麒麟特製レモンサワー マーケティング戦略 「上質」の一点突破

麒麟特製レモンサワー
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キリンビールの「麒麟特製レモンサワー」の売行きが好調だ。

「追いレモン潤沢仕立て」と呼ばれる手間暇かけた製法で深みがあってじっくりと飲みたくなる味わいを実現したという。

そこに「上質」をキーワードとした商品のポジショニング戦略も奏功。

百花繚乱のレモンサワー市場の未充足ニーズを埋め、独自の存在感を放つ商品に成長している。

目次

一口飲めばうれしい驚きで売行き好調

キリンビールの「麒麟特製レモンサワー」の売行きが好調だ。

アルコール度数9%の「キリン・ザ・ストロング」を2020年にリニューアルして生まれた商品で、「上質なうまさ」を実現した、これまでにないレモンサワーだという。

2021年は前年比が約2割増を記録し(PR TIMES 2022.2.16)、レモンサワー以外のフレーバーを合わせた「麒麟特製」シリーズ全体では累計販売数量が2021年の10月末で5億本を突破している(PR TIMES 2021.11.26)

キリンビール公式サイトには、「麒麟特製」シリーズには「いいことがあった日も、なにもなかった日も、一日の終わりに、おいしいお酒で幸せな時間を過ごしてほしい。」との想いを込めたとある。

一口飲めばうれしい驚きがあり、「おー、これいいね。」と言ってもらえるうまさを目指したという。

RTDの筆頭、レモンサワー市場が百花繚乱

コロナ禍に入り、家飲み需要が膨らんだこともあって、缶に入ったチュウーハイやハイボール、カクテルなど、炭酸や氷で割る必要のないRTD(Ready to Drinkの略。栓を開けてそのまま飲めるアルコール飲料のこと)の販売が大きく伸びた。

2020年10月の酒税改正で第三のビールの値段が上がったことで、ビールからRTDジャンルへのシフトが進んだことも需要拡大に弾みをつけたらしい。

そのRTDの中でもレモンサワーの人気はひときわ高い。アルコール飲料の売場でレモンサワーは今や主役級の存在感を示す。

酒類メーカーから次々に製法や素材、味わいなどの特徴を打ち出した新商品が投入され、熾烈な競争が繰り広げられているのだ。

たとえば、大ヒットした日本コカ・コーラの「檸檬堂」サントリースピリッツの「こだわり酒場のレモンサワー」、日本初の缶入りチューハイでもある宝酒造の「タカラcanチューハイ<レモン>」など、レモンサワーのファンならずとも一度は店頭で見かけたことがあるはずだ。

実は「麒麟特製レモンサワー」が戦う相手は他社の商品とは限らない。キリンビールは自社内競合も辞さないのだ。

「氷結」や「本搾り」シリーズにはフレーバーの一つにレモンサワーがあるし、比較的新しい「麹 レモンサワー」「発酵レモンサワー」といった高付加価値化に挑んだ商品もある。

