人は誰もが59種類の社会的欲求を持つ。その唱えるのが2人の日本人心理学者による欲求体系だ。
米国の心理学者による「マレーの欲求リスト」(欲求一覧)に倣って開発されたという。
全59種と数が多く実務家には扱いにくいように思えるが、各欲求がわかりやすくグルーピングされており、かたまりごとに見ていくと思いのほかわかりやすい。
より上位のくくりを道しるべにすれば、各欲求のニュアンスの違いを把握するのもそう難しくはない。
何より微に入り細をうがつ分類が心強い。
どの欲求を刺激すれば消費者を動かせるのか?
マーケターがその仮説を立てようとするなら、人の微細な心理をサーチライトのように照らし出す細やかな欲求分類は有効なツールとなるだろう。
日本人心理学者による欲求分類の一覧
本ブログでは以前に欲求分類の先駆けとなる「マレーの欲求リスト」を紹介している。
その記事にも書いたように「マレーの欲求リスト」では「生理的欲求」(臓器発生的欲求ともいう)の13種類と「社会的欲求」(心理発生的欲求ともいう)28種類に分かれている。
しかし、実は「社会的欲求」の28種においては、日本人の心理学者、荻野七重氏と斎藤勇氏がさらに細やかな欲求分類を開発しているのだ。
その数なんと全59種。
かなり綿密な分類体系とはなるが、マーケターにとって欲求は消費者から購買行動を引き出す上でキーとなる概念である。
この59種類の欲求もその概略をおさえ、分析フレームのレパートリーにはぜひとも加えておきたい。
北極に住むイヌイットは雪の状態を表す語彙を豊富に持っているという。
一説によればその数は十数種になるそうだ。
細やかな差異に即した言葉が存在することで雪の状態のとらえ方も緻密になり、降雪時にはより適切な対処の仕方にもつながる。
欲求の分類もしかりである。
マーケターがその語彙を豊富にもつことで、消費者から購買行動を引き出す(そうでなければ見過ごされていた)“ホットボタン”に気づきやすくなるかもしれない。
荻野七重氏と斎藤勇氏の論文「多変量解析からみた心理発生的欲求の分類と構造」(白梅学園短期大学紀要、1995年)を読むと、1930年代に発表されたマレー以降、欲求を体系化する目立った研究がなかったことが綿密な分類体系開発の動機づけとなったようだ。
分析にはマレーの時代にはなかった多変量解析が用いられており、数理的な裏付けがあるのも心強い。
何より、英語からの翻訳ではなく、日本人の発想によって各欲求の名づけがされており、その意味合いが直感的に理解できる。
59分類をかたまりごとに見る
全部で59種類とマーケターには一見手に負えない量に思えるが、実は体系化されており、より大きな分類から降りてゆき、かたまりごとに見ていくと意外なほど分かりやすいのだ。
ここから、2人の学者が編み出した体系に沿って、大きなくくりをひとまず見ていこう。
59種の欲求は大きくは「能動的欲求群」と「受動的欲求群」に分かれる。
「能動的欲求」とは先の論文によれば、自己、他者、事物いずれかに対して積極的に働きかけていく欲求群だという。
一方の「受動的欲求群」は回避や協調を主とする受け身的な欲求群だ。
この2つの分類だけでもハッとさせられる視点だろう。
たしかに「自分からこうしたい」と個人主義的な欲求もあれば、集団生活において「大勢順応」のスタンスを通すための欲求もあるはずだ。
それこそが「社会的欲求」たるゆえんだろう。
さらに「能動的欲求群」は「権勢的欲求群」と「非権勢的欲求群」に分かれる。
「権勢的欲求群」は権力、攻撃、優越、に関係する対人支配的な欲求を指し、「非権勢的欲求群」は自己成長や支援、貢献など能動的ではあるものの、他者を圧倒しようするような働きかけには至らない欲求を指す。
