「どうしても」という副詞は、強い決意や切迫した状況を伝える際、思わず頼ってしまう便利な表現である。
しかし、その強い主観的な響きは、ビジネスの場においては「議論の余地がない」という一方的な姿勢と受け取られ、相手に圧迫感を与えるリスクを伴う。
個人的な切望なのか、あるいは組織として譲れない客観的根拠があるのか――文脈の裏付けを欠くと、軽率な印象を与えてしまうのだ。
本記事では、「どうしても」をより品よく、かつ的確に伝えるため、「何としても」「不可欠」「何卒」といった代替表現を、そのニュアンスや使われるシーン別に体系的に整理する。
個人の熱量を保ちながらも、論理的で信頼性の高いコミュニケーションへと昇華させるための実践的なヒントを解説する。
1.『どうしても』の意味とニュアンス、3つの側面と使い分け
「どうしても」は、日常会話で強い願望、切実な状況、または確信を表す際に頻繁に用いられる表現である。
その利便性の高さゆえに、ビジネスシーンでもつい口にしてしまう言葉だ。
「どうしても成功させたい」「どうしても納期を早めてほしい」──これらの言葉が示すのは、単なる希望ではなく、「何としてでも」という切迫した意志や、「避けられない」という客観的な状況の強調である。

しかし、その感情的な響きや強い主観性が、ビジネスにおける論理的・客観的なコミュニケーションにおいて、やや軽い印象を与えてしまう。
特に、相手に要求を通そうとする際には、「一方的だ」という誤解を生む可能性もある。
つまり「どうしても」は、個人の強い意志、客観的な必要性、そして困難の中での粘り強さといった要素を内包する語なのだ。
ここでは、この三つの側面に分けて意味とニュアンスを整理し、それぞれにふさわしい、品格ある言い換えを見ていく。
(1) 強い決意としての「どうしても」──目的達成への揺るぎない覚悟
この「どうしても」は、「何としてでも」「絶対に」という、目的達成に向けた揺るぎない決意や強い意志を表す。個人的な信念や、組織としての使命感が根底にある。

「この計画を成功させる」「目標を達成する」といった、行動のエネルギー源となる強い動機づけを指す。
つい使いがちな『どうしても』の例
- どうしても成功させたいプロジェクトだ。
- どうしてもこの納期は守らなければならない。
- どうしても負けられない戦いである。
- どうしても達成したい目標がある。
- どうしても私が担当したい案件だ。
この側面の「どうしても」は、情熱や意気込みを伝える一方で、個人の主観や感情論と捉えられかねない。
ビジネスでは、単なる感情ではなく、責任感や覚悟、客観的な必要性に昇華させて伝えるべきである。
より的確・品よく伝える言い換え
- 何としても
- あらゆる手段を尽くして目的を達成する強い覚悟を表す。
- 例:この課題は何としても解決する所存だ。
- あらゆる手段を尽くして目的を達成する強い覚悟を表す。
- 是が非でも
- どんな困難があっても目的を達成する、という強い決意を示す。
- 例:是が非でも来週中のご提案を実現したい。
- どんな困難があっても目的を達成する、という強い決意を示す。
- 必ず
- 確実性や責任感を強調する。感情を排し、実行の確かさを伝える。
- 例:目標の数字は必ず達成いたします。
- 確実性や責任感を強調する。感情を排し、実行の確かさを伝える。
- あくまでも
- 初志や原則を曲げず、最後までやり通す姿勢を示す。
- 例:あくまでもこの基本方針を貫徹する。
- 初志や原則を曲げず、最後までやり通す姿勢を示す。
- 強い意志
- 決断や実行への堅固な決意を客観的に表現する。
- 例:強い意志をもってこの改革を推し進める。
- 決断や実行への堅固な決意を客観的に表現する。
この方向の言い換えは、個人的な感情論を避けつつ、プロとしての責任感や実行力を明確に伝え、周囲の信頼を得るのに効果的である。
(2) 切実な必要性としての「どうしても」──避けられない状況と緊急性
この「どうしても」は、客観的な状況や事実に基づき、「それを避けることは不可能だ」「絶対に必要だ」と伝える際に用いられる。

個人の感情というより、論理的な帰結や緊急性を強調する表現である。
「システムの仕様上、対応が必須だ」「期限が迫っており、すぐに処理しなければならない」など、選択肢がない状況や、高い重要度を示す際に使われる。
つい使いがちな『どうしても』の例
- 契約上、この条件はどうしても盛り込む必要がある。
- スケジュールの都合上、どうしても本日中に決定したい。
- データの整合性を保つため、どうしてもこのプロセスは欠かせない。
- 技術的な問題で、これ以上はどうしても無理である。