レモンサワーは昔からある定番ドリンクの一つだが、2010年代の半ばごろから、徐々に脚光を浴びるようになる。

居酒屋で若者から好んで飲まれるようになったのだ。人気グループEXILE(エグザイル)が愛飲していると公言したことが一因となったという。

名物レモンサワーなるメニューが続々と登場し、それらがSNS映えしたことで話題が拡散し、居酒屋ではビールやハイボールを脅かすほどの人気となった。

その人気が自宅で飲むRTD商品にも波及し、各社が盛んに攻勢をかけ始めたのだ。

レモンサワーの市場は大きく成長したものの、一方で百花繚乱の様相も呈しており、商品の改廃も多頻度で行われている。

そんな市場に改めて新商品を投入するとなると、どう独自性を打ち出すのか、マーケターにとっては思案のしどころだろう。

「上質」に仕立てた、これしかないうまさの特製サワー

「麒麟特製レモンサワー」はコンセプトを「麒麟が上質に仕立てた、これしかないうまさの特製サワー」としている。

高アルコールならではの飲みごたえに加え、「上質感」と「うまさ」をキーワードに、群雄割拠する市場に勝負をかけたのだ。

キリンビール公式サイトの「麒麟特製レモンサワーのつくり方」によれば、その上質なうまさは主に以下の3つの要素から実現されるという。

一つ目の要素が柑橘(かんきつ)類を12時間以上煮詰め、うまみを凝縮させた麒麟特製「うまみエキス」を用いたことだ。

12時間以上も熱を加えることで、素材が持つ味わいのなかからコクや深みを引き出す。

たとえばアップルパイであればリンゴを焼くことでもともとの酸味が穏やかになり、コクのある甘酸っぱさが引き立つ。

「うまみエキス」も柑橘類を煮込むことで同様の効果を引き出している。

このエキスが加わることで、サワーならではのクリアな味わいに、ふくよかなコクの深さが生まれたという。

2つ目の要素は、厳選したレモンピール(果皮のこと)をまるごと凍らせてすりおろし、豊かな風味を引き出した「凍結レモンピールエキス」を加えたことである。

レモンの果皮をいったん凍結することで、香り高いレモンの風味を保ったまま、低温でそのエキスを抽出する。

レモンピールの苦みや雑味がカットされるのだという。

この「凍結レモンピールエキス」が雑味や苦みのない、よりクリアなレモンのうまみを引き立てるらしい。

3つ目の要素が「磨きレモン果汁」と「まるごと搾り果汁」の合わせ技である。

「磨きレモン果汁」がレモンの爽やかで澄んだ酸味を引き出し、そこにほろ苦い果皮のおいしさを詰め込んだ「まるごと搾り果汁」を調合することで、1種類の果汁では引き出せない重層的なレモンの味わいが実現される。

これら3つの要素の絶妙な三重奏が、互いに引き立て合って上質なうまさを実現する。

「麒麟特製レモンサワー」はこの3要素を総称し、「追いレモン潤沢仕立て」と呼んでアピールしているようだ。

アルコール度数9%ともなると、お酒としての飲みごたえはあるものの、飲みづらいという声も一定数はあった。

しかし、「麒麟特製レモンサワー」は、この三重奏の「追いレモン潤沢仕立て」によって、嫌なアルコール感が消え、深みがあってじっくりと飲みたくなる味わいに仕上がっているという。

アルコール度数9%台の、いわゆるストロング系なら一缶で「素早く安く酔える」という即物的な価値とは一線を画すのだ。

人気商品誕生の背景に 未充足ニーズの発見

「麒麟特製レモンサワー」の開発の背景には、過当競争といえる市場にも、消費者調査から、まだ満たされていないニーズが浮かび上がったことがある。

日経BP SPECIALの記事によれば、キリンビールの社内では、アルコール度数9%のレモンサワーには刺激的な炭酸や爽快感が求められているとの前提を置いていたという。

ところが実際に消費者調査をしてみると、レモンサワーにも「より品質がいいもの、おいしいものを飲みたい」「自分のお酒を飲む大切な時間を楽しみたい」というニーズがあることが改めてわかった。

潜在化していた未充足ニーズが発見されたのだ。

そのギャップをどうやって埋めるのか? 

難問ではあったが、そのギャップを満たせばレモンサワー市場、とりわけ高アルコールのレモンサワー市場に風穴をあけるチャンスにもなる。

既成の概念には囚われず、あくまで幸せな時間を人々に過ごしてもらえる上質なお酒としてレモンサワーを仕立て直す。

そんな構想のもと、キリンビール内の洋酒やビール、清涼飲料水といった各分野で研鑽(けんさん)を積んだ人材が結集し、開発の取り組みが始まった。

たとえば、ビールなら低温発酵でじっくり熟成させる工程があるが、そんな醸造技術も「麒麟特製」ならではのうまみをつくり出すヒントになったという(@DIME 2021. 4.19)

こうして「麒麟特製レモンサワー」が広告コピーでもうたう「日本のレモンサワーを、新しく。」のテーマにふさわしい、完成度が高く、既存の商品にはない味わいが生まれたのだ。

