なぜ、Nikeのスローガンは何十年も色あせないのか。
なぜ、ハーレーダビッドソンは単なるバイクブランドを超えて、自由と反逆の象徴になり得たのか。
その背景には、ブランド「語るべき物語」を持ち、人間の深層心理に訴えかけているという共通点がある。
そうしたブランドの物語構造を理解する鍵となるのが、「アーキタイプ(元型)」という考え方だ。
しかし、「なぜアーキタイプがブランドに効くのか」という問いに、深い納得をもたらす説明に出会うことは多くない。
本稿では、アーキタイプを単なるマーケティング手法ではなく、人間の物語本能に根ざした「意味の構造」として捉え、その本質を解き明かしていく。
人は物語によって世界を理解し、自己を位置づけ、他者とつながる存在である。
だからこそ、ブランドも「語るべき物語」を持たなければ、心に残ることはできない。
アーキタイプとは何か。
なぜブランドに必要なのか。
そして、どう活用すべきなのか。
──それらの問いに、これから順を追って答えていく。
1.なぜ今、アーキタイプが注目されるのか
現代の消費者は、商品の機能や効能、価格だけでは動かない。
どれほど高品質であっても、「それが自分にとってどんな意味を持つのか」が感じられなければ、心を動かされることはない。
SNSの普及により情報の洪水が日常となった今、ブランドはただ「良いモノを作る」だけでは、選ばれなくなっている。
このような環境において、ブランドの“人格”がかつてないほど重視されている。
それは、企業や商品が、単なる経済的な存在ではなく、「どんな価値観を持ち、どんな世界観を語るか」が問われる時代に入ったことを意味している。
ここで注目されているのが、ブランドアーキタイプという考え方である。
これは、神話や物語に共通する“普遍的なキャラクター”に基づき、ブランドの個性を定義しようとするアプローチだ。
幼子(イノセント)、英雄(ヒーロー)、創造者(クリエイター)など、12のアーキタイプに分類されるこれらの型は、私たち人間の深層心理に自然と響く構造を持っている。
マーガレット・マークとキャロル・S・ピアソンの整理によれば、代表的なブランドアーキタイプは次のように分類される。
- 幼子/イノセント(The Innocent)
- McDonald’s、Dove、Ivory、Coca-Cola、Nintendo Wii、Evian、Whole Foods
- 探検家/エクスプローラー(The Explorer)
- Jeep、Land Rover、Red Bull、The North Face、GoPro、NASA、National Geographic、Airbnb
- 賢者/セージ(The Sage)
- Google、McKinsey、PBS、Philips、BBC、Oxford、Bloomberg、Wikipedia
- 英雄/ヒーロー(The Hero)
- Nike、BMW、Duracell、FedEx、U.S. Army、Red Cross、Gatorade、Snickers
- 無法者/アウトロー(The Outlaw)
- Harley-Davidson、Virgin、Diesel、MTV、Mountain Dew、PayPal、Bitcoin
- 魔術師/マジシャン(The Magician)
- Disney、Tesla、Absolut、Dyson、Polaroid、Sony
- ありふれた男女/レギュラーガイ・ギャル(The Regular Guy/Gal)
- IKEA、Home Depot、eBay、Jim Beam、Wrangler Jeans
- 恋人/ラバー(The Lover)
- Victoria’s Secret、Chanel、Häagen-Dazs、Godiva、Hallmark、Alfa Romeo
- 道化師/ジェスター(The Jester)
- Pepsi、Old Spice、Ben & Jerry’s、M&M’s、Dollar Shave Club
- 援助者/ケアギバー(The Caregiver)
- Johnson & Johnson、Volvo、Huggies、Campbell’s Soup、UNICEF、Marriott
- 創造者/クリエイター(The Creator)
- Apple、Lego、Crayola、Adobe、Pinterest、YouTube
- 統治者/ルーラー(The Ruler)
- Cadillac、Mercedes-Benz、Microsoft、British Airways、Rolex、Louis Vuitton
※各アーキタイプの代表的なブランドの例は以下のサイトを参照している。
- How Brands Are Built, “Definition of brand archetype,”
- Iconic Fox, “Brand Archetypes: The Definitive Guide [36 Examples],”
- Map & Fire, “Outlaw Brand Archetype Definition, Colors, Examples, Use,”
- Ebaq Design, “Brand Archetypes: The Definitive Guide (48 Examples),”
- Ramotion, “What Is a Brand Archetype & How to Use It?,”
アーキタイプとは、心理学者カール・グスタフ・ユングが提唱した「元型(Archetype)」に由来する概念である。
これは、文化や時代を超えて人類の心に共通して現れる象徴的なパターンやイメージを指す。
神話や夢、伝説に繰り返し登場する“老賢者”“英雄”“魔術師”といった存在は、その象徴的表れであり、ユングはこれを「集合的無意識」の一部と考えた。
こうしたアーキタイプは、私たちが無意識のうちに物語を理解したり、自分の人生に意味を見出したりする際の“心理的エネルギー源”として機能している。
たとえば、喪失や挫折といった苦難を経験したとき、人はしばしばそれを「試練」と捉え、そこから自らの成長や変容の物語を紡ぎ出そうとする。
このように、アーキタイプは、人が自己の経験に意味を見出し、物語として再構成するための枠組みである。
そして、このアーキタイプの概念をブランディングに応用したのが、マーガレット・マークとキャロル・S・ピアソンである。
彼女たちの共著「The Hero and the Outlaw」(邦訳版「ブランド・アーキタイプ戦略 驚異的価値を生み出す心理学的アプローチ」)で提示されたブランドアーキタイプ理論は、単なるマーケティングツールではない。
人が「意味」を求め、「物語」に共感し、「物語として世界を理解する」存在であることを前提にした、極めて人間的なブランディング戦略である。
本稿では、「なぜ人はアーキタイプに惹かれるのか」という心理的背景から出発し、12のアーキタイプの特徴、そしてそれをブランドに活かすための実践的な方法までを、段階的に読み解いていく。
2.物語を求める人間の本能:アーキタイプの土壌
人はなぜ物語を求めるのか
人は、出来事をただの事実として受け止めることが苦手だ。
たとえば事故や失敗が起きたとき、私たちは「なぜそんなことが起きたのか」「その背景にはどんな動機や因果関係があるのか」と、自然と“筋の通った物語”を構築しようとする。
これは単なる癖や好みではなく、人間の認知に深く根ざした心理的傾向である。
そして、意味を求める過程で、私たちは無意識に「自分の役割」を物語の中に見出そうとする。
たとえば── 仕事で困難なプロジェクトに挑むとき、私たちは「英雄」になろうとする。
新しい趣味に無心で没頭するとき、「幼子」の純粋さが蘇る。
難しい課題に取り組み、答えを探すとき、「賢者」としての側面が顔を出す。
──このように、日常の小さな出来事にも、私たちは無意識に「物語の役割」を生きている。
日常の小さな出来事に意味を求めるこの本能は、より大きなスケールでは、文化や時代を超えて繰り返される壮大な物語パターンにも表れている。
神話学者ジョーゼフ・キャンベルは、世界中の神話に共通する「英雄の旅(Hero’s Journey)」という物語構造を提唱した。

