消費者が自ら探しに行かない商品──「非探索品(unsought goods)」は、マーケティングの世界でもひときわ難易度の高い領域とされている。
存在に気づかれず、必要性を認識されず、ましてや欲求の対象にもなりにくい。
そんな商品が、私たちの暮らしの中には数多く存在する。
生命保険、葬儀サービス、防災用品、相続サポート。
いずれも決してニッチな商品ではなく、人生のある時点では必要不可欠なものばかりだ。
それにもかかわらず、消費者の目には留まりにくい──では、なぜ「探されない」のか?
そして、どうすれば「探される」商品に変えられるのか?
本記事では、非探索品の定義と特性を整理したうえで、全8分類に分けてマーケティングアプローチを体系的に考察する。
非探索品の本質をとらえることで、消費者に気づきを与え、行動を促すためのヒントが見えてくるはずだ。
第1章:消費財4分類と非探索品の位置づけ
消費財の4分類
マーケティングの世界では、消費財を「最寄り品」「買回り品」「専門品」「非探索品」の4つに分類する手法が広く知られている。
これらは、消費者がどのように商品を探し、比較し、購入するかという購買行動のパターンに基づいた分類であり、商品戦略や広告戦略の設計において重要な指針となる。
ここで「非探索品」を掘り下げる前に、「最寄り品」「買回り品」「専門品」「非探索品」の4つの分類の各定義を簡単に示そう。



最寄り品
消費者が日常的に使用し、頻繁に購入する低価格の商品。
「最寄り」という名前の通り、消費者が近くの店舗で簡単に入手できる商品を指す。
- 最寄り品の特徴
- 購買頻度が高い
- 単価が低い
- 購入の際に計画性は少ない
- 購入に特別な労力をかけない
- 比較検討をほとんど行わない
- 流通は多くの店舗で行われる
牛乳、パン、卵、ティッシュペーパー、トイレットペーパー、シャンプー、歯磨き粉、雑誌、タバコ、インスタント食品など
買回り品(ショッピング・グッズ)
消費者が購入する前に品質、価格、デザインなどを比較検討する商品。
「買い回る」という名前の通り、複数の店舗を訪れて比較検討することが多い商品を指す。
- 買回り品の特徴
- 購買頻度は低い
- 単価は比較的高い
- 計画的に購入する
- 購入前に比較検討を行う
- 流通は選択的で少数の店舗
- 人的(対面)販売が重要となる
家具、家電製品(テレビ、冷蔵庫、洗濯機など)、衣類、靴、スマートフォン、パソコン、自転車、カメラなど
専門品(スペシャリティ・グッズ)
特定のブランドや特性に強いこだわりを持ち、消費者が購入するために特別な努力をいとわない高価な商品。
- 専門品の特徴
- 購買頻度は非常に低い
- 単価は高い
- 強いブランドロイヤリティがある
- 価格に対する感度が低い(価格よりも品質やブランドを重視)
- 流通は限定的な店舗展開
- 消費者は特定の商品を指名買いする
高級自動車、高級時計(ロレックスなど)、高級ブランド品(ルイ・ヴィトン、シャネルなど)、高級カメラ、高級オーディオ機器など
非探索品(アンソート・グッズ)
消費者が通常は購入しようと思わない、または積極的に探さない商品。
通常の購買行動とは一線を画し、緊急時など特定の状況下で突発的に購入されることが多い。
- 非探索品の特徴
- 消費者の認知度が低い、または認知していても購買への関心が低い
- 消費者が「必要ない」と感じている商品
- 積極的な広告やプロモーションが必要
- 新しい革新的な商品も最初は非探索品になることがある
- 流通やプロモーション方法は多様
生命保険、葬儀サービス、墓石、仏具、百科事典、医療用品、防災用品、データ復旧サービスなど
非探索品の特異性
消費材の4分類のなかでも、特に異質な存在といえるのが「非探索品(unsought goods)」だ。
日常的に購買される「最寄り品」、比較検討される「買回り品」、ブランドを指名買いする「専門品」と異なり、非探索品はそもそも消費者が関心を持たず、自発的に探すことがほとんどない商品を指す。
いずれも必要性はあるが、日常の中で話題に上ることは少なく、購買は多くの場合「反応的(reactive)」(対義語は「能動的(proactive)」)に起こる。
