欲求分類の先駆けともいえる「マレーの欲求リスト」(Murray’s system of needs)。
全部で40種類もの欲求が名を連ね、その分類が非常に細やかで網羅的なのが特徴だ。
しかも一つひとつを見ていくと人の心の微細な機微をすくい上げており、消費者心理にまつわる課題発見や仮説構築には極めて有効なツールとなるだろう。
全40種の欲求が11のドメインに分かれており、そのドメインから降りていくと各欲求の意味合いも分かりやすく、こんがらがることはまずない。
なぜ40種類とここまで細やかになったのか、各欲求の存在意義にも納得が行くだろう。
「マレーの欲求リスト」とは?
今回の記事では欲求分類の先駆けともいえる「マレーの欲求リスト」を紹介したい。
米国の心理学者、ヘンリー・マレー(Henry Alexander Murray)によって1938年に発表された欲求の分類体系である。
欲求の分類については本ブログでもマズローの「欲求5段階説」を筆頭に既にいくつか取り上げているが、「マレーの欲求リスト」に特徴的なのは欲求の分類が非常に細やかなことだ。
リストに連ねる欲求の種類が全部で40種に迫る極めて網羅的といえる。
過去の記事でも触れたように、マーケターにとって欲求は重要な概念だ。
欲求は消費者の行動、とりわけ購買行動を引き起こす根幹となる。
ターゲットの選定や提供価値の設計など、消費者の根底の欲求に着目することで、そうでなければ看過していた側面が浮かび上がり、より行動喚起につながりやすいプランがつくれるのだ。
そんなヒントとなる枠組みとして「マレーの欲求リスト」も分析フレームのレパートリーに加えておくべきだろう。
40種類というその細やかなリストゆえの思わぬ発見が得られるかもしれない。
リストの全容を理解するにはまず、大分類. 中分類. 小分類の分類ツリーをイメージするとよい。
とりわけ40種もの欲求を交通整理するのに役立つのが中分類である。
「マレーの欲求リスト」の英語版Wikipedia(ウキペディア)ではこの中分類のことを「ドメイン(domain、領域の意)」と呼ぶ。
このドメインから降りていく方法をとると、それぞれのドメインに紐づく約40種の欲求の意味合いが理解しやすくなる。
日本語訳というフィルターを通すがゆえに似通って見えてしまう欲求同士でもあっても、その棲み分けが容易にもなるだろう。
なお、1つ注意が必要が必要なのは、文献や情報源によって「マレーの欲求リスト」に微妙な違いあることだ。
1938年の発表から、たびたび変更が加えられたのだろう。
日本で多く出回っているリストの多くは39種ないし40種類だが、英語版Wikipedia(2023年9月参照)では全部で42の分類がある。
しかも中分類にあたるドメインが日本で見かけるものより、英語版Wikipediaのほうがより細かく分かれている。
今回の記事では「欲求心理学トピックス100」と「自ら学ぶ意欲の心理学」に掲載されていた合計で39種類の欲求リストをベースにしつつ、ドメインは英語版Wikipediaのものを採用している。
このバージョンではとなる。
ドメインが細やかなため、個別の細分化された欲求を理解する助けになると判断したためだ。
そのドメインとの整合性を担保するため、日本語訳の欲求の名称や定義文にも修正を加えている。
「生理的欲求」の11種
「マレーの欲求リスト」の分類ツリーにおいて大分類に当たるのが「生理的欲求」と「社会的欲求」の分類だ。
この2つはそれぞれ「臓器発生的欲求」と「心理発生的欲求」といった言い方もする。
「生理的欲求(臓器発生的欲求)」の下には3つのドメインがあり、その3つに11の欲求が紐づく形になっている。
なお、「生理的欲求」は「欲求心理学トピックス100」の分類を掲載している。
- 欠乏から摂取に導く欲求
- 吸気欲求
- 飲水欲求
- 食物欲求
- 官性欲求
- 膨張から排泄に導く欲求
- 【分泌】性的欲求
- 【分泌】授乳欲求
- 【排泄】呼気欲求
- 【排泄】排尿・排便欲求
- 傷害から回避に導く欲求
- 毒性回避欲求
- 暑熱・寒冷回避欲求
- 傷害回避欲求
このリスト前半にある「官性欲求」の「官性」という言葉は聞き馴染みがないかもしれない。
感覚器官を通して得られる「快」を求めることを意味し、「官能的欲求」と言い換えてもいいだろう。
「社会的欲求」の28種