主人公が日常から旅立ち、試練を経て、変容して戻ってくるというこのフォーマットは、古代の神話から現代の映画、自己啓発、企業の成功譚に至るまで、実に多くの物語に応用されている。
映画「スター・ウォーズ」の監督であるジョージ・ルーカスも、キャンベルの理論に強い影響を受けた一人だ。
彼は「英雄の旅」の構造を物語の軸に据えることで、単なるスペース・オペラを超えた“神話的な物語”として世界中の観客の心をつかみ、大きな商業的成功を収めた。
このような例からもわかるように、人は物語に共鳴し、それを通じて世界を理解しようとする傾向がある。
たとえば、歴史は単なる年号や事件の羅列ではなく、「国や人々がどう生きたか」というストーリーとして語られる。
マーケティングにおいてもしかりだ。
商品のスペックではなく、「それが生まれた背景」や「誰の人生をどう変えたか」という物語が重視されるようになっている。
つまり、人間は「物語を通じて世界を理解する存在」である。
そして、その物語の中で、私たちは無意識のうちに「自分はどの役割を担うのか」を位置づけようとする。
物語と自己の重なり
社会現象とされるコンテンツの熱狂も、そうした物語への共鳴の一例である。
マリオやポケモン、鬼滅の刃、ちいかわといったキャラクターたち。
イカゲームや半沢直樹、あるいは男性グループのBTSや「うっせぇわ」でデビューしたAdoのようなアーティスト。
これらの作品が人々の心を強くつかんだのは、ただ面白いからという理由だけではない。
それを愛する人々が、登場人物や世界観に“自分の物語”を重ね合わせているからだ。
「自分はこの物語の一部だ」と感じることで、コンテンツとのつながりは一層深くなる。
なぜなら、こうした作品は、英雄、探検家、援助者といった普遍的なアーキタイプを象徴しており、私たちの深層心理に訴えかけているからである。
象徴的なアーキタイプが人々の内面に立ち上がる現象について、一つ例を挙げるなら、「タイガーマスク現象」があるだろう。

