伊右衛門  緑色が鍵 リニューアル 2020【リブランディング成功事例】

サントリー緑茶 伊右衛門
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平成が生んだロングセラーブランド「伊右衛門」

緑茶飲料の「伊右衛門」と聞くと、人は何を思い浮かべるだろうか? 

俳優の本木雅弘や宮沢りえが夫婦役で出演するCM、あるいはトクホ(特定保健用食品)飲料として一世を風靡した「特茶」。

正式な企業名が「サントリー食品インターナショナル」とは知らないまでも、サントリーのブランドだと頭をよぎる人もいるだろう。

「伊右衛門」は京都の老舗茶舗「福寿園」との共同開発によって2004年に誕生する。

ペットボトルで飲む緑茶飲料に「伝統」や「上質」といったイメージを初めて持ち込んで同年に大ヒットを記録。

その後はブランドの傘のもと本体の緑茶に加え、トクホ飲料の「特茶」やブレンド茶の「京都ブランド」を従える一大ブランドに育つ。

平成が生んだロングセラーブランドの一つと言っていいだろう。

テコ入れ空しく、低迷が続く

そんな「伊右衛門」ブランドだが、実は本体の緑茶に限れば実績が決して右肩上がりではなかったようだ。

おそらくトクホ飲料「特茶」とのツーライン戦略に舵を切ったことも本体の緑茶には影を落としたのだろう。

市場の王者「お~いお茶」は言うに及ばず、コカ・コーラの「綾鷹」やキリンビバレッジの「キリン生茶」にも後塵を拝するようになる。

スーパーやコンビエンスストアでは売れ行きの悪い商品は棚から外されたり、スペースを削られたりする憂き目に合うのが常となる。

文春オンラインの2020年12月24日付の記事によれば、実は「伊右衛門」もそんな「棚落ち」の危機に瀕する一歩手前まで行っていたという。

「サントリー食品インターナショナル」といえば、コーヒー飲料の「ボス」ミネラルウオーターの「サントリー天然水」などのロングセラーブランドを擁し、マーケティング上手で知られる。

「伊右衛門」の緑茶に関しても手をこまねていていたわけではない。

四季折々の味わいやパッケージを展開したり、淹れ立てのお茶のようなホッとする香りを強化したりと随時テコ入れを行う。

しかし、その甲斐もなく状況が一変することはなかったのだ。

緑茶飲料に優良顧客は育つのか?