つづいて大分類の2つ目、本記事でメインに取り上げる「社会的欲求」だ。
ここでは8つのドメインがあり、そこに28種類の欲求が紐づいている。
この「社会的欲求」のリストは「自ら学ぶ意欲の心理学」に掲載されていたものに若干の修正を加えている。
- 主に事物と結びついた欲求(Materialism)
- 獲得欲求(Acquisition)
- 保存欲求(Conservance)
- 秩序欲求(Order)
- 保持欲求(Retention)
- 構成欲求(Construction)
- 野心や威信に関係した欲求(Ambition)
- 優越欲求(Superiority)
- 達成欲求(Achievement)
- 承認欲求(Recognition)
- 顕示欲求(Exhibition)
- 地位防御に関係した欲求(Status)
- 不可侵欲求(Inviolacy)
- 劣等感の回避欲求(Infavoidance)
- 防衛欲求(Defendance)
- 中和欲求(Counteraction)
- 力の行使に関係した欲求(Power)
- 支配欲求(Dominance)
- 恭順欲求(Deference)
- 同化欲求(Similance)
- 自律欲求(Autonomy)
- 対立欲求(Contrariance)
- 他者または自己に損傷を与えることに関係する欲求(Sadomasochism)
- 攻撃欲求(Aggression)
- 屈従欲求(Abasement)
- 禁止に関係した欲求(Social-Conformance)
- 非難の回避欲求(Blame avoidance)
- 他者との愛情に関係する欲求(Affection)
- 親和欲求(Affiliation)
- 拒絶欲求(Rejection)
- 養護欲求(Nurturance)
- 救援欲求(Succorance)
- 遊戯欲求(Play)
- 質問応答に関係した欲求(Information)
- 求知欲求(Cognizance)
- 解明欲求(Exposition)
なお、リストの後半にある「遊戯欲求」は「他者との愛情に関係する欲求」のドメインに置かれいるが、文献によっては、そこからは切り離し、「遊戯に関係する欲求」というドメインのもとに「遊戯欲求」が置かれていることもある。
「社会的欲求」のドメイン別解説
ではここから「社会的欲求」について、ドメインごとに各欲求の定義文とそのニュアンスの違いを見ていこう。
主に事物と結びついた欲求
- 獲得欲求(Acquisition)
- 所有物と財産を得ようとする欲求
- 保存欲求(Conservance)
- いろいろな物を集めたり、修理したり、手入れしたり、保管したりする欲求
- 秩序欲求(Order)
- 物を整頓し、組織立て、片付け、整然とさせ、きちんとする欲求
- 保持欲求(Retention)
- モノを所有しつづけ、それを貯蔵する欲求、かつ質素で、経済的で、けちけちとする欲求
- 構成欲求(Construction)
- 組織化し、築き上げる欲求
ドメイン名は「主に事物と結びついた欲求」。
英語は「Materialism/マテリアリズム(物質主義)」。
ここには物理的なモノに対し、何らかの行動を起こそうとする欲求が5つ紐づいている。
1つ目の「獲得欲求」は平たくいえば物欲や金銭欲のこと。
この欲求が強い人の典型といえば一攫千金を狙う投資家やギャンブラーたちだろう。
時には「獲得欲求」が制御不能となり、犯罪に手を染める人もいるかもしれない。
2つ目の「保存欲求」は自分が所有するものを無傷のまま保存したいという欲求のこと。
定義文に「いろいろな物を集めたり」とあるので、この欲求の強い人と言えば、コレクターや特定分野の愛好家たちだろう。
自慢のコレクションならメンテナンスも周到に行い、原形と寸分たがわず保存しようと努めるだろう。
3つ目の「秩序欲求」はきれい好き、整理整頓好き、とても几帳面な人を思い浮かべるとよい。
細部にわたってモノが整然としていることにこの上ない心地よさを感じるのだ。
4つ目の「保持欲求」はモノをいつまでも大切に使う人たちに顕著に見られる欲求だ。
ただし、定義文には「質素で、経済的で、けちけちとする欲求」とあり、海外文献でも定義文に「refuse to give or lend(「人に与えたり、貸したがらない」の意)」と書かれていることもある。
