プロジェクトの打ち合わせで、議論が枝葉にわたり本題からそれていく場面に直面したことはないだろうか。
方向性がいくつにも分かれ、どれを選べばよいかわからなくなる——そうした状況を指して『多岐亡羊(たきぼうよう)』という言葉が使われる。
本記事では意味だけでなく、使い方や言葉の背景まで分かりやすく解説する。
1.『多岐亡羊(たきぼうよう)』とは?
一言で表すなら
基本情報
- 読み方
- たきぼうよう
- 意味の核心
- 道がいくつにも分かれていると、羊を追う者がどの道を選べばよいか迷い、結局は逃げられてしまうという故事に由来する。
転じて、選択肢が多すぎるとかえって判断に迷い、本筋を見失ってしまうことのたとえである。
- 道がいくつにも分かれていると、羊を追う者がどの道を選べばよいか迷い、結局は逃げられてしまうという故事に由来する。
- 漢字の成り立ち
- 「多岐」は分かれ道が多いこと、「亡羊」は羊を失うことを指す。
中国の思想家・列子(れっし)の故事に基づき、複数の分岐が判断を惑わせる危険性を象徴する言葉として成立した。
- 「多岐」は分かれ道が多いこと、「亡羊」は羊を失うことを指す。
2.『多岐亡羊』が使われる場面
戦略会議・経営判断の場
複数の事業案や投資先が並び、どれを選ぶかで幹部陣が議論に時間を費やす場面で用いられる。
選択肢の多さが迅速な決断を妨げるという課題を、この一言で端的に表現できる。
プロジェクト管理・タスク整理の場
チーム内でやるべきタスクが増えすぎて、優先順位が見えなくなる状況を指摘する際に使われる。
そもそも何をゴールとしていたのかを再確認するきっかけとして機能する。
情報過多の現代社会を論じる文脈
インターネットやSNSで膨大な情報に触れられる反面、何が正しいかわからなくなる——そうした現代人の悩みを描写する際にも引き合いに出される。
古典の故事が現代社会の構造的問題を照らし出す好例である。
3.『多岐亡羊』が持つニュアンスと現代的価値
列子が伝える「迷い」の本質
この言葉の典拠は、中国の戦国時代の思想家・列子の著作とされる。
羊を追う者が分かれ道ごとに人を派遣するも、枝道が無数にあるために結局は羊を見失うという寓話は、情報の非対称性や判断の困難さを古代から描いていた。
列子はこの話を通じて、知識が増えすぎることの危険性を説いたのである。
選択の質と量の逆説
一般に「選択肢が多いほど良い」と思われがちだが、『多岐亡羊』はその前提に警鐘を鳴らす。
多様な選択肢がかえって意思決定の質を下げ、行動そのものを停滞させるという逆説は、行動経済学でいう「選択過多(choice overload)」の概念とも通底する。
この言葉が現代で再評価されるのは、人間の認知特性を鋭く突いているからにほかならない。
ビジネスにおける応用可能性
企業戦略においても、あらゆる選択肢を検討し尽くそうとすることが、かえってスピードを殺ぐ危険性がある。
『多岐亡羊』は「何を捨てるか」の重要性を思い出させる言葉として、現代のマネジメント層に示唆を与えている。
4.使い方と例文
- 基本的な使い方
- 判断の迷いや情報過多による混乱を、比喩的に描写する表現として用いる。
文中では「〜に陥る」「〜の状態だ」「〜を招く」といった形で述語的に使われることが多い。- 例:多岐亡羊を避けるためには、最初に評価軸を明確に定めておく必要がある。
- 判断の迷いや情報過多による混乱を、比喩的に描写する表現として用いる。
- 戦略会議での指摘
- 複数の選択肢が出尽くした段階で、議論が拡散していることをやんわりと修正したいときに使う。
実行可能性の視点を導入するための布石としても効果的である。- 例:これ以上選択肢を増やしても多岐亡羊になるだけだ。ここで一度、前提条件に立ち戻ろう。
- 複数の選択肢が出尽くした段階で、議論が拡散していることをやんわりと修正したいときに使う。
