大ヒット!ゴキブリムエンダー 使い方を「プッシュ」と簡単に

金鳥 ゴキブリムエンダー
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大日本除虫菊(金鳥)の「ゴキブリムエンダー」が2年越しのヒットとなった。

「エアゾール殺虫剤」のように空間に数回プッシュするだけで、「くん煙剤」の効果が期待できる。効き目があっても何かと手間のかかる「くん煙剤」の欠点を根こそぎ解消した画期的な商品だ。

金鳥にとっては歴史的な技術革新ではあったが、その斬新さゆえに伝えるべきことも多い。

大ヒットの陰には、「くん煙剤離脱者」にターゲットを潔く絞り込んだ用意周到なマーケティング戦略が隠されていたのだ。

目次

ゴキブリムエンダーが「くん煙剤」の古典的ジレンマを解消

大日本除虫菊(金鳥)のゴキブリ駆除剤、「ゴキブリムエンダー」が売れに売れている。

2020年2月に発売されて以来、販売数は計画を大きく上回り、徐々に社内外からヒット商品と称えられるようになる。

その年11月には流行情報雑誌の日経トレンディで「2020ヒット商品ベスト30」の10位に選ばれた。

2021年に入ってからもさならる販売拡大が続き、金鳥の業績をけん引する存在になりつつあるようだ。

ゴキブリムエンダーは一見するとスプレー式の「エアゾール殺虫剤」のように見える。

しかし、その使い手はむしろバルサンやアースレッドといった煙で害虫を駆除する「くん煙剤」に近い。

とはいえ、煙を使うことはなく、部屋の広さに合わせて、空間に数回プッシュするだけで従来のくん煙剤に匹敵する効果が得られる。

しかも、低刺激で人にやさしく使用後は薬剤のニオイも気にならない。

このムエンダーの何が画期的かといえば、くん煙剤の使用に伴う準備や後片づけの面倒が大幅に省けることだ。

従来からあるくん煙剤の商品情報サイトを覗いてみると、煙や霧を室内に充満させることになるため、家電や家具に薬剤が直接かからないようにしなければならない。

くん煙剤

火炎報知器を鳴らさない工夫も要し、熱帯魚や観葉植物にも気を使う。くん煙剤は事前の準備だけでも相当の手間を覚悟しなければならないのだ。

その一方で、くん煙剤には見えないところに隠れているゴキブリまで駆除できる利点があり、消費者からは一定の評価を得ている。

くん煙剤の使用者はその得難い効果に期待を寄せつつも、その手間ひまは避けたいというジレンマと闘っていたのである。

そこに、彗星のごとく現れたのがムエンダーだ。

キャッチフレーズは「煙じゃないのに煙のききめ!」。効果と手間のジレンマ解消を端的に伝える言い得て妙の表現だ。

「ムエンダー」のターゲットを潔く「くん煙剤離脱者」に

ムエンダーはもはや歴史的な技術革新であり、ヒットすべくしてヒットした商品といえる。

くん煙剤市場は目に見えて縮小しているとはいえ、大日本除虫菊(金鳥)にとっては魅力的な市場だっただろう。

同社の業績を潤すのに十分なパイの大きさだった。

しかし、ムエンダーのいくつかの報道記事を読む限り、実は用意周到なマーケティング戦略がそのヒットを支えている。

もし、その明快なマーケティング戦略がとられていなければ、折角の技術革新も思うように受け入れられず、小ヒットに終わっていた可能性だってある。

ターゲット

2020年10月7日付の日経クロストレンドの記事には、ムエンダーはターゲットを「くん煙剤の離脱者」に定めたとあった。

くん煙剤の効果を認めながらもその使用に手間がかかることからいつしか使わなくなった人たちだ。

新ブランドのムエンダーにとっては、このくん煙剤離脱者にターゲットを潔く絞り込んだことが躍進への決定的な分岐点となった。

なぜなら使用を止めたとはいえ、その酸いも甘いも知るくん煙剤の離脱者であれば、ムエンダーの新しさやありがたみを身に染みて感じてもらえるからだ。

訴求の仕方も自ずと焦点が絞られ、初回購入につなげる確率をぐっと高められる。

エアゾール殺虫剤やベイト(毒餌)剤などゴキブリを駆除する選択肢はほかにいくつもある。

ムエンダーほどの技術革新なら、ゴキブリ駆除剤全体の市場をターゲットにすることも頭をよぎっただろう。

しかし、ムエンダーは最も親和性の高い顧客を狙い撃ちにし、市場の突破口を開くことを選んだのだ。

新しい商品「ムエンダー」を陳列棚から選んでもらうには?

ムエンダーの商品情報サイトに行くと、ムエンダーの使用方法が写真やイラストでわかりやすく描かれている。

使用前、使用中、使用後の段階ごとに従来のくん煙剤を引き合いに出し、その鮮やかな対比でムエンダーの利点を際立たせる格好だ。

二者択一 誤った二分法

人はAかBかの二択で迫られたとき、その二択が全てであるかのように感じ、他の選択肢が意識から消えてしまう。

一種の「視野狭窄(しやきょうさく)」に陥ってしまうためだ。

サイトの情報を読む限り、離脱者たちにはもはやムエンダーの“一人勝ち”に映るだろう。

本来なら選択肢として並び立つはずのエアゾール殺虫剤やベイト(毒餌)剤が検討の俎上(そじょう)にあがることはない。

しかし、大半の消費者はサイトまでは行かず、ムエンダーとの最初の接点といえば、スーパーやドラッグストアなどの店頭となる。

たまたま陳列棚でムエンダーを見かけたとき、ターゲットである離脱者たちに何を思い描いてもらい購入を促すのか? 

