アサヒ・ビアリー マーケティング戦略 微アルコールビールで狙い撃つソバーキュリアス

アサヒビール 微アル ビアリー
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アサヒビールから発売された微アルコールビール「ビアリー」が好調なスタートを切った。

「ビアリー」はアルコール度数0.5%の 微アルコール・ ビールテイスト飲料。

アルコール度数はごくわずかながら本格的なビールの味わいが楽しめるとあって、アルコール飲料を飲んだことのないエントリー層の掴みがよいという。

また、お酒を “飲める” 人があえて “飲まない” 「ソバーキュリアス」なスタイルを選ぶ人たちの心も掴み始めた。

その「ビアリー」投入の背景にはアサヒビールの中長期的な思惑がある。

“飲む・飲まない”、“飲める・飲めない”のはざまで揺れる人たちの潜在需要を開拓し、同時に不適切飲酒の撲滅にも取り組んでいく。

そのためにはまず、何かと窮屈な既成のお酒文化から人々の意識を解放しなければならない。

実は「ビアリー」は、そんな「スマートドリンキング社会」の実現に向けた伝道師の役割も担う戦略的なブランドだったのだ。

目次

「微アル」 新ジャンルの誕生

「微アル」という言葉をご存知だろうか?

「微アルコール」の略称で、アルコール度数を1%以下に抑えたアルコール飲料をいう。

既に市場に定着したアルコール度数0%のノンアルコール飲料とは一線を画す新たなジャンルの名称だ。

この言葉が小学館の国語辞典「大辞泉」が実施する「大辞泉が選ぶ新語大賞」キャンペーンで2021年9月度の新語に選ばれている。

同キャンペーンはユーザーの知恵を集め “生きている国語辞書” を目指すという大義のもと、一般の人々から辞書に掲載する新語を募集するという企画だ。

集まった新語から「大辞泉」の編集部によって候補が絞り込まれ、最終的には2022年4月に改訂される「大辞泉」デジタル版に収録されるという。

2021年にはこれまで「親ガチャ」「キャンセルカルチャー」「K字経済」などが選ばれており、「微アル」はまさにそれらの時流を得た “採れたて”の言葉と肩を並べたわけだ。

この「微アル」とはアサヒビールが2021年6月に全国発売した「ビアリー」が打ち出したもの。

新ブランドの「ビアリー」はアルコール度数0.5%の “微アルコール” ビールテイスト飲料で、缶の正面中央にも「微アルコール」との表示がある。

こうした「ジャンル名称」が付けられたことはブランドにとっては極めて有利だ。

たとえば「エナジードリンク」と「レッドブル」のような関係である。

そうした名称は “新ジャンル感” が際立つだけではない。

ブランドの認知や記憶の足場としても有効に働く。

仮に「微アル」のジャンルに他のブランドの参入が続けば、同ジャンルの需要が増えるとともに、「ビアリー」が先発優位を握れる可能性だってある。

「大辞泉が選ぶ新語大賞」は年末恒例の「ユーキャン新語・流行語大賞」ほど大きくメディアを賑わすことはない。

それでも権威ある辞書の新語候補としてエントリーされたことは「ビアリー」のブランド戦略上、幸先のよいスタートを切ったといっていいだろう。

微アルでも本格的なビールの味わい

実際、「ビアリー」の初動の売行きは好調のようだ。

2021年8月5日付の日経クロストレンドの記事には、20~30代のミレニアル世代(おおむね1981~96年生まれの若者たち)から支持されたとある。

とりわけアルコール飲料はもちろん、ノンアルコール飲料すら飲んだことのない根っからのエントリー層の掴みがよいという。

同記事によれば、2021年3~7月のアルコール度数1%未満のビールテイスト飲料市場は昨年の同じ時期に比べ 20%ほど伸長しているが、その伸びの半分は「ビアリー」が牽引しているとある。

「ビアリー」の好スタートによって、既に市場に定着していたノンアルコールのビールテイスト飲料に同ブランドの勢いが逆流した可能性もある。

ノンアルコールビール

アルコール度数0%のビールテイスト飲料といえばキリンビールの「キリンフリー」が先駆けとなる。

2009年の同ブランドの登場以来、同じキリンビールから「零ICHI」、サントリービールの「オールフリー」、アサヒビールの「アサヒ ドライゼロ」など相次いで新ブランドが登場し、選択肢が増えたことで市場も膨らむ。

ビール類市場全体からみればパイはまだ小さいが、スーパーやコンビニの棚でも一角を占めており、市民権を得ている感がある。

そこにアサヒビールが満を持して投入したのが、僅かながらアルコールを含む「ビアリー」だ。

しかし、同ブランドは単にアルコール度数を上げただけではない。

ミネラルウォーターや果汁飲料の「微炭酸」、あるいは缶コーヒーの「微糖」といった単に好みの細分化を進めた商品とは次元を異にしている。

「ビアリー」が画期的なのは、コク深いビールをいったん醸造した後にアルコールを抜くという独自の製法で、ビールらしい本格的なうまみやコクを実現したことである。

アサヒビールの2021年4月26日付のニュースリリースには、首都圏・関信越エリアでの先行発売直後の調査で「飲用後の満足度」や「継続飲用意向度」の数値がいずれも高かったとある。

「今までのノンアルとは味が違う」「こういった商品が欲しかった」といった好意的な評価が多く得られたという。

ターゲット戦略 誰が飲むのか?