大枠の分類がわかったところで、ここから「能動的欲求群」のうち「A.権勢的欲求群」にあたるものと「B.非権勢的欲求群」にあたるもの、そして「C.受動的欲求群」の3つに分けて、欲求ツリーの図(2人の研究者は「ツリーダイヤグラム」と呼ぶ)を参照しながら、さらに下の階層を見ていこう。
A. 権勢的欲求群
まずは1枚目の図、「能動的欲求群」のうちの「A.権勢的欲求群」を見てみよう。
ここは図の示す通り「優越支配」と「情的支配」の2つに分かれる。
「優越支配」には01~11までの11欲求が紐づいている。
たとえば「01.自尊欲求」「02.競争欲求」「03.優越欲求」、さらには「10.支配欲求」「11.権力欲求」などややいかめしい欲求が名を連ねる。
一方の「情的支配」には愛情や自由を巡る欲求が集う。
「12.愛情欲求」に始まり、「14.愉楽欲求」や「15.自由欲求」「16.自己表現欲求」など「優越支配」の欲求のような威圧的なギラギラした感じはない。
図の右端に書かれているように「優越支配」の01~11の欲求は「優越」「攻撃」「権力」の3つのブロックに、一方の「情的支配」は「愛情」と「自由」の2つのブロックにそれぞれ分かれている。
なお、図には欲求を説明する短い文が添えられているが、先の論文によれば各欲求の強さを測る心理尺度(質問項目のこと)からとっているらしい。
欲求ごとにいくつかある心理尺度のうち、代表的な項目が選ばれているようだ。
大学生でも答えられるように開発されたようで、とても平易で分かりやすくなっている。
B. 非権勢的欲求群
次に2枚目の図に移ろう。
「能動的欲求群」のうちの「B.非権勢的欲求群」だ。
図が示すように、ここはまず「積極的活動」と「関係形成」の2つに分かれる。
「積極的活動」には18~30までの13欲求、たとえば「18.達成欲求」「22.自己実現欲求」「24.自己主張欲求」「30.好奇欲求」などが含まれる。
個人の人格的な成長を促す活動につながる欲求がここには集まっているといっていいだろう。
2つ目の「関係形成」は31~38までの8欲求、たとえば「32.援助欲求」や「37.承認欲求」などが含まれる。
さらに「積極的活動」は「達成」「主張」「感性」の3つのブロックに、一方の「関係形成」は「援助」と「承認」の2つのブロックにそれぞれ分かれている。
なお欲求の説明文のうち、「27.感性欲求」(積極的活動の1つ)には捕捉を加えておこう。
「丘の上で空の雲を眺めていたい」というのがやや分かりにくいからだ。
「感性欲求」は59種類の欲求分類を開発した研究者の1人、斎藤勇氏が編集した「欲求心理学トピックス100」には「感性的に刺激にひたることに喜びを感じ、感覚的刺激を求める欲求」とある。
ちなみに同書籍に掲載されていた「感性欲求」の心理尺度は「森の中を歩き、草の上を横たわり、一日中でも自然のなかに包まれていたい」と「美しいものをみていると、ひそかな喜びがわいてきて、一日中みていたい」となっている。
C. 受動的欲求群
最後に3枚目の「C.受動的欲求群」の図を見てみよう。
ここは大きく「保身」と「協調」の2つに分かれる。
「保身」は39~52までの14欲求、たとえば「40.同調欲求」「43.服従欲求」「46.安心欲求」「50.拒否欲求」などが含まれる。
「協調」は53~59までの7欲求、たとえば「54.親和欲求」「55.協力欲求」「58.自己規制欲求」などが含まれる。
そして「保身」は「回避」「服従」「安楽」「安定」の4ブロックに、「協調」は「親和」と「恭順」の2ブロックにそれぞれ分かれる。
ここからは、3枚の図にあった大きな2分類、「優越支配」と「情的支配」、「積極的活動」と「関係形成」、「保身」と「協調」ごとに59種類の欲求をマーケティングと関連付けながら見ていこう。
59種類のうち、どの欲求ならマーケティング戦略の一環で充足がねらえるだろうか?
