。
マーケターにとっては、似通った価値観を持つ消費者をひとまとめにして、ターゲットとして設定するのが定石の一つとなっている。
商品やサービス由来の価値であれ、消費者が判断基準として持つ価値であれ、マーケターが実務で行うべきは、どんな価値に照準を当てるのかを決めることだろう。
担当の商品やサービスに反映させる、あるいは消費者から引き出す価値を、見定めて概念化しなければならない。
そして、それを人に伝えるために言語化もしなければならない。
今回、記事で取り上げるのは、人がどんなことに価値を感じるのか、その価値の体系の一つだ。
人が見いだす価値など千差万別に思えるが、いくつかに切り分けられ、網羅性を担保する形で体系化できるという。
価値の体系があらかじめ分かるなら、マーケターはそのうち一つを選び、扱う商品やサービスに反映させればいい。
消費者はおのずと価値を見いだし、引っ掛かりを覚え、いつしか買いたい、使いたいと思ってくれるだろう。
昨今はブランドの「パーパス(存在意義)」を定めることがマーケティングの世界では一種のトレンドになっている。
「パーパス」はまさに商品やサービスが「どんな価値を実現するために生まれてきたのか?」という問いに答えることである。
価値の体系があるなら、その答えを探すちょっとした道しるべにはなるだろう。
普遍的な価値の分類体系 「ロキーチの価値体系(RVS)」
その価値の体系には社会心理学の分野を中心にいくつもあるが、今回は「ロキーチの価値体系(Rokeach Value Survey/RVS)」と呼ばれるものを紹介する。
よく知られた体系の一つで、社会心理学者のミルトン・ロキーチによって開発されている。
「ロキーチの価値体系(RVS)」には全部で36の価値があり、一つひとつに名前がついている。価値の概念化・言語化に迫られたマーケターにとっては有効なツールになり得るだろう。
ロキーチによれば、価値とは「ある行動様式や求める状態が、他の行動様式や求める状態よりも個人的に、社会的に好ましいとする信念」なのだという。
また、ロキーチは程度の違いこそあれ、誰もが36の価値を同じように持っているとの前提を置く。それぞれの価値の優先順位が人によって異なるだけなのだ。
「ロキーチの価値体系」は英語で「Rokeach Value Survey/RVS」、日本語訳にすれば「価値調査」という名前がついている。
実は個人の価値観を調べる調査手法として開発されているという。
ロキーチは個人に価値のリストを渡し、優先順位を判断させ、価値が個人内にどう序列化されているかを探ろうとしていた。
そのとき用いられた調査尺度が私たちが今日、「ロキーチの価値体系」と呼ぶものである。
価値は「最終価値」と「手段価値」に二分される
この「ロキーチの価値体系」の最大の特徴が、価値を大きく2つに分けていることである。
一つが「最終価値(terminal value)」で、個人が求める価値として望ましい究極のあり方を表す。個人の最終的な目標や理想となり得る価値といえよう。
もう一つが「手段価値(instrumental value)」で、最終価値に到達するために必要な行動様式を表す。
この「最終価値」と「手段価値」のもとに、それぞれ18の下位価値、合計で36の価値がリスト化されている。
今回の記事では「最終価値」を紹介しよう。
日本語訳がソースによって微妙に異なるが、今回は「モチベーションの心理学」(中央新書、2022年)に掲載されていたものを以下に一覧で示す。
- 快適な生活(A comfortable life)
- 裕福な生活(a prosperous life)
- エキサイティングな生活(An exciting life)
- 刺激的、活動的な生活(a stimulating, active life)
- 達成感(A sense of achievement)
- 継続的な貢献(a lasting contribution)
- 平和な世界(A world at peace)
- 戦争や紛争がないこと(a world free of war and conflict)
- 美しい世界(A world of beauty)
- 自然や芸術の美しさ(beauty of nature and the arts)
- 平等(Equality)
- 連帯、機会均等(brotherhood and equal opportunity for all)
- 家族の安全(Family security)
- 愛する人のケア(taking care of loved ones)
- 自由(Freedom)
- 独立、自由な選択(independence and free choice)
- 幸福(Happiness)
- 満足感(contentedness)
- 精神の調和(Inner harmony)
- 心の内面に葛藤がないこと(freedom from inner conflict)
- 成熟した愛(Mature love)
- 性的かつ精神的な親密さ(sexual and spiritual intimacy)
- 国家の安全(National security)
- 攻撃に対する防衛(protection from attack)
- 喜び(Pleasure)
- 楽しい、ゆったりした生活(an enjoyable, leisurely life)
- 魂の救済(Salvation)
- 罪からの救済、永遠の生命(saved; eternal life)
- 自己の尊重(Self-respect)
- 自尊心(self-esteem)
- 社会的承認(Social recognition)
- 尊敬されること、賞賛されること(respect and admiration)
- 真の友情(True friendship)
- 仲間との親密な交際(close companionship)
- 叡智(Wisdom)
- 人生についての成熟した理解(a mature understanding of life)
ロキーチはこうした価値体系を過去の文献レビューや自身が設計・実施した調査などから導き出したようだ(JMR)。
各項目とも抽象度が高く、さらに英語からの翻訳となると深い意味までは解き明かすことはできないが、指し示す意味のベクトルがそれぞれ異なることはなんとなくわかるだろう。
「ロキーチの価値体系」をマーケティングに生かす
ではこの価値体系をマーケティングの実務にどう生かせるのだろう?