僅かなアルコール度数で本格的なビールの味わいを実現するために、アサヒビールは約3年半の開発期間に約100回もの試験製造を繰り返している。

同社がここまで身を挺(てい)して「ビアリー」を世に出したのには、主に3つの理由がある。

一つ目の理由は潜在需要が大きいことだ。

食品新聞の2021年1月18日付の記事には、20~60代の人口約8千万人のうち、アサヒビールの推計でお酒を飲めない・飲まない人は約4千万人、飲むのは月1回未満という人も含むと約6千万人にも上るとある。

日常的にお酒を飲む人たちは残りの2千万人となるが、各酒造メーカーは成年人口の4分の1の人たちをターゲットにしのぎを削ってきたことになる。

アルコール度数がわずか0.5%で、ノンアルのような物足りなさを感じさせない「ビアリー」であれば、残りの4分の3も含め成人人口の全方位を狙える可能性がある。

2つ目の理由は決して小さくない割合の人たちが、お酒の楽しみ方に対して「好きだけれど嫌い」といったアンビバレンス(愛憎が共存する感情の意)な気持ちを抱いていることだ。

アンビバレント

アサヒビールの2020年12月10日付のニュースリリースにはそのことを示唆する興味深い調査結果が明かされている。

週1回はお酒を飲む人でさえ、その半数の人たちが飲み会など自宅以外のお酒を飲む機会において不快感や不自由さを感じたことがあると回答しているのだ。

他の設問の回答結果からも「飲みニケーション」の場は必ずしも嫌ではないにせよ、場所や時間帯、その時の気分、居合わせる相手によって飲む・飲まない、あるいはもし飲むならどんな種類のお酒を飲むのかも自由に選択したいという意向があるようである。

こうした文脈では「ビアリー」という新たな選択肢の意義は大きい。

酔う心配もなく本格的なビールの味わいを楽しめる「ビアリー」であれば、ちょっと今日は飲みたくないと思うときでも負い目なくお酒の場に興じることができるためだ。

そして、「ビアリー」が投入された3つ目の理由はお酒と向き合う新たなスタイルの台頭にある。

欧米発ではあるが、健康志向や人前で酔っぱらたくないといった意識などから、お酒を “飲める” 人があえて “飲まない” ことを選択するスタイルが広がりつつあるのだ。

「ソバーキュリアス」と呼ばれるスタイルである。

「ソバーキュリアス」という耳慣れない言葉は英語の「sober (シラフ)」、「curious(好奇心)」から来ており、「シラフにいることへの抗えない好奇心」といったニュアンスがあるらしい。

その「ソバーキュリアス」の担い手はお酒を体質的に受けつけない、いわゆる「下戸」ではなく、飲もうと思えば飲める人たちなのだ。

それでもお酒と適度な距離を取り、節度を持ってお酒をつきあうことがむしろクールだとの発想を持つ。

ニッセイ基礎研究所の2020年2月3日付の記事には、日本でも20代の4分の1はあえて飲まない「ソバーキュリアス」とある。

この層が「ビアリー」を歓迎する可能性は十分にあるだろう。

“スマートドリンキング”を目指す

  • お酒と一定の距離を置く6千万人もの人たち
  • 日常的に飲む人たちでも抱くお酒に対するアンビバレンスな感情
  • ソバーキュリアスなスタイルの広がり

こうした昨今の市場背景から、アサヒビールは一つのビジョンにたどり着く。

そして、そのビジョンをステイトメントに落とし込んだのが「スマートドリンキング宣言」だ。

アサヒビールの公式サイトには、「スマートドリンキング」とはひとりひとりが自分の体質や気分、シーンに合わせて、適切なお酒やノンアルコール飲料を自律的に楽しむこととある。

このスマートドリンキングを通して同社は「飲む人も飲まない人もお互いが尊重し合える社会」の実現を目指すという。

お酒の “飲み方” にもっと多様性を持たせようというアサヒビールからの提案なのだ。

アサヒビールの2020年12月10日付のニュースリリースには、同社は「ビアリー」のような微アルコール飲料をはじめ、アルコール度数が3.5%以下の商品を2025年までに全体の20%を占めるまでに増やすとある。

実はこの低アルコール飲料への注力はアサヒビールだけに限らない。

バドワイザーやコロナビールを擁する世界最大手のアンハイザー・ブッシュ・インベブもビール類の販売数量の20%をノンアルを含めた低アルコールビールにすると発表している。

その背景には国連の掲げるSDGs(持続可能な開発目標)にアルコールの有害摂取の防止が掲げられており、適切な飲酒に対する社会的な要請が以前にもまして高まっていることがあるようだ。