- プロジェクトの振り返り
- タスクが増殖して本質がぼやけたプロジェクトを総括する場面で、教訓として語られる。
失敗を責めるのではなく、構造的な原因を共有するための共通言語として機能する。- 例:今回の件はまさに多岐亡羊だった。優先順位の見直しが次への改善点といえる。
- タスクが増殖して本質がぼやけたプロジェクトを総括する場面で、教訓として語られる。
- 自己啓発・キャリア相談
- 複数のキャリアパスに迷う個人の状況を描写する際にも使える。
焦りではなく、選択の質を高めるための示唆として用いるのが望ましい。- 例:若いうちは多くの選択肢を試したくなるが、あまりに手を広げると多岐亡羊の危険がある。
- 複数のキャリアパスに迷う個人の状況を描写する際にも使える。
5.よく使われる定型表現
- 多岐亡羊に陥る
- 選択肢が多すぎて判断を誤ったり、迷走したりする状態を指す最も標準的な言い回し。
- 例:データが増えるほど多岐亡羊に陥りやすくなるため、分析の枠組みを先に決めた。
- 選択肢が多すぎて判断を誤ったり、迷走したりする状態を指す最も標準的な言い回し。
- 多岐亡羊の弊害
- 選択肢の多さがもたらすマイナス効果を、やや硬めの文体で表現する際に用いられる。
- 例:今回の企画では多岐亡羊の弊害を防ぐため、フェーズごとに判断基準を設けた。
- 選択肢の多さがもたらすマイナス効果を、やや硬めの文体で表現する際に用いられる。
- 多岐亡羊を避ける
- 迷走を予防するという能動的な姿勢を表す表現で、提言や助言の文脈で使われる。
- 例:多岐亡羊を避けるには、最初に「やらないこと」を決めるのが有効だ。
- 迷走を予防するという能動的な姿勢を表す表現で、提言や助言の文脈で使われる。
6.間違えやすい使い方と注意点
選択肢の多さそのものではなく「迷い」に焦点がある
『多岐亡羊』が問題にするのは、単に選択肢が多いことではなく、その結果として判断ができなくなり、目標を見失うことにある。
選択肢が多いことをただ称賛したり、単なる多様性の象徴として用いるのは誤用である。
他人を評価する言葉として使わない
「彼の考え方は多岐亡羊だ」と他人の思考プロセスを批判的に評する使い方は、故事本来のニュアンスから外れる。
この言葉は状況や構造を描写するものであり、個人の能力や資質を否定するためのレッテルではない。
「迷うこと」自体ではなく「結果として失うこと」を意識する
単に「迷っている」状態を指すのではなく、迷った結果として本来追うべきものを失ってしまう帰結まで含む点がこの語の核心である。
迷いのプロセスではなく、喪失という帰結にまで言及して初めて、この言葉は真価を発揮する。
7.類語・対義語・似た表現
類語一覧
- 岐路亡羊(きろぼうよう)
- 『多岐亡羊』とほぼ同じ故事に由来し、意味もほぼ同一である。違いは「多岐」が「岐路」に置き換わっている点にあり、表記のゆれとして扱われることが多い。
- 例:このままでは岐路亡羊のそしりを免れない。
- 『多岐亡羊』とほぼ同じ故事に由来し、意味もほぼ同一である。違いは「多岐」が「岐路」に置き換わっている点にあり、表記のゆれとして扱われることが多い。
- 取捨選択
- 多くの中から選び取ること。『多岐亡羊』が迷いのネガティブな側面を描くのに対し、こちらは主体的に選ぶポジティブな行為を指す。
- 例:取捨選択を誤ると、せっかくの好機を逃してしまう。
- 多くの中から選び取ること。『多岐亡羊』が迷いのネガティブな側面を描くのに対し、こちらは主体的に選ぶポジティブな行為を指す。
- 選択過多
- 現代的なカタカナ語・和製英語に近い表現。心理学的なニュアンスが強く、消費行動やUXデザインの分野で使われる。
- 例:選択過多の時代だからこそ、自分の軸を持つことが大切だ。