最も使えると思われるのが、マーケターが商品やサービスの提供価値を定義するときである。
担当する商品やサービスが消費者のどんなニーズに応え、どんな便益をもたらすのか? ひいてはどんな体験価値が生まれるか?に、同じチームメンバーたちとあれこれ妄想する。
マーケターならそんな機会はきっとあるだろう。
そこから次のステップでは、コンセプトやターゲット・プロフィールに落とし込んでいく。
これはなかなか骨の折れるプロセスで、チーム内で合意形成に至るまでにはある程度の時間を要する。
チーム内で時には何度も議論を戦わせたり、時には消費者調査に立ち返ったり、たいていは行きつ戻りつしながらの道のりとなる。
チームによっては、大きな模造紙にアイデアを書いた付箋を貼るといったワークショップが開かれることがあるかもしれない。
そんな過程で主流となるのは「帰納法」という推論方法だろう。
「帰納法」とは集まった事象から共通項を見いだし、普遍性のある結論を導き出すことをいう。いわばボトムアップ式にゼロから積み上げていく。
「ロキーチの価値体系」の出番は、意見やアイデアが出尽くされ、いよいよ結論を導き出そうとする、帰納法において収束に向かう段階である。
それまでの議論や知見を踏まえ、しっくりくる価値を体系の中から一つ選んでいく。
たとえばリストの中ほどにある「家族の安全」という価値を選んだとしよう。
次にその「家族の安全」という最終価値のフィルターを通して、コンセプトやターゲットプロフィールをまとめ上げていく。
スバルのブランド価値を「ロキーチの価値体系」から
ここからは自動車メーカーのスバル(SUBARU)を例に「ロキーチの価値体系」の使い方をシミュレーションしてみよう。
スバルは2010年代の半ばごろから「安心と愉しさを」をキャッチコピーに掲げ、広告や公式サイトでも「家族を乗せるクルマ」として立ち位置を盛んに打ち出している。
CMのコピーには「クルマは人生を乗せるものだから」というものもあった。
「家族の安全」をブランドの最終価値に掲げているといってよいだろう。
その背景にあるのは安全性を高める運転支援システム「アイサイト」の開発である。
「アイサイト」の機能を一つ挙げれば「衝突被害軽減ブレーキ」がある。
衝突の危険がある場合、ドライバーに注意を喚起するというもの。
もし衝突を回避する操作が直ちにとられない場合は、ブレーキを制御し、自動的に減速または停止するという。
こうした先進技術を携え、スバルは傘下の車種ブランドも巻き込み、ブランド全体で「家族の安全」の最終価値に照準を定めたようだ。
ただし、そのブランド価値の決断は簡単ではなかっただろう。
スバルといえば、「走りのクルマ」として名を馳せていた時期もあり、「スバリスト」ともいわれる熱狂的なファンを惹きつけていた。
「走り屋」といわれる人たちもその中にはいたのだ。
「アイサイト」の機能を持ってすれば、そうした既存のファンに寄り添う価値提案という選択肢もあったであろう。
そんなスバルに携わるマーケターたちがいよいよブランドの提供価値を決める段階で、「ロキーチの価値体系」を知っていたとしよう。
最終価値の一つに「家族の安全」があること、しかもその最終価値は誰もが望ましいと考える普遍性を帯びていることをいち早く認識できることになる。
スバルが選ぶべき最終価値の道しるべが得られるため、ゼロから模索し、やみくもに選択肢を広げなくて済む。
特定の価値を「正解」として仮置きする
「家族の安全」が有望な候補になり得るようなら、いったんその価値が正解だと仮置きしてみよう。
その上で、その価値がスバルが直面するマーケティング課題にうまく対処し得るかを検討してみる。たとえば以下のような課題だ。
- (新規顧客など)狙いとするターゲットに刺さるのか?