アルコールの有害摂取

「ビアリー」のブランドサイトには「ビアリー」ならどんなシーンにも寄り添えるとある。

たとえばゲームをしているとき、創作活動やアイデア出しをしているとき、家事や仕事の合間にひと息いれたいときなど、「ビアリー」ならビールのようなうまさを楽しめる“心地よい時間”を自由に見つけられると説く。

お酒の飲み方を巡っては、お酒を飲む・飲まない、飲める・飲めないといった単純な二分法で語ってしまいがちだが、「ビアリー」が発するメッセージは、そのあいだに無数のグラデーションがあったことに改めて気づかせてくれる。

「ビアリー」の日常生活に溶け込む力、その神出鬼没さは、既存のアルコール飲料や味わいの点で物足りないノンアルコール飲料には真似のできない強みだったのだ。

コルセット

20世紀初頭のフランス人デザイナー、ココ・シャネルは、動きやすいジャージー素材を取り入れて歩き回るのにも不自由なロングドレスやウエストを締め付けるコルセットから女性たちを解放している。

それはまた、伝統的なオートクチュール(高級注文服)への挑戦でもあったという。

「ビアリー」はまさにそんなジャージー素材のように、既成のアルコール文化の窮屈さから人々を解放する役目を担うべく誕生したのである。

生まれながらにしてスマートドリンキングを実現する使命を背負っていたのだ。

「スマートドリンキング社会」実現に向けた取り組み

しかし、アサヒビールも「ビアリー」の一石を投じるだけで、スマートドリンキングを一気に実現できるとは考えていないようだ。

単なる標語には終わらせないための取り組みを「ビアリー」の発売を機に同時並行で進めている。

その一つが「スマドリ/SMART DRINKING 公式Twitter」だ。

アサヒビールの2021年6月14日付のニュースリリースによれば、そのTwitterアカウントは「カフェ&バー」という設定らしい。

その日の気分や体調に合わせてお酒を選択する「スマートドリンカー」であるママと、お酒はあまり強くないがお酒の場は好きな若手店員が随時ツィートする。

お酒を“飲める”人やお酒を“飲まない”人、“飲めない”人との双方向のコミュニケーションの機会を積み重ね、声を吸い上げては施策に生かし、スマートドリンキングの考え方を浸透させていくという。

テレワーク社会がZoomやMicrosoft teamsなどのオンライン会議システムを導入するだけで一朝一夕に実現するわけではないだろう。

スマートドリンキング社会もしかりである。

顧客の声に耳を傾け、その実現に向けた障壁を顕在化させ、ひとつひとつ潰していく。

さらにその声をもとに細やかな消費者文脈に対応する形で経験価値を創出し、その好意的な反響を通して人々の意識を変えていく。

顧客との「共創」による体験価値の向上

幸いなことにアサヒビールには顧客データを分析する専門チームがバックに控えている。

アサヒビールの持ち株会社であるアサヒグループホールディングスに新設された「Value Creation室」だ。

同グループの2021年6月7日付ニュースリリースによれば、飲料や食品系の事業会社を含めたグループ内で共通の顧客データ分析基盤を持ち、顧客理解の深化を進めていくという。

抽出された顧客インサイトがスマートドリンキングの実現を後押しする可能性は十分にある。

キーワードは顧客との「共創」である。

実は冒頭で触れた「大辞泉が選ぶ新語大賞」も一種の顧客との共創なのだ。

新しい言葉を一般の人々から募集するオンライン参加型キャンペーンであり、変わり続ける言葉をつかまえ続け、真の「生きている国語辞典」を提供し、顧客の体験価値を高めていく。

「ビアリー」もまた、アサヒビールにとってスマートドリンキングの実現に向けた共創の機会を得る手段となる。

同社は既に「ビアリー 香るクラフト」というラインを追加し、ハイボールの“微アル版”として「アサヒ ハイボリ―」も投入している。

「共創」の機会を得るチャネルを着々と増やしている。

また、競合他社や異業種から追随する動きも見られる。

サッポロビールも微アルコールビールテイスト飲料「ザ・ドラフティ」を発売している。

ほかにもノンアルコール飲料を専門に扱う通販サイトノンアルコールや低アルコール飲料の専門のバーも登場している。

大きなうねりにつながりそうなマーケティング・プラットフォームの萌芽(ほうが)が生まれ始めているのだ。

ライバルメーカー同士の呉越同舟(敵味方が共通の困難や利害に対して協力し合うの意)の構図とはいえ、その新たなうねりはスマートドリンキングを実現するためのこれ以上ないエールとなるだろう。

ウーロン茶やジンジャーエール。

世代にもよるが、飲み会や親睦会などでお酒を飲みたくないときに注文する人も未だ多い。

自分で選択しているようでいて、実はそのこと自体、既成のお酒文化の呪縛から抜け出せていないのだ。

アサヒビールの覚悟は半端ではない。

「昔はそんな時代もあった」と懐かしく思い返す日は案外早くやってくるかもしれない。

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