今回は『苦手』を文脈に応じて品よく言い換える方法を整理する。
目次
1.「苦手」の一語に寄りかかる弊害
会議後の振り返りや日々のコミュニケーションで、「ここ、私はちょっと苦手なんですよね」と口にした経験は少なくないだろう。
「苦手」は、業務の場で自分の不得意・抵抗感・負担感を手早く伝えられる便利な抽象語である。
一方で、この一語に頼ると、評価の具体性が失われ、どこに課題があるのかという“違いを描く力”が薄れてしまう。
本来は「経験不足なのか」「相性の問題なのか」「専門外なのか」「負荷が高いのか」といった性質の異なる要因が、すべて「苦手」の中に溶けてしまうからだ。
そのような“表現の偏り”が現れる具体例を取り上げてみよう。
口ぐせで使われがちな例
- 新しい分析ツールの操作が苦手で、作業が遅れています。
- 大人数の前で話すのが苦手なため、発表役を避けがちです。
- 契約書の細部を読み込むのが苦手で、確認に時間がかかっています。
- 初対面の顧客対応が苦手で、引き継ぎをお願いしました。
- 数値管理が苦手なため、レポート作成に負荷がかかっています。
例を重ねると、言葉の幅よりも口ぐせの反射が先に立ち、説明の厚みが削がれていたことが浮かび上がる。
次章で文脈ごとの品位ある言い換えを紹介する。
2.『苦手』を品よく言い換える表現集
ここからは「苦手」を 4つのニュアンスに整理し、文脈に応じて品よく言い換える方法を提示する。
2-1. 能力・経験が足りない(最も典型的な「苦手」)
- 不得手です
- 能力が十分でないことを最も端的かつ知的に伝える表現。
- 例:私は細かな数値管理が不得手ですと事前にお伝えしていました。
- 能力が十分でないことを最も端的かつ知的に伝える表現。
- 習熟していません
- まだ慣れておらず、今後の成長余地を示す前向きな表現。
- 例:新システムには習熟していませんが、操作手順を整理しています。
- まだ慣れておらず、今後の成長余地を示す前向きな表現。
- 経験が浅いです
- 実務経験の不足を理由として示す、納得感の高い言い換え。
- 例:海外案件の実務経験が浅いですので、慎重に進めています。
- 実務経験の不足を理由として示す、納得感の高い言い換え。
- 精通していません
- 高度な専門知識が不足していることを品よく伝える語。
- 例:税務の詳細には精通していませんので、専門部署に確認します。
- 高度な専門知識が不足していることを品よく伝える語。
- 明るくありません
- 特定分野に詳しくないことを柔らかく伝える上品な表現。
- 例:ITインフラの最新動向にはあまり明るくありません。
- 特定分野に詳しくないことを柔らかく伝える上品な表現。
- 力量不足を感じます
- 自身の能力不足を内省的に述べる、やや主観的な表現。
- 例:この規模の統括業務には、現時点では力量不足を感じます。
- 自身の能力不足を内省的に述べる、やや主観的な表現。
2-2. 心理的抵抗・相性が合わない(「好きではない」の品位語)
- 抵抗感があります
- 心理的な壁を丁寧に伝える、最も汎用的な表現。
- 例:SNSでの積極発信には抵抗感がありますが、徐々に慣れています。
- 心理的な壁を丁寧に伝える、最も汎用的な表現。
- 相性に課題があります
- 人・手法・ツールとの不一致を中立的に示す語。
- 例:この進め方とは相性に課題がありますので、運用方法の見直しを進めています。
- 人・手法・ツールとの不一致を中立的に示す語。
- 肌に合いません
- 感覚的な不一致を自然に伝える慣用的な表現。
- 例:このUIは私には肌に合いませんので、改善案をまとめて提出しております。
- 感覚的な不一致を自然に伝える慣用的な表現。
- 気後れしてしまいます
- 相手が立派すぎるなど、臆する気持ちを柔らかく示す語。
- 例:権威ある方の前での発表には、気後れしてしまいます。
- 相手が立派すぎるなど、臆する気持ちを柔らかく示す語。
- 馴染みません
- 環境・ツール・運用フローなどに慣れないことを示す語。
- 例:この運用フローは現場に馴染みませんので、調整を検討しています。
- 環境・ツール・運用フローなどに慣れないことを示す語。
2-3. 負担・ストレスが大きい(状況説明としての「苦手」)
- 負荷が高いです
- 精神的・物理的な大変さを客観的に伝える標準語。
- 例:複数案件の同時進行は負荷が高いですので、体制見直しを提案しました。
- 精神的・物理的な大変さを客観的に伝える標準語。
- 心理的ハードルが高いです
- 着手前の抵抗感を論理的に説明する現代的な表現。
- 例:大人数の初対面プレゼンは心理的ハードルが高いです。
- 着手前の抵抗感を論理的に説明する現代的な表現。
- 心苦しいです
- 相手への申し訳なさを伴う「苦手な状況」で使える語。
- 例:他案件との兼ね合いが厳しい状況です。心苦しいですが、優先順位の見直しをお願いせざるを得ません。
- 相手への申し訳なさを伴う「苦手な状況」で使える語。
- 骨が折れます
- 苦労や手間を人間味のある比喩で表す語。
- 例:この規模の仕様変更は骨が折れますが、順次対応していきます。
- 苦労や手間を人間味のある比喩で表す語。
- 困難を覚えます
- 状況が深刻であることを示す硬質な表現。
- 例:この要件定義は複雑で、対応には困難を覚えます。
- 状況が深刻であることを示す硬質な表現。
2-4. 専門外・役割の範囲外(ビジネスでの戦略的な「苦手」)
- 専門外です
- 自分の領域ではないことを明確に伝える最も直接的な語。
- 例:法務判断は私の専門外ですので、担当部署へ引き継ぎました。
- 自分の領域ではないことを明確に伝える最も直接的な語。
- 守備範囲外です
- 自分の担当領域を柔らかく線引きする表現。
- 例:その分野は私の守備範囲外ですので、適切な部署をご案内します。
- 自分の担当領域を柔らかく線引きする表現。
- ご要望に沿いかねます
- 「苦手」を丁寧な断りに昇華する実用的な表現。
- 例:誠に恐れ入りますが、いただいた条件ではご要望に沿いかねます。
- 「苦手」を丁寧な断りに昇華する実用的な表現。
- 門外漢(もんがいかん)です
- その分野の専門家ではないことを謙虚に示す古風な語。
- 例:金融政策については門外漢ですので、専門家の意見を仰ぎます。
- その分野の専門家ではないことを謙虚に示す古風な語。
3.まとめ:『苦手』を丁寧に伝える技法
「苦手」に一語で寄りかかると、能力なのか相性なのか負担なのかが曖昧になり、状況の輪郭が平板になりやすい。
文脈に応じて表現を選び替えることで、背景の違いや課題の性質が立ち上がり、説明の精度が高まる。
言葉の選び方が理解の奥行きを整え、対話の可能性を支えることを心に留めたい。