ある児童相談所に「タイガーマスク」の名でランドセルが匿名寄贈された出来事をきっかけに、全国的な寄付の連鎖が広がった。
この現象は、多くの人々が孤児院育ちのプロレスラーという漫画の主人公に共感し、行動へと駆り立てられた例である。
物語が描く「弱きを助ける英雄」や「無償の愛を捧げる援助者」という普遍的なキャラクター像が、寄付者の心に訴えかけ、その内面の共感を形にした結果と言える。
このように、私たちが何かしらの物語と出会うとき、その内面には象徴的なアーキタイプが自然と立ち上がる。
困難に立ち向かう自分を「英雄」と重ねたり、未知の世界に挑む姿に「探検者」を重ねたり、何かを生み出す喜びに「創造者」のイメージを重ねたりするのだ。
こうした普遍的なキャラクター像が、人々にとって物語を通じた自己認識を深める存在として浮かび上がってくるのである。
アーキタイプは意味の地図である
アーキタイプとは、単なるマーケティング上のツールではない。
人類の記憶に刻み込まれた“意味の構造”であり、自己認識や他者理解を導く地図のようなものである。
人が物語を欲しがる本能がある限り、アーキタイプはその物語を紡ぐ「型」として、深い影響力を持ち続ける。
この章では、アーキタイプが「なぜブランドに効くのか」を考える土壌としての、人間の物語志向を掘り下げた。
次章では、いよいよこのアーキタイプがどのようにしてブランドに力を与えるのかを詳しく見ていこう。
3.アーキタイプがブランドに与える力
ブランドが“物語を生きる存在”になるとき
「このブランド、なんだか好きだ」「あの企業には共感できる」──私たちは、ときに言語化できないかたちで、ブランドに“人格”や“世界観”を感じ取り、それに惹かれている。
そこに働いているのが、アーキタイプの力である。
アーキタイプは、ブランドに「物語性」と「人間性」を与える型である。
幼子、英雄、創造者──こうしたアーキタイプに沿ってブランドが語られるとき、消費者はそのブランドを“物語の登場人物”のように感じる。
つまり、ただの商品や企業ではなく、「ある理念を体現している存在」として認識されるようになる。

たとえば、Nikeの「Just Do It」は単なるキャッチコピーではない。
挑戦や勝利、努力といった“英雄の物語”に共鳴するからこそ、消費者の心に深く残る。

同じように、ハーレーダビッドソンの反骨精神は、無法者(Outlaw)のアーキタイプとして表現されているからこそ、単なるバイクを超えた“自由と反逆の象徴”として多くのファンに支持されている。

シャネルが放つ魅惑と官能の世界観も、恋人(Lover)のアーキタイプに重ねられることで、ブランドの背後にある「愛と美の物語」を感じさせてくれる。
感情の共鳴と一貫性を生み出す装置
ブランドが明確なアーキタイプを持つことは、一貫性のあるコミュニケーションにもつながる。
広告、店舗デザイン、カスタマーサポート、SNS、協賛イベント──すべての接点が、共通の人格を反映することで、ブランドは“ぶれない存在”として信頼を獲得していく。

また、アーキタイプを通じて語られるブランドは、“他者に語りたくなる存在”にもなる。
感情を動かす物語には共有性がある。
誰かに伝えたい、紹介したい、共感を分かち合いたい──そう思わせるブランドは、自然と口コミや支持を広げていく。
アーキタイプはブランドの行動指針となる
さらに、アーキタイプはブランドの行動指針にもなり得る。

たとえば、援助者(Caregiver)であれば「人を助ける行動」が自然な選択になるし、探検家(Explorer)であれば「既存の枠を超える」挑戦を選ぶ。
英雄(Hero)であれば、「困難に立ち向かい、勝利を目指す」ような姿勢が、そのブランドの行動基準となる。
つまり、ブランドに“どう振る舞うか”という羅針盤を与えるのがアーキタイプでもある。
ブランドは、単なる機能の提供者ではなく、「物語を生きる存在」へと進化している。

