確証バイアスと正常性バイアスの違い

確証バイアス 正常性バイアス
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混同されやすい2つの認知バイアス

「確証バイアス」「正常性バイアス」

いずれも言わずと知れたポピュラーな認知バイアスの筆頭格だ。

認知バイアスを扱う書籍をいくつか当たるとすぐに分かるが、この2つが取り上げられないということはまずないだろう。

とりわけ、「確証バイアス」は認知バイアスの大横綱

様々な認知バイアスの根幹をなすといっていい。

もう一方の「正常性バイアス」は災害時の避難行動に関する文脈で頻繁に登場し、その社会的な意義は大きい。

認知バイアスという概念自体になじみのない人でさえも知っていることがある。

報道で耳にする機会も多いのだ。

混同
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ただし、その人気者同士ゆえ、混同されることも多い。

「正常性バイアス」と書かれていても、その文脈で使うなら明らかに「確証バイアス」だろうということが往々にしてある。

逆もまたしかり。

「正常性バイアス」が本来の出番のところに「確証バイアス」と書かれていることもあるのだ。

この記事では「確証バイアス」と「正常性バイアス」の違いを明らかにし、なぜ両者が混同されるのかも考察してみたい。

確証バイアスとは?

まずは「確証バイアス」から定義をしてみたい。

「確証バイアス」とは自分の思い込みを裏付ける情報ばかり集め、それに反する情報は無視しがちなことをいう。

確証バイアス
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キモとなるのが「情報収集の仕方が偏る」ことと、「主観的な判断が主体となる」ことだ。

確証バイアス
  • 情報収集の偏り
    • 特定の仮説や信念を支持する情報ばかりを集め、反証する情報を無視・軽視する
  • 主観的な判断
    • 客観的な評価よりも、自分の考えに都合の良い情報に重きをおく

例を挙げるなら、「この新しいダイエットは絶対に効果があるはずだ!」という信念に基づき、その信念と辻褄(つじつま)の合う成功事例ばかりに注目してしまうことがあるだろう。

たとえ失敗談を見聞きしても無視される、よくて過小評価されてしまうのだ。

ほかにも「A型の人は几帳面」という前提をもってしまうと、A型の人の几帳面な行動ばかりに注意を向けるといったことも「確証バイアス」にあたるだろう。

正常性バイアスとは?

次に「正常性バイアス」を定義してみよう。

「正常性バイアス」とは、災害や有事の際に、心の平静を保とうとその危険性を過小評価してしまうことを指す。

災害
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こちらは「危険の過小評価」「ストレスからの防衛」がキモとなる。

正常性バイアス
  • 危険の過小評価
    • 予期せぬ事態や危機的な状況に直面しても、「たいしたことじゃない」「このぐらいなら大丈夫」と判断し、平静を保とうとする
  • ストレスからの防衛
    • 危険を直視することで生じる不安や恐怖を軽減し、心をストレスから守る。一種の防衛反応といえる。

たとえば、地震や津波など災害が発生した際、「これくらいなら大丈夫」と楽観してしまう。

それゆえ、避難行動が遅れてしまうこともあるのだ。

ほかにも運転中についスピードを出し過ぎてしまうのも同様である。

「この程度なら危険なことはない」などと危険運転を控えようとはしない。

ニュアンスの違い

改めて定義してみると、2つの認知バイアスの違いは一目瞭然といえる。

「確証バイアス」は自分を取り巻く情報全般が対象となり、その中から自分の考えに都合の良い情報をえり分けていくことになる。

一方、「正常性バイアス」はより文脈限定的で、危機的状況や予期せぬ事態にもっぱら意識が向かう。

それを察知したときにすかさず働き、危機を過小評価し、心の平静を保とうとする。

また、それぞれの認知バイアスの心理的な着地点も大きく異なる。

「確証バイアス」は、都合のよい情報に注目し、矛盾する情報を無視した結果、自分の信念や仮説を強化に帰着する。

「正常性バイアス」はストレスからの防衛に成功することになるのだ。

なぜ、混同されるのか?

ではなぜ、性質の異なる2つの認知バイアスが混同されるのか?

どちらも主観的な判断が優先され、客観的な事実よりも、自分の考えや感情に合致する情報に重きを置いてしまう点では合致している。

「正常性バイアス」では、危険を過小評価しようとするため、安心できる情報ばかりを集めてしまう。

ここが「確証バイアス」の都合の良い情報に注目する点と混同されやすいのだ。

また、前述したように「正常性バイアス」はストレスや不安を軽減しようとする心理的なメカニズムと関係する。

実は「確証バイアス」においても同様のことがいえる。

自分の信念や意見に反する情報を受け入れるのはストレスとなるため、それを無視するのは一種の防衛反応ともいえるだろう。

おそらくこの2つを混同するのは、2つの認知バイアスをある程度学んでいる中級レベルの理解者なのだろう。

中級者でそこそこ知っているという自負があるとはいえ、まだ詳細な違いやニュアンスを把握するには至っていない。

そのため、初級レベルの理解者に比べ、2つの認知バイアスがかえって似通って見えてしまうのだ。

2つのバイアスのメッセージ

実は2つの認知バイアスはそれらが伝える社会的メッセージも大きく異なる。

「確証バイアス」は「クリティカルシンキング(批判的思考)」の重要性を説く。

自分の意見に固執するのは避け、多角的な視点から物事を捉えることを促しているのだ。

クリティカルシンキング
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報道記事やニュース番組、あるいはソーシャルメディアなど自分を取り巻く情報との向き合い方も、意識的に偏りをなくす必要があるだろう。

一方、「正常性バイアス」は危機的状況下における冷静な判断の重要性を説く。

そして、警鐘をも鳴らす。

警鐘
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過度な楽観主義に陥っていないだろうか?

危険性を過小評価していないだろうか?

また、人は「正常性バイアス」の影響を受けるため、危険に巻き込まれやすいことにも改めて気づかせてくれるだろう。

それであればなおのこと、日頃から災害や事故などのリスクを想定し、適切な備えを行うことが大切となる。

今回の記事では「確証バイアス」と「正常性バイアス」を定義し、その意味合いの違いを見てきた。

私たちに訴えかけるメッセージや警鐘もかなり異なる。

「あれ、どう違うのだろう?」と迷ったときこそ、学びのチャンスだ。

2つの認知バイアスが似て非なるものであることをしっかり押さえておこう。

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