アンダーマイニング効果と対策 そもそもその効果は本当か?

アンダーマイニング効果 過剰正当化効果 過正当化効果
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アンダーマイニング効果とは、意欲を持って始めた活動に対し、報酬やご褒美などのインセンティブが与えられたことで、その意欲が減退してしまうことをいう。

ほかに「過剰正当化効果」「過正当化効果」といった言い方もある。

心理学では外発的動機づけ内発的動機づけを損なう現象として知られ、とりわけ保育や教育、スポーツの世界でよく使われる。

しかし、実は意欲を失う本質的な理由はほかにあり、外発的動機づけだけが悪さをするのではないという。

本記事では、「希薄化の法則」という意欲減退のメカニズムにメスを入れ、アンダーマイニング効果の真の要因を探り、そんなマイナス効果を防ぐ対策についても考察する。

目次

アンダーマイニング効果(過剰正当化効果)とは?

よく知られた心理学用語の1つに「アンダーマイニング効果」というのがある。

一般的な定義では意欲を持って始めた活動に対し、なんらかの報酬やご褒美を与えられると、その意欲が次第に萎えてしまうことをいう。

報酬やご褒美 インセンティブ 外発的動機づけ
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インセンティブを加えたことが逆効果となるケースだ。

英語の「undermine」には徐々に弱らせるの意味がある。

もともとは「under(下)」を「mine(掘る)」の2つの単語からできており、地盤から切り崩すといった意味があるらしい。

せっかく本人が活動に楽しみを見いだし、はりきって取り組んでいるのに下手に外部から報酬やご褒美などのインセンティブが与えられることで、そのやる気を削いでしまう。

そんな残念な効果「undermine」という言葉がよく言い当てているといえよう。

ほかに「過剰正当化効果」「過正当化効果」といった言い方もされる。

マーク・レッパー氏らの実験とは?

アンダーマイニング効果が提唱されるきっかけとなったのが、スタンフォード大学のマーク・レッパー氏らが1970年代初頭に行った実験だ(「科学的に証明された自分を動かす方法」東洋経済新報、2023年)

3歳から5歳の園児たちにカラフルなフェルトペンで絵を自由時間に描いてもらい、その様子を観察する。

スタンフォード大学のマーク・レッパー氏の実験 お絵描き
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ただし、被験者である園児たちは以下の3つのグループに分かれていた。

  • グループ1:絵を描いたらご褒美に「絵描きさん賞」という賞状がもらえる
  • グループ2:絵を描いてもご褒美は何ももらえない
  • グループ3:事前には知らせていなかったが、絵を描いたらグループ1と同様の賞状がもらえる

なお、グループ1の園児たちには最初の絵を描いて賞状をもらったら、そのあとで何枚描いても何ももらえない。

ご褒美は1回きりと告げてあった。

どの園児たちもペンのカラフルさに惹かれ、最初は喜んで絵を描き始める。

しかし、1枚目の絵で賞状をもらったグループ1の園児たちは、自由時間を割いてまで絵を描き続けることはほぼなかった

一方、ご褒美のなかったグループ2の園児たちとサプライズでご褒美がもらえたグループ3の園児たちはグループ1の園児たちより多くの自由時間をお絵描きに費やしたという。

グループ1の園児たちはインセンティブがあだになって、絵を描く続ける意欲が削がれてしまったというわけだ。

実験を行ったレッパー氏は以下のように分析している(前掲書)

活動を正当化する報酬やインセンティブ余計に与えられたせいで、活動に対する意欲が減退することがある。

被験者となった園児たちの場合、ご褒美が予告されたことで、お絵描きが自己表現だけの活動ではなくなる。

自己表現プラス賞品(実験では賞状のこと)をもたらす活動になってしまったのだ。

その後、賞品がなくなって自己表現が唯一の目的となると、幼い芸術家たちはもはや創作活動に関心をもたなくなった。

冒頭でアンダーマイニング効果は過剰正当化効果や過正当化効果とも言われると書いたが、両者はややニュアンスが異なる。

アンダーマイニング効果は「結果」を言い当てており、過剰正当化効果は「原因」に焦点を当てている。

マーク・レッパー氏の分析通りなら、インセンティブによる正当化が過剰(賞品プラス自己表現)だったことで意欲が減退したことになる。

過剰正当化効果や過正当化効果のほうが言い得て妙といえるだろう。

外発的動機づけは内発的動機づけの天敵?

