「オーダースーツと既製スーツのいいとこどり」— そんな触れ込みのスーツが評判を呼んでいる。
AOKIのクイックオーダースーツだ。
オーダースーツと見まごうほどの豊富なサイズ展開で自分にぴったりのサイズを自由に選択できる。
通常のオーダースーツなら、数多(あまた)ある見本から生地を選び、襟やポケット、ボタンなどのディテールデザインを選ぶ。
店舗の一角を陣取って神経衰弱のような一連の選択に迫られるのが常。
納期もたいていは4~5週間はかかる。
一方、クイックオーダースーツは納期は最短5日で、各選択肢もAOKIが選んだベストミックスに絞られている。
サイズの悩みを解消しつつも、既製スーツ並みにパッと購入できる手軽さがタイパ重視派の人たちから歓迎されているようだ。
そんなオーダー感覚のスーツは果たして評判通りの実力なのか?
既製スーツやオーダースーツと比較の上で、そのスペックや使い勝手を検証してみたい。
クイックオーダースーツとは?
オーダー感覚のスーツ
オーダースーツかといえばオーダースーツではない。
では既製スーツかといえば既製スーツでもない。
そんなどっちつかずのスーツが人気を集めている。
AOKIのクイックオーダースーツだ。
AOKI自身も「オーダースーツと既製スーツのいいとこどり」という言い方をしている。
オーダースーツと見まごうほどの豊富なサイズ展開で自分にぴったりのサイズとスタイルが自由に選択できる。
注文を受けてから仕立て始めるような悠長なまねはしない。
完成形のスーツを専用倉庫に “作り置き”しておくのだ。
購入後、最短5日で受け取れる。
ショルダーフレーズに使われている「オーダー感覚スーツ」はまさに言い得て妙だろう。
世の中では時折、ビールテイスト飲料やアパート感覚のホテル、ケーキ風アイスクリームなど、折衷主義的な商品が登場し話題をさらうことがある。
AOKIのクイックオーダースーツもその一翼を担う快作の1つだろう。
全店500店舗の展開へ
ブランドの立ち上げは2021年の秋。
AOKIは全国に500店舗を構えるが、最初はテスト導入で18店舗の展開から始まった。
既製スーツでもない、オーダースーツでもない。
この線引きの難しい新たなラインがどう市場から受け入れられるのか?
AOKIとて最初は半信半疑だったのだろう。
しかし、蓋(ふた)を開けてみれば大評判となる。
販売着数は想定をはるかに超えたのだ。
確かな手ごたえをつかんだAOKIは扱う店舗を着々と拡大させていく。
その途上で生地の色や柄のバリェーションも増やしていくが、そのことがまた需要を喚起する。
折しも、コロナ禍で沈んでいたスーツ需要が戻ってきた時期とも重なり、2024年10月、AOKIは全国約500店舗全店舗での展開に踏み切っている。
豊富なサイズと選ぶ手軽さ
クイックオーダースーツの最大の特徴はジャケットは約50種類、スラックスは約25種類のサイズバリェーションがあること。
しかも上下のサイズを自由に組み合わせられる。
既製スーツはふつう上下同じサイズしか選べないが、上下でサイズが異なる人も多い。
そんな人たちにも自分に合う1着が見つかると歓迎されているという。
また昨今はリーズナブルな価格のオーダースーツが市民権を得つつあるが、そのオーダーをする時間すらとれない人たちに支持されているという。
オーダーしたのと遜色ないスーツが手っ取り早く購入できることが好評の一因らしい。
クイックオーダースーツの特徴
基本スペック
では一体、AOKIのクイックオーダースーツはどんなスーツなのだろう?