「優越支配」(能動/権勢的)
- 01.自尊欲求(優越)
- 友人や同僚との競争には負けたくない
- 02.競争欲求(優越)
- 競争によって良いものができる。常に競争していたい
- 03.優越欲求(優越)
- 争ってでも、ライバルには勝ちたい
- 04.攻撃欲求(攻撃)
- 殴らないとわからないことがある。そんなときは殴りたい
- 05.反発欲求(攻撃)
- “目には目を”の通り 、やられたらやり返したい
- 06.流行欲求(権力)
- 新しいものが好きなので、流行の先端のものを手にいれたい
- 07.自己顕示欲求(権力)
- 注目を集め、みんなの評判になりたい
- 08.指導欲求(権力)
- リーダーシップを発揮し、集団をまとめ、強化したい
- 09.名誉欲求(権力)
- 社会的に名誉のある地位につきたい
- 10.支配欲求(権力)
- 人に命令し、指示しながら仕事をしたい
- 11.権力欲求(権力)
- 社会で活躍できるような地位と権力をもちたい
「優越支配」には11の欲求が揃う。その11欲求が「優越」「攻撃」「権力」の3つのブロックに分かれる。
「優越」ブロックの「自尊欲求」や「優越欲求」は、高価格帯のブランドやなかなか手に入らないレアなブランドなら十分に満たせるだろう。
続く「攻撃」のブロックには「攻撃欲求」と「反発欲求」がある。
いずれも敵対する特定の人に向かう対人的な欲求であり、一般の消費財には充足が難しいと思われるかもしれない。
しかし、目を凝らせば、害虫駆除、清掃や消毒・除菌などのブランドを使うにあたって、自然と「攻撃欲求」や「反発欲求」にスイッチが入るのではなかろうか?
そうしたブランドは、本当は特定の人に向けたい攻撃や反発への欲求を発散させる、いわゆるカタルシス(浄化作用)の機能を果たしているのだ。
たとえば日用品メーカーのライオンは洗濯してもしつこく蘇るニオイを「ゾンビ臭」と呼んでいる。
消費者の頭の中に明快な仮想敵をつくり、「攻撃欲求」や「反発欲求」を誘発するのはマーケターの常套手段といえるだろう。
「権力」のブロックでは、消費財で満たせるのは「流行欲求」と「自己開示欲求」だろう。
まず「流行欲求」が「権力」のブロックに位置しているのが、やや意外で興味深い。
「ファッションリーダー」という言い方をあるように最先端の流行を身にまとうのは暗に「追随者(フォロワー)」を従えることにもなる。
そう考えると「流行欲求」が「権力」に類する欲求という理屈にも納得がいく。
一方、「自己顕示欲求」は、「優越欲求」や「流行欲求」を満たすブランドが自動車やファッション、宝飾品など人目に止まるのであれば同時に充足が叶うだろう。
「情的支配」(能動/権勢的)
- 12.愛情欲求(愛情)
- 愛する人のために頑張り、一生を共にしたい
- 13.恋愛欲求(愛情)
- 好きな人の望みをかなえてあげ、その人から好かれたい
- 14.愉楽欲求(愛情)
- みんなと一緒にワーッと騒ぎたい
- 15.自由欲求(自由)
- 私は拘束されるのが嫌なので、自分の自由な生活をしていきたい
- 16.自己表現欲求(自由)
- 自分の個性をはっきりとアピールしたい
- 17.不満解消欲求(自由)
- 日頃のストレス解消のため、思い切り気分転換したい
「情的支配」には6つの欲求が揃う。
その6つは「愛情」と「自由」のブロックに分かれる。
この6つも購買行動を引き起こすのに十分ねらえる欲求だろう。
「愛情欲求」や「恋愛欲求」なら宝飾品や高級時計などのブランドが得意とするところだ。
みんなと一緒にワーッと騒ぎたいという「愉楽欲求」ならレジャーやアミューズメント施設、あるいはアルコール飲料のブランドとの相性がよいだろう。
一方、「自由欲求」を満たすなら、既存の制約から解放されたという感覚を生むブランドの出番となる。
自由といってもささやかでいいのだ。
選択肢が多い、使い勝手がよいなどの利点が際立つブランド、あるいはちょっとした非日常を味わえるブランドなら「自由欲求」を充足し得るだろう。
「自己表現欲求」であれば、使用シーンで創意工夫の余地が大きいブランドが好都合だ。
クレヨンや色鉛筆などアート文具のブランドはその最たる例だが、アパレルや雑貨、インテリア、あるいは料理に使う食材や調味料などのブランドも「自己表現欲求」は射程範囲だ。