自分の所有物への独占欲や執着心も含んだ欲求なのかもしれない。
お金持ちほど倹約家という説があるが、おそらくそうした人たちは「保持欲求」が顕著なのだろう。
最後、5つ目の「構成欲求」はモノに何らの手を加え、新しいものを生み出したいという欲求だ。
芸術家や料理人、建築家たちのような人を思い浮かべるとよいだろう。
野心や威信に関係した欲求
- 優越欲求(Superiority)
- 優位に立とうとする欲求、達成と承認の複合
- 達成欲求(Achievement)
- 障害に打ち勝ち、力を行使し、できるだけうまく、かつ速やかに困難なことを成し遂げようと努力する欲求
- 承認欲求(Recognition)
- 賞賛を博し、推薦されたいという欲求、尊敬を求める欲求
- 顕示欲求(Exhibition)
- 自己演出の欲求、他人を興奮させ、楽しませ、扇動し、ショックを与え、はらはらさせようという欲求
ドメイン名は「野心や威信に関係した欲求」。英語は「Ambition」だ。
文献によっては「Prestige(プレステージ)」と後に続くこともある。
難しいことに果敢に挑み、名声や高い評判を獲得しようとする欲求がここには集結している。
1つ目の「優越欲求」は自分が他人より優れていると実感したいとする欲求だ。
定義文に「達成と承認の複合」とあるので「優越欲求」を満たすには2つの要件を満たす必要がある。
まず努力することで他者より秀でた偉業を達成すること。
その上で、自分の卓越さへの賞賛が得られることだ。
2つ目の「達成欲求」は不屈の精神のトップアスリートを思い浮かべればよい。
血のにじむような努力を続け、困難を乗り越え、世界記録を次々に塗り替えていくようなアスリートなら「達成欲求」は間違いなく旺盛だろう。
3つ目の「承認欲求」は周囲から認められたい、賞賛されたいという欲求のこと。
結果を出したのならそれ相応の脚光を浴びたい。
縁の下で支えるだけの無冠の存在ではやはり飽き足らないのだ。
最後、5つ目の「顕示欲求」は、高級ブランドを身にまとい、周囲に見せつけるようとする人が思い浮かぶかもしれない。
経済学者のヴェブレンが提唱した「顕示的消費/見せびらかしの消費」の世界だ(ヴェブレン効果ともいう)。
しかし、定義文を読むとどうやらそういった文脈だけではなさそうだ。
自己演出や扇動という言葉がある。
いわゆる派手なパフォーマンスを連発する「目立ちたがり屋」や「出たがり」といった人たちに顕著な欲求なのだろう。
地位防御に関係した欲求
- 不可侵欲求(Inviolacy)
- 侵されることなく、自尊心を失わないようにし、”良い評判”を維持しようとする欲求
- 劣等感の回避欲求(Infavoidance)
- 失敗、恥辱、不真面目、嘲笑を避けようとする欲求
- 防衛欲求(Defendance)
- 非難または軽視に対して自己を防衛しようとする欲求、自己の行為を正当化しようとする欲求
- 中和欲求(Counteraction)
- ふたたび努力し、報復することによって敗北を克服しようとする要求
ドメイン名は「地位防御に関係した欲求」。
英語版Wikipediaだと「Status」のみとなるが、他の海外文献には「defend status and avoid humiliation(「地位防衛と屈辱回避」の意)」と書かれていることもある。
いずれにしても保身や対面維持に直結する欲求がここには集う。
1つ目の「不可侵欲求」とは、自分だけの領域、誰にも触れられたくない領域を守り通そうとする欲求だ。
「保身欲求」と訳されることもある。
「不可侵」とは「侵(おか)すことができない」の意味で、国家の主権や領土、あるいは人の尊厳や人権は侵すことができないといった使われ方をする。
世の中には相容れない価値観を押し付け、土足で他人の領域に踏み込もうとする人は少なからず存在する。
「不可侵欲求」の強い人にとってはもっとも警戒したい相手だろう。
2つ目の「劣等感の回避欲求」は平たくいえば人前で恥をかくような事態は避けたいという欲求だ。
人は面目を保つために、やせ我慢や虚勢を張るなど理屈に合わない行動をとることが少なからずある。
そんなときは「劣等感の回避欲求」が頭をもたげているのだ。
3つ目の「防衛欲求」は自分が非難や軽視の対象となってしまったときにスイッチの入る欲求のこと。
仮に自分に否があるとしたらどう対処するのか?