つまり、突発的な出来事に直面したとき、初めて購入の検討がなされる商品群である。
このような特徴から、非探索品はマーケティングの世界でも難易度が高いとされ、従来の広告やプロモーション手法では効果を発揮しにくい傾向がある。
では、非探索品にはどのようなマーケティング戦略が求められるのだろうか──。
次章から「非探索品」のマーケティングアプローチを考察してみたい。
第2章:非探索品の8つのタイプ
一口に非探索品といっても、背景や購買動機はさまざまであり、それぞれ異なる特徴を持っている。
本章ではまず、非探索品を以下の8つに分類し、それぞれの特徴と代表的な商品ジャンルを見ていこう。
1.非認知型
消費者がそもそもその商品・サービスの存在自体を知らない、もしくはその価値を認識していないタイプ。
革新的な製品や新分野で多く見られる。
次世代型スマートホーム機器、IoT窓センサー、パーソナルDNA健康診断サービス、自宅でできる遠隔医療キット、サブスクリプション型防犯サービス)
2.未来投資型
購入時点では効果や満足感が得られにくく、将来的な価値や成長に期待して投資するもの。
短期的には見過ごされがち。
健康サプリメント、オンライン学習教材・資格取得講座、長期積立型の金融商品(NISA・iDeCoなど)、予防医療・定期健康チェック
3.リスク回避・予防対策型
将来の事故・病気・災害など予期せぬリスクへの備えを目的とした商品・サービス。
発生前には必要性を感じにくい。
生命保険・医療保険・がん保険、ホームセキュリティシステム、防災グッズ・非常食セット、火災報知器・一酸化炭素検知器、予防接種・定期検診パッケージ
4.ネガティブ連想型
「死・病・老い」など、社会的なタブーや忌避感情と結びつきやすい商品群であり、消費者は無意識のうちに関心を避けがちである。

そのため、心理的な抵抗が探索行動を強く妨げる要因となっている。
葬儀・火葬サービス、終活ノート・エンディングノート、がん治療・緩和ケア関連商品、相続・遺言書作成サービス
5.社会的責任・文化的要請型
社会的な義務感、伝統的・文化的な要請によって購入されるもので、個人の欲求よりも外的要因が強く関与する。
冠婚葬祭のしきたり用品(仏具、のし袋など)、お守り・お札・宗教行事用品、寄付・募金・ボランティア支援サービス、地域コミュニティの活動費や寄付金
6.ライフステージ・イベント型
人生の特定の節目や年齢変化に応じて必要になる商品・サービス。

普段は意識されないが、時期が来ると突然必要になる。
結婚式場・結婚準備サービス、妊娠・出産・育児用品、介護サービス・介護保険プラン、老人ホーム・シニア住宅
7.緊急対応型
突発的なトラブル・事故・災害時に急に必要となる商品やサービス。

平常時には意識されないが、必要性は非常に高い。
レッカー・ロードサービス、鍵のトラブル対応(鍵開け、紛失)、緊急水道・電気修理サービス、データ復旧・パソコン救急サービス
8.専門知識型
商品の価値や内容を理解するには一定の専門知識が必要で、一般消費者にとっては情報が難解。

理解不足が探索を妨げることがある。
税務・法律相談サービス、財務・相続コンサルティング、専門検査・人間ドック(心臓CT、脳ドックなど)、情報セキュリティ対策サービス(中小企業向け)
これらの分類から見えてくるのは、非探索品には共通して「関心が向きにくい」「行動が起こりにくい」という特性があることだ。
しかしその一方で、いずれも社会や生活にとって欠かせない存在でもある。
だからこそ、マーケティングにおいては「気づかせる」「考えさせる」「備えさせる」という一連の設計が不可欠となる。
第3章:非探索品へのマーケティングアプローチ
非探索品を効果的に市場へ届けるには、消費者の心理的・認知的ハードルを一つひとつ乗り越えていく必要がある。
本章では、非探索品に共通する課題へのアプローチを4つに整理する。
1.認知拡大プロモーション
まずは商品やサービスの存在自体を知ってもらう必要がある。
テレビCM、SNS広告、YouTube動画広告などを通じて、認知と関心の入り口をつくる。