ジャケットの基本的なスペックは以下の通りとなる(2024.12時点)。
- 素材
- ポリエステル54%・ウール40%・ポリウレタン6%
- 機能性
- ハイストレッチ性・ウォッシャブル性・防シワ性
- 色・柄
- ネイビー(無地/シャドーストライプ/ピンヘッド)
- ブラック(無地/シャドーストライプ)
- グレー(無地/ピンヘッド)
- スタイル
- スリム/ベーシック
- 価格
- ジャケットのみ:54,890円(税込)/2ピース:65,890円(税込)
- サイズ展開
- スリム:Y体・A体・AB体
- ベーシック:A体・AB体・BB体・E体・K体
売れ筋のど真ん中をねらう
ざっとクイックオーダースーツの基本スペックを見る限り、売れ筋ゾーンをことごとく押さえ、かなり“ど真ん中”を狙ってきたという印象だ。
ウールとポリエステルの混紡でストレッチ性やウォッシャブル性(自宅で洗濯可)、防シワ性を備え、それでいて「きちんと見え」を担保。
混紡素材特有のチープさがないのだ。
色や柄のバリェーションもビジネスシーンの無難な定番ラインを持ってきている。
幅広い年齢層に応えられるよう、スリム(細め)とベーシック(ゆったりめ)の2つのスタイルを取りそろえた。
サイズ展開は後ほど詳しく触れるが、スリムとベーシックを合わせるとY体(細身体型)からK体(特太体型)までのサイズが一通りそろう。
また、上下別々のサイズやスタイルが自由に選べ、ベストやスラックスが単品でも買える。
後からベストを買って3ピースにしたり、スペアのスラックスを買い足すこともできるのだ。
価格はといえば、上下でそろえる(2ピース)と税込65,890円。
AOKIが販売する標準的なスーツに比べるとかなり強気の価格設定といえるだろう。
生地やデザインは一択
こうして改めて基本スペックを見てみると、クイックオーダースーツはサイズ展開が桁外れとはいえ、紛れもなく「既製スーツ」だろう。
オーダースーツであれば、生地が豊富なバリェーションから自由に選べる。
さらに襟やポケット、ボタンのデザインもあれこれ選べるのだ。
ところがクイックオーダースーツは生地もディテールデザインも一択のみとなる。
ここがまずもってクイックオーダースーツと通常のオーダースーツの違いだろう。
また、サイズにおいても、クイックオーダースーツはY体からK体までそろうとはいえ、着丈や袖丈、肩幅、胴囲のサイズは予め決まっている。
そこから補正するとなると有料となるようだ。
そして気になるのが価格である。
クイックオーダースーツは上下でそろえると税込6万円台のワンプライス。
オーダースーツならもっと幅があり、仮に各ブランドが打ち出すエントリー価格を選ぶとすれば、3万円台からスーツをオーダーできるところもある。
価格優位性でクイックオーダースーツに分があるわけではないのだ。
“クイック” とにかく早い
ではなぜ、クイックオーダースーツは人々から受け入れられたのか?
その理由を端的に示すのがネーミングにある「クイック」だ。
迅速性や手軽さ、納期・所要日数の短さなどを表す言葉で、商品名やサービス名にもよく使われている。
AOKIも「受取までの期間は一般的なオーダーサービスよりも短い」と盛んに訴求しており、クイックオーダースーツの「クイック」は納期の短さをイメージさせるのが一義的なねらいだろう。
たしかにこのネーミングの妙で、納期が4~5週間に及ぶオーダースーツよりも格段に納期が短いことに人々の意識が向かいやすくなる。
ただし、「クイック」が示唆するのはそれだけではない。
購入するアイテムを手っ取り早く選べるというメリットにも及ぶ。
クイックオーダースーツならスペックが粒ぞろいであれこれ悩むことがない。
即断即決ができ、それでいてまず失敗しないのだ。
その意味では6万円台という価格もねらいすました結果なのかもしれない。
下のランクの価格帯だと全幅の信頼をおけるものか、やや不安にさせる可能性だってあっただろう。
オーダースーツのマイナスイメージ
コスパがよろしくない !?