本ブログの「内発的動機づけ」の記事でも触れたが、動機づけ(モチベーション)には2種類ある。

1つはそれをすること自体が目的と感じられる活動を追求することで「内発的動機づけ(モチベーション)」という。

内発的に動機づけられた人は、フェルトペンを渡され夢中でお絵描きをした園児たちのように、活動自体が楽しくて取り組むのだ

もう1つが、報酬やご褒美などを得るため、あるいは罰や損失を避けるために活動に取り組むことで「外発的動機づけ(モチベーション)」という。

ここまで説明してきたアンダーマイニング効果とは、外発的動機づけ、すなわち外部からのインセンティブが約束されることで内発的動機づけが損なわれることにほかならない。

まさに動機づけが「undermine(弱体化)」してしまうのだ。

そして、このアンダーマイニング効果の知見をきっかけに、外発的動機づけがあたかも内発的動機づけの「天敵」のように扱う言説が広がっていく。

多重のインセンティブが意欲を削ぐ

しかし、実際は外発的動機づけだけが害になるとは限らない。

シカゴ大学ブース・スクール・オブ・ビジネス教授のアイエレット・フィッシュバック氏が書いた「科学的に証明された自分を動かす方法」(東洋経済新報、2023年)によれば、もっと本質的な要因はほかにあるという

二重のインセンティブが折り重なって与えられたことで、活動に取り組む当人たちが混乱してしまうのだ。

内発的動機づけとか外発的動機づけとか、その種類は特段関係なく、とにかく2つ以上のインセンティブが交錯することが減退を招いてしまう。

同書にはこんな実験が紹介されている。

小学2年生と3年生に短い絵本を渡す。

その絵本は塗り絵帳も兼ねていて、1ページに1つずつ、お話と登場人物のイラストがセットになっており、イラストは好きなように色を塗ることができる。

お話を読むのも、塗り絵をするのもそれぞれ内発的動機づけだ。

色塗りは自己表現になるし、お話を読んで関心を満たすのも楽しいはずだ。

要は小学生の被験者たちに2つの内発的動機づけとなるインセンティブを同時に与えたことになる。

ところがその後に塗り絵ができなくなったとき、被験者たちはお話を読む意欲までなくしてしまった

逆にお話を読めなくなったときも塗り絵を続ける意欲もなくした。

過剰正当化効果
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インセンティブがお話と塗り絵とが重なって過剰になったせいで意欲減退を招いたである。

インセンティブが多重になることで意欲を失うなら、「過剰正当化効果」のほうが、効果の根本要因を鋭く突いているといえる。

どのみち意欲は弱体化するのでアンダーマイニング効果でも間違いではないが、「意欲を持って始めた活動に対し、なんらかの報酬やご褒美を与えられると、その意欲が次第に萎える」というよくある定義は限定し過ぎていることになる。

意欲を萎えさせるのは報酬やご褒美など外発的なインセンティブに限らないのだ。

希薄化の法則 目標がぼやけてしまう

ではなぜ、インセンティブの多重性が意欲を削いでしまうのか?