接客を受けずに消費者が自ら選ぶことの多い「FMCG(Fast Moving Consumer Goods、商品回転率の高い日用消費財)」のムエンダーにとって、そこが勝負どころとなる。

小ぶりなスプレー式の駆除剤のように見えて、実はその用途はくん煙剤だという。

そのことを瞬時に判別させるのは案外ハードルが高い。

そして実際どうやって使うのか? 何より本当にくん煙剤のような効果を発揮するのか?

消費者が購入を見送りたくなる理由がいくつも浮上する。

CMで「ムエンダー」のターゲットを狙い撃ち

そこでムエンダーが放ったのは俳優の香川照之が無声映画の活弁士として登場するテレビCMだ。

その無声映画では昭和的な懐かしい雰囲気とともに、中高年夫婦の生活の一コマが描かれる。

夫婦はくん煙剤の準備に余念がない。四苦八苦しつつも、手間をかけてこそ結果が出ると信じて疑わない。

その後「煙じゃないのに煙のききめ!」のムエンダーが登場し、そのようすを一変させる。

くん煙剤離脱者向けにストレートに設計されたメッセージだ。

くん煙剤の歴史は古く、メインのユーザーやその離脱者はその多くが中高年だろう。

活弁士の舞台設定は容易に理解されるだろうし、何と言っても香川照之の迫真の顔芸や熱弁は圧巻だ。

そしてどこか皮肉の含んだ可笑しみもある。

かなりの情報量だが、おそらくこのCMは視聴者に詳細なストーリーを覚えてもらうことを狙っていない。

たとえば人が小説を読んだとき、細かな登場人物の名前や地名までは覚えていなくても、あらすじぐらいは語れるようになる。

概略的な記憶

ムエンダーのCMも、そんな「概略的な記憶」を残せば役割を終える。

手間がかからずくん煙剤の代わりに使える、何となく懐かしさや笑える要素があった、といった記憶さえ購入時点で思い出してもらえば、狙う行動は十分に引き出せる。

改めて確認となるが、このCMのターゲットはある程度の商品関与が見込める「くん煙剤離脱者」たちなのだ。

CMによる選択的注意と親しみ効果

人は自覚しているよりもかなり多くのことを記憶していて、その意識にはのぼらない記憶が人の判断や行動の糸を引いている。

たとえば、店頭で「たまたま目にする」という偶然の出来事も、実は無自覚な記憶のなせるわざかもしれないのだ。

これは「選択的注意」 といって、潜在的に気になっていたことを脳が勝手に環境から選び出し、注意を向けさせる効果をいう。

一度はCMを見ていた離脱者たちなら、棚に並ぶムエンダーに自然に目が行きやすくなる。

加えて、CMから喚起された懐かしさや可笑しみといった感情の記憶による微細な心理効果も見逃せない。

ムエンダーにとって一つの関門は、本当にくん煙剤に匹敵する効果があるかどうか、離脱者たちが疑念を抱いてしまうことだろう。

購入に及び腰になってしまいかねない。

しかし、好ましい感情の記憶は商品にも投影され、初めて手にしても何となく親しみを覚えるようになる。

疑わしき点があっても好意的に解釈され、やがて興味や好奇心が勝り、購入に踏み切ってもらいやすくなるのだ。

「ムエンダー」のネーミングによる “キューイング”

ムエンダーが放った様々なマーケティング刺激は狙い通りの反応を引き起こし、着実に初回購入が実現されていく。

くん煙剤離脱者に照準を絞ったことがそのプロセスを容易にしたことは間違いない。

そしてもう一つ、購入までのプロセスを側面から支えたのが、ムエンダーという秀逸なネーミングだ。

おそらくその名前は「無縁」と「無煙」をかけて命名されているのだろう。

そのことをどれだけの人が理解しているかは定かではないが、「ムエン」という語感からなんとなく忌み嫌うものを遠ざけてくれるという期待感は湧かせるだろう。

そしてその名前が一種の観点提示の役割を担い、商品やCMの断片的な記憶をまとめあげ、さらに購入時点ではそれらの記憶を頭出しするキューとなる。

ムエンダーを買う買わないの判断が後押しされるのだ。

「ムエンダー」が殺虫剤とは無縁だった層も動かす

こうした一連のマーケティング戦略がムエンダーを大ヒットに導いた。

前述した日経クロストレンドの記事によれば、嬉しい誤算もあったという。

くん煙剤はもとより、通常の殺虫剤すら使ったことのない若年層を想像以上に取り込めたらしい。

ゴキブリを見つけてからあわてて駆除するのではなく、事前にまるごと退治できるという発想が歓迎されたらしい。

NHKの朝の情報番組「あさイチ」ではゴキブリ対策を特集した際に、ゴキブリという言葉すら耳にするのを嫌う視聴者に配慮し、極力「G」と呼んで反響を呼んだことがある。

それだけ昨今は、強く忌避の対象になっているのだ。

コロナ禍で家にいる時間が増え、より害虫の侵入に敏感になったことも一因だろう。

ムエンダーが受け入れられる物理的、心理的な素地は整っていたといえる。

今回の記事では消費者行動論の一角を占める記憶理論の知見から、ムエンダーのヒットを振り返っている。

ここまで触れずに来たが、何を記憶し、何を忘れるか、記憶のしくみに最も影響を与えるのが人の根源的な欲求だ。

嫌なものを避けたいという欲求は動機づけを生み、記憶や行動を促す。

その抗いがたい欲求に勝る購入促進策はないのだ。

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