「ルワンダ中央銀行総裁日記」 リアルなろう系小説 転生先はルワンダだった

中公新書 ルワンダ中央銀行総裁日記
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半世紀前の名著が「書店発ベストセラー」に

書店員による手作りPOP(店頭販促、ポップの意)をきかっけにベストセラーが生れることがある。

いわゆる「書店発ベストセラー」だ。

ネットで検索すると「世界の中心で愛を叫ぶ」「思考の整理学」「蟹工船」などがその例らしい。

長らく知る人ぞ知る存在だった作品が、予想だにしないタイミングで再注目されるケースもあるようだ。

たとえば1983年に刊行された「思考の整理学」(外山滋比古著、筑摩書房)は「“もっと若い時に読んでいれば……” そう思わずにはいられませんでした」と書店員が記したPOPを発端に売行きが一変する。

2007年の出来事だ。

そのことを知った出版社の営業部員が他店での展開を進めたことで脚光を浴びるようになり、200万部を超えるベストセラーになったという。

点と点が線でつながり、やがて面となって広がった好例といえる。

2021年の今、こうした「書店発ベストセラー」に新たな名著が加わった。

中公新書の「ルワンダ中央銀行総裁日記」だ。初版は1972年と今から50年以上前に出版された書籍である。

「歴史の中公」の異名をとる中公新書だが、「ルワンダ中央銀行総裁日記」もまた、著者である服部正也(はっとりまさや)氏がアフリカの小国ルワンダに赴き、中央銀行総裁として奮戦した6年間を克明に記録した史実である。

日銀マンが60年代のルワンダを大改革

日本銀行の外国局渉外課長だった著者の服部氏が、ルワンダ中央銀行の総裁に就任したのは1965年のこと。

国際通貨基金(IMF)からの突然の要請だった。

当時のルワンダはドイツやベルギーの植民地時代を経て独立国家となったばかりで、膨大な財政赤字を抱える世界最貧国のひとつであったのだ。

服部氏の赴任先である中央銀行でさえ破産寸前だったという。

しかし、服部氏は不退転の覚悟で次々に経済改革を遂行していく。

しかも、ルワンダの農民や商人たちのもとへ自ら出張って話を聞き、その勤労意欲の高さを見抜く。

そしてインフラを整備し「働けば稼げる」と実感できる仕組みを次々に整えていく。

現代の日本でいえば、「ハットリノミクス」によって経済を立て直し、「ルワンダ人総活躍社会」の実現に向けて邁進したといったところだろう。

日本と違うのは、面白いように次々と成果を上げていくことだ。

その6年の回想録では、矛盾や理不尽に毅然と立ち向かう「半沢直樹」的な要素が随所で光る。

当時のルワンダはかろうじて独立していたとはいえ、途上国援助の名のもと、多くの白人たちが既得権益を握っていた。

そして、そのことがルワンダ人たちの生活再建を阻んでいたのだ。

しかも、白人たちはルワンダ人は生来怠惰な国民だと決めてかかる。

服部氏は当時のルワンダ大統領から全幅の信頼を獲得し、中央銀行総裁以上の権限を委譲され、その白人らの既得権益を躊躇せずに引きはがしていく。

そしてルワンダの農民や商人たちに還元していくのだ。

異例のブレイク、きっかけは風変りな帯

淡々とした文章で実話に違いないのだが、そのストーリーはドラマチックで痛快、並みの娯楽小説をはるかに凌駕する面白さがある。

それゆえ、「ルワンダ中央銀行総裁日記」は感動を呼ぶ名著として読み継がれ、静かに版を重ねていた。

ところが、出版後半世紀を過ぎた今、読者層を急激に広げ、爆発的な人気を呼んだのだ。

再注目されたきっかけは、中央新書が用意した風変わりな書籍の帯だったという。

帯のデザインやコピーは伝統と格式を重んじる中央新書らしからぬものだったが、その帯や同じコピーを記したPOPとともに書籍を平積みすると、不思議なほど売れていったという。

