ケンタッキー “高すぎる” からの脱却 市場浸透の経営戦略 

ケンタッキーフライドチキン
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ケンタッキーフライドチキンの業績好調が続いている。

2018年の夏から始まった立て直し戦略が効果を上げ、コロナ禍で打撃を受ける外食産業では数少ない勝ち組企業となった。

「ハレの日」ブランドを「日常」のブランドへ。

ケンタッキーはそんな転換を狙って、「ワンコインランチ」という低価格で「ペネトレーションプライシング」に打って出た。

休眠客やスーパーライトユーザーを掘り起こすケンタッキー流の市場浸透戦略だ。

さらにはファンやヘビーユーザー向けの施策も同時並行で進める。

本記事では、そんな大胆な二刀流業績向上の好循環を見事につくり出した同社の経営戦略に光を当てる。

目次

顧客の大半がスーパー・ライトユーザー

「今日、ケンタッキーにしない?」

若手実力派女優の高畑充希がそう語りかけるのは「ケンタッキーフライドチキン」のテレビCMだ。

ケンタッキーに滅多に行かない人でも、このCMに耳馴染みがあるという人は多いのではないだろうか?

そのケンタッキー、足元の業績がすこぶる好調で2021年の4~9月にはチェーン売上高が過去最高を記録している。

2018年から始まった立て直し策が奏功したのだ。

客足も順調に増え、コロナ禍で打撃を受ける外食産業では数少ない勝ち組企業となった。

2018年には底をついていた収益も大きく改善しているという。

ケンタッキーは1970年に愛知県名古屋市に1号店をオープン。

その後は全国に店舗網を拡大し、今や1,100店を超えるまでになる。

創業者であるカーネル・サンダース氏のキャラクターとともにブランドは日本市場に浸透し、多くのファンを獲得してきた。

しかし、そんなケンタッキーも一時は業績が伸び悩んでいたという。

ケンタッキーが顧客調査を行ったところ、顧客の大半が来店頻度が極端に低いことがわかる。

東洋経済オンラインの2019年7月12日付の記事には「年に1回利用する」と答えた人が約4割、年に2回が約2割で、年間の来店回数が1~2回という人たちで全体の6割にのぼるとある。

もはや休眠客といっていい、このスーパー・ライトユーザーがチェーン顧客の過半数を占めていたわけだ。

ケンタッキーの公式サイトには顧客からの味の評価は高く「思い出すと食べたくなる」「たまに、無性に食べたくなる」という声が届くという記載がある。

しかし、これも裏を返せば日常的に食べていないからこその評価であり、業績向上の観点からいえば「毎日でも食べたくなる」が望ましいはずだ。

理想は日常に溶け込んだエブリディブランドになることである。

また、ケンタッキーのメインの顧客は30−50代女性の主婦だという。

将来的なブランドの担い手を見据えるなら、今後は若年層も取り込みたいところである。

「ハレの日」の認識が来店の足かせに

そしてケンタッキーの大きな特徴の一つにクリスマスシーズンに売上げが集中することがある。

2018年12月21~25日の5日間だけで年売上高の約6%に当たる69億円を売り上げたという(PRESIDENT Online 2019.11.22)