「既製スーツにはもう戻れない」— そんな口コミが飛び交うほどオーダースーツが賞賛されているのは事実である。
とりわけフィット感や着心地で評価が高い。
しかし、その一方でマイナスイメージもつきまとう。
10万円は下らない価格の高さや納期の長さはその筆頭だったが、昨今人気のオーダースーツは価格も手が届きやすく、納期も4週間程度に収まることも多い。
とはいえ、すべて解消されたわけではない。
よくやり玉に挙げられるのが、オーダーのステップが煩雑なことだ。
店舗に予約の上で足を運び、少なくとも1時間は拘束される。
オーダー初心者なら2時間を超過するのもざらだろう。
選べる生地の選択肢は100や200種類は軽く超え、そこからたった1つを選ぶことになる。
採寸に30分ほど費やすことになり、さらに襟やポケット、ボタンなどディテールデザインもいちいち選ばなくてはならない。
自由度が高いことがオーダースーツの醍醐味なのだが、タイパ(タイムパフォーマンス)的には必ずしもよろしくない。
自分だけの1着が仕立てられるとはいえ、あまりにも時間的コストが大きいのだ。
クイックオーダースーツの「クイック」はそんな煩雑さからは解放されますよ、と伝える役割を果たす。
生地もデザインも価格も最適解に絞り込まれ、選ぶ悩みとは無縁のスーツ。
それがAOKIのクイックオーダースーツなのだ。
接客の圧と予算超過
さらにオーダースーツはまた別のマイナスイメージもある。
濃密な「接客」への懸念だ。
店舗スタッフにいいように牛耳られてしまうのではという不安に駆られてしまう。
「実際の出費が想定予算を大きく超えた」というのはオーダースーツに関するネガティブな口コミの定番だが、店舗スタッフからの濃密な接客ゆえの「圧」も予算超過の要因の1つだろう。
事前に予算を決め、その範囲内で生地を選ぼうと思っていても、接客中に上質な生地のサンプルが次々に目に入ってくる。
風合いや光沢感など明らかに質感が異なるのだ。
「お客様にお似合いですよ」などとスタッフから勧められるとついスイッチが入り、財布のひもがゆるんでしまうことにもなる。
自分はそんな圧には屈しないと思う人もいるだろう。
しかし、実は圧に“屈する”のでない。
その圧が決して不快ではなく、むしろ歓迎している自分がいたりするのだ。
エントリー価格が3万円台とうたうブランドでも、その価格で購入する人は少数派で、実際の中心価格はずっと跳ね上がって7~8万円台というケースもある。
スーツをオーダーするとなると、店舗スタッフと長い時間1対1で向き合うのは必然。
一種独特の雰囲気に包まれると覚悟したほうがいいだろう。
そこにAOKIの一手
納期の長さ、長時間拘束、煩雑な選択、接客の圧。
「唯一無二のあなただけのスーツ」などと喧伝されるその陰で、オーダースーツにはゴタゴタした感覚も伴う。
そう感じている人が決して少なくないボリュームで存在することをAOKIは見抜いたのだ。
そんな人たちに向けた「“クイック”オーダースーツ」。
「既製スーツ以上・オーダースーツ未満」のちょうどよさを提供し、市場のすき間を埋める作戦にAOKIは打って出たのである。
「パジャマ以上・おしゃれ着未満」をコンセプトに「パジャマスーツ」を大ヒットさせたAOKIだが、まさにそのAOKIらしい一手といえるだろう。
既製スーツ vs. クイックオーダースーツ
既製スーツのサイズ展開
ではここからクイックオーダースーツの実力を考察して行きたい。
既製スーツに比べ、どれほどのメリットがあるのだろうか?
AOKIはジャケットは約50種類、スラックスは約25種類のサイズがそろうと盛んにうたうが、既製スーツのサイズ展開よりどう優れているのか?
ふつうのカジュアル衣料のサイズ表記なら「S、M、L」が一般的だが、スーツともなると、たとえ既製スーツであってももっときめ細かくサイズが分類されている。
一般的なのは国家規格である日本工業規格(JIS)が定めた「体型区分」と「身長区分」だ。
「体型区分」は胸囲とウエストの寸法によって「Y体」「A体」などと以下のように分かれている。
- Y体
- 胸囲とウエストの寸法差が16cm。もっとも細身の体型。
- A体
- 胸囲とウエストの寸法差が12cm。標準的な体型。
- AB体
- 胸囲とウエストの寸法差が10cm。A体よりもがっしりとした体型。
- BB体
- 胸囲とウエストの寸法差が6cm。ゆったり体型。
- E体
- 胸囲とウエストの寸法差がほぼない。全体的に大きい体型。
- K体
- 胸囲とウエストの寸法差がほぼない。全体的に非常に大きな体型(特太体型)。キングサイズともいわれる。
「身長区分」はそのまま身長によって5cm間隔で区分され、各区分が以下のように「号数」で表記されることが多い。
- 2号 ~155cm
- 3号 156cm~160cm
- 4号 161cm~165cm
- 5号 166cm~170cm
- 6号 171cm~175cm
- 7号 176cm~180cm
- 8号 181cm~185cm
- 9号 186cm~190cm
既製スーツでは「体型区分」と「身長区分」との掛け合わせから自分に合うサイズをさがすことになる。
たとえば標準的な体型の人で身長が170cmほどであれば「A体」「5号」、タグに「A5」と記載されたスーツを選ぶことになる。
ただし、量産が前提の既製スーツでは、すべての体型と身長の掛け合わせが用意されているわけではない。
せいぜい15~20程度のサイズ数で、特異な体型や身長の人の分までその展開が及ばないのが現状なのだ。
クイックオーダースーツのサイズ展開
ではAOKIのクイックオーダースーツはどんなサイズ展開なのだろう?