- 現代的なカタカナ語・和製英語に近い表現。心理学的なニュアンスが強く、消費行動やUXデザインの分野で使われる。
類語の使い分け
『多岐亡羊』は、『岐路亡羊』とほぼ同義であり、表記の違い以上の意味的な差はない。
どちらを用いても差し支えないが、ビジネス文書では『多岐亡羊』の方がやや一般的である。
『取捨選択』は能動的な判断を賛美する語であるのに対し、『多岐亡羊』は判断の難しさとその危険性に警鐘を鳴らす点で、トーンが大きく異なる。
また『選択過多』は学術的・実用的な文脈で使われるのに対し、『多岐亡羊』には故事に裏打ちされた教訓性と文学的含蓄がある。
場面に応じて、指摘したいポイントが「行動の難しさ」か「判断の危うさ」かで使い分けるとよい。
対義語一覧
- 一意専心
- ただ一つのことに心を集中させること。分かれ道が多いことで迷う『多岐亡羊』とは正反対の、一点集中の姿勢を表す。
- 例:一意専心に取り組んだからこそ、短期間で成果が出せた。
- ただ一つのことに心を集中させること。分かれ道が多いことで迷う『多岐亡羊』とは正反対の、一点集中の姿勢を表す。
- 的確
- 狙いが外れず、的確であること。迷いなく正しい判断ができる状態を指し、迷走する『多岐亡羊』の対極にある。
- 例:彼の的確な指示のおかげで、チームは迷わず動けた。
- 狙いが外れず、的確であること。迷いなく正しい判断ができる状態を指し、迷走する『多岐亡羊』の対極にある。
8.よくある質問(Q&A)
Q1.「多岐亡羊」はビジネスメールで使ってもよい?
A.使用可能だが、相手や文脈を選ぶ。
社内の報告書や改善提案など、知的な共有を目的とする場面では効果的だ。
ただし、取引先へのフォーマルなメールでいきなり使うと、故事を知らない相手には伝わらない恐れがある。
まずは口頭や社内文書で慣らし、相手の語彙レベルを見極めてから導入するとよい。
Q2.「多岐亡羊」と「岐路亡羊」はどちらが正しい?
A.両方とも正しい。
意味に違いはなく、表記のゆれとして扱われる。
現代のビジネス文書では『多岐亡羊』の方がやや使用頻度が高いため、迷ったらこちらを選ぶと無難である。
Q3.「多岐亡羊」は誰に対して使えばよい?
A.状況や構造に対して使う語であり、個人の能力を評価する語ではない。
「あの人の思考は多岐亡羊だ」のように個人を主語にするのは誤用にあたる。
「このプロジェクトは多岐亡羊の状態にある」のように、状況や組織の在り方を評するのが正しい使い方である。
Q4.英語で近い表現は?
A.”analysis paralysis”(分析麻痺)が最も近い。
これは過剰な分析によって行動が止まる状態を指す。
ほかに”paradox of choice”(選択の逆説)も、選択肢の多さが幸福度を下げるという点で通底する。
9.まとめ:選択の質を問い直す視点
意味・使い方・注意点のおさらい
『多岐亡羊』は、分かれ道の多さがかえって迷いを生み、追うべきものを失うという故事に由来する四字熟語である。
選択肢の多さを称賛するのではなく、それがもたらす判断の困難さと本質を見失う危険性に警鐘を鳴らす点に、この言葉の核心がある。
ビジネスでは戦略会議やプロジェクト管理の場で活用され、個人に対してではなく状況や構造を描写する語として使われる。
情報過多の時代における古典の効用
現代はかつてないほどの情報量と選択肢に囲まれている。
そんな時代だからこそ、『多岐亡羊』が伝える「絞ることの重要性」は、古代の教訓を超えた実践的示唆を持つ。
この言葉を知っていることは、数ある選択肢に呑み込まれないための、ひとつの判断基準を手にすることでもある。
捨てる勇気と判断の軸を持つ
あらゆる選択肢を検討し尽くすことが不可能である以上、何を捨て、何に集中するかという判断がますます重要になる。
『多岐亡羊』はその決断を先送りにした先に待つ損失を、静かながら確かな警告をもって伝えている。