前出の「科学的に証明された自分を動かす方法」ではその要因を「希薄化の法則」というキーワードで説明している。

「希薄化の法則」とは1つの活動で目指す目標の数が増えると、大本(おおもと)の大目標と活動とのつながりが弱くなり、がんばったところで目標実現に貢献しないと思えてくることをいう。

なんらかの活動に取り組んでいるいるとき、別のインセンティブの横やりが入ると、そもそも何のために活動しているのか、そのピントがぼやけてきてしまうのだ。

希薄化の法則 目標がぼやけてしまう
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同書に書かれていた例をいくつか挙げてみよう。

たとえば、視力改善という効果を期待してニンジンを食べていたとしよう。

視力改善効果がインセンティブとなったのだ。

ところがニンジンには血圧を下げる効果もあると知ると、ニンジンには視力改善の効果はさほど期待できないと思えてくる。

何のためにニンジンを食べているのか、ぼやけてきてしまうのだ。

あるいは職場で一丸となってリサイクルプログラムに取り組んでいたとしよう。

ところが実は会社が節税対策のために始めていたと知ったら、おそらくリサイクルへの動機づけ(モチベーション)は減退するだろう。

税制優遇・節税対策
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多機能工具とふるさと納税の意外な関係

前出の「科学的に証明された自分を動かす方法」の著者らが自ら行った複数の用途に使える多機能工具を用いた実験もマーケターには興味深い。

とあるアンケートに被験者に答えてもらうのだが、実は被験者たちは2つのグループに分かれていた。

片方のグループにはアンケートの記入時にレーザーポインター機能の付いたペンを使ってもらったのだ。

もう片方のグループはふつうのペンを使ってもらう。

記入が終わったら被験者全員が受付デスクで終了の署名をするのだが、その際に使うペンの選択肢が2つある。

ふつうのペンか、片方のグループが使ったのと同じレーザーポインター付きのペンかだ。

するとアンケート記入時にレーザーポインター付きのペンを使ったほうのグループは、署名をするのにそのペンを選ばない。

あくまでふつうのペンを使って署名を済ませるのだ。

署名
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対照的に、レーザーポインター付きのペンを使わなかったほうのグループはそのペンとふつうのペンを選ぶ割合が半々ほどだった。

署名するのにランダムにペンを選んでいたのだ。

この実験はレーザーポインター付きのペンのような多機能工具が最終的にはどの用途にも使われないことが多い理由を説明しているといえるだろう。

人はペンはただのペンであることを望むのだ。

ここで前述のマーク・レッパー氏らによる園児たちのお絵描きと賞状の実験を振り返ろう。

この実験結果も「希薄化の法則」で説明ができる。

最初は園児たちはお絵描きで自己表現することを心から楽しんでいた。

しかし、賞状というインセンティブが入り込んできたことで、園児たちはお絵描きに見いだしていた意味の一部を失ったのだ。

お絵描きと自己表現の目標との結びつきが希薄化してしまい、もはやカラフルなフェルトペンが園児たちの心を突き動かすことがなくなったのである。

「希薄化の法則」という指摘は、日本の「ふるさと納税」の仕組みにも示唆となる。

地方で生まれ育って都会に出てきて働く人たちが、自分を育て、支えてくれたふるさとに恩返しをしたい。

そう願う人たちが税制を通じてふるさとへ貢献する仕組みとして始まったのが「ふるさと納税」だ(総務省「ふるさと納税ポータルサイト」)

ふるさと納税の封筒
ふるさと納税

ところが実際は縁もゆかりもない自治体も「ふるさと」と同じ扱いになり、納税のインセンティブとして魅力的な返礼品も加わる。

恩返ししたいという思いが薄れていくのも無理からぬことといえるだろう。

アンダーマイニング効果を防ぐ対策とは?

