働き方改革が叫ばれる現代社会において、パーソルの「はたらいて、笑おう。」は単なる企業スローガンを超えた社会的メッセージとして機能している。
このたった8文字のキャッチコピーが持つ力の源泉は、従来の「働く=苦労」という固定観念を「働く=喜び」に転換させる価値観の革命にある。
平仮名表記による多様性への配慮、シンプルな因果関係による行動誘導、そして学術的なWell-being概念を「笑顔」という日常語に翻訳した言語センスが相互に作用し、労働に対する新しいパラダイムを社会に提示している。
人材サービス企業から「働き方改革の旗手」へとブランドポジションを昇華させ、時代の価値観変革の触媒として機能する成功事例から、現代のコミュニケーション戦略が目指すべき本質的な方向性を読み解く。
1.分析対象
ブランド名:パーソル
2.コピーの核心
「はたらく」を平仮名表記で柔らかく表現し、労働を人生の喜びへと昇華させる新時代の働き方宣言
3.多角的評価
- メッセージ力★★★
- 働くことの本質的価値が端的に表現されている
- 感情インパクト★★★
- 「笑おう」という呼びかけで前向きな感情を直接喚起
- 市場適合度★★★
- 働き方改革時代のニーズに完全適合
- 表現技術★★★
- 平仮名使用と命令文の絶妙な組み合わせ
- ブランド固有性★★☆
- 人材業界内での独自性は高いが、汎用性もある
- 拡散・持続力★★★
- Well-being概念の普及とともに影響力拡大
※評価軸について
- メッセージ力:伝えたい内容が明確で、受け手に正確に届く表現力
- 感情インパクト:心に響く度合い、記憶に残る感情的な訴求力
- 市場適合度:ターゲット市場のニーズや時代背景への適合性
- 表現技術:言葉遣い、修辞技法、構成など技術的な完成度
- ブランド固有性:そのブランド独自の個性や差別化要素の強さ
- 拡散・持続力:話題性と長期間にわたって効果を維持する力
総評
労働に対する価値観の転換期において、働くことの意味を根本から再定義した時代精神を捉えたコピー。
平仮名表記による親しみやすさと、シンプルな呼びかけ形式により、多様な働き方を包含する包括性を実現している。
4.なぜ効くのか?徹底解剖
平仮名表記が生み出す「包括性」の魔力
このキャッチコピーの最大の特徴は「はたらく」を平仮名で表記している点である。
通常の「働く」ではなく「はたらく」を選択することで、従来の労働概念を意図的に拡張している。
漢字の「働く」は、どうしても企業での雇用労働、つまりサラリーマン的な働き方を連想させがちだ。
しかし平仮名の「はたらく」は、その枠を大きく超えて、フリーランス、副業、在宅ワーク、ボランティア、主婦業、学習、さらには人生そのものの活動まで包含する広がりを持つ。
パーソル自身が「一人ひとりの多様なはたらき方・生き方を応援したいという想いを込めて、パーソルでは『はたらく』を平仮名で表現しています」と明言しているように、この表記法は多様性への配慮を可視化する戦略的選択なのである。
この表記法の巧妙さは、文字そのものが包括性のメッセージを伝えている点にある。
見た目の柔らかさが、硬直した労働観からの解放を暗示し、新しい働き方への扉を開いているのだ。
行為と結果を直結させる「単純な因果関係」の説得力
「はたらいて、笑おう。」の構造は極めてシンプルである。
前半で行為(はたらく)を示し、後半で結果(笑う)を提示する明快な因果関係の表現となっている。
このシンプルさこそが、複雑化する現代の働き方に対する明確な指針を提供している。
働くことの目的を「笑顔」という具体的で普遍的な状態に設定することで、どんな職業、どんな働き方であっても共通の価値基準を提示しているのだ。
特に重要なのは「笑おう」という呼びかけ形式の採用である。
これは単なる願望や予測ではなく、積極的な意思決定への誘導となっている。
働く人自身が主体的に「笑顔になる」ことを選択する構造になっており、受動的な幸福ではなく能動的な幸福創造を促している。
この因果関係の明確さが、働くことの意味に迷いがちな現代人に対して、シンプルで力強い指針を提供している。
Well-being概念との親和性が生む「時代性」
パーソルが提唱する「はたらくWell-being」という概念と、このキャッチコピーは完璧に連動している。