ストレス社会に生きる現代人を前提に置くなら「不満解消欲求」も充足の機会はそこかしこにあるといってよい。
グローブ付きパンチングマシーンがパッと思い浮かぶが、そこまで直球でなくてもよい。
運動や飲食、娯楽などの分野ではストレス解消をうたうブランドを見つけるのはそう難しくはない。
カラオケ店やライブハウスを運営するブランドもその類(たぐい)だろう。
「積極的活動」(能動/非権勢的)
- 18.達成欲求(達成)
- 目標を決めて仕事や勉強に励み、困難を克服し頑張り続けたい
- 19.内罰欲求(達成)
- 事がうまくいかなかったとき、自分に悪い点はないか反省したい
- 20.自己成長欲求(達成)
- あらゆる機会を利用して自己を充実、成長させたい
- 21.持続欲求(達成)
- 初志は貫徹し、根気よく続けていきたい
- 22.自己実現欲求(達成)
- 人生計画をしっかりたて、日々努力したい
- 23.知識欲求(達成)
- 勉強すると知識が増え、楽しいので、多くのことを学びたい
- 24.自己主張欲求(主張)
- 自分が正しいと思ったことは、遠慮なく、腹蔵なく主張したい
- 25.批判欲求(主張)
- 人が悪いことをしたときは悪いとはっきりと指摘し、正させたい
- 26.趣味欲求(感性)
- 自分の生きがいとして、一生趣味を持ち続けたい
- 27.感性欲求(感性)
- 丘の上で空の雲を眺めていたい
- 28.理解欲求(感性)
- 物事の因果関係は科学的、合理的に考えていきたい
- 29.他者認知欲求(感性)
- 殺人事件や誘拐事件について詳しく内容や動機を知りたい
- 30.好奇欲求(感性)
- 海外旅行をし、今まで知らなかったことを知りたい
「積極的活動」は13の欲求が揃う。
その13種類が「達成」「主張」「感性」の3ブロックに分かれる。
この3つのうち、購買行動につながりやすいには「達成」と「感性」に類する欲求群だろう。
「達成」のブロックの筆頭、「達成欲求」ならスポーツ用品のブランド、「自己実現欲求」なら就職・転職情報サービスのブランド、「知識欲求」なら教育機関や学習教材のブランドがそれぞれ典型だろう。
一方の「感性」のブロックにも「趣味欲求」や「感性欲求」などがあり、その充足をねらうブランドが群雄割拠の状態にある。
ゲームや映画、漫画、アニメなどコンテンツ産業の担い手たちもその一角を占めている。
その勢いに拍車をかけているのは昨今の推し活ブームだ。
さらにそこにサブスクリプション(定額課金)形式を定着させた音楽配信・映像配信のサービスも加わることになる。
「関係形成」(能動/非権勢的)
- 31.秩序欲求(援助)
- 社会的規範を守り、しっかりした生活をしていきたい
- 32.援助欲求(援助)
- 弱い人や困っている人の面倒をみたり、世話をしてあげたい
- 33.集団貢献欲求(援助)
- 所属している集団のために全力をつくしたい
- 34.社会貢献欲求(援助)
- 住みよい社会を作るために貢献したい
- 35.教授欲求(援助)
- 自分の得意なことを先生として若者に教えたい
- 36.自己認知欲求(承認)
- 性格テストをやって、自分がどんな性格であるかを知りたい
- 37.承認欲求(承認)
- できるだけ多くの人から好かれたい
- 38.自己開示欲求(承認)
- 自分のことを親しい人にたくさん話したい
「関係形成」には8つの欲求が揃う。
さらにその8つが「援助」と「承認」のブロックに分かれている。
「援助」ブロックであれば、マーケターが盛んに働きかけるのは「秩序欲求」「援助欲求」「社会貢献欲求」あたりだろう。
社会的規範を守り、しっかりした生活をしていきたいとする「秩序欲求」なら身だしなみやドレスコードにかかわるブランド、「援助欲求」なら子育てや介護にかかわるブランド、「社会貢献欲求」ならサステナビリティやエシカル消費にかかわるブランドがそれぞれ欲求の充足につとめている。
一方の「承認」のブロックには、「自己認知欲求」「承認欲求」「自己開示欲求」がある。
それら3つの欲求の受け皿となるのがインターネットの多種多様なコンテンツだろう。
ネット上には心理テストや運勢診断、あるいは自己洞察を深める記事コンテンツは豊富に存在し、「自己認知欲求」は十分に満たせる。