そして、その物語に人は共感し、自らのストーリーと結びつけることでブランドと絆を結ぶのだ。
次章では、こうしたアーキタイプの具体像──12の代表的なキャラクターについて、心理構造と代表ブランドとともに紹介していこう。
4.12のブランドアーキタイプの概要と特徴
ブランドアーキタイプは、単なる“ブランドの個性”を表すものではない。
人間の深層心理に存在する動機と恐れの構造をもとに分類された、極めて本質的な「物語の型」である。
マーガレット・マークとキャロル・S・ピアソンによれば、人間の行動を決定づける動機は、以下の4つの次元に整理されるという。
- 自立/達成(Independence/Fulfillment)
- 熟達/リスク(Mastery/Risk)
- 帰属/楽しみ(Belonging/Enjoyment)
- 安定/統制(Stability/Control)
それぞれの次元に3つずつのアーキタイプが対応し、合計12の類型が提示される。
- アーキタイプ
- 幼子/イノセント(The Innocent)、探検家/エクスプローラー(The Explorer)、賢者/セージ(The Sage)
- 人々が恐れるもの
- とらわれの身、裏切り、虚無感
- 役割
- 幸せを見つける
- アーキタイプ
- 英雄/ヒーロー(The Hero)、無法者/アウトロー(The Outlaw)、魔術師/マジシャン(The Magician)
- 人々が恐れるもの
- 徒労、無力、無能
- 役割
- 目標を達成する
- アーキタイプ
- 道化師/ジェスター(The Jester)、ありふれた男女/レギュラーガイ・ギャル(The Regular Guy/Gal)、恋人/ラバー(The Lover)
- 人々が恐れるもの
- 追放、孤独、見捨てられること
- 役割
- 幸せを見つける
- アーキタイプ
- 創造者/クリエイター(The Creator)、援助者/ケアギバー(The Caregiver)、統治者/ルーラー(The Ruler)
- 人々が恐れるもの
- 経済的破綻、不健康、無秩序・混乱
- 役割
- 安心感を抱く
この分類は、アーキタイプの意味や機能をより深く理解するための、極めて有効な枠組みである。
ここからは、4つの動機に沿って、12のアーキタイプそれぞれの特徴を見ていこう。
自立と自己実現:自分らしい生を求めるアーキタイプ
人々が個としての自由や精神的成長を求めるときに惹かれるのがこのグループである。
- 中心的欲求:楽園を体験する
- 目標:幸せになる
- 恐怖:間違ったことや悪いことをし、罰を受けること
- 戦略:正しいことをする
- ギフト:信じる心、楽観主義
- 代表的なブランド:McDonald’s、Dove、Ivory、Coca-Cola、Nintendo Wii、Evian、Whole Foods
- 中心的欲求:自由気ままに世界を探検し、自分探しをする
- 目標:より豊かで、自分らしく、充実した人生を送る
- 恐怖:とらわれの身、同調、空虚感、無
- 戦略:旅に出る、新しい物事を探して経験する、とらわれの身や退屈から逃れる
- 罠:当てのない放浪、社会への不適応
- ギフト:自律性、野心、自分自身の魂に従う能力
- 代表的なブランド:Jeep、Land Rover、Red Bull、The North Face、GoPro、NASA、National Geographic、Airbnb
- 中心的欲求:真実の発見
- 目標:知性や分析を用いて世界を理解する
- 恐怖:だまされること、勘違い、無知
- 戦略:情報や知識を探し求める、内省して思考プロセスを理解する
- 罠:行動力の欠如
- ギフト:英知、知性
- 代表的なブランド:Google、McKinsey、PBS、Philips、BBC、Oxford、Bloomberg、Wikipedia
熟達とリスク:限界を超えて目標を達成しようとするアーキタイプ
人々が挑戦や変革を通じて力を証明し、世界に影響を与えようとするときに惹かれるのがこのグループである。
- 中心的欲求:勇敢な行動や困難な行動を通じて自身の価値を証明する
- 目標:世界を向上させるような形で支配を振るう
- 恐怖:弱さ、脆さ、怖じ気
- 戦略:最大限の強さ、能力、権力を手に入れる
- 罠:過信、常に新たな敵が必要になること
- ギフト:卓越した能力、勇気
- 代表的なブランド:Nike、BMW、Duracell、FedEx、U.S. Army、Red Cross、Gatorade、Snickers
- 中心的欲求:復讐、革命
- 目標:(自分自身や社会にとって)うまく機能していないものを破壊する
- 恐怖:無力、見くびり、軽視
- 戦略:混乱、破壊、衝撃
- 罠:裏の道や犯罪に手を出す
- ギフト:突拍子のなさ、過激な自由
- 代表的なブランド:Harley-Davidson、Virgin、Diesel、MTV、Mountain Dew、PayPal、Bitcoin
- 中心的欲求:世界や宇宙の仕組みに関する基本法則を知る
- 目標:夢を叶える
- 恐怖:想定外の悪影響
- 戦略:ビジョンを立ててやり抜く
- 罠:人を操ってしまう
- ギフト:ウィン・ウィンの結果を見つけ出す
- 代表的なブランド:Disney、Tesla、Absolut、Dyson、Polaroid、Sony
帰属と楽しみ:人とつながり、喜びを分かち合うアーキタイプ
人々が仲間を求め、楽しみや感情的なつながりを大切にするときに惹かれるのがこのグループである。
- 中心的欲求:人とのつながり
- 目標:帰属する、溶け込む
- 恐怖:目立つ、気取っているように見られる、その結果として追放または拒絶される
- 戦略:一般的で常識的な美徳や庶民感覚を養う、集団に溶け込む
- 罠:表面的なつながりを得るために、自分を捨ててまで集団に溶け込もうとする
- ギフト:現実主義、共感、自然体
- 代表的なブランド:IKEA、Home Depot、eBay、Jim Beam、Wrangler Jeans
- 中心的欲求:親密さを手にし、官能的な喜びを体験する
- 目標:愛する人、仕事、体験、環境と交わる
- 恐怖:孤独、壁の花、求められないこと、愛されないこと
- 戦略:肉体的、感情的、その他の方法で魅力を磨いていく
- 罠:他人を誘惑し、喜ばせることにこだわるあまり、自分自身を見失う
- ギフト:情熱、感謝、審美眼、献身
- 代表的なブランド:Victoria’s Secret、Chanel、Häagen-Dazs、Godiva、Hallmark、Alfa Romeo
- 中心的欲求:今という瞬間を生き、心の底から楽しむ
- 目標:楽しい時間を過ごし、世界を明るくする
- 恐怖:退屈、退屈な人間になること
- 戦略:遊び、冗談、おちゃらけ
- 罠:放蕩(ほうとう)
- ギフト:喜び
- 代表的なブランド:Pepsi、Old Spice、Ben & Jerry’s、M&M’s、Dollar Shave Club
安定と制御:秩序と安心を求めるアーキタイプ
人々が無秩序や不安から逃れ、安心できる環境を求めるときに惹かれるのがこのグループである。
- 中心的欲求:人々を害から守る
- 目標:他者を助ける
- 恐怖:自己中心性、恩知らず
- 戦略:他者のために何かをする
- 罠:自己犠牲、他者を閉じ込める
- ギフト:思いやり、寛容さ
- 代表的なブランド:Johnson & Johnson、Volvo、Huggies、Campbell’s Soup、UNICEF、Marriott
- 中心的欲求:末永く価値を持つものをつくる
- 目標:ビジョンに形を与える
- 恐怖:平凡なビジョンや出来栄え
- 戦略:芸術的な裁量やスキルを養う
- 課題:文化の創造、独自のビジョンの表現
- 罠:完璧主義、つくり損ない
- ギフト:創造性、想像力
- 代表的なブランド:Jeep、Red Bull、REI 。
- 中心的欲求:コントロールする
- 目標:末永く反映する家系、企業、共同体を築く
- 恐怖:混沌、転覆
- 戦略:リーダーシップを発揮する
- 罠:高圧的、独裁的になる
- ギフト:責任感、リーダーシップ
- 代表的なブランド:Cadillac、Mercedes-Benz、Microsoft、British Airways、Rolex、Louis Vuitton
5.ブランドアーキタイプの戦略的活用法:実務家のための指針
アーキタイプは心理的なモデルであると同時に、ブランド戦略の骨組みとなる“実務的なフレームワーク”でもある。
ここでは、アーキタイプをどのようにブランド設計・マーケティング施策に活かすか、実務家の視点からのアプローチを整理する。
Ⅰ.ブランドの本質と価値観に基づくアーキタイプの選定
アーキタイプの選定は、外側から決めるものではない。
最も重要なのは、ブランドの内側にある「本質」を丁寧に掘り起こすことである。