ジャケットを例にとると、やはりJIS規格に準拠しており、スリムスタイルならその体型区分の範囲は「Y体」「A体」「AB体」、ベーシックスタイルなら「A体」「AB体」「BB体」「E体」「K体」とかなり幅広い。
1つの体型区分ごとに3号~9号(160cm前後~190cm前後)の身長区分が用意され、その掛け合わせた数がざっと50種類になる(より正確にはスリム21種、ベーシック31種で、「E体」は4~9号、「K体」は4~7号のみ、2024.12時点)。
また、公式サイトによると9号(190cm前後)は限定店舗での展開となるようだ。
どの体型区分と身長区分の掛け合わせかによって「肩幅」「着丈」「袖丈」「胴囲(ウエスト)」のサイズが決められている。
ベーシックスタイルの「A体」「5号」(A5)であれば「肩幅46cm」「着丈71cm」「袖丈60cm」「胴囲96cm」といった具合だ。
ここで留意したいのが、同じ「A体」「5号」のサイズでも、スリムスタイルでは4つのサイズが微妙に異なること。
「肩幅44.7cm」「着丈70.5cm」「袖丈60.5cm」「胴囲92cm」となっている。細身の体型に合わせて、美しいシルエットが保たれるよう、AOKI流の見立てによってサイズが最適化されているのだ。
スタイル | 体型・身長区分 | 肩幅 | 着丈 | 袖丈 | 胸囲 |
ベーシック | A体・5号 | 46.0cm | 71.0cm | 60.0cm | 96.0cm |
スリム | A体・5号 | 44.7cm | 70.5cm | 60.5cm | 92.0cm |
その差は大同小異のように思えるが、実はこの微妙な差がフィット感や着心地を大きく左右する。
「既製か、オーダーか」の二択を超えて
AOKIの公式サイトでは「スポーツ体型さん」「スキニー体型さん」「がっしり体型さん」「高身長さん」「小柄さん」の悩みを解消するとある。
ひとまず特殊体型の人たちを引き合いに出したほうがクイックオーダースーツのメリットが伝わりやすいからだろう。
しかし、実は自他ともに「標準体型」と認める人でも、微妙なところで悩みを抱えていたりもする。
「肩先が少し余る」「胴回りがだぶつく」「背中に微妙にシワが入る」などとプチ不満を抱えた「隠れサイズ難民」の人たちが存在するのだ。
これまでの既製スーツでは目をつぶるしかなかったが、クイックオーダースーツならぐっと最適解に近づく。
「既製か、オーダーか」の二者択一だった選択肢に第3の選択肢が浮上したのである。
クイックオーダースーツなら選ぶ手軽さは既製スーツと大きく変わらない。
生地やシルエット、襟やボタン、ポケットなどのデザインはAOKIがベストミックスをセレクションしてくれているのだ。
選ぶとすれば、生地の色や柄、スタイルだけとなる。
どのサイズを選ぶかは店舗スタッフの採寸結果が自ずと答えを出してくれる。
見本サンプルを試着してフィット感を確かめることもできるようだ。
最短15分でオーダーが完結するという。
パターンオーダー vs. クイックオーダースーツ
パターンオーダーとは?