ロングセラーブランドと言えばロイヤルティの高い固定客がそれなりについていると思われがちだが、緑茶飲料に関してはそれは全く当たらない

たとえば、家の近所に行きつけの居酒屋があったとしよう。

店主やスタッフも気心が知れていて、いつ行っても歓迎してくれる。

「いつもの」と注文すれば通じたり、苦手な食材は予め抜いてくれたりもする。

お酒や食事を楽しめる店は他にもあってそこそこ利用するが、その居酒屋に足が向かう頻度は他店に比べれば格段に高い。

店側にとってもそんな足繁く通ってくれるお客は有り難い存在だ。

いわゆるCRM(カスタマー・リレーションシップ・マネジメント)でいう優良顧客に該当するのだろう。

ひょっとしたらそうした常連客がついた居酒屋では上位20%の顧客が売り上げの80%を占めるという「パレートの法則」が成り立っているかもしれない。

しかし、緑茶飲料のような「低関与商材」となるとそんな優良顧客はまず期待できない。

行きつけの居酒屋のようにブランドに強い愛着を感じることは滅多にない。

ある程度リピート購入をしていたかと思えば、価格や購入店舗など状況が変わるとあっさりとブランドスイッチしてしまう。

緑茶飲料の大半はライトユーザーから

多くの「低関与商材」の宿命といえるが、さらにペットボトル入りの清涼飲料となれば緑茶以外にも選択肢は豊富にある。

複数のブランドを渡り歩く「バラエティシーキング」の傾向は強まり、ブランドの顧客はたえず流入と流出を繰り返す。

「離反顧客」や「新規顧客」、「出戻り顧客」が常に錯綜することになる。

このことはトップブランドの「お~いお茶」も例外ではない。

ただし、「お~いお茶」は行き来する顧客の歩留まりが下位のブランドよりも大きく結果的に高い頻度で購入されるため、トップの座を維持できているのだ。

一方で「伊右衛門」は干ばつで水位の下がった貯水池のように、流入が流出を上回ることはそうそうなかったのだろう

日経クロストレンドの2020年8月27日付の記事には「伊右衛門」本体の緑茶は発売翌年の2005年をピークに2019年までずっと右肩下がりだったとある。

「特茶」などの派生商品で補われていたため、その衰勢があまり目立たたず済んでいたのだ。

Business Insider Japanの2020年9月17日付の記事には、緑茶飲料市場の売上げの大半は緑茶を月に1本程度しか買わないようなライトユーザーによるものだという。

顧客の流入・流出がたえず起きる「低関与商材」のうえに、ライトユーザーが圧倒的多数を占めている緑茶飲料の市場。

下位に沈んだ「伊右衛門」はどうすれば悲願である流入顧客を増やすことができるのか? 

お茶の味わいや香りの訴求だけでは突破口が開けないことは明らかだ。

大ヒットの理由 液色を前面に打ち出す

2020年、ついに「伊右衛門」は大きな賭けに出る。

同ブランド史上最大のリニューアルを敢行したのだ。

ブランド関与の薄いライトユーザーが相手だと腹を決めていたのだろう。

培ってきたブランド資産にはさほど執着せず、ブランド名以外は全て変えたといってもいいほど大胆な刷新となった。

そのリニューアルの基軸は「緑茶の液色を変える」というものだった。

実は「緑茶」といってもペットボトルからのぞく液色はどのブランドも茶色味がかってる。

お茶のうまみのもとになるカテキンが含まれるためだ。

ところが「伊右衛門」はその液色を、同ブランドが鮮やかな“緑の水色(すいしょく)”と呼ぶ色に一変させたのだ。

お茶といえば、たいてい人は、急須から入れたてのお茶の目の覚めるような緑色、その心地よさを映像的、心情的な記憶として持っている。

その記憶を新たな液色で呼び覚まし、「伊右衛門」が従来からうたう「急須で入れたようなお茶」の味わいを強く連想させることを狙ったのである。

もっとも「伊右衛門」の2020年3月17日付のニュースリリースには「淹れたてのような色・味・香り すべてを味わうことができるペットボトル緑茶」とある。

色だけではなく、香り成分やうまみが豊富な一番茶の比率を増やしたり、焙煎技術や抽出方法に一工夫したりして、味や香りにも磨きをかけている。

そして生まれ変わった「伊右衛門」を最大限にアピールするためにパッケージデザインも一新する。

「伊右衛門」といえば「竹筒」のような形のボトルがブランドのアイコンとなっていたが、それをやめてシンプルな四角い容器に変更した。

そしてボトルのほぼ全体を覆(おお)っていたロールラベルの裾を短くし、鮮やかな液色の露出を高めた。

さらに、そのロールラベルすらないラベルレスのボトルもコンビニエンスストアなどで数量限定で展開し、不意を打つようにその液色が消費者の目に入るようにもしている。

テレビCMでもその液色に照準を絞る。

2020年には女優の芦田愛菜が伊右衛門のラベルをはがし、その中身の鮮やかな緑色にひとめ惚れするシーンを描く。

その翌年には将棋の藤井聡太がその液色に心穏やかになるシーンを描いている。

ブランドの復活に「脊髄反射」の一撃

こうしたブランドの軸足を新しい液色に集中させる試みは見事に功を奏し、ブランドは息を吹き返す。

日本食糧新聞の2021年2月18日付の記事によれば、2020年年間の販売数量は「特茶」などの派生商品を含めたブランドの合計で前年比9%増になったという。

この「伊右衛門」の成功譚は様々なメディアで取り上げられたが、その一つの東洋経済オンラインの9月30日付の記事に「伊右衛門」の今回のやり口を端的にあらわすキーワードがあった。