具体的には以下のような要素を総合的に検討する:
- ブランドのビジョン、ミッション、価値観
- 商品やサービスの独自性(USP)
- 創業者の思いや企業の成り立ち
- 顧客との関係性の理想像
これらを統合し、「このブランドは、どのような物語を生きているのか?」という問いに対して、最も自然に答えられるアーキタイプを見極める。
本質と一致したアーキタイプは、企業のアイデンティティとして、迷いのない一貫性と説得力をもたらす。
Ⅱ.ターゲットオーディエンスとの心理的共鳴を意識する
アーキタイプは、ブランド自身を語るためのツールであると同時に、ターゲットとなる顧客の内面と響き合うための“共通言語”でもある。
ターゲット顧客の持つ価値観、世界観、人生観に寄り添い、「このブランドは、まさに自分のことをわかってくれている」と感じさせることが重要である。
そのために、以下のアプローチが有効だ:
- ペルソナ設計にアーキタイプをマッピング
- 顧客がどのアーキタイプに共感するかを調査・観察
- 顧客の「語る物語」にブランドがどう寄り添えるかを分析
たとえば、若い世代に向けた自己発見の旅を促すブランドであれば、探検家(Explorer)のアーキタイプが効果的だろう。
一方、変化や変容を求めるターゲットに対しては、魔術師(Magician)が響くかもしれない。
Ⅲ.市場環境・競合と差別化のためのアーキタイプ戦略
ブランドは常に、競争の文脈の中に存在している。
したがって、自社のアーキタイプを決める際には、業界全体と競合他社のポジショニングを把握する必要がある。