ここまでの説明でこう思う人もいるかもしれない。
ジャケットで50種類ものサイズ展開とはいえ、細かく採寸し1からオーダーしたスーツにはかなわないのではないかと。
「フィット感や着心地ではやはり目劣りするのでは?」という疑問はもっともだろう。
しかし、結論からいうと実はそうでもないのだ。
その理由の1つが、昨今人気を集めるリーズナブルな価格のオーダースーツの多くが「パターンオーダー」を採用していることにある。
パターンオーダーはその名の通り、予め決められたパターン(型紙、スーツの設計図のこと)の範囲内でスーツを仕立てるため、必ずしも完全なフィット感が保証されるわけではない。
その代わり、(顧客1人ひとりの特注ではなく)パターン化によってブランド側は効率的な量産体制が組めるため、既製スーツと大きく変わらない価格で提供しますよ、というシステムなのだ。
一般的なパターンオーダーはパターンの数が50種類前後らしく、実はクイックオーダースーツと大差はない。
パターンの是非は相性次第
もっともパターンの数が多ければ、よりフィット感が高まるかといえばそうともいえない。
むしろ重要なのはパターンと顧客の体型との相性だろう。
パターンオーダーでは千差万別の人々の体型やサイズの特徴を各ブランドが独自に分析し、たとえば「肩幅が広く、胸囲が大きい割にウエストが細い」など、体型の傾向ごとにパターン化を施す。
「スーツは肩で着る」とよく言われ、肩幅や肩の傾斜、首まわりなどのサイズはスーツのシルエットを大きく左右するが、それらのサイズをどう見立ててパターン化するかはブランドによって異なるのだ。
どのブランドも「我こそは最適解」と自負する世界といえよう。
結局は実際に試してみるまで、パターンとの相性は分からないというのが正解だろう。
いくら“カリスマ”と評判の美容師でも、その評価は施術を受ける本人との相性次第なのと同じだ。
なお、たいていのオーダースーツの店舗ではそれぞれのパターンごとの見本服が置いてあり、フィット感や着心地を確認できるようになっている。
サイズ調整にも限界が
仮に既製のパターンでは微妙にサイズが合わないのであれば、サイズ調整を加えることもできる。
ただし、その調整幅はブランドがもつ生産体制よって異なるのだ。
多くは「縦のライン」といわれる着丈、袖丈などに調整の範囲が限られ、「横のライン」である肩幅や腰回りまで調整できるブランドは少ない。
その調整幅を超えるサイズ調整は有料となり、受け取りまでにさらなる日数を要することもある。
パターンオーダーはやはり大量生産の延長線上にあり、昔ながらの型紙を書き起こし、熟練の職人たちが手縫いで仕立てるハンドメイド・フルオーダーとは位相が異なるのだ。
オーダースーツの口コミで「肩回りが窮屈」「腰回りがダボつく」「オーダーした甲斐がない」などネガティブな投稿を見かけるのも、こうしたパターンオーダーの制約ゆえなのである。
用意されたパターンと本人の体型との相性がよくなかったゆえなのだろう。
AOKIに確かな手ごたえ
当然、AOKIもクイックオーダースーツのサイズ展開が万能だとは思っていない。
既製のパターンに沿う以上、体型との相性の壁は超えられないこともあり、やはり当たり外れが出てしまう。
しかし、AOKIはパターン化の精度向上に努め、ジャケットだけで50種類というバリェーションであれば、そうそう外れないとテスト導入の際に手ごたえをつかんだのだ。
市場に盛んに出回るパターンオーダーのブランドと対等に渡り合えると確かな自信を得たのだろう。
まして「クイック」という圧倒的な優位性もある。
納期も短く、あれこれ選ぶ手間もかからない。
その手軽さはパターンオーダーなら生地やデザインを自由に選べるというメリットを相殺するほどの魅力になり得るとAOKIは勝算を見込んだのだろう。
タイパ時代の新たな選択肢
デジタル化の進展とも相まって、今や膨大な情報が世の中にあふれる時代となった。
自分に必要なものを効率的に得ることが脅迫観念的に渇望されるようになったのだ。
それゆえ、人々は「待たされる」ことをひどく嫌う。
オンラインショッピングでは翌日配送が標準となり、動画や音楽もストリーミングで好きな時に楽しむのが常態化している。
こうした即時性の期待が、短時間で成果を得るタイパ志向を加速させているという。
オーダースーツも例外ではない。
オーダーしてから受け取りまで4週間以上待たされる。
あるいはスーツのオーダーに1時間も拘束される。
そして神経衰弱のように次々に選択を迫られる。
そんなしんどい思いをせずに気軽にオーダーに見劣りしないスーツを手に入れたい。
そんなニーズをいち早く察知し、AOKIは応えようとした。
そして、その答えの1つがクイックオーダースーツだったのだ。