その人気再燃の評判が広がり始めたころ、ちょっとした事件が起こる。

とある書店員がその帯のコピーを記したPOPを手作りしてツイッターに投稿したのだ。

入荷時にPOPが入ってなかったという理由からだが、この何気ないツィートに8.8万件ものいいねが付き、瞬く間に拡散していった。

その後は評判が評判を呼ぶ構図となって書籍の売行きは急増する。

2021年3月19日付のNHK NEWS「おはBiz」の記事には、同書籍は通算29版、発行部数はおよそ14万部に達したとある。

また、2021年9月16日付の日経クロストレンドの記事には2021年だけで9万部の重版となったとある。

ロングセラーとしてもともと定評のあった良質な作品が再評価され、一気にブレイクを果たしのだ。

「ルワンダ中央銀行総裁日記」の帯コピーを「なろう系」小説風に

ではその起爆剤となった帯にはどんなコピーが書かれていたのか?

46歳にしてアフリカの小国ルワンダの中央銀行総裁に突然任命された日銀マンが悪戦苦闘しながら超赤字国家の経済を再建しつつ国民の生活環境を向上させた嘘のような実話

「ルワンダ中央銀行総裁日記」とGoogleで画像検索すると、同様のコピーを記した帯やPOPの画像がいくつもヒットする。

句読点の入らない一気読みを誘うコピーだが、「46歳」「突然任命」「超赤字国家」「嘘のような実話」の文字は赤字となっており、字面も含めてたしかに目をひく。

語りかけられるような感覚になる。

どんな結末を迎える話なのかも一瞥でわかる。

店頭のPOPが “シェルフトーカー” (シェルフは棚の意)といわれるゆえんだ。

前述の日経クロストレンドの記事よると、この帯コピーは出版社が「なろう系」を意識してつくったそうだ。

「なろう系」とは、小説投稿サイトの「小説家になろう」に由来し、そのサイトに好んで投稿されるジャンルの一つ「異世界転生もの」を指すらしい。

その「異世界転生もの」とは、平凡な主人公が架空の異世界へ突然転生し、現実世界で培った知識やスキルを武器に大活躍し、やがてヒーローとなるストーリーをいう。

今や絶大な人気を誇っており、その投稿サイトからライトノベルとして何冊も書籍化されている。

「異世界転生もの」のストーリーには様々なバリエーションがあるが、事故などをきっかけに主人公が転生する瞬間が突然やってくる点では共通している。

これまでも「ルワンダ中央銀行総裁日記」に「なろう系」との断続的バズ

実は「ルワンダ中央銀行総裁日記」も、2010年代半ばぐらいからネット上でストーリーがどこか「異世界転生もの」に似ていると話題になっていたという。

それは小説投稿サイトなどで「異世界転生もの」が一大ジャンルとして浮上してきた時期と重なる。

グーグルトレンドで「ルワンダ中央銀行総裁日記」の検索頻度の推移をみると、その頻度は人気再燃を果たした2021年が当然ながら圧倒的に高いが、実は過去5年間に小さなうねりがいくつも起きている。

断続的にバズっていたのだ。

もちろんその検索意図が「異世界転生もの」に必ずしも関係しているとは限らないが、少なくとも2021年以前にブレイクの予兆ともいえる「前震」が繰り返し起きていたのである。

中央新書は「ルワンダ中央銀行総裁日記」と「なろう系」小説、すなわち「異世界転生もの」との結びつきの糸を見逃さなかった。

その糸をもっと太くし人気再燃の呼び水にしようとしたのだ。

「なろう系」小説のタイトルは概して長く説明的になる傾向がある。

サイトに投稿して読んでもらうという性質上、タイトルだけで話の内容やオチが端的にわかるほうが選んでもらいやすいためだろう。

さらに長めの説明調のスタイルが「なろう系」小説の代名詞ともなり、隠語的、集団語的アピールも伴う。

そこで中央新書は、同様のスタイルの帯を用意し、「ルワンダ中央銀行総裁日記」から「なろう系」小説への連想を促そうとしたのだ。

ツイッターで「ルワンダ中央銀行総裁日記」と検索すると、堅いイメージの中公新書にラノベ(ライトノベルのこと)風の帯やPOPが付いていたという意外性もあって、好意的な反響がうかがえた。