聖人君子でもなければ、正当化したり、隠蔽したり、あるいは逃げ回ったりしたいという衝動が理性を上回ることはあるだろう。
まさに「防衛欲求」がその衝動を引き起こしているのだ。
そして最後、4つ目が「中和欲求」。
英語の「Counteraction」には反作用や中和作用の意味がある。
「中和欲求」を一言でいえば「雪辱を果たしい」という欲求だ。
コロナ禍からの「リベンジ消費」というのもこの欲求に後押しされているのだろう。
ただし、定義文に「ふたたび努力し」とあるため、時の運で雪辱を果たすのではなく、それ相応の努力や苦悩の痕跡が伴って初めて「中和欲求」が満たせるようだ。
そうでなければその結果に誇りが持てず、地位の防衛にはならないからである。
力の行使に関係した欲求
- 支配欲求(Dominance)
- 他人に影響を与え、あるいは統制しようとする欲求
- 恭順欲求(Deference)
- 優越者を賞賛し、進んで追随し、喜んで仕えようとする欲求
- 同化欲求(Similance)
- 他人に感情移入し、真似たり見習ったりしようとする欲求
- 自律欲求(Autonomy)
- 影響力に抵抗し、独立しようと努力する欲求
- 対立欲求(Contrariance)
- 他人と異なった行動をし、独自的であろうとし、反対の側に立とうとする欲求
ドメイン名は「力の行使に関係した欲求」。英語は「Power」だ。
力を行使する側、行使される側の欲求がここには交錯する。
1つ目の「支配欲求」は、言葉自体はややものものしいが、「人に影響を与えたいとする欲求」ぐらいに考えればよい。
人を根気よく説得したり、甘え上手な人が相手を動かしたりするのも一種の影響力の行使であり、「支配欲求」の充足につながる。
2つ目が「恭順欲求」。
この「恭順」はそうそう聞く言葉ではないが、「つつしんで従うこと。心から服従すること」の意味らしい。
相手を深く尊敬するがゆえ喜んで従うのだ。
流行語にもなった「忖度(そんたく)」はこの「恭順」に準する行為の一つだろう。
3つ目の「同化欲求」も「恭順欲求」の延長線上にある。
「力」がある者に対して一体感を求めるあまり、真似したり、見習ったりしたいという欲求だ。
引退した歌手の安室奈美恵さんのファッションを真似ていた「アムラー」なる現象もこの「同化欲求」が絡んでいたはずだ。
4つ目の「自律欲求」は「恭順欲求」や「同化欲求」とはベクトルが真逆となる。
支配しようとする力に対し、真っ向から対抗し、自由が奪われるのを阻止しようとする欲求だ。
世の中のおきてや不文律、慣習なども「自律欲求」が向かう対象となる。
5番目の「対立欲求」は大勢に迎合はせず、ユニークでありたい、独自でありたいとする欲求のこと。
この欲求が強い人には「長いものには巻かれろ」の処世術は通用しない。
なお、日本語の翻訳だと「自律欲求」との違いがややわかりにくいが、「自律欲求」は他からの支配・制約を脱し、自分で決めらる自由の獲得に重きを置く欲求。
一方、「対立欲求」はあくまで、他者との違い、独自性を発揮しようとする欲求のこと。
時には天邪鬼(あまのじゃく)や異端児的な存在にもなり得るのだ。
他者または自己に損傷を与えることに関係する欲求
- 攻撃欲求(Aggression)
- 他人を攻撃したり、または傷つけたりしようとする欲求、人を軽視し、害を与え、あるいは悪意をもって嘲笑しようとする欲求
- 屈従欲求(Abasement)
- 罪を承服甘受しようとする欲求、自己卑下
ドメイン名は「他者または自己に損傷を与えることに関係する欲求」。
