「西武園ゆうえんち」が2021年5月にリニューアルオープンを果たしている。
再出発に向けてタッグを組んだのは、ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)をV字回復させた偉業で知られる森岡毅氏が率いるマーケティング会社「刀」だという。
「心あたたまる幸福感に包まれる世界」をコンセプトに「昭和」尽くしの世界観を再現し、懐かしい非日常を満喫できる空間に生まれ変わっている。
どうやら「懐かしい」という感情には万人を惹きつける不思議な力があるようだ。
昭和を知らない若者たちまで足を運んでいるという。
社会全体で共有された「集合的記憶」をテコに「刀」が新たに仕掛けた全方位型集客戦略。
本記事ではそこにメスを入れてみたい。
新生・西武園ゆうえんち 広がる昭和尽くしの世界
埼玉県の所沢市にある「西武園ゆうえんち」が2021年5月にリニューアルオープンした。
100億円を投じて「昭和」の世界観を再現し、懐かしい非日常を満喫できる空間に生まれ変わっている。
この再出発に向けて陣頭指揮を執ったのがマーケティング会社「刀」。
ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)をV字回復させた偉業で知られる森岡毅氏が率いるマーケティング集団だ。
同園が掲げたコンセプトは「心あたたまる幸福感に包まれる世界」。
コロナ禍にあって感染拡大対策に配慮しつつではあったが、スタート時の客足は計画を上回り好調だったという。
西武園ゆうえんちの全容は2021年4月13日付の同園のニュースリリースに詳しいが、その目玉の一つは1960年代の商店街を精巧に再現した「夕日の丘商店街」だ。
通りには八百屋に魚屋、駄菓子屋、レコード店など30もの店舗が立ち並び、見渡す限り昭和の風情が広がる。
その並びには郵便局や巡査のいる駐在所までもある。
「ビクトリア」というちょっとモダンな名前の喫茶店は、看板メニューが「スパゲッティナポレターナ」とゼリーが煌めく「ゼリイポンチ」だという。
再現されたのは古い街並みだけではない。
商店街の住民たちがいたる所で予想のつかないライブ・パフォーマンスを披露し、昭和に生きる人々の熱気を直に伝える。
青果の叩き売りや紙芝居、巡査と泥棒のアクロバティックな捕物劇など、気づけば来場者も巻き込まれる仕掛けで、その没入体験も商店街の魅力の一つになっている。
商店街を抜けると、見えてくるのはジェットコースターや回転型ライド・アトラクションなどが楽しめるエリア、「レッツゴー!レオランド」だ。
「鉄腕アトム」と「ジャングル大帝」がモチーフのライドが複数あり、大人にとっては懐かしいけど新しい、子どもにとっては新しいけど懐かしい体験が提供される。
その広場ではエンターテインメントショーも催され、子ども連れなら存分に楽しめるだろう。
商店街を見下ろす高台の映画館には、新生・西武園ゆうえんちの最大の呼び物であるライド・アトラクションがある。
「ゴジラ・ザ・ライド 大怪獣頂上決戦」だ。
本来はくつろげるはずの映画館に足を踏み入れると、突如、緊急事態が発生。
ゴジラとキングギドラたちの激闘の真っ只中に放りこまれ、そこから特殊災害対策部隊の装甲車に乗り込んで脱出するという設定だ。
両怪獣の死闘をリアルに描く、高精細で圧倒的な迫力の映像に合わせ車両も激しく動く。
急流を下るようなスリルが味わえるという。
昭和に振り切って初期投資を抑えた新生・西武園ゆうえんち
前述のプレスリリースから新生・西武園ゆうえんちの要衝を足早に巡った。
懐かしい佇まいの商店街にゴジラや手塚治虫の漫画キャラクターのアトラクションと同園は見事に昭和尽くしだ。
いったいなぜ、ここまで振り切って昭和の世界観に焦点を当てたのか?