- この件はどうしても私が担当しなければならない。
この「どうしても」は、状況の深刻さを伝える一方で、「逃げ道がない」というニュアンスが強く、やや硬直した印象を与える。
客観的な言葉に置き換えることで、説得力と品格を保つべきである。
より的確・品よく伝える言い換え
- 必須
- その行動や条件が絶対に欠かせないこと、不可欠であることを明確に述べる。
- 例:この確認プロセスは、品質担保の上で必須である。
- その行動や条件が絶対に欠かせないこと、不可欠であることを明確に述べる。
- 不可避
- 避けたり省略したりすることができない、客観的に確定している状況を示す。
- 例:現行の法規制では、この手続きは不可避である。
- 避けたり省略したりすることができない、客観的に確定している状況を示す。
- 極めて重要
- 優先順位や重要度が非常に高いことを、冷静かつ的確に伝える。
- 例:お客様への情報開示は極めて重要な事項だ。
- 優先順位や重要度が非常に高いことを、冷静かつ的確に伝える。
- 至急
- 時間的な猶予がない、緊急性が高い状況を強調する。
- 例:至急、代替案のご検討をお願いいたします。
- 時間的な猶予がない、緊急性が高い状況を強調する。
- 喫緊の課題
- すぐに対応しなければならない、急を要する問題であることを表す。
- 例:このセキュリティ対策は、現在喫緊の課題である。
- すぐに対応しなければならない、急を要する問題であることを表す。
この方向の言い換えは、状況の深刻さや緊急性を感情論ではなく、客観的な事実や論理性に基づいて伝えたい場面で効果的である。
(3) 困難克服としての「どうしても」──譲れない要求と粘り強さ
この「どうしても」は、困難な状況下で、相手に強くお願いしたい、あるいは譲れない点があるときに用いられる。

相手の事情を理解しつつも、自分の要求や願いが切実であることを伝えるための表現である。
「難しいことは承知だが、協力してほしい」「無理を言って恐縮だが、譲れない条件だ」など、依頼や交渉の場面で、粘り強さや切実さを伝える役割を持つ。
つい使いがちな『どうしても』の例
- ご迷惑とは存じますが、納期をあと一日だけどうしても延ばしていただきたい。
- どうしてもその価格でのご提供をお願いできないでしょうか。
- 申し訳ございませんが、その条件だけはどうしてもお受けできかねます。
- どうしても一度、直接お話しする機会をいただきたい。
- 難しいとは思いますが、どうしてもこの案で進めたい。
この側面で「どうしても」を使うと、感情に訴えすぎる、あるいはゴリ押しのような印象を与えかねない。
ビジネスでは、「誠意」や「敬意」を伴う言葉に置き換え、論理的な交渉の姿勢を保つべきである。
より的確・品よく伝える言い換え
- 何卒
- 相手に深く丁寧に依頼・懇願する、最も品格のある表現。
- 例:誠に恐縮ながら、何卒ご協力いただけますようお願い申し上げます。
- 相手に深く丁寧に依頼・懇願する、最も品格のある表現。
- ぜひとも
- 「ぜひ」よりも丁寧で強い要望を表す。実現への強い願いを込める。
- 例:この機会にぜひとも貴社とお取り組みしたいと存じます。
- 「ぜひ」よりも丁寧で強い要望を表す。実現への強い願いを込める。
- 切にお願い
- 困難な状況を理解しつつも、心から強く依頼する切実さを伝える。
- 例:こちらの事情をご賢察いただき、切にお願い申し上げます。
- 困難な状況を理解しつつも、心から強く依頼する切実さを伝える。
- ご容赦願います
- 困難な状況、または依頼を拒否する際に、相手の理解を求める丁寧な表現。
- 例:誠に恐縮ながら、現状ではご容赦願います。
- 譲れない方針
- 感情論ではなく、会社や事業の基本原則として不可欠な要素であることを示す。
- 例:これは当社の譲れない方針としてご理解いただきたい。
この方向の言い換えは、粘り強さや切実さを保ちながらも、相手への敬意と誠意を示し、建設的な交渉へと導くのに有効である。
小結
「どうしても」は、強い決意・切実な必要性・困難な中の要求という三つの側面を持つ、多義的な言葉である。
これらの側面を意識せずに用いると、感情論や一方的な要求として受け取られ、ビジネス上の信頼を損なうことにつながる。
強い決意を伝えたいなら「何としても」や「是が非でも」、客観的な必要性を示すなら「必須」や「不可避」、困難な状況での依頼なら「何卒」や「切にお願い」を使うべきだ。
ビジネス文書や公式な場では、主観的な「どうしても」よりも、責任感、論理性、そして相手への敬意を伴う具体語を選ぶことで、説得力と品格を両立させることができる。
2.シーン別の言い換えと使い分け