「承認欲求」ならSNSサービスとの相性がいいだろう。
ここでいう「承認欲求」は「関係形成」の傘の下にあることに留意されたい。
つまり、「承認欲求」はできるだけ多くの人から好かれたい、裏を返せば周囲の人から無視されたくないという欲求をいう。
「優越支配」にある「自己顕示欲求」とは位相が異なるのだ。
インフルエンサーまで上り詰める必要はなく、少なくとも仲間内で自分は受け入れられていると実感できる程度の交流がSNS上でできればよい。
またSNS上なら自分のことをより素直に吐露できる側面もあり、「自己開示欲求」の充足にもつながるだろう。
「保身」(受動的)
- 39.屈辱回避欲求(回避)
- 人前で笑われるようなことはできるだけ回避したい
- 40.同調欲求(回避)
- 仲間と一緒に同じことをしたい
- 41.嫌悪回避欲求(回避)
- 周囲の人から嫌悪感を持たれたり、煙たがられたりしないように心がけたい
- 42.批判回避欲求(回避)
- 上の人から怒られるようなことは避けたい
- 43.服従欲求(服従)
- 上の人の指示、命令には黙って従い、その通りに行動していたい
- 44.優位欲求(服従)
- 友人には優越感のもてるような自分より下の人を選びたい
- 45.譲歩欲求(服従)
- 私は人と争うのが嫌いなので、争うなら譲りたい
- 46.安心欲求(安楽)
- 失敗しそうで心配なことは避け、安心な方を選びたい
- 47.気楽欲求(安楽)
- 無理せず、あせらず、ゆうゆうとした人生を送りたい
- 48.挑戦欲求(安楽)
- 人生はカケなので、危険を覚悟で行動したい
- 49.安全欲求(安楽)
- 身に危険が生じるような恐ろしい国に行くのは避けたい
- 50.拒否欲求(安定)
- 私は好き嫌いがはっきりしているので嫌いな人とはつきあわないようにしたい
- 51.金銭欲求(安定)
- どんな活動をするにも経済力が必要なので、お金を確保したい
- 52.生活安定欲求(安定)
- 日常生活が困窮しているので、早く安定した生活がしたい
「保身」には14の欲求が揃う。
さらにその14の欲求が「回避」「服従」「安楽」「安定」の4つのブロックに分かれている。
「回避」と「服従」は限定された文脈での対人欲求が多く、消費財で充足するのはなかなか難しい。
仮にブランドが「自分が劣位にある」ことのシンボルとなり、それが相手に伝わるなら欲求充足の一助となるかもしれない。
唯一、仲間と一緒に同じことをしたいという「同調欲求」ならマーケターの射程範囲だ。
ファッションや小物類などのブランドには細かい序列や格があり、さりげなく周囲と合わせ、悪目立ちしないようにするといった光景は珍しくないはずだ。
同じ「保身」でも「安楽」と「安定」のブロックの欲求ならマーケターもねらいやすいだろう。
「安心欲求」や「気楽欲求」なら顧客の細かなニーズに合致した保険商品、「挑戦欲求」なら投資信託・株式・債券などの金融商品がそれぞれ得意とする役回りとなる。
ただし、保険商品や金融商品だけかといえばそうではない。
「安心」「気楽」「挑戦」などは気の持ちようという側面もあり、食品や日用品のブランドであっても、それらをコンセプトに据え、消費者の欲求の受け皿になろうとする試みは多い。
いわゆる代理満足だ。
たとえば、「気楽欲求」(無理せず、あせらず、ゆうゆうとした人生を送りたいという欲求)であれば、打ち出し方の工夫次第ではアルコール飲料のブランドでも充足は可能だろう。
「安定」のブロックでは「金銭欲求」と「生活安定欲求」ならマーケティングの一環でも満たせるだろう。
消費者金融や銀行系カードローンのブランドは親しみやすさを訴求し、この欲求をテコに消費者から行動を引き出そうと余念がない。
そのほか、アルバイト仲介や給与前払いサービスのアプリなどもある。
とはいえ、一時的な「金銭欲求」の充足だけではない。
新興国では低所得者向けのマイクロファイナンス(小口融資)によって個人の自立を促すサービスも展開されている。
「生活安定欲求」を真正面から満たす試みといえよう。
「協調」(受動的)
- 53.依存欲求(親和)
- 心配なことがあるときは、誰かに助けてもらいたい
- 54.親和欲求(親和)
- 友達と一緒に旅行したり話をしたりしながら、楽しい時を過ごしたい