しかも、クリスマスシーズン中によく売れるのはチキンやサイドメニューをセットにした高単価のパーティー向け商品

メイン顧客の主婦たちが家族のために奮発して買い求めていくのだろう。

すなわち、ケンタッキーは30−50代の主婦がクリスマスのような特別な日に年に1~2回だけ来店して家族のために買い求めていく。

クリスマスギフト
クリスマスパーティ

極論を言えばそんなビジネスモデルで成長を遂げてきたのだ。

ところがいよいよその成長が踊り場にさしかかってしまった。

顧客のケンタッキーのブランドに対する認識、いわゆる「パーセプション」もその顧客行動と鮮やかに呼応する。

前述の東洋経済オンラインの記事によれば、顧客調査から「ケンタッキーはおいしいけど高い」「特別なときに食べるもの」と受け止められていることが改めてわかったという。

すなわち、多くの顧客にとってケンタッキーは「ハレの日」のブランドという位置づけなのである。

記念日やお祝いで家族が集まる機会などで、ちょっと奮発したい、散財したいというモードの時に出番のあるブランドだと顧客の目には映っていたのだ。

このサイフのひもが思わずゆるむパーティー向け商品は、もともとクリスマスシーズンのプロモーション戦略の一環で始まった。

教科書的にいえば、あえて高価格を打ち出した市場浸透戦略だろう

市場浸透戦略は本来は低価格によるペネトレーションプライシングを用いるが、その逆張りともいえる。

ただし、この試みは首尾よくブランドの拡販や市場浸透に成功した一方で、そのイメージが必要以上に定着し、顧客を遠のけ来店頻度を下げる一因になってしまったのだ。

成長をけん引してきたケンタッキー流のブランド戦略が裏目に出てしまったといえる。

強気の価格設定、敬遠する顧客

ただし、「ケンタッキーは高い」というパーセプションは、「ハレの日」ブランドの位置づけ高単価のパーティー向け商品だけに由来するものではない。

通常のフライドチキンも価格設定は高めで、もっと安く買えるチェーンやコンビニエンスストアは他にいくつもある。

「おいしさ、しあわせ創造」という理念を掲げるケンタッキーは主力のオリジナルチキン、その味へのこだわりは半端ではない。

価格よりもおいしさで勝負するスタンスを崩さずに来た。

そのことがケンタッキーのブランド戦略の根幹を支えたといっても過言ではない。

ケンタッキーの公式サイトによれば、オリジナルチキンのおいしさの秘密は、独自に配合した11種類のハーブとスパイスが使われていること、肉をふっくらやわらかくするために圧力釜でじっくり揚げていることにある。

ケンタッキーフライドチキン
ケンタッキーフライドチキン

さらにはそれらの絶妙なさじ加減を実現するために店内で一本ずつ手作りしていることにあるという。

また、鶏肉も鮮度や旨みへのこだわりから、国産でしかも生後38日前後の中びなを厳選して使用している。

このチキンスペシャリストとしてのこだわりは固定ファンを掴む一方で、「ケンタッキーは高い」というパーセプションを生み、普段使いするという行動を遠ざけてしまっていたのだ。

市場浸透に向けた経営戦略 第2章へ

滅多に足を運ばない顧客行動、「ハレの日」ブランドという顧客のパーセプション。

こうした状況を打破しようとケンタッキーは意外な、ある意味では逆説的な一手に出る。

市場浸透戦略の第2章の始まりだ。

2018年の夏からワンコインランチをスタートさせたのだ。

それはチキン、メイプルビスケット、ポテト、ドリンクがついて500円というランチセット。

単品で注文すれば合計金額は900円を超え、ケンタッキーでは異例ともいえるお買い得メニューだ。

しかも、ランチとはいえ毎日10時から16時まで提供する。

狙いはひとえに来店者数を増やすことにある。

割高感からケンタッキーを敬遠していた人たちにとにかく足を運んでもらう。

また、一人でも食べ切りやすいセットにしてランチどきの1人客、いわゆる個食需要を取り込む。

そしてワンコインのランチを目当てに年に1~2回といわず、習慣的に来店してもらう。

結果的にブランドに対する顧客のマインドシェアを高め、「ハレの日」だけでなく、普段のランチや夕食に選択肢として想起してもらう。

実は女優の高畑充希を起用した「今日、ケンタッキーにしない?」のテレビCMも企画の意図はそこにあった。

ストレートに誘いかけるようなセリフを使って、ケンタッキーの普段使いを促すことを狙ったのだ。

CMを放映するタイミングも、これまでの新メニューの発売に合わせてひとしきり高い山をもうけるやり方を改めた。

一年を通してコンスタントにCMが目に飛び込んでくるようにしたのだ。

効果はてきめんだった。

効果てきめん

ワンコインランチの投入を機に客足が伸び、業績が上向き始める。

想定外の効果もあったようだ。

前述の東洋経済オンラインの記事によれば、割安なランチをきっかけに来店した客がもう1品のついで買いをしたり、ランチ以外の時間帯にリピーターとなって来店したりしたのだ。

また、異例の割安価格を打ち出したにもかかわらず、客単価は逆に上がったという。

ケンタッキーの公式サイトにも、ワンコインランチの成果としてランチの選択肢にケンタッキーが入り込むのに成功し、ランチの時間帯に限らず全ての時間帯で客数の増加につながったとある。

きっかけは割安なランチだったにせよ、多くの来店客がケンタッキーは普段にも使える店だと認識し始めたせいだろう。

これは心理学でいう「自己知覚理論」で説明し得る効果だ。

「自己知覚理論」とは自分が実際にとった行動やそのときの状況を踏まえ、自分が内面で感じている意欲や態度を推察することをいう。

たとえば自分には向いていないと思っていた仕事も続けているうちに、懸命にこなす自分の姿を見て「案外、この仕事が好きかもしれない」「自分に向いているのかもしれない」と感じるようになることがその例だ。