「脊髄反射」だ。

売り場で商品を見かけたときに色を介して「脊髄反射」してもらうことを狙ったと「伊右衛門」ブランドを取り仕切る担当者の弁として報じている。

人は無意識ではあるが、色や動き、音、においなどの感覚的情報に常に神経をとがらせている。

安全と生存にかかわる手がかり得るためだ。

「伊右衛門」はその太古の昔から続く人の習性を利用し、ブランドに半ば本能的に注意を向けさせようとしたのだろう。

子猫 無関心
子猫 関心

「伊右衛門」が狙う対象の大半は緑茶飲料を滅多に買わない人たちで、どのブランドも大きな差はないと思い込んでいる。

そこでまずは色の力で目の網膜にすばやく映り込み、その存在に気づいてもらう。

そして見た目から反射的に「おいしそう!」と思ってもらう

幸いなことに緑の液色は「伊右衛門」がこだわってきた上質な味わいを連想させる十分な効果を持った。

布石となった「サントリー天然水 GREEN TEA」

実はこの液色に全面的に頼った作戦は「伊右衛門」にとって決して無謀な賭けだったわけではない。

それなりの勝算があったのだ。

食品新聞の2021年1月20日付の記事には、2019年に同じサントリー食品インターナショナルから発売していた「サントリー天然水 GREEN TEA」が思わぬ布石になったことが明かされている。

「サントリー天然水 GREEN TEA」はあくまで天然水をベースに少し緑茶の味わいを加えた飲料であり、緑茶飲料のユーザーに向けたものではなかった。

そのため、通常の緑茶飲料に見られないよう、あえて鮮やかな緑色の液色にしたという。

ところが幸か不幸か、一部の消費者の目にはその液色が本格的な緑茶に映ったのだ。

今回の「伊右衛門」のリニューアルはこの時の発見が発端となっている。

記憶を促す「フォン・レストルフ効果」

フォン・レストルフ効果

心理学に「フォン・レストルフ効果」というのがある。

「孤立効果」とも言われ、似たようなものの中に、一つだけ特徴の際立つ異質なものがあると極めて印象深く記憶に残りやすくなる効果をいう。

その異質性は色や形、サイズ、頻度など物理的な性質からも形づくられるが、「伊右衛門」の場合は「色」で競合商品にはない特徴を打ち出したことになる。

この「フォン・レストルフ効果」は脊髄反射によって「注意」を惹きつけるだけではない。

「記憶」を促す効果も期待できるのだ。

私たちの脳は、「フォン・レストルフ効果」によって “異質のもの” を舞台の前面に押し出し、“それ以外のもの”は背景に追いやってしまう。

そのため“異質で突出したもの”の記憶は他の要素の干渉を受けにくくなる。

結果的にその記憶痕跡の検索、すなわち思い出すことが容易になるのだ。

この効果によって「伊右衛門」は持続性の高い記憶を作りだし、ブランドのマインドシェア(消費者の意識の中でブランドが占める割合)を高めることもできたのだろう。

その記憶効果と継続的なプロモーション施策とが相まって、「伊右衛門」は2021年に入ってからも好調だといくつかのメディアが報じている。

感覚情報がブランドの命運を握る

「伊右衛門」に限らず、「脊髄反射」の一撃がブランドの命運を一変させることは往々にしてある。

色だけではない。

形や音、匂いなどの感覚情報を駆使してブランドを強化した例はいくつもある。

代表的な例を一つ挙げれば、日本ハムの主力ソーセージ「シャウエッセン」がだろう。

その公式サイトの誕生秘話には、かじったときにひときわ高く「パリッ!」という音がすることを美味しさの象徴としてテレビCMで訴えたところ、大ヒットとなったとある。

また、同じ緑茶飲料であるキリンビバレッジの「キリン生茶」もガラス瓶のように見えるスタイリッシュなパッケージに変えたことで大きく復調している。

「形」で攻めたのだ。

かくして「伊右衛門」の緑茶は復活を遂げた。

緑茶飲料は無糖飲料の大きな需要を通年で見込め、たとえ関与の薄いライトユーザーが大半でもその集積のパイは大きい。「伊右衛門」の売上げにも十分な上積みをもたらした。

「脊髄反射」の作戦という英断は見事に当たったのだ。

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