- 55.協力欲求(親和)
- 仕事や活動はみんなで分担し、協力しあってやりたい
- 56.孤立欲求(親和)
- できるだけ一人でいたい
- 57.恭順欲求(恭順)
- 信頼できる指導者に従い、忠実な活動をしていきたい
- 58.自己規制欲求(恭順)
- 欲念を抑えて、真面目で誠実な生活をしていきたい
- 59.迷惑回避欲求(恭順)
- できるだけ人に迷惑をかけないようにしたい
「協調」には7つの欲求が揃う。
さらにその7つの欲求が「親和」と「恭順」のブロックに分かれる。
ブロック名の「恭順」は聞き慣れない言葉だが「つつしんで従うこと。心から服従すること。」(広辞苑)の意味がある。
上司に忖度(そんたく)するのも「恭順」の一種である。
「親和」のブロックでは「親和欲求」「協力欲求」「孤立欲求」あたりならマーケターにも充足がねらえるだろう。
たとえば「親和欲求」なら仲間との語らいを促すアルコール飲料やボードゲームがあるだろう。
「協力欲求」ならクラウドファンディングやチャリティーイベントが考えられるだろう。
ただし、「受動的欲求群」→「協調」→「親和」の傘の下の欲求のため、自ら率先して活動を起こすというより、周囲から誘われたら協力はいとわない形になるだろう。
要は協調性を発揮したいのだ。
このあたりが「能動的欲求群」の傘の下にある「社会貢献欲求」とはニュアンスの異なるところである。
一方、「孤立欲求」であれば、ソロキャンプやソロ焼肉、ソロ温泉など1人の行動を楽しむ「ソロ活」関連の商品やサービスなどがある。
おそらくここで満たされるのは窮屈な思いも強いられる集団生活とのバランサー的な欲求なのだろう。
一方、「恭順」のブロックでは「自己規制欲求」や「迷惑回避欲求」であれば十分にマーケターの射程範囲内にある。
たとえば「自己規制欲求」なら健康管理アプリや家計簿アプリなど運動や食事、出費などの見直しや制限を個人に促すサービスはいくつもあるだろう。
「自己規制欲求」も「協調」の傘の下にあるため、「自己規制欲求」が満たされつつ、それがまた家族などの周囲の人の心配を減らすことにつながるなら充足度はより高まるはずだ。
「迷惑回避欲求」を満たすなら、耳障りな音で周囲を困らせる「音ハラスメント」の加害者にならないような商品やサービスなどがその典型だろう。
欲求を購買行動のホットボタンに
今回の記事では日本人の心理学者、荻野七重氏と斎藤勇氏が開発した59種類の社会的欲求を解説した。
59種類と数は多いが体系化されており、大きくは2つに分類され、さらに3分類、6分類、16分類(ブロック)と枝分かれする格好となっている。
この樹形図に沿っていけば細やかに分類された欲求のニュアンスをつかみ取るのもそう難しくはない。
マレーの欲求リストの記事にも書いたが、この欲求フレームをマーケティングに生かすには「仮説思考」を使うことだ。
マーケターが常に消費者の購買行動を引き出す策を考えているとしよう。
そのチャンスを虎視眈々とねらっている想定だ。
そのとき、59種の欲求リストを取り出し、「どの欲求なら購買行動を今よりも引き出せるのか?」のあたり(仮説)をつけてみる。
いくつか候補の欲求が見つかったら「〇〇欲求にスイッチが入るよう、どうコンセプトや商品スペック、訴求方法に変更を加えればよいか?」をさらに詰めていく。
ある程度「いけるかも」「実現可能性が高い」と思った仮説が出てきたところで、「コンセプトテスト」などの検証的調査を実施するといった手順になるだろう。
今回の記事ではわかりやすさを優先し、商品カテゴリーの基本ベネフィットで各欲求に直球で応える例ばかりを挙げたが、視点をずらし、その商品カテゴリーではねらうことのなかった欲求に着目するのもいいだろう。
本来は相容れないものを強引にでも結びつける「強制発想」の手法だ。
たとえば、本記事の終盤にあった「迷惑回避欲求」をボールペンが満たす例がある。
ノック音が静かで周囲に迷惑をかけないボールペン、ぺんてるの「Calme(カルム)」だ。
世の中にはいくつも欲求のフレームワークがあるが、59種類の欲求分類は細やかさゆえ、意外な発見があるかもしれない。
成熟した市場で差異化が求められるマーケターなら、この精緻な欲求分類を頭の片隅に置いておくべきだろう。