- 「アイサイト」の先進機能を十分に引き立て得るのか?
- 今の時代ニーズに応える得るのか?
- 競合ブランドとの差別化は叶うのか?
それまでの情報や分析を踏まえて検討すると、スバルには一見、意外な選択肢に思える「家族の安全」が不思議としっくりくるように思える。
従来のスバルファン層に歩み寄った「エキサイティングな生活」という最終価値が脳裏をよぎってはいたが、「家族の安全」のほうがしっくり感が勝るのだ。
あくまで想像の世界ではあるが、スバルに携わるマーケターたちが「ロキーチの価値体系」を知っていたとしたら、こんな風に実務に活用されていたであろう。
その後、「『家族の安全』でいける!」と思えば、そこから修正や肉付けの作業に入る。
「家族の安全」に軸足を置くにせよ、スバルの真骨頂である「ドライビング・パフォーマンス」は欠かせない。「愉しさ」も加えようといった議論になるだろうか?
もちろん、18の最終価値すべてをいったん正解だと仮置きし、網羅的に検証するのがベストではある。
半ば強制発想的に全最終価値に思索を巡らすことで、思いもしなかった価値への焦点化を迫られ、誰も気づかなかった意外な盲点を明るみにできるかしれない。
しかし、マーケティングの実務で、そんな時間的な余裕はほぼないといってよい。いったん仮置きするなら、精度の高い仮説から始めるのがいいだろう。
「個人的価値」と「社会的価値」
ここでもう一本、18の最終価値に補助線を引いて見よう。筋のいい仮説にあたりをつける一助になるかもしれない。
実は18の最終価値は「個人的価値」と「社会的価値」に区別されるという(International Journal of Organizational Leadership, 2016, Volume 5, Issue 2)。個人にとって望ましい価値なのか、社会全体で望ましい価値なのかの区分である。
社会的価値 | 個人的価値 |
---|---|
平和な世界(A world at peace) 美しい世界(A world of beauty) 平等(Equality) 家族の安全(Family security) 自由(Freedom) 成熟した愛(Mature love) 国家の安全(National security) 社会的承認(Social recognition) 真の友情(True friendship) | 快適な生活(A comfortable life) エキサイティングな生活(An exciting life) 達成感(A sense of achievement) 幸福(Happiness) 精神の調和(Inner harmony) 喜び(Pleasure) 魂の救済(Salvation) 自己の尊重(Self-respect) 叡智(Wisdom) |
扱う商品やサービスがどちらの価値はふさわしいのかをひとまず判断した上で、仮置きする価値を選んでもいいだろう。
先のスバルの場合なら、ブランドには幅広い支持が得られる社会的価値を優先し、そこから「家族の安全」を選ぶという道筋となる。
SDGsや社会課題が注目に集まる昨今、「社会的価値」に分があるように思えるが、あくまで扱う商品やサービスに軸足を置いて考えたい。
今回は世の中に数ある価値の体系の中から、「ロキーチの価値体系」を紹介した。
とりわけ、昨今は機能やスペック競争が飽和状態に達し、商品やサービスにも意味的な価値が問われるようになっている。
望ましいとされるどんな価値を具現化し、消費者を動かすのか?
その答えを探す一助として、マーケターなら「ロキーチの価値体系」を頭の片隅に入れておいてもいいだろう。
- 坂野朝子・武藤 崇著「『価値』の機能とは何か:実証に基づく価値研究についての展望」心理臨床科学(2巻1号)、2012年
- 廣瀨春次著「価値研究の最近の動向と課題」鹿児島県立短期大学紀要 第49号、1998年
- 鹿毛雅治著「モチべーションの心理学-『やる気』と『意欲』のメカニズム」 中央新書、2022年
- 「デジタルな時代の新しい消費者を理解する法則」 JMR/日本マーケティング研究所(参照日2023年01月18日)
- 「斬新さ重視、ざっくり検証 コンサル流仮説思考の極意 第17回 仮説思考」 2020年10月21日 NIKKEI STYLE
- Krista Tuulik, Tauno Õunapuu, Karin Kuimet, Eneken Titov Rokeach’s instrumental and terminal values as descriptors of modern organization values International Journal of Organizational Leadership, 2016, Volume 5, Issue 2