- 同業他社がどのアーキタイプに寄っているのかを分析する
- アーキタイプの“空白地帯”を見つけ、そこにポジショニングを取る
- あえて“予想外”のアーキタイプで市場にインパクトを与える戦略も有効
たとえば、堅い業界で「道化師(ジェスター)」のキャラクターを用いることで話題を生み出した例もあれば、競合がこぞって「英雄(ヒーロー)」に偏るなか、「援助者(ケアギバー)」を採用して、共感性と安心感を差別化に活かしたケースもある。
重要なのは、競合を真似るのではなく、“ブランドのらしさ”を際立たせることである。
アーキタイプはブランドの「人格設計図」
アーキタイプは、ロゴやコピーライティングといった表面的なものではなく、ブランド全体を貫く“人格設計図”である。
それは、戦略・表現・体験すべてを貫く“世界観の軸”を提供する。
この設計図をもとに、ブランドはマーケティングの一貫性を保ち、顧客との信頼関係を築き、社会における独自の位置を確立することができるのだ。
次章では、このアーキタイプ戦略の集大成として、「ブランドが“語られる存在”になるために必要なこと」をまとめていく。
6.まとめ:ブランドは“語られる存在”へ
私たちは、ただ便利な商品やサービスを求めているわけではない。
どれほど高品質であっても、「それが自分にとってどんな意味を持つのか」が感じられなければ、心は動かない。
SNSやストリーミングの普及によって情報が日常的にあふれる現代において、ブランドは単に「選ばれる存在」ではなく、「意味を持って語られる存在」であることが求められている。
なぜなら、アーキタイプとは、人間の記憶に深く刻まれた“物語の型”であり、“意味の地図”であるからだ。
人が物語を求める本能に根ざし、自己理解や共感、アイデンティティの形成において大きな役割を果たすこの構造は、ブランドに人格を与え、その存在を“語られるもの”へと変えていく力を持っている。

ここで、ブランドが“語られる存在”になるために必要な要素を紹介しておこう:
- アーキタイプを見極めること
- ブランドの根本的価値、心にある信念と一致するアーキタイプを深く考察し、証明すること。
- 物語を一貫して語り続けること
- 違うメッセージや行動を指向せず、全ての接点で一貫したブランド体験を経緯すること。
- ターゲットの求める物語に共振すること
- 目的は自衛的なブランドの完成ではない。オーディエンスの願う物語に耐える強さとしなやかさを持つことが重要である。
これからのブランディングにおいて重要なのは、どんなアーキタイプを生き、その物語をどう語り続けるかを見極めることである。
一貫した物語を語り続けるブランドは、やがて“時代の声”となり、広く共感を集めていく。
そして、人々の心に深く根ざし、やがて“文化”の一部となっていく。
アーキタイプは、その物語を紡ぐための古くて新しい設計図である。