その理由の一つに初期投資を抑えられることがあったという。
2021年6月26日付のダイヤモンド・オンラインの記事によれば、昭和の世界観を再現するのであれば、大観覧車や展望塔など、西武園ゆうえんちにもともとあって古びてしまっていたアトラクションが違和感なくはまる。
そのため、ずいぶんと初期投資額が抑えられる。
集客以上に投資し過ぎるのを避け、投資額を十分に回収できる算段で進めつつ、集客力に応じて徐々にアトラクションを増やしていく。
あくまで「持続可能な経営」を目指すのが、同園の方針なのだそうだ。
ゴジラ・ザ・ライドが映画館という設定なのも、通常の映画上映のように人気のピークを過ぎれば、ソフトだけ変えればよくハード面の追加投資は抑えられるという発想かららしい。
西武園ゆうえんちが放つ「懐かしさ」という感情効果
しかし、昭和の世界観を徹底させた本質的な理由は懐かしさがもたらす感情効果だろう。
そのことは「心あたたまる幸福感に包まれる世界」という同園のコンセプトからも読み取れる。
懐かしさとは過ぎ去ったことや失っていたことがふとした瞬間に呼び起こされ、ひとしきりその対象が愛しいと思う感情のことだ。
一方でもう二度と取り戻せないという喪失感も同時に突き付けられ、もどかしさやほろ苦さも伴う。
この感情には様々な心理的効果があることが知られており、孤独感や不安を和らげ、人と人のつながりを大切にしたいという気持ちが強まるという。
それゆえ人は懐かしさを覚えるとき、何ともいえない幸福感に包まれる。
西武園ゆうえんちはそんな効果をストレートに狙ったのだ。
万人を惹きつける昭和の集合的記憶
しかし、西武園ゆうえんちが懐かしさに振り切った狙いはもう一つある。
懐かしさの感情なら、若者たちも含め幅広い層にアピールできるためだ。
2019年7月号の販促会議の記事の中で、広島大学の向居暁教授は、懐かしさはそれを感じる記憶過程の違いによって、2種類に分けられるという。
一つは個人的な経験にもとづく「自伝的懐かしさ」。
その昔に自分自身でリアルに経験したことを思い出すことで感じる懐かしさだ。
そしてもう一つが「文化的懐かしさ」である。マスメディアなどを通して “懐かしいとされるもの” を知識として人々が学んで記憶に刻んでいく。
そうした社会学でいう「集合的記憶」を思い起こすことで感じる懐かしさをいう。
この「文化的懐かしさ」は初めて見るはずなのにどこか懐かしいといった、いわゆるデジャブ感を引き起こす。
それゆえ平成生まれの若者たちが昭和の事象に懐かしさを覚えることも十分に考えられるのだ。
西武園ゆうえんちも「文化的懐かしさ」を前面に押し出すことで、大人たちはもちろん子どもたちから若者まで全方位からの集客が叶(かな)うと踏んだのだ。
だからこそ、万人の集客を狙って西武園ゆうえんちが選んだ時代設定は昭和のバブル期でもなく、戦前でもなく、高度経済成長まっただ中の「昭和30年代」(西暦なら1960年代)なのだろう。
昭和30年代は「文化的懐かしさ」と親和性が高い。
消費市場が百花繚乱の細分化を遂げるのはまだだいぶ先であり、いい意味で画一的でその情景が典型化されやすい。
映画の手描き看板、ガラス玉入りのラムネ、ブリキのオモチャなど、その時代をわかりやすく象徴する記号にも事欠かないのだ。
遊園地やテーマパークが特定の性別、年齢層、あるいは特定の趣味・嗜好を持つ層だけをターゲットにするとは考えにくい。
おそらくそんな余裕はないはずだ。
西武園ゆうえんちも競争相手は他の遊園地やテーマパークだけではない。
動物園や水族館、ミュージアムなどとも常に競争し合っている。
その中から西武園ゆうえんちを選んでもらわなければならず、できるだけ広く投網をかけたいはずだ。
そのため、同園は「文化的懐かしさ」を糧に、全世代をひきつける舞台装置に生まれ変わろうとしているのだ。
西武園ゆうえんちに居合わせた老若男女は、その昭和の風情を古き良きものとして美化し、一斉に懐かしむ。
その懐かしさの前には大人も子どもも若者たちも平等なのだ。
おそらく分かち合うような一体感を経験するであろう。それはまた人づてに新たな来場者を引き寄せる力にもなる。
西武園ゆうえんちを「VUCA(ブーカ)の時代」に立ち返る聖地へ
昨今はよく「VUCA(ブーカ)の時代」と称される。
「VUCA」とは英語のVolatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字をつなぎ合わせた言葉で、先行き不透明で見通しの立ちにくい時代をさす。
元々は軍事用語で今では事業環境を表すバズワードの一つだが、おそらく一般の人々の時代感覚とも重なるだろう。
そんな時代にあって、安心感や人とのつながりを想起させ、束の間の癒しとなる懐かしさは人々を惹きつけて止まないようである。
とりわけ、昭和の趣が楽しめる商品やコンテンツは、「昭和レトロ」とも呼ばれ、ここかしこで人気を集めている。
たとえばクリームソーダが定番メニューの純喫茶や横丁風に改装した飲食店街、アナログレコード、フィルムカメラ、昭和レトロなLINEスタンプまで人気という。
インターネット上の検索頻度を指数化したグーグルトレンドで、「昭和レトロ」と調べると過去5年間(ゆるやかではあるが)右肩上がりで推移している。
西武園ゆうえんちの大規模なリニューアルも、そんなトレンドが追い風となって一定の成果を上げている。
2021年9月27日付のテレ東プラスの記事には、20代から30代の若い世代が入場客の多くを占めているとあり、客層の若返りが進んだようだ。
もちろん、USJや東京ディズニーリゾート級ではないにせよ、100億円もの投資をしたのだ。
一過性の昭和レトロブームに乗っかるのも痛しかゆしだろう。
目指すのは人々がいずれは立ち返る “昭和の聖地” のはずである。
同園が持続可能な経営を見据え、今後どんな手を繰り出していくのか?
その集客戦略は注目に値するだろう。