また、緊急時を想定したストーリー型広告など、状況を具体的に描くことも効果的である。
2.消費者教育を通じた価値の理解促進
「知らないから必要性も感じない」という壁を越えるには、教育的なコンテンツ提供が有効だ。
コラムや動画解説、ウェビナーなどを通じて、商品がもたらす価値や利用場面をわかりやすく伝えることで、行動のきっかけが生まれる。
3.信頼構築のためのパートナーシップ
消費者が理解できない商品ほど、「誰が勧めているか」が重要になる。
医師会や消防団体など、専門性や公的信頼のある組織との連携により、ブランドの信頼感を高めることができる。
4.販売チャネルの戦略的拡充
購入のハードルを下げるには、商品との接点を増やすことも重要だ。
いわゆるアクセシビリティの向上に努めるのである。
たとえば、緊急時に求められる商品であれば、ドラッグストアやコンビニエンスストアなどアクセスしやすい場所での販売を確保することなどが考えられる。
もちろん、実店舗だけではない。
オンラインストア、カタログ販売、サブスクリプション化、初回限定パックなど、手に取りやすい仕組みを整える必要がある。
以上のように、非探索品は「売れない商品」ではない。
「探されない商品」であるがゆえに、探されるように設計するマーケティングの工夫が求められる。
次章では、2章で紹介した8つの分類それぞれについて、具体的なマーケティング施策を紹介する。
第4章:8つの分類別に見るマーケティング戦略
非探索品には、その特徴ごとに異なるマーケティングアプローチが必要となる。
ここでは2章で整理した8つの分類について、各タイプに適した戦略と施策を解説する。
1.非認知型
非認知型は、消費者が商品やサービスの存在そのものを認識していない段階にある。
この場合、単なる広告ではなく、課題提起から始まる教育型マーケティングが求められる。
「こんな悩みありませんか?」という共感ベースの導入から始まり、「それを解決する新しい手段がある」と伝えるストーリーテリングが有効だ。
検索されにくいため、SEOでは「商品名」ではなく、「悩み・症状・状況」などの問題解決ワードに基づく設計が基本となる。
また、体験イベントやモニター募集など、実際に触れてもらう導線をつくることも、存在認知を高める手段の一つである。
2.未来投資型
未来投資型は、健康や教育、資産形成など、将来の成果を目的とする商品が該当する。
効果がすぐに現れないため、消費者は優先順位を下げがちだ。
そのため、「今始めると将来こうなる」「先延ばしにするとこれだけ損をする」といった時間軸を伴う訴求が有効となる。
実績データや比較シミュレーションを用い、「投資型」としての納得感を視覚的に伝えることが重要だ。
加えて、成功事例や利用者インタビューを通じて、未来の姿をイメージさせるコンテンツも効果的である。
導入のハードルが高い場合には、無料体験・初月無料などの試しやすい入り口を設けることで、行動を促すことができる。
3.リスク回避・予防対策型
リスク回避・予防対策型は、将来起こるかもしれない事故・病気・災害などへの備えをテーマにした商品である。
多くの消費者が「まだ自分には関係ない」と思ってしまうため、心理的距離を縮める工夫が求められる。
「2人に1人ががんにかかる時代」など、信頼性のある統計や、リアルな体験談を交えてリスクを可視化することが重要だ。
さらに、人は「得をする」よりも「損を避ける」ことに反応しやすいため、「今見直さないと将来100万円損をする」といった損失回避型のメッセージも効果的だ。
加えて、リスク診断やチェックリストなど行動を誘発するツールを提供することで、「今、自分も備えるべきかもしれない」と思わせる仕掛けが必要である。
4.ネガティブ連想型
ネガティブ連想型は、死・病気・老いといった感情的に重たいテーマに直結する商品が多く、消費者が意図的に避ける傾向が強い。
そのため、マーケティングではまず語り口の工夫が求められる。
直接的な言葉を避け、「人生のしめくくり準備」「家族に想いを伝えるノート」など、前向きで優しい表現に置き換えることで、受け入れやすさが高まる。
また、家族視点のストーリーや「備えてよかった」実例など、共感を喚起するコンテンツが有効だ。