リアルな「なろう系」小説ということも直感的に理解され、新鮮味を感じさせていたようだ。

その反響を契機にマスメディアやネットニュースでの露出も格段に増え、やがて大きなうねりとなり、書籍は次々に版を重ねていくことになる。

「トライブ・マーケティング」が奏功

トライブ・マーケティング

こうした中央新書がとった手法は一種の「トライブ・マーケティング」といえるだろう。

ターゲット戦略は性別や年齢といったデモグラフィック特性から設定されることが今でも王道だが、「トライブ・マーケティング」は違う。

共通の関心事や趣味・嗜好、問題意識を持ちフラットにつながり合う集団(トライブ=部族)をターゲットに設定するのだ。

トライブは特定の共感軸を共有しているため、既に集団自体がある程度の熱量を帯びており、その共感軸に命中さえすれば、集団内に共鳴を引き起こしやすいという考え方に立つ。

いったん集団(トライブ)内に共鳴が起きれば、その集団を取り巻く周辺層への波及効果も期待できる。

「ルワンダ中央銀行総裁日記」であれば、第一陣のターゲットとなった「トライブ」は(濃淡はあるが)なろう系の小説に共鳴し得る人たちだろう。

そして、「なろう系」を意識した書籍の帯が、中央新書の狙い通りに的中し、その集団内の熱量を梃子に人気再燃につながったのだ。

「なろう系」の帯を思いついた出版社の手腕には感服するが、今回の復活劇の真の立役者は、「ルワンダ中央銀行総裁日記」を「なろう系」小説に結びつけてネット上に投稿した人たちであろう。

その終節の爽快な読後感を何とか人にわかりやすく伝えようと、異世界に突発的に転生する「なろう系」小説の筋立てに見立てて表現したのだ。

「なろう系」小説をよく知る人ならではの見立てである。

片や経済本ともいえる実話であり、片や架空のサブカル的な世界だ。

うわべだけ見れば似ても似つかない。

ところが「主人公がどんな試練と向き合い、どういう変容を遂げるのか?」という視点にひとたび立つと、思いのほか「なろう系」小説との類似性が見つかる。

異国の地に突然の赴任を命じられ、困難な状況や宿敵たちが立ちはだかるも、それまで培ってきた知恵が意外な局面で役に立つ。

やがて味方も増えていき、最後は英雄的な偉業を成し遂げていく。

これはまさにリアルな「異世界転生もの」ではないか?

投稿を読んだ側も、なろう系を知る人なら俄然興味が湧く。

中央新書の一作品を「なろう系」小説に見立てるという前代未聞の取り合わせに一瞬戸惑いはする。

しかし、想定外の視点を提示されるのは決して嫌ではない。

むしろ歓迎だ。

存在すら知らなかった半世紀前の小説が急に気になりだし、買って読んでみようと思うのだ。

投稿をする側もその投稿に反応する側も同じ「トライブ」に属するゆえの相互作用だろう。

ブレイクの陰にアナロジーの力

アナロジー ベルトコンベア
アナロジー 回転ずし

知らないことや不案内ことを、よく知っている、馴染み深いことに置き換えて、その類似点を足場に理解を進めようとする。

これはアナロジー(類推)の思考法に他ならない。アナロジーは未知の対象の理解を容易にし、瞬時にとっつきやすさを生む。

ただし、消費者行動を変えようとするマーケターにとって、理解促進効果よりも重要なのはアナロジーが生む「感情効果」だ。

「ルワンダ中央銀行総裁日記」と「なろう系」小説のようにうわべではかなりの距離があって、それでもなお一筋の共通項が見いだせたとき、人は膝を打つような喜びを感じる。

たとえば「大喜利」のお題と答えは時にアナロジーの形をとるが、自力ではまず思いつかなくとも言われてみれば「なるほど!」と思えるような領域を端的に突いたとき、大きな笑いを誘う。

このときのパズルを解くような感覚「アハ!体験(”Aha! experience”)」だ。

その弾けるような快感は未知だったはずの対象の印象を強め、記憶を促し関心をひきつける。

そして狙いとする消費者行動を引き出す確率を格段に高めていく。

「ルワンダ中央銀行総裁日記」の人気再燃はもとを辿れば、まさにこの「アナロジーの力」が引き起こしたのである。

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