ワンコインランチを目的にケンタッキーを訪れた人たちも、そんな自分の姿を見て「普段の食事にケンタッキーもアリだな」と感じ始めたのだ。

ファンやヘビーユーザー向けの施策

さて、ここまでは主にケンタッキーに滅多に足を運ばない人たち向けの施策であったが、ケンタッキーはブランドのファンやヘビーユーザーへのテコ入れも怠らなかった。

まずは2019年から開始した「創業記念パック」だ。

1000円パックと1500円パックの2種類があり、1000円パックはオリジナルチキン5ピース、1500円パックにはオリジナルチキン5ピースにポテトBOXがつく。

極めてシンプルでわかりやすく、買い求めやすい価格のため、ガチでオリジナルチキンを食べたいファンやヘビーユーザーに好評を博す。

書き入れ時の12月のみならず、年間を通じて来店者数を伸ばすことにも貢献したようだ(PRESIDENT Online 2019.11.22)

この「創業記念パック」は翌年以降も続けられたほか、それ以外にも「30%オフパック」など期間限定でお買い得メニューを販売する機会を増やした。

ファンやヘビーユーザーに対しても「脱クリスマス」「脱ハレの日」を促し、12月に偏っていた需要の平準化に努めたのである。

また、主力のオリジナルチキン以外にも、季節ごとに「レッドホットチキン」「辛口ハニーチキン」「ブラックホットチキン」なども発売し、足繁く通う顧客たちを飽きさせない工夫も積極的に行った。

ケンタッキーに滅多に来店しない人固定ファン、その双方に向けて二刀流の施策を並行させたことから、ケンタッキーは再び成長軌道に乗る。

ちょうどこの頃からだ。

ビジネス系のニュースメディアが突破口を開いたケンタッキーを盛んに報じるようになった。

コロナ禍のテイクアウトで本領を発揮

そして、その後、ケンタッキーを想定外の事態が見舞う。コロナの感染拡大だ。

コロナ禍では多くの外食チェーンが苦戦を強いられたが、実はケンタッキーにとってはむしろ追い風になった。

もともとケンタッキーはテイクアウト販売が約7割を占めており、外食チェーンとはいえ、実態は「中食」に近かった(東洋経済オンライン2020.9.5)

そのため、急場しのぎでテイクアウトを始めた他の外食チェーンとは異なり、ケンタッキーにとっては本領を発揮する条件が既に整っていたのだ。

ドライブスルーやデリバリーの販売が快走を続け、専用アプリからの注文も増える。

コロナ禍のテイクアウト需要がケンタッキーの売上げ拡大を後押しすることになった。

フライ・ホイール効果を実現する経営戦略

新たな打ち手と従来のブランドの強みが巧く噛み合って、その相乗効果からケンタッキーの業績が向上する。

これは経営戦略でいう「フライ・ホイール効果」といえるだろう。

フライ・ホイールとは機械の回転速度を慣性の力で安定化させる円盤状のパーツのことをいい、日本語では「弾み車」という。

フライホィール

「ビジョナリー・カンパニー 弾み車の法則」の著者であるジム・コリンズ氏が平凡な会社が偉大な会社へ飛躍するメカニズムをフライ・ホイールにたとえたことに端を発する概念だ。

たとえば、Amazonなら幅広い品揃えと低価格化を実現することで顧客の満足度は高まり、顧客が増える。

顧客が増えれば取引量も自ずと増え、運営の低コスト化が進む。

すると品揃えの拡充と低価格化に拍車がかかり、顧客はさらに増えていく。

この好循環でビジネスが持続的に成長することがAmazon流のフライ・ホイール効果だ。

ただし、フライ・ホイールは最初から勢いよく回ることはない。

自転車をこぎ始めた時のようにはじめは大きな力を必要とするからだ。

徐々に勢いが増し、やがて慣性の法則が働きスムーズに回り出す。

まさにケンタッキーがこの例だろう。

ワンコインランチや割安パックの投入はケンタッキーにとっては禁じ手であり、かなりの勇気がいったはずだ。

それでもヘビーユーザー、ライトユーザー向けの二刀流の施策を並行させたことで、少しずつ顧客の来店行動が変化し、パーセプションが書き換えられ、さらなる来店行動が促される。

そこにコロナ禍の追い風が吹く。

このフライ・ホイール効果の根っこには、ケンタッキーの「あの味」が食べたいという顧客側のモチベーションもあっただろう。

一定の成果を上げたケンタッキーだが、行動変容に至っていないスーパー・ライトユーザーはまだまだ大勢いる。

培ってきたブランド力や期待を裏切らないおいしさを糧に、同ブランドの好循環はしばらく続くことになるだろう。

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