さらに、専門家監修や相談窓口の明示など、信頼性を担保する情報設計も不可欠となる。
こうした配慮によって、「これはタブーな話題ではなく、愛情や思いやりの表現である」と認識してもらう流れをつくることが求められる。
5.社会的責任・文化的要請型
宗教的儀式や地域の慣習、寄付活動などに関わる社会的責任・文化的要請型の商品は、個人の欲求ではなく、社会的・文化的義務感に基づく購買が多い。
そのため、形式的・受動的になりやすく、積極的な関与が期待されにくい。
マーケティングでは、「やらねばならない」行動に新しい意味づけを与えることが鍵を握る。
たとえば「祖母の法要を通じて家族の絆が深まった」など、人間関係や感情に紐づいたストーリーで再解釈を促す。
また、文化的背景を丁寧に解説したコンテンツや、共同行動・地域参加を促すキャンペーンなど、納得感や参加意識を生み出す演出が効果的である。
伝統への敬意と現代的なライフスタイルの橋渡しをするような情報設計が求められる。
6.ライフステージ・イベント型
結婚・出産・育児・介護・老後など、人生の節目で必要となる商品がこの分類にあたる。
必要性は高いが、それまでは意識されないため、タイミング連動型の情報提供が重要となる。
「今、やっておくと後悔しない」「妊娠初期に確認すべき3つのこと」など、時期に応じた課題提起とガイドの提供が有効である。
また、初めての経験に不安を抱えるユーザーが多いため、事例紹介や体験談による共感コンテンツも重視されるべきだ。
さらに、SNS広告や検索連動広告によって、「ちょうど関心が高まっている層」に向けた精度の高いターゲティングを行うことで、機会損失を防ぐことができる。
7.緊急対応型
緊急対応型は、鍵の紛失、トラブル修理、災害復旧など、突発的に生じるニーズに即対応する商品・サービスを指す。
最大の課題は、「今すぐ対応してほしい」というニーズにどう応えるかである。
対策としては、Google検索やマップ表示など、ローカルSEO対策を徹底することが最重要である。
また、24時間対応や最短到着時間など、即応性を明確に打ち出す表現も欠かせない。
さらに、テレビCMやラジオ広告ではジングル(短い音楽フレーズ)を用いて、サービス名を耳に残す工夫も有効だ。
冷蔵庫マグネットやLINE登録による情報配信など、平常時の記憶定着施策も売上に直結する要素となる。
7.専門知識型
専門知識型は、税務・法務・医療・ITセキュリティなど、一般消費者にとって理解しづらい商品が該当する。
購入以前に「自分に必要かどうかすら判断できない」ことが課題となる。
この分類では、図解・マンガ・動画など、わかりやすい情報設計が不可欠である。
また、「5つの質問で分かる」「簡単リスク診断」など、自己チェックツールを使った“自分ごと化”のアプローチも有効だ。
さらに、専門家の顔や経歴、実績を見せることで、「誰に相談するか」への安心感を高めることができる。
初回無料相談、LINEでの簡易相談受付など、一歩目の心理的ハードルを下げる仕組みも併せて整える必要がある。
非探索品は、その名の通り「探されない商品」だ。
しかし、消費者に気づかれ、理解され、信頼され、手に取られるための道筋は確実に存在する。
各分類の特性に応じたマーケティング設計が、その第一歩となる。
終章:探されない商品に光を当てる視点
非探索品は、日常的に注目されることの少ない存在である。
消費者がその必要性に気づかず、積極的に情報を探すこともないため、従来のマーケティング手法では関心を喚起しづらい。
しかし、今回の記事で見てきたように、非探索品にも確かな需要があり、それぞれの特性に応じたアプローチを講じることで、適切に市場へ届けることができる。
重要なのは、「知られていない」ことを前提に設計する視点と、「そのときが来る前に気づかせる」工夫である。
情報提供の手法、信頼獲得の仕組み、タイミングを捉えた導線設計など、マーケティングの原点とも言える発想が、むしろ非探索品においてこそ活きるのではないだろうか。求められない商品に光を当て、価値を届ける。
それこそが、マーケティングの本質なのかもしれない。