会議、メール、クライアント対応など、ビジネスのどの場面においても、「どうしても」という表現は、使い方ひとつで熱意にも独断にも変わる。
以下では、主要なビジネスシーンごとに、「強い決意」「切実な必要性」「困難な要求」という3つの側面に合わせたふさわしい言い換えと、その使い分けのコツを整理する。
クライアント対応
- どうしてもこの条件だけは譲れません。
- →この条件は、プロジェクト遂行において不可欠な基本方針である。
- どうしてもこの価格でのご提供をお願いしたい。
- →誠に恐縮ながら、何卒この価格でのご提供をご検討いただきたい。
- 納期の変更はどうしても無理です。
- →誠に申し訳ないが、当社のリソースでは現行納期での対応は応じかねる。
- どうしても一度、直接お話をさせていただきたい。
- →ぜひとも一度、直接お目にかかり、ご説明の機会を賜りたい。
「どうしても」の切実さは、不可欠や基本方針といった客観的理由に昇華させ、感情を抑えるべきだ。
何卒などクッション言葉で敬意を示し、信頼感ある交渉姿勢を保つことが鍵である。
依頼メール
- どうしても本日中にご返信をお願いします。
- →至急ご返信をいただきたく、何卒よろしくお願いいたします。
- この資料がどうしても必要です。
- →この資料は業務遂行に必須であるため、ご手配いただきたい。
- どうしても(時間がなく)このタスクはお引き受けできません。
- →誠に申し訳ないが、現在の状況では対応が困難だ。
- どうしてもご協力いただきたい事項がございます。
- →ぜひともご協力をお願いしたい事項が一件ある。
「どうしても」は、依頼の緊急性や切実さを伝える便利な言葉である。
しかし、メールでは「至急」や「必須」に置き換え、依頼の根拠を明確にすべきだ。
拒否する際も「誠に申し訳ないが」など、相手の心情に配慮した丁寧な表現に留めることが鍵である。
会議での発言
- どうしてもこの計画を推し進めたい。
- →何としてもこの計画を成功させる所存である。
- どうしてもそのデータがないと判断できない。
- →適切な判断には、そのデータが不可欠である。
- どうしてもA案にすべきだと思う。
- →論理的な観点から、A案が最善であると確信する。
- 現状ではどうしても無理が生じる。
- →現状では構造的な無理が生じ、再検討が必要だ。
「どうしても」は、会議で熱意を伝える言葉である。しかし、主観を避け、「所存」や「不可欠」といったプロの覚悟や客観的根拠に昇華すべきだ。
「構造的な無理」など客観的な言葉を選ぶことで、感情論を排し、議論の質を高めることが鍵となる。
上司への報告・相談
- どうしても納期を延長してほしい。
- →誠に恐縮ながら、品質保持のため、納期延長が必須である。
- どうしてもこの方針に納得できません。
- →この方針には複数の懸念点があり、再考いただきたい。
- どうしても(予算を)削れない部分です。
- →これは品質維持のための譲れない方針であり、削減は困難を極める。
- どうしても一度、現場の意見を聞いてほしい。
- →現場の切実な意見と現状を、一度ご確認いただきたい。
「どうしても」は、上司への報告・相談において、強い要求や不満に聞こえがちである。
事実や必須といった根拠で必要性を伝え、不満は「複数の懸念点」として冷静に提示すべきだ。感情ではなく論理で説得することが鍵となる。
電話対応
- どうしても今すぐご担当者につないでほしい。
- →大変恐縮だが、至急ご担当者様とお話ししたい。
- それはどうしてもお答えできません。
- →誠に申し訳ございませんが、社内規定によりお答えいたしかねる。
- どうしても確認が必要です。
- →正確を期すため、必ず確認をさせていただきたい。
- どうしても(時間がなく)今すぐ折り返せません。
- →ただいま手が離せないため、後ほど必ず折り返す。
「どうしても」は、電話対応において、焦りや一方的な印象を与えやすい。
至急や大変恐縮だがといった丁寧語で緊急性を伝え、断る際は「社内規定により」と根拠を明示すべきだ。
品格と迅速さを両立させることが鍵となる。
3.まとめと実践のヒント
ここまで、「どうしても」という言葉の多面的な意味と、主要なビジネスシーンに応じた適切な言い換えを見てきた。
「どうしても」は、強い決意や切実な必要性を伝える便利な語だが、ビジネスの場では主観的で感情的な印象を与えることがある。
実践の第一歩は、その「どうしても」が示す内容を論理的に具体化することだ。
何としても・不可欠・何卒など、意志、客観的な事実、相手への敬意に応じて語を選べば、熱量を保ちながらも、論理的で信頼感ある伝え方に変えられる。