アンダーマイニング効果が実は過剰なインセンティブのせいだとわかると、おのずと対策も見えてくる。

ただ単に報酬やご褒美などのインセンティブがいけないというのではない。

「希薄化の法則」の名称が示す通り、活動に取り組む理由を希薄化させないことが第一命題だ。

インセンティブを与える側にせよ、受け取る側にせよ、なぜその活動に取り組むのか、その目標を見定め、その目標から外れないインセンティブを選ぶことである。

あれ、何のために自分はこの活動に取り組んでいるのだろう?」とふと目標を見失うようなインセンティブは遠ざけなければならない。

前出の「科学的に証明された自分を動かす方法」によれば、目標と衝突しなければ、たとえば金銭的なインセンティブであっても意欲が「undermine(弱体化)」することはないという。

たとえば芸術家たち自分の作品が高く売れたことで創作意欲を失ったりしないだろう。

生業(なりわい)として芸術活動に取り組んでいるとすれば、対価が支払われることが最初から組み込まれている。

インセンティブが与えられる理由が明確なため、大目標がぼやけることはないのだ。

ビジネスパーソンであれば、昇給は成功のシグナルとなるため、より意欲が湧くだろう。

外発的動機づけが内発的動機づけを損なうという従来のアンダーマイニング効果を言い当てた実験は多くは子どもが被験者となっている。

大人たちと違って子どもは取り組む活動に明確な目標が織り込み済みであることがまずない。

そのため、ある活動をするにあたり、大人がご褒美をくれるのなら、「この活動はご褒美をもらわなければ楽しめない活動だ」などと暗示にかかってしまうらしいのだ(前掲書)

エンハンシング効果が発揮されるとき

また、新しい分野、自分にとって未知なる領域に踏み出そうとするとき、その活動に取り組む意義を見いだすうえで、インセンティブがシグナルとなる場合もあるという(前掲書)

たとえば見よう見まねで始めた独自の創作活動が予想外の評価につながったことでその活動に本腰を入れるということもあり得る。

それほど強い動機づけもなく始めたボランティア活動に対し、感謝やねぎらいの言葉を受け取ってスイッチが入ることもあるだろう。

感謝やねぎらいの言葉
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その活動に取り組む意味を感じ、納得感を覚えるのだ。

これはアンダーマイニング効果と対比されるエンハンシング効果といわれる現象である。

エンハンシング効果とは褒め言葉のような言語的報酬などによって内発的動機づけ(モチベーション)が高まることをいう。

自分がなぜ新たな活動に取り組むのかを考えるとき、インセンティブがとっかかりのシグナルになる。

もしそうであれば、そのインセンティブが活動にしっくりくるのか否かを立ち止まって考える必要がある。

その活動とインセンティブとの「しっくり感」を判断する目安になる考え方もある。

本ブログの「内発的動機づけ」の記事にも書いたが、内発的動機づけを促進する以下の3つの欲求というのがそれだ。

  • 自律性(autonomy):自らの選択で主体的に行動したい欲求
  • 有能感(competence):「能力を発揮できている」「役に立っている」と感じることへの欲求
  • 関係性(relatedness):尊重・信頼し合える他者とのつながりの欲求

まず取り組む活動が3つの欲求をたとえいずれか1つでも満たしているだろうか?

そのうえで、インセンティブ自体がその欲求を満たすのに役立っているだろうか?

そう自問してみるのだ。

もしインセンティブの性質がどの欲求にもそぐわず、目指す目標をかすませるようなら、取り組む意欲が損なわれるのは時間の問題である。

避けたほうが賢明だろう。

インセンティブはレスイズモア

本記事ではアンダーマイニング効果(過剰正当化効果)を取り上げた。

心理学用語の1つだが、よく知られていて保育や教育、スポーツの現場でも使われる。

ただし、内発的動機づけが外発的動機づけによって損なわれるという1つ覚え的な考え方は改めたほうがいい。

むしろ本記事で紹介した「希薄化の法則」を踏まえ、どんなインセンティブなら意欲に結びつくのかを検討してみよう。

もし、判断に迷うようなら少なくもインセンティブの数を少なく抑えることだ。

ブランディングや広告プロモーションの世界では訴求点を絞り込む意味で「ワンブランド・ワンボイス(one brand、one voice)」「ワンボイス・ワンルック(one voice、one look)」といったりする。

インセンティブの設計も同様だろう。

迷わなくともすむため、少ないほうが効果的(less is more/レスイズモア)といえるだろう。

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