Well-beingとは単なる幸福感を超えて、人生の意味や目的、自己実現を含む包括的な幸福状態を指す概念だ。
「笑おう」という表現は、この Well-being概念を極めて分かりやすい言葉に翻訳したものといえる。
専門用語であるWell-beingを「笑顔」という誰もが理解できる状態に置き換えることで、学術的な概念を日常的な実感レベルまで落とし込んでいる。
さらに重要なのは、このコピーが働き方改革やワークライフバランスという社会的潮流と完全に歩調を合わせている点である。
長時間労働や過労が社会問題となる中で、「働くことで笑顔になる」というメッセージは、旧来の苦役としての労働観からの脱却を明確に示している。
このような時代精神との親和性が、企業スローガンとしての説得力と社会的意義を両立させている。
5.実践で活かす教訓
「はたらいて、笑おう。」が現代のコミュニケーション戦略に提供する教訓は、表面的なテクニックを超えて、ブランドメッセージの本質的な設計思想にまで及んでいる。
表記法による価値観の可視化
最も重要な学びは、表記法そのものがメッセージになるという事実である。
パーソルの平仮名「はたらく」使用は、単なる文字選択ではなく、多様性や包括性といった価値観を視覚的に表現する戦略的手法だ。
現代のブランディングにおいて、価値観の表明は避けて通れない要素となっている。
その際、直接的な主張だけでなく、文字種、フォント、色彩、レイアウトといった表現方法自体に価値観を込めることで、より深いレベルでのメッセージ伝達が可能になる。
特に多様性や包括性を重視する現代社会において、硬い漢字表記よりも柔らかな平仮名表記を選択することで、間口の広さや親しみやすさを演出できる。
この手法は、ターゲットを限定せず、幅広い層に訴求したい場合に特に有効である。
シンプルな因果関係による行動誘導
「はたらいて、笑おう。」の構造は「行為→結果」という最もシンプルな因果関係の提示である。
この明快さが、複雑な現代社会において強力な指針として機能している。
現代のマーケティングメッセージは、情報過多の中で複雑化しがちだが、本質的な価値提案はむしろシンプルであるべきだ。
「何をすれば、どうなるのか」を明確に示すことで、消費者の行動変容を促進できる。
特に重要なのは、結果として提示する状態が具体的で普遍的であることだ。
「笑顔」は文化や言語を超えて理解される普遍的な幸福の表現であり、どんな人にとっても共感可能な目標となっている。
社会的課題への解答としてのブランドポジショニング
パーソルのコピーが持つ最も強力な要素は、単なる商品宣伝ではなく、社会的課題に対する解答として機能している点である。
働き方改革、メンタルヘルス、労働の意味といった現代的課題に対して、明確な価値観と方向性を示している。
現代のブランドは、商品やサービスの機能的価値だけでなく、社会的意義や文化的価値の提供が求められている。
その際、抽象的な理念ではなく、具体的で実践可能なメッセージとして社会的価値を表現することが重要だ。
「はたらいて、笑おう。」は、働くことの新しい価値観を提示することで、パーソル自身を単なる人材サービス企業から「働き方改革の旗手」へとポジショニングすることに成功している。
6.総括
「はたらいて、笑おう。」は、働き方の転換期において労働観そのものを再定義した時代の象徴的コピーである。
たった8文字の中に、平仮名表記による多様性の包含、明快な因果関係による行動指針、そしてWell-being概念の日常語への翻訳という三つの革新が凝縮されている。
これらが相互作用することで、単なる企業メッセージを超えて社会変革の触媒として機能している。
最も重要なのは、このコピーが商品を売るためのツールではなく、新しい社会のあり方を提案する文化的装置として設計されている点だ。
真に優れたキャッチコピーとは、人々の価値観変革を促し、時代精神を体現するものなのである。
多様な分野のキャッチコピーを学術的視点から徹底解剖するシリーズ。商品・サービスのキャッチコピーからブランドスローガン、タグラインまで、広く認知される表現を分析対象としている。
論理学、社会心理学、認知言語学、修辞学、音象徴学、行動科学といった学際的アプローチにより、言葉が持つ力の本質に迫る。ブランディング実務に従事するマーケターが実践で活用できる深い洞察の提供を目指している。