「上質」をキーワードに味覚設計からデザイン、CMまで

しかし、どんなに美味しいレモンサワーができたとしても、まずは消費者に買って試してもらわなければならない。

トライアル(初回購入)なしにリピーターは生まれないのだ。

このトライアル喚起のために、「麒麟特製レモンサワー」が選んだ、消費者を誘い出すためのキーワードが「上質」だった。

レモンサワーの市場に「上質」の選択軸を持ち込んで、商品をポジショニングする。

これまでにないレモンサワーであることを伝え、数あるレモンサワーから、同商品を手に取ってもらおうとしたのだ。

「上質」は本来、品質が上等であるさまを指すが、主に階級や地位、程度などに意識が向かう「高級」とはニュアンスが異なる。

「上質な時間」とはいうが「高級な時間」とはいわないことからも、内面の心理的満足を包含した概念といえる。

奥深く、決して分かりやすくはない。受け手の感性や眼識にも著しく依存することになるだろう。

その上質感を直感的に伝えるのに、おそらくもっとも貢献したのがパッケージデザインだ。

同じレモン色でも深みのある色調とし、冠の中央には金色のエンブレム風のデザインを施す。

その上に「麒麟特製」のロゴとキリングループのシンボルである「聖獣麒麟」のグラフィックが描き込まれている。

この「聖獣麒麟」のマークは「一番搾り」や大ヒットした「本麒麟」などキリンビールの基幹ブランドではお馴染みだが、チューハイなどのRTDの商品に冠したのは「麒麟特製」シリーズが初めてなのだという。

いかに同商品に企業の命運をかけているかがわかる。

さらに「麒麟特製レモンサワー」ならではのうまさをアピールするために、「追いレモン潤沢仕立て」なる文字も入り、選び抜かれた製法で手間暇かけてつくられた商品であることを印象づけている。

ではテレビやウェブCMでどう上質感を伝えたのか? 