英語は「Sadomasochism(サド・マゾヒズム)」。
サド・マゾヒズムとはいわゆる「SM」のことで、加虐嗜好の「サディズム(sadism)」 と被虐嗜好の「マゾヒズム(masochism)」を組み合わせた言葉。
とはいえ、性的な文脈からは切り離して考えたほうがいい。
1つ目の「攻撃欲求」は何かと敵対してくる相手に対し、攻撃してダメージを与えたいという欲求のこと。
日常的な言葉でいうなら「やっつける」「ぎゃふんと言わせる」といったことだろう。
攻撃によって相手が窮地に陥るのが快感なのだ。
一方、2つ目の「屈従欲求」はその真逆となる。
攻撃に屈服し、敗北を認め、罰を受けようとする欲求のこと。
窮地に陥り、弱い自分をさらけだすことがむしろ快感なのだ。
「攻撃欲求」も「屈従欲求」もその説明だけを聞けば特殊でいびつな欲求のように思える。
しかし、周りを見渡せば表出の機会は決して少なくない。
想いを寄せる相手が毒舌系のドSキャラだったり、社会的地位の高い男性が家では恐妻家だったり、「攻撃欲求」や「屈従欲求」が見え隠れするのは映画やドラマの世界だけではないだろう。
禁止に関係した欲求
- 非難の回避欲求(Blame avoidance)
- しきたりに反する衝動を抑えることによって非難、追放または処罰を避けようとする欲求、行儀よく振舞い、法に従おうとする欲求
ドメイン名は「禁止に関係した欲求」。
英語は「Social-Conformance」だ。
「Social-Conformance」は社会規範を順守することで、ドメイン名の「禁止」とはルールや規範からの逸脱を禁じるといった意味合いだろう。
そしてそこに紐づく「非難の回避欲求」とはまさにルールや規範に従うことで周囲からの非難を避けたいとする欲求のこと。
コロナ禍で法律上の義務もなく日本人のマスクの着用率が高かったにはこの欲求によるところが大きい。
他者との愛情に関係する欲求
- 親和欲求(Affiliation)
- 友情と絆(きずな)をつくる欲求
- 拒絶欲求(Rejection)
- 他人を差別し、鼻であしらい、無視し、排斥しようとする欲求
- 養護欲求(Nurturance)
- 他人を養い、助け、または保護しようとする欲求
- 救援欲求(Succorance)
- 援助、保護または同情を求めようとし、依存的であろうとする欲求
- 遊戯欲求(Play)
- 緊張を和らげ、自分で楽しみ、気晴らしと娯楽を求める欲求
ドメイン名は「他者との愛情に関係する欲求」。
英語は「Affection」で愛情や好意といった意味となる。
ここには愛情にまつわる5つの欲求が揃う。
まず1つ目が「親和欲求」。
定義には「友情と絆(きずな)をつくる欲求」とあるが、海外の文献を読むと、特定の集団に属し、協力し合うといった欲求を包含していることもある。
マズローの「欲求5段階説」でいう「所属と愛情欲求」に近い欲求といえる。
2つ目の「拒絶欲求」は「排除欲求」や「排斥欲求」と訳されていることもある。
学校や職場での無視や仲間はずれ、いわゆる暴力を伴わないいじめはこの欲求から起こるのだろう。
3つ目の「養護欲求」は典型的なのは親の子どもに対する欲求だろう。
しかし、英語版Wikipediaの定義文には欲求が向かう対象が「the helpless」とある。
これは「助け(help)のない(-less)の意味」で「無力で自分ではどうすることもできない人たち」のことをいう。
「養護欲求」は小さな子どもに限らず、弱い立場にある人たち全般に対する欲求といえる。
貧困救済に生涯をささげたマザー・テレサを思い浮かべるとよいだろう。