2022年に始まったCMシリーズでは、タレントの内村光良を起用し、「麒麟特製レモンサワー」のうまさと上質な時間を楽しむ設定としている。

金色に輝く夕日を眺めながら、1日の終わりに同商品の格別なおいしさを味わう。

CMの楽曲にはMr.Childrenの「others」が使われ、その上質感を引き立てる。

「お客様の今日を、幸せな時間で満たしたい」という想いをCMには込めたのだという。

同じく内村光良を起用しているものの、「煮込む」「凍らせる」のショットを入れ、製法のこだわりを伝える別のバージョンもある。

レモンの奥深いうまみを引き出すために手間を惜しまない様子を表現したのだ。

イメージと実感値の間に自己増殖的な「フィードバック・ループ」

同じ高アルコールのレモンサワーでも、「麒麟特製レモンサワー」はどことなく雰囲気が違う。

安易に「ストロング系」などと十把一絡げには呼べない独特の趣(おもむ)きがある。

「聖獣麒麟」のマークもあって、どこかオーセンティックな印象なのだ。

そう思わせることでトライアルを喚起し、実際に味わってもらう。すると確かに美味しい。その上質感を身を持って体感する瞬間だ。

このとき消費者は、パッケージデザインの印象などから勝手に抱いていた先入観がまんざら的はずれではないことを知ることになる。

一度その味わいを体感すると、今度は「麒麟特製レモンサワー」の佇まいもますます上質に思えてくる。

たくさんのレモンサワーが並ぶ棚であっても、目に飛び込んでくるようになるのだ。

そのため、再び購入し、再び味わうことになる。既に先入観は確信に変わりつつあるため、さらに美味しいと感じるようになるのだ。

このプロセスを何度か繰り返すうちに、同商品は実に美味しく、満ち足りた気持ちになるとの信念が形成されていく。

こうした想起される商品のイメージと実感値の間で「フィードバック・ループ」が回り出せばしめたものだ。

同商品のファンが自己増殖的に増えることになる。

もちろん、選択肢の多いアルコール飲料の市場で「麒麟特製レモンサワー」一辺倒という人はそうそういない。

それでも少なくとも購入のレパートリーの確固たる一角を占めるようにはなる。

ビールとレモンサワーを交互に飲む場合でも、ビールと遜色のない深い味わいを楽しめる「麒麟特製レモンサワー」なら互角に渡り合えるだろう。

日経BP SPECIALの記事によれば、キリンビールは「お客様を一番知る会社になる」ことを日々目指しているのだという。

顧客から長く必要とされる企業であり続けるために、顧客が本当に求めるものは何かを見極めていく

その堅固な覚悟からキリンビールの技術と知見を結集して誕生した名作が「麒麟特製レモンサワー」だったのだ。麒麟の特製たるゆえんである。

実は「不朽の名作」路線だった

ある歴史家の文学作品に関する研究では、時を超えて愛される「クラシック(古典)」の作品、いわゆる「不朽の名作」と評されるためには以下の3つの要件を満たす必要があるという(「人は記憶で動く 相手に覚えさせ、思い出させ、行動させるための『キュー』の出し方」)

1つは人々にとって大きな問題、普遍的な問題に焦点を当てた作品であることだ。

人間の基本的な欲求に意識を向け、その充足に向けた何らかのガイダンスが示されていることが重要だという。

2つ目は極めて感動的で記憶に残りやすい作品であること。

「クラシック」なら当然ともいえるが、作品がその座を得るために、刺激的かつ誘惑的なイメージが駆使されることも少なくないという。

不朽の名作

3つ目は作品にある程度の深みや複雑さが感じられることだ。

シンプルでわかりやすければいいというのではない。その深淵さゆえ、作品に何度立ち返っても、新しい発見があり、決して色あせることがない。

「麒麟特製レモンサワー」は、知ってか知らずか、これら3つの要素に挑み、時を超えて愛されるクラシックとなる路線を選んだといえよう。

生まれながらにして不朽の名作を目指していたのだ。

「上質なうまさ」は、今の時代なら、アルコール飲料に限らず、口にするものすべてに誰もが望むことだろう。

上質な時間、ひいては心の豊かさにも直結するからだ。

同商品は「クラシック」と評されるための一つ目の要件、人の「大きな問題」に真正面から向き合ったといえる。

果実感やキレ、ガツンとした飲みごたえなど物性面の訴求を避けた意義はここにある。それだけ商品も大きく見えるのだ。

2つ目の感動的で記憶に残りやすいという点でも「麒麟特製レモンサワー」が善戦しているといえるだろう。

人々の根底の望みを叶えるために、キリンビールが総力を上げて取り組み、既存のレモンサワーとは異なる次元でうまさを実現している。

「一口飲めばうれしい驚き」と自らうたうように独自色は鮮明で、キリングループの「聖獣麒麟」を冠したこととも相まって本気度も伝わる。印象が強まり、人々の記憶にも刻まれやすいはずだ。

3つ目の要素の深みや複雑さは「麒麟特製レモンサワー」の真骨頂といえるだろう。

飲みごたえもあってコクも感じられるのに、不思議とすっきりとしている。

なんともいえない複層的なその味わいは、何度立ち返っても、新しい発見があるはずだ。

「麒麟特製」を一大ブランドへ

キリンビールには「麹 レモンサワー」や「発酵レモンサワー」といった高付加価値を打ち出した商品もある。

生き馬の目を抜く市場では、自然志向や健康志向をとらえた「麹」や「発酵」という一点突破も有効だろう。実際に両商品は好評のようだ。

しかし、「麒麟特製レモンサワー」はより抽象度の高い、それゆえ模倣のされにくい路線をあえて選んでいる。

「キリン」という出自を押し出し、企業の並々ならぬ情熱を傾けた商品という体(てい)で攻めることにしたのだ。

少なくとも胡散臭さはなく、歴史の浅い商品ながら、正統な逸品であるとの風格は伝わるだろう。

「麒麟特製レモンサワー」が本当に不朽の名作になり得るかは歴史の審判が下るのを待つしかない。

しかし、今のところ消費者の評価は高く、実績も好調で、キリンビールのここまでの試みはひとまず成功といえそうだ。

同じ「麒麟特製」シリーズから「レモン酎ハイボール」と「クリア酎ハイボール」も発売され、キリンビールは「麒麟特製」をRTD商品の一大ブランドに育てていこうとする覚悟がうかがえる。

稀有なポジショニング戦略をとった「麒麟特製」がどう進化を遂げるのか、今後の展開をブランド・マーケターなら注目すべきだろう。

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