4つ目の「救援欲求」はその「養護欲求」を他者から引き出そうとする欲求のこと。
「救護欲求」や「依存欲求」と訳されている文献もある。
自分に惜しみない愛情が注がれ、保護され、支援されることを願う。
災害や遭難に見舞われたときに顕著となる欲求だが、普段の生活でも困難に直面し、他者から助けを求めたいときはあるだろう。
あるいはいくつになっても依頼心を断ち切れない人たちもいる。
「救援欲求」が露呈する機会は決してまれではないのだ。
そして最後、5つ目が「遊戯欲求」だ。
これは定義文にあるように気晴らしや娯楽を求め、リラックスしたいという欲求のこと。
この定義だけを聞くと、ドメインにある「他者との愛情」とは関係が薄いように思える。
しかし、海外文献の定義文には興じる対象としてゲームやジョーク、ごっこ遊びなどが挙がっていることもある。
すなわち、ここでいう「遊戯欲求」とは人との交流を通して楽しさを得たいという欲求なのだろう。
なお、先にも触れたが、「遊戯欲求」は文献によっては「他者との愛情に関係する欲求」から切り離され、「遊戯に関する欲求」というドメインに別途置かれていることもある。
質問応答に関係した欲求
- 求知欲求(Cognizance)
- 探索し、質問し、好奇心を満足させる欲求
- 解明欲求(Exposition)
- 指摘し、例証しようとする欲求、情報を与え、説明し、解釈し、講釈しようとする欲求
ドメイン名は「質問応答に関係した欲求」。
英語は「Information(情報)」だ。
「knowledge(知識)」と冠している海外文献もある。
いずれにせよ、およそ「知識獲得」にまつわる欲求と思えばよい。
1つ目の「求知欲求」は定義文にあるように探索や質問を繰り返し、好奇心を満たす欲求のこと。
「なぜなぜ期」にある小さな子どもが「なぜ?」「どうして?」と大人を質問攻めにするのはこの欲求からだろう。
ただし、この「求知欲求」を「理解欲求(understanding)」としている文献もあり、おそらく一時的な好奇心の満足にとどまらず、分析や考察を通した深い理解への欲求も包含しているといえる。
2つ目が「解明欲求」。「証明欲求」と訳されることもある。
その定義文には例証、説明、講釈と言った言葉が並ぶ。
さながら教師が生徒に知識を分け与えたいとする欲求なのだろう。
英語には「Exposition」とある。
難しい理論などの解説や証明といった意味があるが、日本人に馴染み深いのは「博覧会」を意味する「エキスポ/エキスポジション」だ。
「展示」を通して人々を啓発するといった意味合いの催しであり、博覧会自体が「解明欲求」の大がかりな充足装置ともいえる。
そして、この「解明欲求」は1つ目の「求知欲求」を持つ人たちがいるからこそ充足が叶うのだ。
マレーの欲求リストを実務に生かす
今回の記事では「マレーの欲求リスト」を一通り紹介した。
「社会的欲求」だけでも28種類と細やかに欲求が分類されており、人々の欲求を詳しく見ていこうとするときには重宝する。
「おそらくこうだろう」と自分なりの仮説を先に立てる考え方を「仮説思考」というが、「マレーの欲求リスト」はそんな思考法に使える。
消費者の購買意欲を刺激するにはどの欲求のボタンを押せばいいのか?
その仮説を立てるのにリストを道しるべ代わりに使うのだ。
ピンとくる欲求が見つかったら、その検証に情報収集などのリソースを集中させていく。
数が多く決して扱いやすいとはいえないが、その細やかさゆえのメリットもある。
販売促進やブランディングに携わるマーケターはぜひとも頭の片隅に置いておくといいだろう。